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安田 忠夫 |
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| 1963年10月9日 | ||||||
| 日本 | ||||||
| 東京都大田区 | ||||||
| 193cm | ||||||
| 115kg | ||||||
| 大相撲・プロレスリング | ||||||
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| IWGPヘビー級王座・HHH王座・ハッスルスーパータッグ王座 |
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| 「BATTEL
WITHOUT HONOR OR HUMANITY |
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| 6.29旗揚げ戦「闘今BOM-BA-YE」 対ジョシュ・バーネット戦 4分17秒 腕ひしぎ十字固め LOSE 9.8名古屋大会「GENOME」 マーク・コールマン戦 3分10秒 袈裟固め LOSE 12・20有明大会「GENOME2」 対小川直也戦(三つ巴戦) ※1人目の対レネ・ローゼ戦はK.O勝ち 8分39秒 K.O. LOSE 2・16有明大会「GENOME3」 対ダニー・イグアス戦 1分20秒 TKO LOSE 5戦1勝4負 |
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大相撲、九重部屋より1979年初土俵。1979年新入幕。孝乃富士の四股名で最高位は小結。力士廃業後、1993年に新日本プロレスに入門し、1994年、対馳浩戦でデビュー。大相撲で小結という地位にまで上り詰めながらも新弟子として一から練習に励む姿に同僚、ファンから支持を得るが、昔からのギャンブル癖は治らずに借金地獄に陥る。しかし2001年にPRIDE参戦を果たし勝利を挙げ(対佐竹雅昭戦)、同年大晦日「INOKI
BOM-BA-YE 2001」で、K-1のトップファイター ジェロム・レ・バンナを総合ルールで破る。娘・AYAMIとの親子劇場などで一躍ヒーローとなり、2002年にはIWGPヘビー級王座を獲得するが、素行不良により新日本プロレス解雇。その後、IWA・ZERO1-MAX・ハッスル等に参戦し、2007年IGF事務所開き直後に猪木の下を訪れ参戦直訴。IGF立会人・藤原善明のテストを受けるがあまりの不出来に藤原が激怒するもなんとか参戦を果たす。旗揚げ、第2戦と試合後の藤原とのやりとりに注目が集まる物の、なんと借金苦で自殺未遂騒動を起こす。なんとか一命を取り留め、心機一転猛特訓に励みIGF参戦に辿り着く。 |
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