映画『寝ても覚めても』の動画を無料フル視聴!東出昌大と唐田えりか主演作品の評価や感想まとめ

映画『寝ても覚めても』の動画を無料フル視聴をわかりやすく解説。

\今すぐ無料で観たい方はこちら/

無料期間中の解約なら動画が無料

映画『寝ても覚めても』の動画を無料フル視聴する方法

映画『寝ても覚めても』の動画を無料で視聴するには、動画配信サービスの無料期間を活用するのが一番おすすめな方法です。

2020年2月の時点で、映画『寝ても覚めても』の動画配信されている配信状況は以下の通りです。

映画『寝ても覚めても』の配信サービス比較表

動画配信サービス 月額料金(税抜) 無料期間 配信状況
FODプレミアム 888円 1ヶ月 配信なし
U-NEXT 1,990円 31日間
dTV 500円 31日間
Hulu 933円 2週間 配信なし
Amazon プライム 455円 30日間
Netflix 800円~ なし
Paravi 925円 30日間 配信なし
ビデオパス 562円 30日間
music.jp 1,958円 30日間

(2020年2月時点)

映画『寝ても覚めても』は複数の配信サービスで視聴することが可能ですが、無料期間中に費用がかからず動画コンテンツが多い点で、おすすめのサービスはU-NEXTとなります。

映画『寝ても覚めても』の作品概要

映画『寝ても覚めても』

『寝ても覚めても』は2018年の日本映画です。

芥川賞作家・柴崎友香の同名小説を原作とし、気鋭の監督・濱口竜介によって映画化されました。

すでに『ハッピーアワー』(2015年)などで世界的な評価を受けていた濱口監督ですが、本作で待望の商業映画デビューを果たしています。

主演は東出昌大と唐田えりか。東出は一人二役をこなし、同じ顔をした別の男を演じ分けています。

その二人の男に恋をする女性役を唐田えりかが担当し、当時はほとんど演技経験がないにもかかわらず傑出した才能を見せつけました。

国内の評価も然ることながら、カンヌ国際映画祭に出品されるなど欧米を中心に大きな衝撃をもって迎えられた作品です。

映画『寝ても覚めても』の原作

芥川賞・柴崎友香の小説『寝ても覚めても』を原作としています。2010年に発表され、野間文芸新人賞を受賞した著者の代表作です。

ちなみに、映画化に際してはいくつかの変更が加えられています。

例えば小説の時代設定は1999年から2008年でしたが、映画では10年ほど現在にずらされることになりました。

それに付随して、2011年の東日本大震災の場面が挿入されています。

そもそも濱口監督は震災直後から東北に足を運び、被災者への聞き取りを中心としたドキュメンタリー『東北記録映画三部作』を制作しています。

以降つねに東北に対して関心を持ち続けてきた作家であり、必然的に本作にも震災の主題が盛り込まれることになりました。

ちなみに、柴崎自身も映画の内容が気になっていたようで、撮影現場には足繁く通っていたとインタビューで語っています。

キャスト一覧

泉谷朝子(唐田えりか)

どこか掴みどころのない女性。物語の冒頭では大阪に暮らしていました、そこで偶然出会った鳥居麦と恋に落ちますが、ほどなくして彼は何も言わずに去ってしまいます。

数年後は上京し、カフェで働いていました。近くの会社に勤めていた丸子亮平と出会い、麦と同じ顔をした彼に戸惑いながらも、徐々に親密になっていきます

鳥居麦(東出昌大)

大阪で朝子と出会った男。北海道出身のようですが、素性はよく分からず。偶然出会った朝子とその場でキスを交わし、恋に落ちます。それから間もなくして、買い物に出かけると言ったきり朝子の前から姿を消しました。

数年後、彼は巷を騒がせるモデルとなり、ふたたび朝子の前に現れます。

丸子亮平(東出昌大)

酒造メーカーに勤める会社員。東京でカフェ店員をしていた朝子と出会い、次第に惹かれるようになっていきます。

麦と瓜二つの顔をしていますが、互いに面識はなく、朝子からは彼の話を聞かされていませんでした。自由奔放な麦と違い、質実剛健な性格で良識人。

串橋耕介(瀬戸康史)

亮平と同じ会社に勤める男。普段はやる気のない態度を取っていますが、英語堪能で実は優秀な人材。

昔は舞台役者をしていたらしく、マヤの演技を見て激しく批判します。

鈴木マヤ(山下リオ)

朝子の東京での友人。舞台役者をしており、朝子や亮平を公演に誘います。

串橋とは一度喧嘩をしますが、逆に距離を縮めるきっかけになったようで、後の夫となります。

映画『寝ても覚めても』主題歌「RIVER」tofubeats

主題歌と音楽を手掛けるのはtofubeats。もともと濱口監督の『ハッピーアワー』を観ていたという彼ですが、制作会社の紹介で本作の依頼が来たといいます。

映画音楽を担当するのは今回が初。主題歌の「RIVER」は脚本から思い浮かんだイメージを形にした作品で、テーマは「運搬・堆積・浸食」。

「寝ても覚めても」という歌い出しから始まる歌詞は、作品の世界と見事に調和しています。

劇中で使われるサントラも、濱口監督の指示を受けてアンビエント風の曲調を取り入れています。

完成した楽曲のうち半分くらいはお蔵入りになってしまったようです。

映画『寝ても覚めても』のあらすじ

大阪で暮らす朝子は、たまたま訪れた牛腸茂雄の写真展で鳥居麦と出会います。

目が合った瞬間に恋に落ち、引き寄せられるようにして口づけを交わす二人。友人の忠告も聞き入れず、漫画のような二人の関係が始まるのでした。

儚く消えてしまいそうな麦の存在を、朝子は必死で捉えようとします。ふらりと出かけることがあっても「必ず帰ってくる」と朝子に言って聞かせる麦。

しかし、それから間もなくして彼は行方を眩ませてしまいます。

数年後、朝子は東京のカフェで働いていました。偶然コーヒーを届けた先の会社で、彼女は麦とそっくり同じ顔をした男と出会います。

すぐに麦とは全くの別人であることが分かりますが、彼女はその彼、丸子亮平に動揺を隠しきれません。

それからというもの、朝子は亮平と顔を合わせることを避けるようになります。

しかし、亮平は彼女のことが気になっている様子でした。朝子の友人であるマヤや、亮平の友人である串橋の仲立ちもあり、徐々に言葉を交わすようになっていく二人。

そんな折、2011年の東日本大震災が発生します。東京の街は騒然となり、帰宅も困難となる中、朝子と亮平はばったりと遭遇するのでした。二人は抱き合い、新たな恋が始まります。

再び月日が流れ、朝子と亮平は幸福な同棲生活を送っていました。

東北へのボランティアにも定期的に参加し、現地の被災者とも親睦を深めています。亮平の転勤に連れ添って、大阪での新生活も準備していた二人。

ところが、朝子は友人から麦の近況を聞かされることになります。

知らない間に彼はモデルとして芸能界にデビューし、一躍お茶の間を騒がせる存在となっていたのです。

朝子の脳裏に、かつて恋をした麦の顔が再び浮かんできます。それでも亮平のことを愛して止まない彼女は、彼に麦との過去を打ち明けます。

亮平は朝子の麦の関係をすでに知っていたようですが、特に気にしていないと話します。

自分と同じ顔の麦がいたから、朝子と出会うことができた。その言葉を聞いた朝子は安堵し、彼の優しさに心打たれます。

ところが、大阪への引っ越しを目前に控えたある日、朝子の恐れていたことが現実のものとなってしまいます。

何の前触れもなく、夢にまで見た麦が姿を現したのです。亮平が見ている前で朝子の手を取る麦。黙って麦と一緒に立ち去る朝子。

車に乗り込んだ二人が向かったのは、北海道でした。

映画『寝ても覚めても』の感想や見所

東出昌大と唐田えりかの奇跡

『寝ても覚めても』を映画史的な傑作たらしめている重要な要素として、ヒロインを務めた唐田えりかの演技に触れない訳にはいきません。

彼女が演じる朝子というキャラクターは不思議な雰囲気の女性で、いつも相手の話に「うん」と頷いて見せます。

素直で優しい性格なのですが、かといって流されやすい訳でもなく、まっすぐに相手を見る目からは芯の強さも感じられます。

いわく言い難い魅力を持った彼女は、演技経験の浅い唐田だからこそ成立した役柄であるといえます。

実のところ、演技経験が浅い(あるいは皆無の)役者を起用するのは濱口監督のスタイルでもあります。

2012年の『親密さ』はほぼ無名の役者を使っていますし、2015年の『ハッピーアワー』に至っては演技未経験者が主要キャストを占めています。

ちなみに、後者に関しては、神戸で開かれたワークショップから生まれた作品で、その参加者を俳優として起用した経緯があります。

にもかかわらず、いや、そうであるからこそ『ハッピーアワー』は6時間の上映時間を通して緊張感を持続する作品となり、ロカルノ国際映画祭で最優秀女優賞を獲得したのです。

一方の東出昌大も、これまで作家性の強い監督のもとで鍛えられてきた経緯があります。

直近では黒沢清監督の『散歩する侵略者』のスピンオフドラマではエイリアンの役もこなしている訳で、本作のドッペルゲンガー的な演技にも通じるものが感じられます。

この二人の共演が奇跡のような反応を示したことで、『寝ても覚めても』という傑作が誕生したのです。

震災を盛り込んだ理由

原作にはない場面として、映画版では東日本大震災の描写が盛り込まれたことは上述した通りです。

「東北記録映画三部作」を撮り終えた後も、濱口監督の目は東北へと向けられてきた訳です。

麦と亮平、二人の恋の狭間で揺れる朝子の心ですが、両者は決定的に種類の異なるものです。

大阪で出会った麦との恋愛は刹那的に始まり、夢現のように終わりを迎えます。一方、東京で出会った亮平は実体を持ち、確かな存在として持続する恋愛です。

この二つの出会いの間に、2011年の震災が起きているという事実は決定的です。私たちは立ち止まって考えることになります。

震災の”以前”と”以後”で、世界の何が変わってしまったのでしょうか?

それは恐らく、”以前”と違って、”以後”の世界には「日常」と「非日常」とが奇妙に同居しているという事実にほかなりません。

すでにカタストロフを経験した私たちは、その記憶を潜在的に抱えて生きることを運命づけられています。

言い換えれば、朝子は亮平との「日常」の中で幸福を享受している訳ですが、そこには麦との「非日常」がつねに隠れていることになります。

彼女は麦の存在を懸命に忘れようとしますが、それは本質的に不可能です。なぜなら、目の前にある「亮平=日常」と「麦=非日常」は表裏一体のものであるからです。

朝子がひしひしと感じ続けている恐怖は、大きな震災を経験した私たちが「日常」の中で忘れようとしている「非日常」です。

震災当時、幾度となく繰り返される余震の恐怖に私たちが怯えていたように、朝子も亮平との生活の中に伏在する麦の影に怯えることになります。

震災から10年が立とうとしています。当時の記憶も薄れ、都会の「日常」の中で剣呑と生きる多くの人々に対して、この作品は「非日常」という冷たい刃を突きつけるに違いありません。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です