『人生最高レストラン』の見逃し配信・公式動画を無料視聴する方法|過去放送まとめ

この記事では、『人生最高レストラン』を見逃がしてしまった方に向けて、最新話を無料で見る方法や過去の放送回の情報をまとめて紹介しています。

\今すぐ無料で観たい方はこちら/

人生最高レストラン

『人生最高レストラン』の見逃し配信動画はParaviの独占配信となっています。

Paraviでは無料で動画が見放題の2週間のお試し期間があり、無料期間中なら最新話から過去の放送回も全部無料で見ることができます。

無料期間中の解約ならお金がかからないのでオススメです。

無料期間中の解約で動画が無料!


  1. はじめてサービスを申し込む方なら2週間無料で動画が見れる
  2. 動画配信サービスの中でもドラマの配信数が多く、ドラマや人気のTV番組も見放題
  3. 独占配信やドラマのオリジナルストーリーなど独自コンテンツが豊富
ParaviはTBS系の番組が多く配信されているので、ドラマが比較的充実していると思います。TBS系ドラマの見逃し配信にも対応してるので、録画し忘れたドラマなどをすぐ観ることができます。放送中のドラマだけでなく、過去放送のドラマも多数配信しています。またドラマのスピンオフ動画も配信されているものもあるので、地上波では観れない動画も観ることができます。また1番のメリットは動画を端末にダウンロードできる点です。自宅でダウンロードして、通勤通学中にもオフラインで観ることができます。

20代

『人生最高レストラン』の見逃し動画を無料で見る

見逃し動画配信サイト一覧

『人生最高レストラン』の動画を無料視聴できる情報をまとめています。

Paravi

>>Paraviで『人生最高レストラン』を無料で見たい方はこちら

『人生最高レストラン』過去放送回の番組内容を紹介

人生最高レストラン放送内容一覧

2021年10月16日放送回 ゲスト:中村勘九郎

ゲストは、中村勘九郎さん。“稀代の名優”と呼ばれた父・十八代目中村勘三郎さんが亡くなって9年…亡き父の精神を受け継ぎ、名門中村屋を率いる勘九郎さん。2019年にはNHK大河ドラマ「いだてん」の主役を演じるなど多方面で活躍。次代を担う人気歌舞伎俳優が“アイドル好き”という意外な素顔をのぞかせながら、おいしいものと共に自らの歌舞伎俳優人生を語った。

■お品書き

東京・自由が丘「3度目の奇跡…幻のタタキ」
勘九郎さんが子どもの頃から、父・勘三郎さんに連れて行ってもらっていた思い出のお店がある。それが、六本木にあったレストラン「和田門」。そこで衝撃を受けた「牛タタキ」をいつも楽しみにしていた勘九郎さんだったが、2000年に閉店してしまう。そこで、勘九郎さんは歌舞伎公演で福岡・博多へ行った際、その味を求めて「和田門」の本店へ。久しぶりの「牛タタキ」を思う存分堪能したそう。以来、福岡へ行くのを楽しみしていた勘九郎さんだったが、今度は本店が2020年に閉店してしまう。『あの味はもう食べることができない…』と、いよいよ諦めていた勘九郎さんに思わぬ吉報が舞い込む。中村屋の歌舞伎公演で立三味線を務める杵屋五吉郎さんの息子さんが『以前、六本木の和田門で働いていたシェフ”のお店で働いている』というのだった。それを聞いた勘九郎さんは、早速お店へ。訪ねたのは、東京・自由が丘にある「レストラン フォレスト」。ここで勘九郎さんは、「牛タタキ」と奇跡的に再会を果たす。

六本木の「和田門」で料理長まで務めたシェフ草場健治さんが作るのは、当時の味を再現した「五島牛の牛タタキ」。希少な長崎・五島牛のイチボ肉を使ったタタキの上には、たっぷりのネギ。まったく肉が見えない様は、まさに勘九郎さんが恋焦がれていた「和田門」の「牛タタキ」そのもの。玉ねぎと大根おろしの入った醤油ベースのソースにつけて食べた時、勘九郎さんはこの上なく感動したという。

「レストラン フォレスト」では、ステーキの名店として知られていた「和田門」に負けない極上ステーキが味わえる。「五島牛の備長炭炭火焼ステーキ シャトーブリアン」は、希少な五島牛のシャトーブリアンを堪能できる贅沢な一品。

*店舗情報:「レストラン フォレスト」東京都目黒区自由が丘1-16-13

東京・神楽坂「恐怖と楽しさが入り交じる…焼き鳥」
亡き父・十八代目中村勘三郎さんとの思い出のお店をもう一軒。それは、東京・神楽坂にある「文ちゃん」。焼き鳥道を邁進する大将・近藤文男さんこだわりの焼き鳥をいただける名店。

築地にある明治35年創業の老舗「宮川食鳥鶏卵」から仕入れた最高級の鶏肉を使い、大将が丁寧に焼き上げた串は絶品中の絶品。味付けは、素材のおいしさを追求した塩のみ。

幼い頃から、弟の2代目中村七之助さんと共に歌舞伎の舞台に立っていた勘九郎さん。稽古や公演が終わると、父・勘三郎さんに「文ちゃん」に連れて行ってもらっていたという。しかし、その思い出は…父からの厳しいダメ出しばかり。お酒が入ると90%芝居の話しかしなかったという勘三郎さんに怒られたことしか記憶になく、焼き鳥を食べた後、よく自宅へ戻って稽古をしたそう。それで、勘九郎さんは一時期、“文ちゃん恐怖症”になったとか。カウンターで厳しいダメ出しを受ける中、大将が勘九郎さんと七之助さんにこっそり出してくれた料理がある。それが、「謎のご飯」。謎というのは、見た目はただの白いご飯だけど、中にタレ味のつくねが入ったもの。子どもの頃はそれが楽しみで仕方なかったそう。

勘九郎さんと七之助さんだけの特別メニューだった「謎のご飯」は、既に常連客に知られてしまったので、今や「謎じゃないご飯」として出しているという。ちなみに現在は、勘九郎さんは息子の三代目中村勘太郎くん、二代目中村長三郎くんを連れて「文ちゃん」によく行くそうで、二人とも、「文ちゃん」が大のお気に入りだという。

*店舗情報:「文ちゃん」東京都新宿区神楽坂3-6 高橋ビル2 B1F

ギリシャ・サントリーニ島「新婚旅行で出会った!ギリシャ料理」(※人生最高の一品)
中村勘九郎さんの“人生最高の一品”は、新婚旅行で出会った「ムサカ」。それは、2009年に結婚した妻・前田愛さんと行った新婚旅行先のギリシャで食べた二人の思い出の愛。南アフリカでサファリを楽しみ、次に向かったのがギリシャのリゾート地、エーゲ海に浮かぶサントリーニ島。しかし、憧れの島へ行ったところ、なんとオフシーズン。人もほとんどおらず、出会うのは野良犬ばかり…またご飯を食べようにもお店もほぼ開いてなかったという。そんな中、唯一1軒開いていたのがレストラン「ママズハウス」。そこで食べた「ムサカ」の味が、勘九郎さんには忘れられないという。「ムサカ」とは、ギリシャの家庭料理。ナスやじゃがいも、ミートソースに、たっぷりのべシャメルソースを重ね焼きにしたラザニアのようなもの。

散々な新婚旅行になったにも関わらず、愚痴一つ言わず、その状況を楽しんでくれたという妻の前田愛さんと食べた「ムサカ」は、勘九郎さん夫婦の愛が深まった“人生最高の一品”であった。

*店舗情報:「ママズハウス」ギリシャ共和国サントリーニ島

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

中村勘九郎さんが子供の頃から好きだったという五島牛の牛タタキは本当に肉がネギに埋もれていてビックリだけど綺麗でした。歌舞伎とアイドルライブは似ているのは共感出来なかったけど楽しんでいるのは伝わって来て笑ってしまいました。神楽坂の焼き鳥屋さんは美味しそうでした、父である勘三郎さんと芝居の話は過激で凄かったですね、お子さん二人も文ちゃんを選ぶなんて微笑ましいです。新婚旅行で行ったギリシャはオフシーズンだったのに楽しんだ奥さんは凄い、ムサカも美味しそうだし良い気分になれました。

40代

中村勘九郎さんがゲストでした。父・勘三郎さんとの思い出は思わぬエピソードが出てきて意外でした。ダメ出しでかなりコワい顔で怒られたそうですが、勘三郎さんいわく祖父の方が数倍恐ろしく、舞台上でぶん殴られてカツラが一周した話には笑いました。紹介されていたお店、神楽坂の文ちゃんの大将が、親子のやりとりを見守っていたそうですが、大将もかなりこだわりの強い方でお客さんに怒ったりしたとのことで、勘三郎さんと波長が合ったというのに納得しました。文ちゃんは勘九郎さんの息子さんたちの人生最高レストランでもあるというのは微笑ましかったです。

30代

今回は、中村勘九郎さんがゲストでしたが、最初登場した時、サッカーの吉田麻也選手に見えました。お父様は、勿論中村勘三郎さんですが、いろいろとエピソードが聞けて嬉しかったです。しかし、奥さんが前田愛さんだとは知らなかったのでびっくりしました。出会いなども語られていましたが、アイドルがお好きのようですね。

30代


2021年10月2日放送回 ゲスト:ウエンツ瑛士

ゲストは、ウエンツ瑛士さん。4歳で子役デビューして芸歴30年以上!バラエティ・タレントとしてテレビに欠かせないウエンツさんが、ロンドン留学を経て募る芝居への思いを語りながら、おいしいものと共に自らの芸能人生を語った。
■お品書き

東京・恵比寿「開店30秒で満席!? 超人気大衆酒場の串焼き」
東京・恵比寿駅から徒歩約3分、恵比寿一番会商店街にある「まくら とよかつ」。1946年創業で、いつも地元の常連客を中心に賑わう老舗大衆酒場。ウエンツさん曰く、『5時開店で30秒後にはもう満席になっている』ほどの超人気店だという。

ウエンツさんはロケで通りかかった際、今の恵比寿っぽくないところに魅かれて初めて行ったそう。すると、いつしかウエンツさんも常連に。ちなみに店内はカウンターだけ。常連客の席はほぼ決まっているそうで、新規のお客が座る席は焼き場の正面と決まっているらしい。

そして、「まくら とよかつ」には、ある独自ルールがある。それが、“串焼きの注文は1回だけ”というもの。そのため、最初に何を何本食べるか周到にイメージして注文しなければいけない。ちなみに、他の料理、お酒は追加注文OK。毎朝仕込む新鮮な豚もつを使用し、臭みがなく、歯切れのよい食感の串焼きは、先代からずっと守り続ける秘伝のタレと相まった絶品の味。

ウエンツさんオススメは、何といっても名物「まくら」。つくねの周りにニラを巻いて焼いたもので、タレで外のニラがパリッと焼けた風味と味わいが何とも言えないおいしさ。さらに、食べた後に押し寄せるつくねのジューシー感とタレのコンビネーションも最高だという。

店舗情報:「まくら とよかつ」東京都渋谷区恵比寿西1-3-7 アルス恵比寿メイクス 1F

「涙が溢れ出た!感動のサンドイッチ」
2018年10月、32歳の時にロンドンへ留学したウエンツさん。日本語は一切使わないと決め、語学学校でゼロから英語を学び、演劇の勉強に明け暮れる日々を過ごし、2020年3月に帰国した。帰国したその日、ウエンツさんは成田空港からテレビ局へ直行して、8時間にも及ぶバラエティ番組の収録に参加。1年半のロンドン留学から12時間フライトで帰国し、時差ボケでフラフラのまま久しぶりに出演したバラエティ番組で思うように活躍できなかったというウエンツさん。そんな中、収録で出てきた「セブンイレブンのたまごサンド」を口にした瞬間、帰国して初めての食事だったこともあり、あまりのおいしさに感動。『こんなにやわらかくて、玉子もフワフワで…日本に帰ってきたんだ』と思わず涙が溢れ出てきたという。その時の「たまごサンド」は、ウエンツさんの人生で一生忘れることのない味となったのだった。

*店舗情報:「セブンイレブン」

東京・赤坂「芸能界の恩人と食べる!しゃぶしゃぶ」(※人生最高の一品)
ウエンツ瑛士さんの“人生最高の一品”は、“芸能界の恩人”といただく「しゃぶしゃぶ」。それは、ウエンツさんにとって“芸能界の恩人”である所属事務所社長に人生の節目節目で連れって行ってもらったお店「古母里」で食べた思い出の味。1977年創業の老舗で、各界の著名人が通う東京・赤坂の名店「古母里」は、“家にいるような気分でくつろぎながら食事を楽しんでほしい”という店主の思いから、食卓を思わせる古民家の店内で気さくな女将との会話を楽しみながら食事ができるお店。ちなみに一見さんお断りで、顧客の多くは常連客だという。

名物として知られる「しゃぶしゃぶ」は、贅沢に厚くカットされた和牛ロースをぽん酢、特製ごまダレでいただく極上の一品。若い頃のウエンツさんは、この最高級のお肉を6枚ほどペロリと平らげていたという。

そして、「古母里」の“もう一つの名物”として知られるのが、巨大なおにぎり「たどん」。中身の具材はシャケ、周囲に梅を塗って粉がつおをたっぷりまぶし、最後に全体を海苔で包み込んだ一品。お土産に持たせてくれる「たどん」を翌朝食べるのが、ウエンツさんの何よりの楽しみだという。

実は、このお店にはウエンツさんがロンドン留学に旅立つ前、社長と初めて二人きりで食事した思い出がある。当初、ロンドン留学を反対していたという社長。ロンドンで演劇の勉強をしたい—という思いを自ら社長へ伝えようと連絡するが、電話に一切出てもらえなかったというウエンツさん。『自分の覚悟を見られている』そう感じたウエンツさんは社長と直接話すことなく留学の準備を進め、いよいよ出発まで1週間となった時、『やはり、お世話になっている社長に会わずに行くわけにはいかない』と再び社長へ電話。そして、ようやく出発3日前に社長と会うことに。場所は、「古母里」で二人きりの食事…あまり多くを語らなかった社長だったが、最後に一言『俺もこっちでお前が帰ってきて仕事できるように頑張るから。お前も頑張ってこいよ』。その言葉を胸に晴れて留学へと旅立ったウエンツさんは、ロンドンで1年半思う存分大好きな演劇を学ぶ日々を送ったのだった。『いつまで経っても雲の上の存在』という社長のおかげで、“今のウエンツ瑛士”がある。ウエンツさんにとって、社長はかけがえのない“芸能界の恩人”であった。

*店舗情報:「古母里」※非公表

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

ウエンツ瑛士さんの回でしたが、加藤浩次さんの家に大みそかに呼ばれたり、恵比寿の焼き鳥屋では常連のおじさんたちや、先輩俳優さんたちと仲が良いようで、子役のころからこの世界でやってきたお陰で、同世代の仲間より年上の方たちと居る方がピッタシだと思いました。イギリス留学の時のエピソードも赤裸々語っていましたね。

30代


2021年9月25日放送回 ゲスト:飯尾和樹

ゲストは、お笑いコンビ「ずん」の飯尾和樹さん。ブレイクは40歳を過ぎてからという遅咲きながら、今やCM出演5本!俳優としてもドラマに引っ張りだこ!そんな飯尾さんが、おいしいものと共に飯尾ワールド全開で“ゆるふわな芸人人生”を語った。
■お品書き

鎌倉・七里ガ浜「芸人仲間と味わう!絶景ピザ」
神奈川県鎌倉市七里ガ浜の高台に佇むイタリアンレストラン「アマルフィイ デラセーラ(Amalfi DELLA SERA)」。ここは、飯尾さんが出川哲朗さん、ウド鈴木さん(キャイ~ン)と仲良し3人組で年1回行っていた1泊2日のゴルフ旅行の帰りに立ち寄るお店。オジサン3人には似つかわしくないが、イタリアのアマルフィを彷彿とさせる絶景をテラスから眺めながら、地元の旬の食材を生かした逸品料理を満喫できる。

飯尾さんオススメは、「ピッツァ 七里ガ浜」。クリスピー生地に地元名産の釜揚げしらすをたっぷり使い、トマト、オリーブ、長ねぎ、カリフラワーなどを並べて、グラナ・パダーノチーズ、牛乳のバーニャカウダソース、タプナードソース(黒オリーブオイルとアンチョビ&ニンニクなど)を加えて専用窯で焼く。多彩な食材を使いながらも、しらすをストレートに感じられるという一品。

*店舗情報:「Amalfi DELLA SERA」神奈川県鎌倉市七里ガ浜1-5-10

東京・大井町「心優しいマスターのタコライス」
東京都品川区大井町。ここに、飯尾さんが相方のやすさんと二人でネタ作りのために18年も通うお店がある。それが、「カフェ・ギグレット(cafe GIGLET)」。自宅の部屋だとテレビを見始め3時間何もしないことになってしまう二人は、仕事がない頃はここに週6日で通っていたそう。最初は、入り口付近の2人席テーブルに座り、煮詰まると気分転換に窓側のカウンター席へ移動。そして最後に、4人席テーブルに移ってネタの仕上げ。毎日のようにコーヒー1杯で長居してネタ作りに励む二人のことをマスターの尾崎好活さんは、何も言わず温かい目で見守り続けてくれたという。

飯尾さんの芸人人生を語る上で欠かせない「カフェ・ギグレット」のオススメは、「タコライス」。ライスの上にレタスを敷き、自家製タコミート、チーズ、トマトをのせ、特製サルサソースをかけて混ぜていただく一品。飯尾さん的には、セットでヨーグルトが付いてくるも嬉しいポイント。何時間もかけてネタが仕上がった後、相方やすさんと二人で食べる「タコライス」が、当時の二人にとっては何よりのご褒美メシであった。

現在は、ドラマなどで俳優としても活躍する飯尾さん。いくら売れっ子になっても一番落ち着くお店だという「カフェ・ギグレット」で、飯尾さんはセリフをよく覚えているそう。マスターに相手役をお願いして読み合わせをすることもあるそうで、これまでマスターが代役を務めたのは「アンナチュラル」の主演・石原さとみさんをはじめ、深田恭子さん、綾瀬はるかさんなど名だたる女優たち。飯尾さんの名演技を裏で支えていたのは、やさしいマスター・尾崎さんの存在であった。

*店舗情報:「cafe GIGLET」東京都品川区大井 1-27-1-1F

東京・三軒茶屋「駆け出しの頃を支えた!無料の餃子」(※人生最高の一品)
飯尾和樹さんの“人生最高の一品”は、駆け出しの頃を支えてくれた「無料の餃子」。それは、飯尾さんがお笑いの世界に入って浅井企画に所属したばかりの頃、萩本欽一さんのアトリエ内にあったライブハウスでネタ見せをした帰りに、よく食べた思い出の味。ほぼ仕事もなかったため、持ち金はいつも200円ほどしかなかったという飯尾さん。お腹を空かせ小銭を握りしめて向かったのが、「餃子の王将」三軒茶屋店だった。

「餃子の王将」の看板メニューで“王将の魂”とも言える「餃子」は、豚肉、キャベツ、ニラ、にんにく、生姜、小麦粉など食材はすべて100%国産。王将特製の鉄板でパリっと焼き上げ、風味豊かなモチモチの皮とジューシーで味わい深い餡のハーモニーが広がる一品。そんな絶品餃子を「10人前(1皿6個×10皿=60個)を20分で食べられたら無料!」というチャレンジ大サービスを当時、三軒茶屋店でやっていた(※現在、三軒茶屋店では行っていない)。普通の感覚だと無理と思われるが、当時の飯尾さんは20代前半、しかも手持ち200円しかない貧乏芸人。ネタ見せが終わると、いつもキャイ~ンの二人とお腹を空かせて「餃子の王将」へ行き、毎回チャレンジしていたそう。『もし食べられなかったら、10人前の代金を払わないといけない』そう思うと、200円しか持ってなかった飯尾さんは、食べることができたという。決死のチャレンジではあったが、貧しくとも夢を追いかけていた飯尾さんを満腹にしてくれた忘れられない思い出の味であった。

*店舗情報:「餃子の王将 三軒茶屋店」東京都世田谷区太子堂4-22-15

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

毎回観ている番組ですが、ずん飯尾さんのゆる〜い1発ギャグが好きなので、今回は特に楽しみにしていました。飯尾さんがセレクトしたメニューは餃子の王将の餃子などで、この庶民的な感覚がますます好感度上がりました。三軒茶屋の餃子の王将は学生時代によく行ってたのでとても懐かしくて、またここのオリジナルメニューが食べたくなりました。

40代

ずんの飯尾和樹さんがゲストでしたが、40歳からブレイクしたと紹介されていましたが、関根さんがプッシュしていたので昔から知っていました。加藤さんが映画を見た話に対して「小さいグラスでビールが飲みたくなりますね」とおっしゃっていてそれを周りが褒めていましたが、この番組のスポンサーがサントリーだからだと後から知って感激しました。

30代


2021年9月18日放送回 ゲスト:大野将平

ゲストは、柔道家・大野将平さん。東京オリンピックでは「勝って当たり前」「金メダル確実」と言われる中、圧倒的な強さを発揮して見事、日本男子柔道史上4人目のオリンピック連覇を達成!“絶対王者”と呼ばれる大野さんが普段見せない素顔をのぞかせながら、おいしいものと共に自らの柔道人生、東京オリンピックの舞台裏について語った。

■お品書き

東京・駒沢「地獄の日々のご褒美!煮込み」
大野さんは小学校卒業後、親元を離れて上京。古賀稔彦さんや吉田秀彦さんなど多くの名選手を輩出した全寮制の柔道私塾「講道学舎」(※現在は閉塾)に入門。小学生の頃に全国大会で実績を残しスカウトされて入門した2歳上の兄の後を追って、『兄と同じ道を歩めば、俺も強くなる』と思い込み、周囲の反対を押し切って本格的に柔道の世界に飛び込んだ大野さん。すると、待っていたのは“日本一厳しい”と言われている寮生活だった。毎朝5時40分に太鼓の音で起床し、早朝トレーニング、掃除や食事の当番をこなした後、学校へ。学校が終わると、毎日3時間の稽古。そして夜は、自らの洗濯などは当然、高校生の先輩の付き人として身の回りのお世話までこなす…という日々。当時を振り返って大野さんは、『中1で人生を間違えた』『12歳にして人生をやめたいと思った』と語った。そんな生活を過ごした中高時代、大野さんにとって忘れられない“思い出”の味がある。それが、東京都世田谷区にあった「講道学舎」から程近く、駒沢公園通りから1本入った住宅街にある煮込み専門店「かっぱ」の名物「煮込み」。1950年創業、もともとは居酒屋だったが、煮込み専門店に変更し、今や行列のできる名店として知られる。

名物「煮込み」は、もつは使わず牛肉を使用。豆腐、こんにゃくと一緒に数種類ブレンドした味噌でじっくりと煮込んだ一品。高校生の先輩の付き人をしていた中学時代、先輩のおつかいで「かっぱ」へ行き、テイクアウトでタッパに入れてもらった「煮込み」。寮に持ち帰り、先輩が分けてくれた「煮込み」を山盛りのご飯の上にかけて食べた「煮込み丼」は、辛く厳しい寮生活の中で唯一の楽しみであり、おいしい思い出だという。

*店舗情報:「かっぱ」東京都世田谷区駒沢5-24-8

奈良・生駒「金メダリストの筋肉を作る!シャトーブリアン」
奈良県生駒市の山奥にあるヘレ肉(ヒレ肉)専門店「きみや」。ひっそりと佇む外観に、シンプルな店内…しかし、そこは“すごいヘレ肉を食べられる”と、グルメ界で知られた伝説の名店。ここに、母校・天理大学を練習拠点にしている大野さんは月に2回ほど通っているという。

『私の筋肉は、きみやさんの肉でできている』とまで語る大野さんの大好物が、鹿児島黒牛のヒレ肉の希少部位「シャトーブリアン」。その中でも、真ん中の一番いい部分を分厚くカットした最高級の肉をいつも食べているという大野さん。1枚は約200gで1人前2枚。まるでステーキのようにカットされた「シャトーブリアン」を豪快に炭火ロースターで両面を軽く焼き、フォークで割く。それほど柔らかく、赤身のヒレ肉だけに胃もたれしないという「シャトーブリアン」をニンニクたっぷりの特製ダレでいただく。

このお店には、大野さんの二人の恩師、篠原信一さん、そして男子柔道日本代表の井上康生監督とも一緒に行ったことがあるという。肉が大好きな井上監督はとても喜んでいたそうで、『東京オリンピック後に落ち着いたら奈良に行くから、きみやに行こう』という話をしているが、一方の篠原さんは『もう、おじいちゃんなので、あまり食べなかった』と、ちょっとイジった大野さんであった。

*店舗情報:「ヘレ専門店きみや」 奈良県生駒市鹿畑町907

「柔道の真髄を感じた料理人が作る!特製牛丼」(※人生最高の一品)
大野将平さんの“人生最高の一品”は、柔道の真髄を感じた料理人が作る「特製牛丼」。そのお店は、京都の阪急嵐山線「松尾大社駅」から徒歩約7分、桂川のほとりに店を構える「天ぷら松」。舌の肥えた京都の食通だけでなく、全国からもその味を求めて足を運ぶ客が絶えないという名店。創業50年以上、当初は天ぷら定食がメインだったが、現在はおまかせコースのみの会席料理店。

2代目店主の松野俊雄さんが作る料理は、ほぼ同じメニューはないという極上コース会席。毎回、料理を食べる度に唸らされているという大野さんは、松野さんに自らの感性と通ずるものを感じ、柔道家に通ずる精神を持つ料理人の姿を見たという。そんな松野さんが作る料理は、旬の食材を生かし、見た目にもこだわった逸品の数々。

そして、魚がちょっと苦手な大野さんのためだけに店主がシメに特別に用意した「特製牛丼」。近江牛のヒレ肉を和だしの甘ダレに絡めて、卵の黄身と黒七味で味にアクセントをつけた一品。これだけは毎回、シメに出している大野スペシャルメニューだという。

*店舗情報:「天ぷら 松」 京都府京都市右京区梅津大縄場町21-26

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

今日のお客様は、柔道家の大野将平さんでした。ファミチキで心が躍ったと話している所が、とても親近感を持ちました。大野将平さんは、立派な人になろう。尊敬される人になろうと、必死になっているように見えます。とても立派なことですが、そんなに急いで大人に成らなくても良いよと耳打ちしたくなります。さすがスポーツマンで好きな料理は肉料理でした。

60代

東京オリンピックで、金メダルを獲得した柔道の大野将平さんがゲストでびっくりしました。こうのような番組にも出られるのですね。座っている時の姿勢と、言葉遣いが奇麗で素晴らしいと思いました。自分のことを「私」と言うところも、その人柄の良さを垣間見た気がします。やはり学生の頃はファミチキにハマるのは分かります。

30代


2021年9月11日放送回 ゲスト:松本まりか

ゲストは、松本まりかさん。2018年に放送されたドラマ「ホリデイラブ」の“あざとかわいい”演技で一躍脚光を浴び、今や引っ張りだこ!そして今年、“2021年上半期ブレイク女優”第1位に輝いた松本さん。そんな彼女が、“あざとかわいい女子”とは全く異なる意外な素顔を見せながら、おいしいものと共に、苦節の女優人生を語った。

■お品書き
東京・中目黒「大のカレー好きが惚れた!最愛のスパイスカレー」
『カレーを1日3食!週5日!あり』と語り、カレーを3軒ハシゴすることもあるという松本さん。そんな大のカレー好きの松本さんが『相当おいしい』とオススメするのが、東京・中目黒駅から徒歩約3分の「カフェ・レッドブック」。もともとはコーヒーやパスタなどを提供するカフェダイニングとしてオープンしたが、今ではカレー通の間では知らない人はいない本格インドカリーをいただける名店。

松本さんのオススメは、「古白鶏のチキンカリー」。カレー好きを唸らせるのが、スパイスの効いたインドカレーをベースに、大量のタマネギをしっかりとローストして作るルー。1回の仕込みに約7〜7.5kgの玉ねぎを使って約3時間じっくりローストして玉ねぎとトマトの旨味を抽出し、8種類のスパイスを加える。そこに、古白鶏(臭みがなく、脂肪の少ない弾力のある歯応えが特徴のブランド鶏)を合わせた絶品の一皿。プライベートでインド一人旅の経験がある松本さんに、本場で食べたスパイス抜群のインドカレーを彷彿とさせるおいしさだという。

*店舗情報:「カフェ・レッドブック」東京都目黒区上目黒1-3-2

東京・新宿「辛いもの好きに目覚めた!タイラーメン」
10代の頃、タイ料理に出会ってタイカレーを知り、その後インドカレーに行きついたという松本さん。そんな松本さんが初めて行ったタイ料理店がJR新宿駅東口からすぐのタイ料理専門店「ゲウチャイ」。タイ国政府商務省認定「タイ・セレクト」の認定店だけに、まるでタイにいるかのような店内で、タイ直送の本場の食材で、本場の料理人が腕を振るう本格タイ料理が味わえる。

当時、母と「ゲウチャイ」によく行っていたという松本さんのオススメが「センレック・トム ヤム ムー」(豚挽き肉入りトムヤムビーフン)。野菜で甘味・旨味を増した鶏ガラスープに細い米麺(2mm)、そして豚挽き肉をはじめたっぷりの具材を使った、辛味、酸味を堪能できる一杯。『タイラーメンのスタンダードにしたい』と、松本さんが大絶賛するお店の女性人気No.1ヌードル。

*店舗情報:「ゲウチャイ」 東京都新宿区新宿3-21-7 東新ビル2F

東京・西尾久「衝撃!とろける とんかつ」
都電荒川線の宮ノ前停留所から徒歩2分、東京都荒川区西尾久の小さな商店街にあるお店「どん平」。実はここ、女優の安藤玉恵さんの実家でお兄さんが2代目店主。以前、安藤さんと舞台で共演したのをキカッケに、松本さんは安藤さんや舞台のメンバーで訪れているという。

松本さんオススメは、『こんなおいしいとんかつ食べたことない』というほど衝撃を受けた「とんかつ定食」。それは、ユニークな先代店主(安藤さんの父)が『お客様を喜ばせたい』という一心で考案した“ニュータッチとんかつ”。通常使用するロースやヒレではなく、“豚バラ肉のとんかつ”である。大鍋で醤油、おからと一緒にトロトロになるまで7〜8時間煮込んだ豚バラ肉を揚げ、創業以来継ぎ足しのデミグラスソースをかけていただく。お好みで、その上にソースをかけるのもオススメ。柔らかくてジューシーで、とろけるおいしさのとんかつは、まさに“とんかつの概念が変わる”一品。松本さんも、普通に2人前ペロリと平らげてしまうおいしさだという。

*店舗情報:「どん平」東京都荒川区西尾久2-2-5

「下積み時代を支えてくれた!“第二の母”の手料理」(※人生最高の一品)
松本まりかさんの“人生最高の一品”は、「“第二の母”と慕う松田美由紀さんの手料理」。伝説の名優・松田優作さんの妻にして、俳優の松田龍平さん、松田翔太さんの母である松田美由紀さん。美由紀さんとの出会いは、松本さんが19歳の頃…龍平さんの親友と共演したことをキカッケに龍平さんとも親しくなり、その後、松田家に居候する形になったという。約1年半の居候生活では、松本さんのことを我が子のように可愛がってくれたという美由紀さん。日常生活から、旅行も一緒に行ったりする中で、いつしか松本さんにとって美由紀さんは“第二の母”と慕う存在になっていた。そんな美由紀さんが日々、作ってくれた手料理が松本さんには人生で最も忘れられない一品だという。

当時、松田家で楽しい毎日を過ごす一方、松本さんは複雑な感情を抱いていたという。その頃は、女優と言える仕事もほぼなかった松本さんは、松田家の長男・龍平さん、次男・翔太さんが俳優としてスター街道を駆け上がるのを目の当たりにしていた。『二人は自分とはモノが違う…絶対に弱音は口には出さなかったけど、正直キツかった』。しかし、俳優一家の松田家で暮らすことで『今、仕事はないけど、私はずっと女優でいたい』という気持ちを持ち続け、女優という仕事にしがみついていた松本さん。その後10数年の下積み時代を経て、いま輝きを放っている。そんな松本さんには、松田美由紀さんからもらって大事にしている言葉がある。『ここに一つの光があって、この光さえ見失わなければ、どんなに回り道しても、ここに行き着くのよ』。この言葉を胸に松本さんはこれから、その光の先へと女優として進んでいく。

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

松本まりかさんが今週のゲストでした。松田美由紀さんとのことは初めて知ったのでビックリしました。松田さんの家に居候したそうで、松田さんが面倒見の良い方なのだなと感じました。松本さんのカレーへのこだわりがすごくて、以前、別の番組でもオリーブオイルとかオイルにもこだわりがあるのを見たので、こわだわりやさんなのかなという印象を受けました。お気に入りの新宿のタイ料理のお店は今度行ってみたいと思いました。

40代

松本まりかさんがゲストでした。透き通り肌に大きな瞳が美しいまりかさん。安くて美味しいお店を紹介してくれました。トークにも魅力があり、松田美由紀さんとのエピソードには、引き込まれていきました。一年半もの間、松田家に住まわせてもらっていた等と聞いて驚きました。また松田美由紀さんの人柄にも触れて、最後には涙を流して、これからの人生和を楽しみたいといい顔をしてました。

40代

中目黒駅からすぐの所にあるカレー屋さんがオススメみたいスープ状で辛味が強い南インドカレーとは勉強になります、一人でインドに行ってしまうなんてイメージに無いので驚きました。ヒョンビンが出ていた愛の不時着というドラマの役が理想の男性なのは納得だけど終わってしまうから最後見てないし彼呼ばわりしているのは妄想女子で面白かったです。豚バラで作るトンカツは美味しそうだったけど松本まりかさんの正直な気持ちが聞けて真面目な話をしているのに笑えるし将来が楽しみだし面白かったです。松田みゆきさんが第二の母なのは驚いたけど与えられた色々な言葉がどれも素敵で感動しました。

40代


2021年8月28日放送回 ゲスト:藤原竜也

ゲストは、藤原竜也さん。名演出家・蜷川幸雄さんに見いだされ、15歳にしていきなりロンドンで舞台デビューを果たし、その後、数々の名作に出演。テロリストのリーダー、新世界の神、借金まみれのクズ、新興宗教の教祖…個性的な役を演じれば、右に出るものはいない名俳優として大活躍。そんな藤原さんは『割と店をはずさない』と自負するほど、お店選びには自信を持つ。今回、隠れた名店を紹介する一方で、お店に対して“ボッタクリ疑惑”を抱いていた!? 番組では、“ボッタクリ疑惑”を大調査。すると、思わぬ展開に!また、人生最高の一品と共に順風満帆に見える俳優人生の知られざるエピソードを語った。
■お品書き

富山市常盤町「偶然から行きつけに!富山の鍋」
映画「鳩の撃退法」の撮影で約1カ月滞在した富山。その時、藤原さんが偶然見つけてお気に入りとなり、週に2、3回通い詰めたお店がある。それが、繁華街からちょっと離れた路地裏に佇む居酒屋「美和」。一人で切り盛りする女将の東狐美和子さんが、富山の旬の食材を使った料理や家庭料理をもてなしてくれる隠れた名店。

藤原さんのオススメは、寒い時期に食べた鍋料理。タラ、白菜、エノキ、椎茸、ネギ、豆腐など、その日仕入れた新鮮な食材を使い、能登味噌を使ったオリジナルの「タラの能登味噌鍋」。通常メニューにはない鍋を藤原さんらのために特別に作ってくれたという。

そして、富山湾名物の白エビを使った「かき揚げ」も絶品。

自分で見つけたお気に入り店「美和」に共演者やスタッフを連れて行き、女将さんが作る料理に舌鼓を打ち、撮影の疲れを癒し、楽しい時間を過ごしていた藤原さん。ところが一方で、お店に対してボッタクリ疑惑が!?共演者の岩松了さんらと「美和」に行った時、食事代を払ってくれた岩松さんが『結構高かったね』の一言。それに対し、『ぼられてるんじゃないですか』と言ったという藤原さん。そこで、番組で疑惑について聞いてみたところ…女将さんから『キープした焼酎がまだ2本あります。その分をのせた金額です』と反論が!真相はボッタクリどころか、実は納得のお値段であった。

*店舗情報:「美和」富山市常盤町1-10

大阪・北新地「兄弟が営む!隠れ家居酒屋のハンバーグ」
藤原さんが大阪に行く度に必ず足を運ぶお気に入りのお店がある。北新地の雑居ビルにある「喰海」。おばんざいスタイルで家庭料理をいただける韓国風居酒屋で、藤原さんが連れて行った多くの俳優仲間やスタッフは全員、気に入ってくれるという名店。

藤原さんのオススメは、これぞ“家庭のハンバーグ”という「ハンバーグ」。

そして、韓国から取り寄せた激辛唐辛子と秘伝のタレで漬け込んだ「ぼたん海老ジャン」。

大好きなこのお店には、家族とも一緒に行ったことがある藤原さん。すると、またボッタクリ疑惑が!?支払いを終えた妻が『パパ、ちょっと高かったね』というので、明細票を確認した藤原さんは『こんな食ったっけな?』と思ったんだとか。そこで再び、番組で疑惑について店主の岡村さん兄弟に聞いてみたところ…『ウチほど明朗会計な店はないです。ぼってないです』と、二人は声を揃えて反論。さらには、『いつも支払いの時になると渋い顔する。それさえなければ、大スターなのに』と、藤原さんの素顔を暴露。ボッタクリ疑惑をかけたがために、ちょっとはずかしい思いをした藤原さんであった。

*店舗情報:「喰海」大阪府大阪市北区堂島1-3-29 日宝新地レジャービル 1F

イギリス・ロンドン「異国の地で出会った!舟盛り」(※人生最高の一品)
藤原竜也さんの“人生最高の一品”は、異国の地ロンドンで出会った「舟盛り」。15歳の華々しいデビュー以来、数々の名作に出演し、一気に人気俳優へと駆け上った藤原さんは25歳の時、人生の歯車をあえて一度止めることを決断。そして、単身イギリス・ロンドンへ留学をする。英語もしゃべれない中、誰も知らない街でとにかく自分ですべてやってみようと奮闘する生活を送っていたが、3カ月経った頃にホームシックになり、辛くなったという。その時、『もし何か困ったことがあったら、この店に行ってみろ』と野田秀樹さんに紹介してもらっていたお店を訪ねた藤原さん。それが、ロンドンのカムデンエリアにある日本料理店「寿司若」だった。

孤独を抱え、一人で来店した藤原さんを温かく迎え入れてくれたのが大将の広瀬誠さんだった。英語のことから生活のことまで何でも優しく教えてくれ、来店する度にお寿司をはじめ、焼き鳥など、藤原さんが食べたいものを何でも作ってくれたという。中でも印象に残っている料理が、注文してもないのに『竜ちゃんが来てくれたから』と出してくれた「舟盛り」。食べきれないほどに盛られた新鮮な刺身の味が、大将の優しさと共に藤原さんにとって今でも忘れられない一品。しかも、大将は藤原さんから食事代を1度も受け取ることはなかったという。

今回、番組で調べたところ、藤原さんの思い出のお店「寿司若」は閉店していたことが判明。大将の広瀬さんが高齢になったこと、そしてコロナ禍もあり、38年の歴史に幕を閉じたというのだ。そこで、収録の際、ロンドンの大将一家と東京のスタジオをリモート中継で結んで、画面越しの再会が実現した。人生の歯車を止めて渡った異国の地で辛い時に優しくしてくれた大将の存在、そして大将が作ってくれた日本料理。この出会いと思い出の味は、藤原さんにたくさんのことを教えてくれ、ロンドンでの経験が今、俳優人生に生かされている。

*店舗情報:「寿司若」※閉店

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

藤原竜也さんの歯磨き粉ネタは芸能人の方でもやるんだと笑ってしまいました、富山の居酒屋のタラ鍋は美味しそう、女将が一人でやっていて店の雰囲気が良いのが最高なのにボッタクリ疑惑は笑えました。大阪のおばんざい風韓国居酒屋は全部美味しそう、だけどボッタクリ疑惑を向けてお金の支払いに渋い事がバレてイメージが変わったし面白かったです。イギリスの寿司屋は閉店していたのは残念ですね、ロンドンと中継だったのはビックリだけど元気だと分かると安心しますね。小心者の気配を消して橋から飛び降りるとかやるだけ凄いです、やっぱり大物は度胸が違いますね。

40代

俳優の藤原竜也さんは髪型から声も、全く昔からお変わりないのでいつも驚かされます。蜷川幸雄さんとのエピソードも聞けたのが嬉しかったですし、世界の蜷川が今の時代に残した偉大な俳優さんだなと思いました。新興宗教の教祖の役もやっていたと紹介されていましたが是非今度見ようと思います。お店を見極める心眼力もお持ちなのですね。

30代


2021年8月21日放送回 ゲスト:田村淳(ロンドンブーツ1号2号)

ゲストは、ロンドンブーツ1号2号の田村淳さん。お笑い芸人としてだけでなく、執筆活動やビジネスなど多彩な才能を発揮し、タレントの枠を超えて縦横無尽に活躍する淳さんが、おいしいものと共に、青春時代から、芸人人生、最愛の母との思い出などを語った。
■お品書き

福岡・奈多「未だに衝撃を忘れられない!パスタ」
淳さんの青春時代の思い出の味は、地元・山口県下関市にあった喫茶店「KIKI」の「カルボナーラ」。高校時代に先輩の紹介でそのお店でアルバイトをしていた淳さんは、賄いで出てきた「カルボナーラ」に衝撃を受け、未だに忘れられないという。そんな「カルボナーラ」を作ってくれたオーナーが後に、下関を離れて福岡で始めたお店が居酒屋「達磨」。

THE居酒屋な雰囲気からは想像できないが、淳さんの青春時代の味は現在、「達磨」でも味わえる。玉ねぎ、ベーコンなどの具材とパスタを白ワインと生クリームで炒めた後、生クリームと卵、パルメジャーノ・レッジャーノで作ったソースをボウルで混ぜ合わせ、最後に揚げたウインナーを添えた一品が、その名も「思い出のカルボナーラ」。炒める時、そしてソースに生クリームを使ってコクを出すこと、またソースをボウルで混ぜ合わせることが、おいしさのポイントだという。

福岡で仕事の際、「達磨」で約30年ぶりに「カルボナーラ」を食べた淳さんは、その時、青春時代のいろんな思い出が蘇ったそう。そして、思い出があるからおいしい記憶が残っていると思っていた淳さんだったが、その味は高校時代に受けた衝撃そのまま、理屈抜きにおいしかったという。

*店舗情報:「達磨」福岡県福岡市東区塩浜1-3-1

東京・八重洲「“変態料理人”が作る!究極の肉料理」
東京駅から程近い、徒歩2分のレストラン「otanto 料理人・W」。ここに、淳さんが“料理の変態”と呼ぶ料理人がいる。その人物が、渡辺一史さん(通称)ナベさん)。淳さんがナベさんと初めて出会ったのは、ナベさんが以前オーナーシェフだったお店「tanto」の頃。ナベさんは当時、キッチンだけでは事足りず客席を半分使い、ありとあらゆる食材を用意し、料理開発に没頭、いや命をかけている感じだったという。そんなナベさんは料理に関しては採算度外視。そのため、自分のお店は閉店に追い込まれてしまった。しかし、ここまで料理に命をかけるナベさんを何とかしてあげたいと出資者が現れ、現在の「otanto 料理人・W」をオープン。変態ぶりを発揮して、料理の腕を振るっているのだ。そんなナベさんは、旬な食材をスタンダードな調理法から型破りな調理法、意外な食し方で、おいしい料理として提供してくれる。

ナベさんの作る料理で、淳さんが最も衝撃を受けたのが、「熟成肉のリゾット」。まず、1時間以上熱した後の石焼き鍋で焦げるほどまでによく焼いた熟成肉サーロインを卵と鬼おろしのソースでいただく。

その後、焼いた熟成肉サーロインの肉汁が残る石焼き鍋に、きのこ、ハム、モッツアレラ、ご飯を入れ、卵や生クリームなどを加えてできあがる一品が「熟成肉のリゾット」。それは、まさに食べたことのないおいしさだという。

さらに、そこから驚きの味変メニューがある。それが「リゾット」に、パルミジャーノ・レジャーノ、胡椒、そして緑茶(伊右衛門)を加えた「お茶漬け」。熟成肉サーロインをはじめ、出汁という出汁が溶け込んだ究極のおいしさだという。

ちなみに、このお店は大切な人と語らいながらの食事会には向いてないと淳さんは語った。実際、淳さんも家族とは一緒に行ったことがないという。理由は、ナベさんが各テーブルに来て食材や調理法、食べ方、薀蓄など、ずっとしゃべりっぱなしになるからだそう。

*店舗情報:「otanto 料理人・W」東京都中央区日本橋3-4-1第二弥生ビル7F

山口・下関「最愛の母との思い出が詰まった!瓦そば」(※人生最高の一品)
田村淳さんの“人生最高の一品”は、最愛の母との思い出が詰まった下関名物料理「瓦そば」。それは、淳さんが帰郷する度に、母・久仁子さんが『ここの瓦そばが一番』と、必ず食べに行っていた割烹「しらさぎ本陣」の「瓦そば」。名物料理だけに下関市内には「瓦そば」のお店はたくさんあるが、田村家ではわざわざ車で約30分かけてここに足を運ぶという。

西南戦争(1877年)の時、薩摩軍の兵士が野戦の合間に、瓦を熱してその上で肉や野菜を焼いて食べていたことをきっかけに誕生した「瓦そば」。茶そばや牛肉などを熱した瓦の上でジュワッと焼き、その上に錦糸卵、刻みネギ、刻み海苔、レモン、もみじおろしなどをのせた、彩りも鮮やかな野趣溢れる一品。おこげも付いてカリカリで、かつモチモチ感のある茶そばを温かいつゆにつけていただく。

「しらさぎ本陣」の「瓦そば」が大好きだった淳さんの母・久仁子さんは、1年前(2020年8月)にガンで他界。久仁子さんは、淳さんが20歳の時から『もし自分に何かあった時は、延命治療はしないで』とずっと言い続けていたという。実際にガン発覚後、一切の延命治療を拒否。そして、葬儀からすべて身の回りのことを生前に準備して天国へ行った久仁子さん…最期まで自分らしく生きた母との思い出が詰まった「瓦そば」は、淳さんにとって忘れられない味であった。

*店舗情報:「しらさぎ本陣」山口県下関市菊川町久野556-18

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

ゲストはロンブーの田村淳さんでした。冒頭に「地方に行ったときの家族からのお土産リクエストにきっちり応える」加藤さんと紹介されて、淳さんが「僕の知ってる加藤さんじゃない」と話していました。このやりとりが象徴されるようにお二人とも尖ったキャラから変わったなと感じていました。亮さんの金髪が加藤さんの提案なのは初めて知り驚きました。結婚のなれそめでは、キャラが変わってしまうことを不安に思い別れを切り出したり、その後結婚前提のお付き合いになったりと揺れる気持ちがよく伝わる秘話でした。

30代

ロンドンブーツの田村淳さんがゲストでしたが、加藤浩次さんの接し方を見ていると、どうやら極楽とんぼの方がかなり先輩のようですね。昔の吉本時代のエピソードも語っていましたが、当時は髪を赤く染めていたりで、今の若い世代はイメージが湧かないでしょうね。八重洲のスープリゾットはおしゃれでとても美味しそうでした。

30代


2021年8月14日放送回 ゲスト:ダチョウ倶楽部

ゲストは、ダチョウ倶楽部の肥後克広さん、寺門ジモンさん、上島竜兵さん。結成36年目!元祖リアクション芸人として長年活躍してきた大ベテランの仲良しお笑いトリオが、芸人人生で出会ったおいしいものと共に、伝説のお笑い番組の秘話などを語った。
■お品書き

東京・新中野「後輩芸人と囲んだ!ホルモン鍋」
上島竜兵さんを筆頭に肥後克広さん、有吉弘行さん、劇団ひとりさんなど太田プロダクション所属芸人を中心とした集団“竜兵会”。その竜兵会のメンバーが集まって、よく食事会を行っていたのが、東京の新中野にある韓国料理店「オジャンドン」。厚さ1センチもある厚切り上タン塩をはじめ、サムギョプサル、チーズチヂミなどのメニューが人気のお店。

一時は毎日のようにメンバーの誰かと顔を出していたという上島さんのオススメは、「ホルモン鍋」。コムタンスープをベースに野菜、牛ホルモンがたっぷり入って、ちょっと辛めに仕立てた鍋は、ビールと最高に合う絶品の一品。

*店舗情報:「オジャンドン」東京都中野区中央4-1-21

福岡・小倉「“鰻の神様”が焼く!天然鰻」
ゲスト出演(2017年6月5日放送)をはじめ、当番組に過去3回出演しているジモンさんが今回満を持して紹介したのが、福岡県北九州市小倉にある1926(昭和元)年創業の鰻料理の名店「田舎庵」。

オススメは、天然鰻の「白焼」と「蒲焼」。天然鰻は、漁期の5〜11月頃までは有明海や豊前海の鰻を中心に竹筒漁、はえ縄漁、石倉漁などで漁師が採った厳選した逸品。『天然鰻は産地によって、食べるエサも育つ環境も異なるので味が違う』と語るジモンさんは、このお店で天然鰻の食べ比べをするんだとか。

ここの鰻で何より驚くのが、“鰻に火を食わせる”と称される独特の焼き方。ジモンさんが“鰻の神様”と尊敬する3代目店主の緒方さんは、鰻を折り曲げながら焼き、皮の下部分にあるゼラチン質を溶かして脂を落とす。すると一度焼いた鰻に水をかけて温度をいったん下げ、そして再び焼く。全体に火が通るまで、何度もこれを繰り返し、皮が炭になる直前まで約30分じっくり丁寧に焼く。こうして焼き上げられた「蒲焼」は、鰻本来の旨味を最大限に引き出し、皮目はパリッと中はふっくらと香ばしい一品。蒸さずに地焼きのみなので鰻の味が凝縮され濃くなり、一番おいしい状態で味わえるという。ジモンさん曰く、『香ばしくて口の中でジュワッとなって、天国にいっちゃう』そうで、鰻の概念が変わる、食べたことのないおいしさだという。

*店舗情報:「田舎庵 小倉本店」福岡県北九州市小倉北区鍛冶町1-1-13

東京・四谷三丁目「華やかなテレビの世界を実感した!特選和牛の焼き肉」(※人生最高の一品)
ダチョウ倶楽部の3人にとっての“人生最高の一品”は、四谷三丁目にある「羅生門」の「焼き肉」。ダチョウ倶楽部が出演していた「爆笑!スターものまね王座決定戦」(フジテレビ)の収録後、よく出演者とスタッフで開催された打ち上げ会場が、「羅生門」四ツ谷本店であった。

打ち上げでは、メニューを見て注文することはなく、特上のお肉がどんどん出てきて夢のような宴会だったそうで、中でも上島さんが衝撃を受けたのが「スペシャルタン塩」。それまで食べたことのなかった「タン塩」を初めて口にした時、もうびっくりして言葉を失ったという。

肥後さんとジモンさんのオススメは、リブロースの希少部位を贅沢にカットした「スペシャルカルビ」。1枚が大きく、ボリューム満点の極上カルビを白飯と一緒に食べるのがたまらなく至福だったという。

「羅生門」の特選和牛の「焼き肉」は、お笑い全盛期と言われる1990年代、ダチョウ倶楽部の3人が初めて華やかなテレビの世界を目の当たりにした味であり、3人で歩んできた36年の芸人人生の中で、思い出として3人共に忘れられない最高の一品であった。

*店舗情報:「羅生門 四谷本店」東京都新宿区舟町7-14 ダイアパレス1F

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

ダチョウ倶楽部さんが出演されていて、お笑いの中でもあまり好きな人たちではないのですが、後輩芸人の方々から慕われておられて、今のバラエティの中心の方々が竜兵会のメンバーだったようです。紹介されていたお店の中でも福岡、小倉のうなぎ屋さんがたまらなく美味しそうでした。天然うなぎの白焼き、蒲焼き、皮が炭になる直前まで焼くらしく、めちゃくちゃ美味しそうでした。

50代


2021年8月07日放送回 ゲスト:重岡大毅

ゲストは、重岡大毅さん。ジャニーズWEST“不動のセンター”として人気を誇り、現在放送中の金曜ドラマ「#家族募集します」でGP帯連続ドラマ初主演を務めるなど、俳優としても引っ張りだこ。そんな重岡さんが、飾らない人柄そのままに関西人キャラを炸裂、一方でカッコつけキャラも全開にしながら、絶品の麺づくしと共に、自らのアイドル人生を語った。
■お品書き

大阪「ジャニー喜多川さんとの思い出が詰まった!うどん」
関西ジャニーズJr.時代の重岡さんが、ジャニー喜多川さんによくごちそうになったお店がある。リーガロイヤルホテル大阪の地下1階にある「道頓堀 今井」リーガロイヤルホテル店。1946年創業の老舗うどん店で、大阪では知らない人がいないほどの有名店。関西をはじめ、東京、名古屋など全国に展開しており、出汁の旨味が効いた、上品な薄味の中に奥深い味わいの「関西風うどん」が味わえる。

今井のうどんが大好きだったジャニー喜多川さん。大阪に来た際に、重岡さんは声をかけてもらい、関西ジャニーズJr.の数名と一緒に何度もうどんをすすったという。いつも食べていたのが「きつねうどん」。北海道産の天然真昆布と九州産のさば節、うるめ節を使用し、昔ながらの八升釡で仕上げた出汁がとにかく絶品の一杯。

ある時、一緒にうどんを食べていると一人の先輩の麺が固結びになったことがあったという。すると、ジャニー喜多川さんから『YOUいいことあるよ』の言葉が。それを目の当たりにした重岡さんたちは、ここぞとばかりに固結びの麺を作って、ジャニー喜多川さんに対して必死にアピールしたんだとか。

*店舗情報:「道頓堀 今井 リーガロイヤルホテル店」大阪市北区中之島5-3-68 B1

東京・日比谷「デビューを夢見てすすった!ラーメン」
関西ジャニーズJr.時代、選抜メンバーとして度々上京して日生劇場のステージに立っていた重岡さん。その頃に、みんなでよく出前で注文していたのが「芳蘭」のラーメンだった。実はこのお店は、石原裕次郎さんをはじめ名だたるスターが愛した名店。出前でしか食べたことなかった重岡さんは、そんな有名店だとは知らなかったそう。今回、『だから、めちゃくちゃおいしいんだ』と合点がいったという。

重岡さんがいつも食べていたのは、「味噌バターラーメン」。北海道の製麺所から空輸して仕入れている特製麺を使い、スープは味を守るために創業以来の継ぎ足し。当時、ステージでめちゃくちゃ踊ってハードな日々を送っていたので、弁当だけでは物足りない重岡さんの胃袋満たしてくれた思い出の一杯で。

*店舗情報:「芳蘭」東京都千代田区有楽町1-2-9 TS日比谷ビルB1F

東京・銀座「メンバーとの思い出が詰まった!とんこつラーメン」(※人生最高の一品)
重岡大毅さんの“人生最高の一品”は、ジャニーズWESTのメンバーとの思い出が詰まった「とんこつラーメン」。それは、上京した際の滞在ホテルの近くにあって、公演終わりにメンバーみんなとよく通っていた「九州じゃんがら」銀座店。東京暮らしになってからも、都内で店舗を見つけたら吸い込まれるように入ってしまうほど、重岡さんにとって大好きなラーメンが味わえる。

重岡さんオススメは、「からぼん」。豚骨をメインにじっくり煮だし、げんこつ独特の野性的な香り、旨味のある濃厚とんこつスープに、十数種類のスパイスを入れて辛みを追加。ただ辛いだけではない味の深みを追究し、口の中にじんわりと、ほどよい辛さの余韻が残る一杯。そこに角肉をトッピングするのが、重岡さんのオススメ。

関西ジャニーズJr.時代から苦楽を共にし、デビューしてからも『めっちゃ仲良し』と言うほど深い絆で結ばれているジャニーズWESTのメンバーたちと一緒に味わった「とんこつラーメン」は、重岡さんにとって当時の気持ちを思い出させてくれる大切な味である。

*店舗情報:「九州じゃんがら 銀座店」東京都中央区銀座 6-12-17

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

毎週見ている人生最高レストラン昨日のゲストは渡辺えりさんでした。番組開始から渡辺さんのトーク全開でとても面白かったです。ドイツに行った際のエピソードでドイツ人と山形県民は真面目なところが似ているとか、道にゴミが落ちていのは山形と一緒という話や、池袋の飲食店でバイトをしていた時の女将の話など、面白くて30分があっという間に過ぎてしまいました。

40代

いつも明るくて誰とでも仲良くなれそうなイメージのある重岡さんですが、ジャニーズWESTのメンバー以外には人見知りなところがあるなど少しイメージが変わりました。神山さんのメッセージもとてもしっかりしていて、これからも応援していきたいと思いました。思い出の料理にまつわるエピソードもおもしろく、意外な一面も知ることができました。

30代

ジャニーズWESTの重岡大毅さんは関西ジャニーズの中でもトークが素晴らしいといつも思っていましたが、冒頭の、事務所入所エピソードだけでその実力が垣間見られました。いつまでも聞いていられますね。ドラマにも沢山出ていてこれからもっとマルチに活躍するでしょうね。桐山照史さんが直談判してデビューが決まったのは知りませんでした。

30代


2021年7月24日放送回 ゲスト:渡辺えり

ゲストは、渡辺えりさん。実力派俳優としてだけでなく、劇作家として多くの作品を手掛け、現在は日本劇作家協会会長を務め、第一線で活躍し続ける渡辺さん。『芝居が人生』という渡辺さんがおいしいものと共に、身振り手振りでまるで芝居をしているかのようなトークを展開しながら、自らの芝居人生を語った。
■お品書き

東京・新宿「故郷を感じた!ドイツ料理」
渡辺さんが新宿の紀伊國屋サザンシアターで公演後、よく行くお店がある。1930年創業の老舗洋食屋「つばめグリル」の新宿タカシマヤタイムズスクエア店。デパート上階のオープンテラスで開放的な気分を味わいながら、生ビールを飲むのが最高の瞬間だという。

ハンバーグやソーセージなど多くのドイツ料理が並ぶメニューの中で、渡辺さんオススメは「ニシンの酢漬け つばめ風」。ノルウェー産ニシンを酢、砂糖などを入れた液に4日間漬けた一品。辛子醤油でいただくのが最高だという。

渡辺さんには、「ニシンの酢漬け」が大好きな理由がある。それが、“ドイツ人が山形県人に似ている”からだという。渡辺さんがドイツに芝居を観に行った時、キレイ好きでゴミ一つ落ちてない街、そして、親切な人々に感激。キレイ好きで親切なところが、山形県人そっくりなんだとか。特に、ビール祭りに行くために道を尋ねた際、女子学生がすごく丁寧に教えてくれたり、バスでは降車タイミングに車中の全員が『ここだ!』と言ってくれたり、ドイツ人の優しさに触れた渡辺さん。無事にビール祭り会場に到着し、おいしいビールと一緒に食べたのが本場の「ニシンの酢漬け」だったのだ。

*店舗情報:「つばめグリル 新宿タカシマヤタイムズスクエア店」
東京都渋谷区千駄ヶ谷5-24-2 タカシマヤ タイムズスクエア13F

東京・銀座「山形の一流シェフが作る!絶品パスタ」
“食材の宝庫”山形のおいしい食材を生かした料理が評判のお店、東京・銀座の山形県アンテナショップ「おいしい山形」2階にある「YAMAGATA San-Dan-Delo(サン・ダン・デロ)」。山形県鶴岡市にあるイタリアンの名店「アル・ケッチァーノ」オーナーシェフ奥田政行さんの理論を継承・進化させた味が、銀座で味わえる。

渡辺さんオススメは、山形県産の野菜をたっぷり使った「季節野菜いっぱいのペペロンチーノ」。山菜ミズ、おかひじき、さやえんどう、メロンコ(子メロン ※メロンを育てる際に間引いたもの)、オクラ、アスパラ、いんげん、きゅうり、ロケットサラダ、からし菜、ズッキーニ(黄、緑)、.わさび菜といった季節野菜・全12種類に、庄内豚のベーコンなど山形県産の食材で作ったこだわりの一品。見た目は、パスタが一切見えず、まるでサラダのよう。おいしい季節野菜とパスタの絶妙なハーモニーがたまらないおいしさ。

*店舗情報:「YAMAGATA San-Dan-Delo」東京都中央区銀座1-5-10

東京・池袋「東京のママと出会った!おでん」(※人生最高の一品)
渡辺えりさんの“人生最高の一品”は、「おでん」。芝居の道へ進むために上京し、舞台芸術学院に進学した渡辺さんが18歳からアルバイトをしていたお店、東京・池袋の「おでん やま」。そこで、芝居に励みながら約8年間働いた渡辺さんにとって、「おでん やま」のママは、料理のイロハから人との接し方など教えてくれた“東京のママ”という存在。そんなママ・新妻栄子さんは、79歳の今も元気にお店を切り盛りしている。ちなみに、ここには中村勘三郎さんや笑福亭鶴瓶さんなども連れて行ったことがあるそう。

「おでん」は、かつお節と昆布でとった出汁に濃口醤油ベースの関東風。働いていた頃は、ママに教わって渡辺さんが仕込むこともあったという。渡辺さんが好きなのは、白滝、こぶ、ちくわぶ、卵、大根など。

芝居に励む渡辺さんをずっと応援してくれていたママ・新妻さんは、渡辺さんの舞台をすべて観ている唯一の存在。そんなママの深い愛情もしみ込んだ「おでん」こそ、どんな高級店や有名店のおでんにも負けない…渡辺さんにとって“人生最高の一品”。

*店舗情報:「おでん やま」東京都豊島区西池袋1-37-12 ロサ会館 2F

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

毎週見ている人生最高レストラン昨日のゲストは渡辺えりさんでした。番組開始から渡辺さんのトーク全開でとても面白かったです。ドイツに行った際のエピソードでドイツ人と山形県民は真面目なところが似ているとか、道にゴミが落ちていのは山形と一緒という話や、池袋の飲食店でバイトをしていた時の女将の話など、面白くて30分があっという間に過ぎてしまいました。

40代

ゲストの渡辺えりさんの意外な素顔を知ることができ、驚きました。ものすごくよく喋る方という印象でしたが、上京当初は全く話さないほど寡黙な人で、自分の言いたいことが言えなかったからこそ女優や劇作家をしていると知りびっくりしました。また、クセ強い面白い人として小泉今日子さんを挙げられ、エピソードには爆笑しました。島崎和歌子さんの大笑いの声にも、いつも元気をもらっています。

30代

昨日から始まったオリンピックばかり見ていたので、なんだか普通のバラエティー番組が新鮮に感じました。渡辺えりさんはトークも面白くて、昔から声も容姿もさほど変わり映えなくて素晴らしいですね。池袋のおでん屋さんを美味しそうに見えないと言っていましたが、おでんは地味で確かに旨そうに見えないかもしれないですね。

30代


2021年7月3日放送回 ゲスト:佐々木蔵之介

ゲストは、佐々木蔵之介さん。映画やドラマ、舞台などで活躍し続ける名俳優は、刑事役などのクールなイメージとは異なり、実は超おしゃべりでオモシロ大好きな関西人。しかも、意外にもちょっとオトボケなところも。そんな素顔を見せながら、終わらせることができなかったという俳優人生を振り返った。
■お品書き

兵庫・神戸「演劇サークル仲間と食べた!六甲のとんかつ」
実家の造り酒屋(佐々木酒造)を継ぐつもりで、蔵之介さんが進学した神戸大学農学部。そこで、蔵之介さんは演劇と出会い、演劇研究会「はちの巣座」に所属。そして、劇団「惑星ピスタチオ」の旗揚げに参加し、芝居が日常になっていったという蔵之介さん。腹筋善之助、シャンプー服部、ピーター本田、スパルタカス高須…変わった芸名の仲間たちと稽古終わりによくご飯を食べに行ったのが、阪急六甲駅近くの「ヨシダ」というお店。そこの「とんかつ」が“青春の思い出の味”だという。そこで、番組スタッフが実際に六甲に行き、捜索してみると…そのお店は、「ヨシダ」ではなく「みやま」というお店であったことが判明。しかし残念ながら、「みやま」は2〜3年前に閉店。蔵之介さんが「思い出のとんかつ」と再会を果たすことは叶わなかった。では、そもそも「ヨシダ」というお店は何なのか??さらに取材を進めると、とあるビルの3階に確かに存在していた。訪ねてみると…「お好み焼き 鉄板焼き よし田」という看板を発見!実は、「よし田」は、とんかつ店ではなく、お好み焼き&鉄板焼きのお店だったのだ。しかし、「よし田」も既に閉店。その顛末をスタジオでVTRを見た蔵之介さんは、自分の曖昧な記憶を恥ずかしがりながらも、懐かしい青春時代を振り返り、幸せを感じることができたという。

東京・下北沢「都会の苦味を癒してくれた!蕎麦」
大学卒業後、実家の造り酒屋を継ぐために勉強になるからと、広告代理店に就職した蔵之介さん。一方で、サラリーマン生活の傍ら、劇団「惑星ピスタチオ」に所属して演劇も続けていた。そんな中、東京の劇団から強く誘われ、実家を継ぐ選択肢を捨てて上京した。ただ『役者をやりたいというより、終わらせられなかった』という気持ちだったそう。東京で初めて暮らした街が、下北沢。そこで出会ったお気に入りのお店が、「十割蕎麦処くりはら」だった。趣味で蕎麦作りを始めた店主がどんどんのめり込み、すべて我流で作るこだわりの蕎麦がいただける、知る人ぞ知る名店。蕎麦だけでなく、打ち台やカウンター、食器に至るまで、店主の手作りだという。ちなみに、営業は金・土・日のみ。関西人なので「蕎麦よりうどん」派だった蔵之介さんだが、このお店で蕎麦のおいしさに目覚め、蕎麦の楽しみ方を知ったという。

蕎麦は、豊かな香りと甘味が特徴で蕎麦職人や蕎麦通から圧倒的支持を得ている茨城県茨城県桜川市産のブランド品種「常陸秋そば」を使用。石臼で手挽きした自家製粉を丁寧に手打ちした蕎麦は、たまらなく絶品。酒のお供には、「揚げそばがき」、「粒そば味噌和え」が最高だという。

*店舗情報:「十割蕎麦処くりはら」東京都世田谷区北沢4-16-10 1F

京都・祇園四条「愛してやまない!故郷の鯖寿司」(※人生最高の一品)
佐々木蔵之介さんの“人生最高の一品”は、最愛の故郷・京都の「鯖寿司」。江戸時代に誕生した「鯖寿司」は、京都ではお祭りやお祝いなど、ハレの日に家庭でよく食べられ親しまれてきた。その「鯖寿司」を専門的に作り始めたのが、1781年創業の名店「いづう」。冷蔵技術が発達していなかった時代に、魚介類を若狭湾から京都へと運ぶためのルート“鯖街道”を経て届いた塩漬けの鯖を使って「鯖寿司」は作られ、庶民の間で貴重な青魚を楽しむ文化が生まれた。そんな庶民の味を料理人の技で磨き、専門店として初めて世に送り出したのが「いづう」だった。

「いづう」の名物「鯖姿寿司」は、一本一本手作り。鯖は、日本近海の脂がのった真鯖、米は滋賀県産の江州米、寿司全体を包む昆布は北海道産。脂がのった鯖と450gのシャリ、そして昆布の旨味が合わさった極上の一本。時間が経つにつれ、昆布の旨味が寿司へとうつり、昆布、鯖、シャリが馴染み合ってきて、たまらないおいしさだという。

蔵之介さんにとって「いづう」の「鯖姿寿司」は、京都に行った時いつも買うものではなく、仕事がうまくいった時などに買う、自分へのご褒美。それだけに、京都駅の「いづう」売店で買った「鯖姿寿司」を新幹線で食べるのは、何よりの楽しみだという。まずは昆布を一旦はがし、肉厚の鯖を食べて、ビールを一口。その後、はがしておいた昆布だけを味わう…これが蔵之介さん最高の時間の過ごし方。

*店舗情報:「いづう」京都府京都市東山区八坂新地清本町367

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

佐々木蔵之介さんがデビューまでのストーリーを語っていましたが、蔵之介は芸名なのですね。結構、周りの人もいい加減なネーミングらしくて面白かったです。サラリーマンをしながら劇団に所属して、最初は舞台中心だったのを知りませんでした。古田新太さんからのエピソードを当人が覚えてなかったのが古田さんらしかったです。

30代

佐々木蔵之介さんがゲストでした。芸名を決めるときに、実家が酒蔵だったことから蔵之介になったと話していましたが、演劇サークル仲間の芸名がシャンプー服部、スパルタカス高須とインパクトが強くて笑ってしまいました。神戸大学時代に通ったとんかつ屋「ヨシダ」を思い出の味に挙げましたが、記憶違いでお好み焼き「よし田」ととんかつ屋「みやま」だったと判明し、爆笑しました。古田新太さんのエピソード、一人20役の舞台マクベスのセリフ覚えの話など盛りだくさんであっという間の時間でした。

30代


2021年6月26日放送回 ゲスト:西川貴教

ゲストは、西川貴教さん。1996年、T.M.Revolutionとしてソロデビュー以来、アーティストとしての音楽活動はもちろん、俳優として映画に、そして芸人顔負けのキャラクターでバラエティにも引っ張りだこ!さらには、ベストボディ・ジャパン2020日本大会モデルジャパン部門ゴールドクラス(50歳~59歳)で見事に優勝に輝き、その究極の肉体美でも大注目!また、故郷である滋賀県の観光大使としても精力的に活動し、大型野外ロックフェス「イナズマロック フェス」を毎年開催。50歳にしてマルチに活躍する西川さんが自らのエネルギッシュな人生をおいしいものと共に語った。
■お品書き

東京・北青山「自分へのご褒美に食べる!極上ステーキ」
身体を鍛えている西川さんが、自分へのご褒美に行くお店がある。それが、美食家を唸らす“極上ステーキハウス”として知られる「ウルフギャング・ステーキハウス」。ニューヨークの名門ステーキハウス「ピーター・ルーガー ステーキハウス」で40年以上活躍したウルフギャング・ズウィナー氏が独立して、2004年マンハッタンに創業。こだわりのステーキのおいしさで人気を呼び、現在は日本にも5店舗を展開。西川さんは、アメリカ国外初出店となった六本木店へ取材で行ったのをきっかけに、最近は青山店「ウルフギャング・ステーキハウス シグニチャー」をよく利用しているという。

西川さんが直近で行ったのは、昨年12月。ベストボディ・ジャパン2020日本大会の優勝した後、ずっと一緒に身体作りに取り組んでくれたトレーナーたちとの優勝記念だった。その時に食べたのが、「プライムステーキ」。アメリカ農務省の格付けで最上級の品質と認定された「プライムグレード」を専用熟成庫で約28日間の長期にわたり熟成。長期乾燥熟成によって柔らかい食感と旨味が増した肉を厚切りにして、900℃のオーブンで焼き上げる。表面はカリっと香ばしく、中からはジュワッと肉汁がしたたるそれは、まさに品質・熟成・焼きにこだわった極上ステーキ。優勝の喜びと共に味わったステーキは、得も言われぬ最高のご褒美だったという。

*店舗情報:「ウルフギャング・ステーキハウス シグニチャー」東京都港区北青山2-5-8 青山OM-SQUARE 1F

京都・東山「俳優仲間と食べた…忘れられない!創作中華」
2019年、大阪でNHK朝ドラのロケ、京都で映画のロケと、俳優としての仕事に取り組んでいた西川さん。映画は、亡き三浦春馬さん主演の「天外者(てんがらもん)」。京都に滞在することが多く、よく三浦春馬さん、共演者の三浦翔平さんの3人で食事をしたという。その思い出のお店が、京都府東山区にある泉涌寺の裏手、静かな林の中に佇む一軒家「泉湧寺 齋華」。知る人ぞ知る名店の中華料理店である。店内には、2階の高さまである一面の窓があり、俗界から距離を置く泉涌寺の庭の景色が広がる。四季折々の美しい景色を眺めながら食事を楽しめるカウンター席は、最高の特等席。

ここでいただくのは、ただの中華料理ではない。フレンチや西洋料理の要素を取り入れたコースの四川料理。中でも西川さんオススメは、「鮑の四川大豆ソース その肝の和えそば」。自家製麵とアワビの肝ソースを和え、4時間蒸したアワビのスライス、そして自家製四川大豆ソースをかけた一品。パスタのような触感の自家製麺と濃厚な鮑の肝ソースが絡む上に、しっかり四川中華の風味が残っている不思議なおいしさだという。

そして、三浦春馬さんとの思い出の料理「麻婆豆腐」。映画の撮影を終え、ここで先に食事をしていた西川さんと三浦翔平さん。春馬さんは、主演だったため撮影が押して遅れて合流。到着した時は、既に二人はコース料理の後半。そこで、『お腹が空いてるから』と春馬さんが注文したのが、「麻婆豆腐」だった。この時は、齋華のコース料理を春馬さんが食べられなかったので、『映画公開したら舞台挨拶で一緒になるから、また3人で食事をしよう』と約束していたという。しかし、それは叶わぬことになってしまう…。西川さんにとって、この「麻婆豆腐」は大事な仲間との思い出が蘇る一品であった。

コース料理のシメに出てくる「麵とスープ」も、他では味わえないオススメの一品。具は一切なし、鶏ひき肉から作った透明なチンタンスープと麺だけ。あっさりだけど深い味わいのある料理で、西川さんが『ダシが抜群にうまい』と大絶賛するおいしさ。

*店舗情報:「泉涌寺 齋華」京都府京都市東山区泉涌寺山内町35-3

滋賀・大津「箸が止まらない!鮎の塩焼き」(※人生最高の一品)
西川貴教さんの“人生最高の一品”は、「鮎の塩焼き」。それは、西川さんにとって大事な地元・滋賀県が誇る最高の一品。1959年、比良山系に登山者のための、文字通り山荘として創業した「比良山荘」。2代目の時代から少しずつ料理に力を入れ始め、今では四季折々の逸品がいただける料理宿として名高く、美食家なら一度は訪れたいと願う名店。

名物は、「月とスッポン鍋」。琵琶湖産のスッポンの出汁で、冬場に山奥で獲れるツキノワグマの肉を煮るという贅沢極まりない鍋で、特別オーダーの裏メニュー。クマ肉の脂身は旨味があり、食べた者しかおいしさはわからない、まさに“究極の山の幸”料理の一つ。

そして、初夏から夏は何といっても鮎。天然遡上する安曇川をはじめ、琵琶湖などから仕入れる鮎を、塩焼きをメインに食べ尽くす「鮎食べコース」がオススメ。「鮎の塩焼き」は、塩加減も抜群で、燻した香りも香ばしく、そして蓼の葉をすりつぶして酢で混ぜた「蓼酢」でいただくのも絶品中の絶品、西川さんは箸が止まらなくなり、“わんこ鮎”状態だったそう。地元を愛する西川さんだからこそ、全国の人に知ってほしい滋賀県が誇る最高の一品。

*店舗情報:「比良山荘」滋賀県大津市葛川坊村町94

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

西川貴教さんがゲストでした。滋賀県を盛り上げるために大使やフェスをやったり、筋肉がすごかったりと活躍を見ていてワクワクします。減量のための食生活は過酷で心配にもなりましたが、トレーニングのアドバイスは「無理しない」というもので参考になりました。時代劇の撮影をしていた京都の中華レストラン「泉湧寺齋華」は店構えも料理も一般の中華とは違う雰囲気で、食べたくなりました。共演をしていた三浦春馬さんに「食べさせたかった」と話すのを観て、寂しくなりました。

30代

西川貴教さんがゲストでしたが、もうT.M.Revolutionと呼称されないのでしょうか。三浦春馬さん、三浦翔平さんと三人で食べた創作中華屋さんはとても美しかったですし、思い出もひとしおだったでしょうね。西川さんが「もう一度食べさせてやりたかった」とおっしゃていて、勇気ある発言だと思いましたが、さすがの心遣いだと思いました。

30代


2021年6月19日放送回 ゲスト:池田美優

ゲストは“みちょぱ”こと池田美優さん。2020年「テレビ番組出演本数・女性タレント部門」で堂々の第4位(日本モニター調べ)!今やテレビで観ない日はないほどの大活躍で、もちろん本業ではカリスマモデルとして若い女性を中心に大人気!そんな人気者みちょぱさんがおいしいものと共に、22年のギャル人生を語った。
■お品書き

東京・王子「母を待ちながら食べた トマトパスタ」
みちょぱさんの地元、東京都北区赤羽。その隣町の王子に、みちょぱさんの思い出のお店がある。王子駅から徒歩3分にあるスパゲティ専門店「赤いどうくつ」。そこは、みちょぱさんの母・京子さんが10代の頃にバイトしていたことがあり、30代の頃にはシングルマザーで子育てしながら働いていたお店でもある。

幼い頃、母の仕事が終わるまで店内のカウンターでよく待っていたというみちょぱさん。そんなみちょぱさんにとって、母を待ちながら食べた思い出の味が「カプレーゼ(トマトのモツァレラチーズ パスタ)」。まずは、鷹の爪、にんにく、オレガノ、オリーブの実をオリーブオイルで炒め、白ワインで香り付け。その後、イタリア産ホールトマトを使った特製トマトソース、フレッシュトマトを加え、茹でたて本格パスタを絡めて、最後にバジルとイタリア産モッツアレラチーズをたっぷりとのせた一品。幼い頃の思い出の味であると共に、みちょぱさんにとっては今でも時々食べに行く、実家のごはんのような大切な味である。

*店舗情報:「スパゲティ専門店 赤いどうくつ」東京都北区王子1-5-1 小林ビル2F

東京・西麻布「交際中のカレと一緒に味わう!極上牛タン」
本業のモデルに加え、タレントとしてテレビ番組に引っ張りだこで、徐々に収入も増えてきたみちょぱさん。たまの外食は、せっかくならとおいしいものを食べに行くようになったそう。そんなみちょぱさんのお気に入りが、東京都港区西麻布にある「焼肉 うし松」。黒毛和牛本来の旨さを持つ雌牛のみを取り扱う、こだわりの焼き肉店。

実はここ、今年3月に交際が発覚した6歳年上のモデルの彼と二人でよく行くお店だという。既に5年以上の付き合いになるという彼とは、お互いが素でいられるという理想的な関係。そんな彼と一緒に味わうオススメが、白ネギを包んで縛った極上の牛タン「縛りタン」。焼くと、包まれたネギが蒸され、肉汁と混ざりあい、旨味が凝縮されてたまらなくおいしいという。何より、通常のネギタン塩だと、焼いてネギが落ちてしまい、ネギを満足に味わえない問題を見事に解消した一品。

*店舗情報:「焼肉 うし松」東京都港区西麻布3-13-14 LA・RES西麻布 B1F

京都・木屋町「感謝を込めてごちそうした!すき焼き」(※人生最高の一品)
みちょぱさんの“人生最高の一品”は、「すき焼き」。それは、自分が稼いだお金で初めて母へごちそうした一品。14歳から始めた「Popteen」のモデルの仕事も順調に進んでいた高校1年生の時、母を京都旅行に誘ったみちょぱさん。その時の夕食で行ったのが、1869(明治2)年創業の老舗「モリタ屋」木屋町店。京都初といわれる牛肉専門店として昔ながらの味を伝える名店「モリタ屋」は、ブランド牛の京都肉をはじめ、A5ランクの黒毛和牛など選りすぐりの和牛を「すき焼き」、「しゃぶしゃぶ」、自家製黄身おろしでいただく「名物オイル焼き」や「ステーキ」など、一番おいしい味わい方で提供。木屋町店は、お店の入り口が狭く、長い石畳の路地裏奥に建物が静かに佇む京都独特の店構え。鴨川に面した風情ある京町家造りの部屋で、せせらぎに耳をそばだてながら、とっておきの京都肉の料理を味わえる。

二人が食べたのは、「すき焼き(特選)」。焼き方は、もちろん“関西風”。鍋に牛脂をなじませて、ザラメ、その上に極上のお肉(京都産A5ランクの黒毛和牛)を広げ、少し焼いてから割り下を注ぎ入れる。そして、お肉を解きほぐした玉子にからめていただく最高の一品。反抗期だった中学時代、『母にたくさん迷惑をかけた』との思いから、感謝を込めて初めてごちそうした「すき焼き」は、ただおいしいだけでなく、みちょぱさんにとって忘れられない料理となった。

*店舗情報:「モリタ屋 木屋町店」京都市中京区木屋町三条上る上大阪町531

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

今回はみちょぱこと池田美優さんがゲストでしたが、少女時代の思い出だというパスタが凄く美味しそうでした。お母さんがシングルマザーだったのですね。交際中の彼氏についても加藤浩次さんが徹底追及していましたが、はずかしいと言いながらも、ちゃんと正々堂々と語っていたのが凄くかっこいいと思いました。応援してます。

30代


2021年6月12日放送回 ゲスト:伊藤沙莉

ゲストは、伊藤沙莉さん。2020年は映画、ドラマに13本も出演!そのうちの5本が主演またはヒロイン!しかも親近感のある愛嬌溢れるキャラクターでCMにも引っ張りだこ!いま大注目!ブレイク中の若手実力派女優がおいしいものと共に、9歳のデビューから芸歴18年の女優人生、そして壮絶な幼少時代、並々ならぬ家族への思いを語った。
■お品書き

東京「女優をやめたくなった時に食べる!しゃぶしゃぶ」
沙莉さんが仕事で落ち込んだ時に、10年来の親友である女優・松岡茉優さんとよく行ったお店がある。それが、「しゃぶしゃぶKINTAN」。撮影でできなかったことや悔しかったことがあると、松岡さんに『女優に向いてません。やめます』と連絡を入れるという沙莉さん。すると、松岡さんが『どうした?じゃあ、ご飯行こう』と誘ってくれるという。それで最初に連れて行ってくれたのが、「しゃぶしゃぶKINTAN」だった。また、その反対で松岡さんから『女優に向いてません。やめます』と連絡があることも。そういう時は、今度は伊藤さんが励ます番。そんな女優同士の親友だからこそ、お互いを励まし合ういい関係を続けている二人。

二人で一緒に食べるのが、「熟成KINTANのタンしゃぶ」。30日間熟成して旨味を凝縮した牛タンを、和牛スープにかつお・昆布を合わせた出汁にくぐらせ、トリュフ塩のオリーブオイルをつけていただく極上の一品。さらに、沙莉さんが「本当においしい!」と大絶賛するのが、シメの「トリュフ雑炊」。しゃぶしゃぶの出汁で作った雑炊に、黒胡椒、トリュフオイル、最後にたっぷり削ったトリュフ。一見、くどそうだが全くそんなことはなく、お米なのにお酒がとてもすすむという一品。

*店舗情報:「しゃぶしゃぶ KINTAN」東京都渋谷区神宮前4-5-12 セピア原宿

千葉・四街道「母への感謝の思いが詰まった!韓国料理」
母、伯母、兄、姉との5人暮らしだった沙莉さん。幼い頃から父親がいなかった沙莉さんにとって、自分をここまで育ててくれたのは、母と伯母の存在がとても大きかったそう。そんな二人への感謝の気持ちを込め、沙莉さんは20歳になった時に、毎月の給料日には女優業で稼いだお金で家族みんなをご飯に連れて行ってあげたい——そう決めたという。しかし、娘からごちそうになったり、プレゼントをもらったりすることが嫌いな母は頑なに断わっていたそう。そこを姉が説得してくれたこともあり、ようやく受け入れてくれるようになり、家族みんなでよく訪れるのが、千葉県四街道市にある韓国料理店 ほんがね」。韓国出身の方がやっているお店で本場の味が楽しめる地元の人気店。

伊藤家がいつも必ず注文するのが内蔵系の「ホルモン」「ハラミ」「ギャラ」など。ちなみに、沙莉さんが一番好きなのは、「ミノ」。基本の味付けは、白味噌と醤油ベースの秘伝のタレを混ぜたもの。そこに、全員が辛いもの好きの伊藤家は、濾した赤唐辛子を足してもらい、通常より辛さを倍増してもらっているそう。オススメのもう一品が、「海鮮ちゃんぽん」。ムール貝、スルメイカ、アサリなどの海鮮の入った辛いけどまろやかなスープに、コシのあるモチモチ生麵が入った絶品の一杯。

*店舗情報:「韓国料理店 ほんがね」千葉県四街道市大日70-2 森ビル1F

千葉市稲毛「長年の夢に近づいた!天セイロ」(※人生最高の一品)
伊藤沙莉さんの“人生最高の一品”は、「天セイロ」。それは、塗装職人をしている母の仕事が休みになった雨の日、沙莉さんが母に“長年の夢”を伝えた日のことだった。お昼ごはんに母子二人で行ったのが、蕎麦好きの母がずっと気になっていたというお店、千葉市稲毛にある「遊蕎心 泰庵」。

二人で食べたのが、“幻の蕎麦”と呼ばれる在来種の蕎麦「千葉在来」を使用した「天セイロ」。「在来種」とは、その土地で昔からずっと作り続けられてきた古来の蕎麦のことで、品種改良されていない、昔ながらの蕎麦。数十年前に一度途絶えてしまったものの、復活した「千葉在来」の蕎麦を味わえるのは、ここ「泰庵」だけ。完全手打ちの蕎麦は、香り高く、何とも言えないおいしさだ。沙莉さんは塩で食べるのが好きで、おすすめだという。

母と二人で絶品の「天セイロ」を味わいながら、沙莉さんが母に伝えたのが、『母と伯母のために、一軒家を建てたい』という“長年の夢”。そこには、沙莉さんの家族への並々ならぬ思いがあった。沙莉さんが2歳の頃、父がいなくなった伊藤家は家族5人がバラバラに。沙莉さんは母の幼なじみの家、兄と姉は友人の家、母と伯母は仕事先の住まいと、諸事情で一家バラバラに暮らさざるを得なかったのだ。その期間は約3か月…その間、母と伯母は寝る間を惜しんで働き、再び家族5人で一緒に暮らせることに。狭く古いアパートだったが、『お城だー!すごい』と喜ぶ3人の子どもたちのことを、母は今でも忘れられないという。『何より家族みんなで一緒に住めれば、どんな家でもよかった』と語る沙莉さん。布団3枚に家族5人で寝る生活だったが、家族みんなと一緒にいられる幸せを感じ、当時のことを鮮明に覚えているという。その後も、ずっとアパートや団地暮らしだった伊藤家だったが、ここまで育ててくれた母と伯母の二人への感謝の気持ちから、沙莉さんはどうしても二人に一軒家を建ててあげたい——と思っている。でも、そんな娘の申し出を当然、母は拒んだという。『自分の好きなことに使いなさい』と、いつも通り言う母に対し、『“二人のために家を建てること”が、私の好きなことだから』と、本気で主張した沙莉さん。そして、渋る母に対して、『私が頭金出してローンを組むから。お兄ちゃんが(芸人として)いいところまで行ったら、後はローンを押し付けます』と、最後の一押しをして、ようやく母は首を縦に振ってくれたという。ちなみに、そのことを兄のオズワルド伊藤さんは知る由もなく、当番組で知らされたのだった。

*店舗情報:「遊蕎心 泰庵」千葉県千葉市稲毛区作草部1-9-14

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

女優の伊藤沙莉さんがゲストでした。子役出身で女王の教室に出演しており、お兄さんがオズワルドの伊藤俊介さんだというのは知っていましたが、トーク番組で話を聴くのは初めてでした。心霊体験や松岡茉優さんとの友情、苦労した過去の話など興味深く聴きました。家族仲の良さはお兄さんとの関係性で垣間見えていましたが、母と叔母に育てられ、一時期家族一緒に住めなかった時期もあったことが、家族の結束を強めることになったのだと聴き、じーんときてしまいました。

30代


2021年6月5日放送回 ゲスト:佐藤二朗

ゲストは、佐藤二朗さん。クセのある演技で個性派俳優として幅広い世代に大人気の佐藤さんは、ドラマや映画で活躍する一方、バラエティ番組などにも引っ張りだこ。さらには、自ら主宰する劇団ユニット「ちからわざ」、映画監督をこなすなど精力的に活動している。そんな佐藤さんの素顔は、自らも語る“精神年齢8歳の52歳児”。面白キャラが大炸裂させながら、おいしいものと共に紆余曲折の俳優人生を語った。
■お品書き

東京・千歳烏山「俳優仲間と楽しむ!砂肝の唐揚げ」
東京・世田谷区千歳烏山。ここに、佐藤さんがよく通っていた居酒屋がある。1972年創業の老舗大衆居酒屋「居酒屋ふぐちん」。メニューが豊富で、『晩酌が一日の最大のメインイベント』と語る佐藤さんにとって、お酒の合う絶品おつまみが楽しめる最高のお店だという。

佐藤さんオススメが「砂肝の唐揚げ」。いつも何回も注文しては女将さんから『二朗さん、また砂肝のから揚げ?』と言われるほど、やみつきの一品。しょっぱくておいしくてビールがよくすすむという。

佐藤さんは一人で行くこともあるが、俳優仲間ともよく一緒に飲むという憩いの場。佐藤さんの誘いで来店したことがあるのは、堤真一さん、小栗旬さん、山田孝之さん、長澤まさみさん、向井理さんなど、豪華な顔ぶれ。そんな佐藤さんの俳優仲間の中で女将さん一番のお気に入りは、安田顕さん。どんなイケメン俳優が来店しようが、閉店間際になると追い出されるのだが、安田さんに対しては絶対そんなことは一言も言わず『いつまでも居て』という態度なんだそう。相当な安田さんファンの女将さんであった。

*店舗情報:「居酒屋 ふぐちん」東京都世田谷区南烏山6-27-3

東京・高円寺「人生のターニングポイントで味わった!もつ鍋」
佐藤さんが以前暮らしていた街、東京・高円寺。ここに、俳優として生活できるようになった佐藤さんがよく通っていたお店「もつ鍋くらら」がある。開店当時からの常連である佐藤さんが行っていたのは、高架下の飲食店街にお店があった頃。現在は、高円寺駅北口から徒歩3分のところに移転した新店舗で営業している。

佐藤さんが絶賛する看板メニュー「もつ鍋」は、店主が本場の福岡に行き、研究を重ねた究極の一品。もつ鍋には珍しい、鶏ガラと豚骨を合わせた醤油ベースのスープに、芝浦の老舗臓物店から仕入れた牛モツを使用。超絶品スープに、臭みのない国産モツがたまらないおいしさだという。最近はコロナ禍のため、佐藤さんはネット注文し、自宅で家族とこの味を楽しんでいるそう。

*店舗情報:「もつ鍋 くらら」東京都杉並区高円寺北2丁目10-7ヴィラグリーン 1階

「原点であり、心とお腹を満たしてくれる!ささみの唐揚げ」(※人生最高の一品)
佐藤二朗さんの“人生最高の一品”は、奥様の手料理「ささみの唐揚げ」。新卒で入社したリクルートを1日で辞めて役者の道へ…しかし芽が出ず断念して会社勤務…それでも夢を諦めきれずに再び役者の道へ…自ら劇団を旗揚げするも全く売れず貧乏暮らしの日々だった“暗黒の20代”。風呂なしボロアパートで同棲していたのが、現在の奥様だった。当時、彼女から1日分の生活費として渡されたのは、交通費込みで1,500円。お酒は大好きだけど、佐藤さんは外で飲むことなど当然できなかった。役者への夢を追い続けて紆余曲折する佐藤さんを支え続け、『お金がなくてもおいしいものを…』と、彼女がよく作ってくれたのが「ささみの唐揚げ」だった。そんな奥様の工夫と愛情が詰まった「ささみの唐揚げ」の味を忘れられず、今でもリクエストして作ってもらっているという佐藤さん。あの味があったから、今がある――芝居と家族を何よりも大切にしている佐藤さんの“人生最高の一品”は、今も、これからも佐藤家の食卓のごちそうである。

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

昨日のゲストは佐藤二朗さんでした。車やお酒のCMが面白いので、どんなトークをしてくれるのか楽しみでした。大学を卒業後にリクルートに1日だけ就職したという話や、野方の銭湯で露天風呂に入りながら誰か見付けてくれないかと願っていたこと、奥さんのお話など期待通り面白かったです。精神年齢は8歳(年齢がちょっと違っていたらすみません)とおしゃっていましたが、頭の良い人だと思いました。楽しかったです。

40代

俳優の佐藤二朗さんがゲストでした。冒頭から取り乱して独特のキャラを爆発させていて笑ってしまいました。佐藤さんの経歴について知らなかったので、波瀾万丈な半生に驚きつつ興味深く聞きました。役者として生きると早くから決めていたもののリクルートに就職して一日で辞めた話、その後文学座研究所などに入るものの辞めた話を聞き、役者になりたいという思いと、食えないからサラリーマンとして生きるという決意の揺れがまざまざと伝わってきました。

30代

佐藤二朗さんの小学生の頃からの俳優になりたい思いは、サラリーマンになっても諦めきれなかった事からも俳優が天職でありだからこそ名俳優として活躍をしているのだと思いました。また8年間支えていた奥さんへの感謝の気持ちや愛情も素晴らしく、ササミの唐揚げの話はほのぼのとした気持ちになりましたが、ツイッターでの愛情表現は疑問を感じました。

40代


2021年5月29日放送回 ゲスト:柳楽優弥

ゲストは、柳楽優弥さん。14歳のデビュー作「誰も知らない」で「カンヌ国際映画祭」最優秀男優賞を日本人初!しかも史上最年少で受賞。今や、日本映画界に欠かせない人気俳優となった柳楽さんが愛嬌たっぷりでお茶目な素顔を大公開!一躍、世界から注目され、迷いながらも歩んできたこれまでの俳優人生をおいしいものを通して語った。
■お品書き

「悩みまくって食べまくった!パフェ」
柳楽さんが高校時代、よく行っていたのが自宅の近所にあったファミリーレストラン「ジョナサン」。

学校帰りに立ち寄ってよく食べていたのが、「和風てりたまハンバーグ」や「ビーフリブロースステーキ」、「本まぐろの鉄火丼」などなど。ただ、育ち盛りの柳楽さんにはそれだけでは物足りず…シメに「いちごパフェ」。おいしすぎて、最後にパフェを2個ペロリと平らげ、食べまくった記憶があるという。

実は、こんなに食べまくっていたのは食べ盛りの10代というだけではない、柳楽さんだからこそ抱えていたある悩みがあった。14歳にしていきなり世界中から脚光を浴びた柳楽さんはデビュー作以降、演じることに対し必死に取り組んでいたものの、世間の評価と自らの経験値との間にズレを感じ、『演技がうまくなりたいのに…なかなか思うようにいかない』と、ジレンマを抱え悩みまくっていたというのだ。そんな悩みもあり、一時食べ過ぎていた柳楽さんだったが、その後演技の世界から一時離れた時期を経て、現在のような活躍ぶりに辿り着いたのだった。

*店舗情報:「ジョナサン」(関東圏都心部に200店舗以上展開しているチェーン店)

北海道・上川町「名優が集う店で食べた!豚丼」
北海道上川町に柳楽さんにとって忘れられないお店がある。それが2012年の冬、映画「許されざる者」(2013年公開)の撮影で滞在した宿泊先「ホテル大雪」の居酒屋「大雪茶屋」。そこは撮影期間中、主演の渡辺謙さんをはじめ、柄本明さん、佐藤浩市さんなど名だたる共演者たちが集うという“豪華な居酒屋”となっていた。当時、演技について悩みを抱えていた柳楽さんは、ここで大先輩たちとたくさん話をする機会に恵まれ、多くのことを学ばせてもらったという。

そんな貴重な時間を過ごした柳楽さんが名優たちに囲まれながら食べた思い出の一品は、上川町のブランド豚「味(み)豚(とん)」を使用した北海道名物の「豚丼」。

そして特に忘れられないのが、映画でアイヌ民族の血をひく青年の役を演じたことから現地でアイヌの方からオススメされて食べた「行者にんにく」。滋養強壮に強い効果があるといわれる山菜「行者にんにく」は、流通するほとんどが北海道産。最近は長野県などの栽培ものもあるが、やはり天然の北海道産が絶品。柳楽さんは「行者にんにくの醤油漬け」で疲労を回復しスタミナをつけ、過酷なロケを乗り切ったという。

*店舗情報:「大雪茶屋」北海道上川郡上川町字層雲峡 ホテル大雪 地下1階

東京・千歳船橋「過酷な舞台を支えてくれた!納豆チャーハン」(※人生最高の一品)
柳楽優弥さんの“人生最高の一品”は、「納豆チャーハン」。それは、柳楽さんが初舞台に挑んでいた頃、台本を読み込みながら、よく食べていた東京・千歳船橋「八福」の一品。演技への悩みから、一時俳優業から離れ、アルバイト生活を送っていた柳楽さん。そんな時に突然、演劇界の巨匠・蜷川幸雄さんから主演舞台のオファーが舞い込んだのだった。作品は、村上春樹・原作の「海辺のカフカ」(2012年)。『バイトなんかしてないで、演技の世界に戻って来い』。そんなメッセージを蜷川さんからいただいた柳楽さんは、悩みを吹っ切り、初めて舞台の世界へと飛び込んだ。もちろん、厳しい指導で知られる蜷川さんの稽古は想像を超える厳しさだったという。『舞台は映画と違うんだ!声が小さい!』と、発声の基本から徹底的に指導を受け、とにかく夢中で初舞台に挑んだ柳楽さん。さらには、稽古を重ねて迎えたゲネプロも蜷川さんが満足せず、途中で中止に…。最悪の状態で緊張して迎えた初日――無事公演を終えた柳楽さんに対し、蜷川さんは『華々しい初日を迎えられてよかったね』と声をかけてくれたという。

そんな俳優人生の転機となった作品「海辺のカフカ」の稽古中によく通っていたのが「八福」。ドラマのセットのような落ち着いた雰囲気の店内で、台本を読み込みながらよく食べたのが「豚の生姜焼き」と「納豆チャーハン」だった。そばつゆが入った特製ダレで炒めた後、蜂蜜で照りを出した「豚肉の生姜焼き」には、マヨネーズをたっぷりと付けて…。そして、通常メニューの「チャーハン」に大好きな納豆を特別にトッピングしてもらった「納豆チャーハン」。体力勝負の過酷な舞台に挑む柳楽さんを支えてくれた料理は、役者の世界に引き戻してくれた恩人・蜷川さんへの感謝と忘れられない思い出が詰まった一品であった。

*店舗情報:「八福」東京都世田谷区砧2-21-2

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

人生最高レストラン毎週見ています。今週は柳楽優弥さんでした。年齢が31歳で、もうそんな年齢になっていたことに驚きました。また、出演作品は映画が多く、渡辺謙との話や、舞台では蜷川幸雄の作品に出演するなど、有名な方との仕事が多いことを初めて知りました。ジャニーズに入りたかったというのにも驚きました。好きな食べ物は割と普通な感じちょっと意外でした。

40代

俳優の柳楽優弥さんがゲストでしたが、当時14歳で、カンヌ国際映画祭の男優賞を史上最年少かつ、日本人で初めて受賞したのは勿論覚えていますし、YOUさんがまた出演されていたのが何だか感慨深かったです。しかしトーク番組であまり見なかったので嬉しかったです。ジョナサンを選んだところに凄く親近感を感じました。

30代


2021年5月22日放送回 ゲスト:柴咲コウ

ゲストは、柴咲コウさん。14歳の時スカウトされ、16歳で芸能界デビュー。18歳の時に出演した映画「バトル・ロワイアル」で脚光を浴び、女優として開花。以降、第一線で活躍してきた柴咲さん。今や、女優、歌手としてだけでなく、実業家としても活躍する彼女の素顔は…人見知りだけど話すのは大好き、極端すぎる食生活だけど飽くなき食へ追求心を持つ、など意外な一面ばかり。そんな今までベールに包まれた素顔を見せながら、おいしいものと共に、バイタリティ溢れる人生を語った。
■お品書き

神奈川・横浜中華街「創作活動を助けてくれる!中華粥」
柴咲さんが休日の朝、自ら車を走らせて時に向かうお店がある。それが横浜中華街の「謝甜記貮号店しゃてんきにごうてん」。1951年創業(※本店)の中華粥専門店で、店頭のサンタクロースが目印。本場を超える味が楽しめる名店として知られているこのお店に柴咲さんは一時期、朝ごはんを食べるためだけに2週間に1度のペースで通っていたという。

柴咲さんがよく食べる朝ごはんは、「白粥」と「炒空芯菜」。白粥は生米、乾燥カキ、乾燥貝柱、鶏1羽丸ごと入れて4時間煮込み、中華揚げパン(ヨウティアオ)、ネギ、パクチー、クコの実をトッピング。シンプルな中に深い味わいのある一品。そして、白粥のお供に欠かせないのが、さっと茹でた空芯菜をニンニクで炒めた「炒空芯菜」。

車の運転が好きな柴咲さんは、一人ハンドルを握ってる移動中も楽しめるタイプ。運転や料理など、誰にも気を遣わず、自分の空間で自分のペースで黙々と作業している時に、歌詞などが思い浮かぶことがよくあるという。様々な創作活動をしている柴咲さんにとって、最高の朝ごはんを楽しみに横浜中華街までの道中もまた、ものを生み出すのに最高の時間であった。

*店舗情報:「謝甜記 貮号店しゃてんき にごうてん」神奈川県横浜市中区山下町189-9上海路 1F

東京・白金台「人生に新たな夢をくれた!ジビエ料理」
今年4月、東京・白金台にリニューアルオープンしたフレンチレストラン「アルシミスト」。ミシュランガイド東京に一つ星として掲載され続けている名店。

移転前に訪れたという柴咲さんを虜にしたのが、本場フランスで修業したオーナーシェフ山本健一さんのこだわり抜いた「ジビエ料理」。ジビエは、と殺方法が一番大事なため、このお店ではエゾシカを産地である北海道の肉専門店から直接仕入れている。驚くのは、「エゾシカがどこで何を食べて生きていたか」「どの銃を使って、どの弾を使って、どこで仕留めたか」など、一緒に届く詳細情報が記載された資料。それら情報を元に、山本さんはどんな料理にするかを考えるのだという。例えば、木の実を食べて生きているエゾシカを調理する際には、その生息地の近くで育っていた松の実を料理に使ったり、それで肉を焼いたりなど、とことん“命をいただく”という意味で料理を突き詰めている。今回、番組で紹介したのは「エゾシカ×山わさび」。仕入れた情報から、ブドウの木を使って焼いた肉に、ビーツや山わさびを盛り付け、カシスベースのソースでいただく一品。

おいしいのはもちろんだが、近年増加するエゾシカによる農作物被害などの社会問題解決にも繋がるという意味で、ジビエは大切な料理。自然を求めて両親の故郷である北海道との2拠点生活を始めている柴咲さんは、『マタギになりたい』という夢を持っているという。もちろん本当のマタギになるという意味ではないが、お店やスーパーで出来合いのものを買って食べるのではなく、“命をいただく”という意味において、常に大切なことを考えている柴咲さんであった。

*店舗情報:「アルシミスト」東京都港区白金台5丁目17-10

石川・野々市「人見知りの心を溶かした!鯖の棒寿し」(※人生最高の一品)
柴咲コウさんの“人生最高の一品”は、「鯖の棒寿し」。しかも、それは“妖精”が握ってくれたお寿司だという。“妖精”がいるというお店は、石川県野々市市にある「太平寿し」。そして、その“妖精”というのが、大将の高谷進二郎さん。自らの会社を設立したばかり頃、ベンチャー企業の集いに参加するため金沢を訪ねた柴咲さんが、関係者との食事で行った時のことだった。食事をしながら高谷さんと接する中で、『なんて心が豊かで、器の大きな方だろう』と感じ、実際に高谷さんが握るお寿司も『懐が広く、包容力があり、ものすごく深い味わい』だったことから、柴咲さんには高谷さんがまるで“妖精”のように見えたというのだ。普段、人と一緒に写真を撮りたいと思うことはない柴咲さんが、その時ばかりは自ら『一緒に写真を撮ってください』とお願いしたそう。柴咲さんがそこまで“惚れた”高谷さんは、実は3年前に他界。明るいキャラクターで地元でも人気者だった高谷さんの跡を継いだ弟子たちが、現在はお店を守っている。

柴咲さんが忘れられない高谷さんの握るお寿司が、「鯖の棒寿し」。料理人として“命の最後”をどう料理するかを考え、高谷さんが心を込めて仕上げた一品。そこに、柴咲さんは高谷さんの『愛を感じた』という。

その他にも、北陸の海の幸を生かした「のどぐろの蒸し寿し」や、シャリに甘エビの卵を混ぜ合わせた珍しい握り「セクシーシュリンプ」など逸品が揃い、「太平寿し」では味だけでなく、目でも、空間でも食を楽しませてくれる“最高の時間”を過ごすことができる。

*店舗情報:「太平寿し」石川県野々市市太平寺1-164

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

柴咲コウさんがゲストでしたが、北海道と東京での生活をしてるそうで、北海道での生活も映像で見ることができました。北海道での自宅での映像は何だか映画とかプロモーションビデオを見ているようでした。あまりトーク番組には出ないので初めて私生活に関する話を聞きましたが、色々なことに取り組んでいらっしゃることをこの番組を見て知ることができました。

40代

女優の柴咲コウさんがゲストでした。北海道での2拠点生活やYouTube活動については初めて知りました。自然体でイキイキしていて見ている方も楽しくなるのがよくわかりました。芸能界にはスカウトで入ったそうですが、同じ事務所の違う人に3ヶ所で声をかけられたと聞き驚きました。鹿肉が好きで人生最高のメニューのひとつに挙げていましたが、MCの加藤さんとマタギやライフル銃の話、さらに独立の話で盛り上がる様子に笑ってしまいました。最高メニューの太平寿司との関係性や創作寿司が素敵でおいしそうでした。

30代


2021年5月15日放送回 ゲスト:尾野真千子

ゲストは、尾野真千子さん。デビューが、カンヌ国際映画祭の受賞作品(「萌の朱雀」監督:河瀨直美/カメラドール・新人監督賞)。その10年後には、同じくカンヌでグランプリを獲得する作品にも出演(「殯の森」監督:河瀨直美)。NHK朝ドラのヒロイン役で一気にブレイクし、今や出演作すべてで圧倒的な存在感を放つ実力派女優が、“大阪のオバチャン”の素顔をのぞかせながら、おいしいものと共に、苦節の女優人生を語った。
■お品書き

東京・上野「今ハマりにハマっている!海鮮料理」
釣りが趣味だという尾野さんが、その日の釣果を持ち込んで特別に調理してもらうお店がある。それが、東京・上野の「炉ばた焼 樽平」。毎日、豊洲市場で買い付けた新鮮な魚介類などをお客の目の前で焼き、しゃもじで提供する昔ながらの炉端焼きが楽しめる。
※通常は持ち込みでの調理は行っていません。

今回、番組で尾野さんの釣りに密着。所属事務所の先輩俳優やスタッフなどで結成した“釣り部”のメンバーと大好きな釣りを楽しんだ尾野さん。この日の釣果は、ハタ1匹とサワラ1匹だった。

今回、調理してもらった一品は、もちろん「刺身」。釣りを始めてから、プリプリとして歯ごたえのある新鮮な刺身の虜になった尾野さん。毎回、その味を想像しながら挑む釣りが楽しくて仕方ないそう。そして、もう一品が「サワラのしゃぶしゃぶ」。刺身でも十分おいしいのでサッと湯がいて、ポン酢でいただくそれは、『豆腐のような食感のおいしさ』だという。

*店舗情報:「炉ばた焼 樽平」東京都文京区湯島3-40-7

東京・渋谷「仕事の疲れを癒してくれる!絶品おつまみ」
親しいヘアメイクさんに誘われて行って以来、尾野さんがよく通うようになったお店、東京・渋谷駅から程近い「道玄坂ハイボール」。おいしいハイボールと新鮮な食材を使った料理がリーズナブルに楽しめる。『気安く行けるから』と、尾野さんはいつもジャージなど普段着姿で行くという。

お酒はそれほど強くない尾野さんが飲むのは、ハイボール。ハイボールをちびちび飲みながらつまむ料理が、特製の「スモークたくあん」。いわゆる「いぶりがっこ」だが、お店独自の製法で作っている一品。尾野さんはこれをあまりにも食べるので、勝手に「いぶりまちこ」と命名。正式にメニュー名にしてもらえないか…と交渉中なんだとか。その他、ハイボールに合うという尾野さんオススメが、世界の一流シェフが認めるニ「天使の海老」をオーブンで10分焼き上げた「天使の海老グリル 岩塩焼き」。味付けは塩だけで、殻ごと丸ごと食べられる一品。

実はこのお店、よく通っていた当時は、長時間滞在することもあった尾野さん。NHK朝ドラのヒロインを演じてブレイクし、自分を取り巻く環境の変化に戸惑いを覚え、ここで一人ハイボールを飲みながら店員さんにいろいろな悩みを聞いてもらっていたという。

*店舗情報:「道玄坂ハイボール」東京都渋谷区道玄坂2-6-7 道玄坂Tビル3F

「食べた瞬間に涙がこぼれた…母のおにぎり」(※人生最高の一品)
尾野真千子さんの“人生最高の一品”は、「母のおにぎり」。それは、15歳でデビューし、高校卒業後に映画女優を夢見て上京した彼女が仕事もなく、500円で暮らさなければならないほど苦しかった頃、久々に帰省した実家で食べた一品。両親だけでなく3人の姉たちも揃い、久しぶりの一家団欒のひと時を過ごした尾野さんがみんなと一緒に食べた「母のおにぎり」。それは、俵型の塩むすびで、具は梅干しをはじめ、すべてが自家製。実家でしか食べられないものだった。

そんな「母のおにぎり」を食べた瞬間、尾野さんは思わず涙がこぼれたという。家族と一緒に食べられる幸せ、そしていろんな感情が込み上げてきて、いつもと違う、食べたことのない味がしたそう。食べ慣れているはずなのに、『こんなにおいしいおにぎりがあるんだ』と涙が止まらなかったという。この時の「母のおにぎり」の味を今もずっと忘れることができない尾野さんは、だからこそ夢を諦めることなく、前へ突き進めたのかもしれない。まさに、苦節の女優人生を支えてくれた“人生最高の一品”。

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

尾野真千子さんがゲストでした。ドラマや映画でしか見ることがなかったので、色々とお話されるのを初めて見ました。出身地が奈良で自然がいっぱいの中で育ったからでしょうか、飾らなくて、気さくで面白い方だなと感じました。映画監督の河瀨直美さんが学校で見付けてスカウトしたというのを初めて知り、そんないきさつだったのかと驚きました。他のゲストの回では結構高いお店を紹介される方も多いですが、お母様のおにぎりを選ばれる所が尾野真千子さんらしくて良いなと思いました。

40代


2021年5月8日放送回 ゲスト:チョコレートプラネット(長田庄平・松尾駿)

ゲストは、チョコレートプラネットの長田庄平さんと松尾駿さん。コント、モノマネ、リズムネタなど多彩な芸を披露し、テレビだけなく、ラジオ、ライブ、YouTubeなど全方位で活躍!老若男女に大人気のお笑いコンビが、お互いの恥ずかしい黒歴史を暴露しあい、紆余曲折の芸人人生を振り返りながら、思い出が詰まったおいしいものを紹介した。
■お品書き

東京・幡ヶ谷「先輩Kにおごってもらった!チキンライス」
松尾さんが若手時代に住んでいた東京・幡ヶ谷。この街でジャングルポケット太田博久さんら同期の4人でルームシェアをして暮らしていたこともあった。当時の思い出が詰まったお店が、居酒屋の「ミヤザキ商店」。全てのメニューが500円以下!その上、味も絶品のこの店によく連れて行ってくれたのが、先輩のパンサー菅良太郎さん。『僕の体の8割は菅さんでできている』と言うほど、とてもお世話になったという。

人気メニューは、プリプリのレバーをはじめとする焼き鳥。もちろん、焼き鳥も忘れられない味だが、松尾さんイチオシは「チキンライス 玉子のせ」(490円)。昔ながらのケチャップで炒めたTHEチキンライスに、ふんわりトロトロの卵をのせた、いわゆる「オムライス」そのもの。これを松尾さんはシメに食べていたそう。

なかなか売れないことに愚痴をこぼす松尾さんに対し、『チョコプラは面白いから絶対に大丈夫!』といつも励ましてくれた先輩・菅さんとの思い出が詰まった一品。

*店舗情報:「ミヤザキ商店」東京都渋谷区西原2-28-4

東京・吉祥寺「唯一の友人Mと通った!ラーメン」
NSC(吉本総合芸能学院)東京校に進学するため上京した長田さんが初めて住んだ街、東京・吉祥寺。どこか故郷の京都ぽい街並みだったこともあったが、愛読していたマンガ「ろくでなしBLUES」の舞台だったことも、吉祥寺を選んだ理由なんだとか。そんな吉祥寺は、唯一の友人だという同期のパンサー向井慧さんとの思い出の街。そして、二人でよく一緒にご飯を食べた思い出のお店が「洞くつ家」。

家系ラーメンの御三家「六角家」の姉妹店だけに、豚の背骨と鶏ガラで作った濃厚なスープに、中太ちぢれ麵がよく絡んだ豚骨醤油ラーメンが特徴。こってり好きの長田さんも大満足のラーメンを向井さんと二人で味わいながら、『チョコプラは面白いから、このままやっていけば間違いない』と言って励ましてくれた友人と未来を語り合った思い出の一品。

*店舗情報:「洞くつ家」東京都武蔵野市吉祥寺南町2-2-4

東京・渋谷「コンビ愛を実感した!ハンバーグ」(※人生最高の一品)
チョコレートプラネットの二人が選んだ“人生最高の一品”は、東京・渋谷にある「GOLD RU$H」の「ハンバーグ」。それは、若手時代の二人が渋谷の劇場「ヨシモト∞ホール」にネタ見せに行った帰りに、二人でよく食べた思い出の味。

1980年の創業以来、多くの著名人に愛されている名店でいただくのは、本場アメリカ仕込みの牛肉100%の手ごねハンバーグ。長田さんオススメは、「テリヤキ&チェダーチーズ」。一方の松尾さんオススメは「ウエスト&イースト」。「GOLD RU$H」のためだけに開発されたチェダーチーズが香り、コク、アツアツとろ~り感がたまらないおいしさだという。ちなみに、ハンバーグやステーキを注文するとドリンク1杯のサービスもあり、当時お金のなかった二人にとってはお腹いっぱい食べれてジュースも飲める大満足のお店だった。

当時、ネタ見せで劇場に行っても、ネタをなかなか認めてもらえずライブ出演が叶わなかったというチョコレートプラネット。そんな日は悔しい思いを抱え、「GOLD RU$H」のハンバーグを食べながら反省会。しかし、『あのネタはおもいろいよな?』と聞く長田さんに『絶対おもしろい』と答えていたという松尾さん。現在の大人気の裏には、自分たちが信じるお笑いの道を突き進んできた二人の固いコンビ愛があった。

*店舗情報:「GOLD RU$H」東京都渋谷区宇田川町4-7 東泉ビル4F

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

今日のゲストはお笑いコンビのチョコレートプラネット。駆け出しの頃、なかなか売れなかった話が聞けて、このコンビにもそんな時代があったんだなあと思いました。私も漫画『ろくでなしBLUES』が大好きだったので、番組で紹介されたラーメンが食べたくなりました。また、最後に松尾さんの梅沢富美男さんのモノマネがとても似ていて爆笑しました。

30代


2021年5月1日放送回 ゲスト:田中圭

ゲストは、田中圭さん。女性を中心に絶大な人気を誇る人気俳優の田中さんが、神童と呼ばれていた小学生時代から、超難関進学校での挫折経験、順風満帆ではなかった俳優人生などを振り返りながら、人生で出会った“おいしいもの”を語った。
■お品書き

東京・亀戸「初めて一人で食べた!餃子」
田中さんの地元は、下町のディープな魅力あふれる街、東京・亀戸。そこに、連日行列が絶えない老舗餃子店「亀戸餃子」本店がある(1955年創業)。先輩に連れて行ってもらい初めて食べた時、そのあまりの美味しさに衝撃を受けたという田中さん。その後、バイト代を手に一人でも訪れるほどハマってしまったそう。“餃子好き”の田中さんにとって、No.1餃子にずっと君臨し続けてるのが「亀戸餃子」だという。

お店のメニューは、「ぎょうざ」とドリンクのみ。まさに、“これ一本で勝負している”という餃子は。薄皮の小ぶりで、外はカリカリ、中はふんわり、シンプルな味わいでいくらでも食べられる美味しさ。それを田中さんは『ふわっ♪サクッ♪しゅるる♪』と独特な食レポで表現。『しゅるる』というのは、『後味がとてもよくて残らない。主張しすぎない、程よい餃子』なんだとか。

*店舗情報:「亀戸餃子 本店」東京都江東区亀戸5-3-4

東京・恵比寿「芸能人ぽさに憧れた!水炊き」
東京・恵比寿にある秋田県産比内地鶏専門店「えびす今井屋總本店」。そこは、ドラマ「スローダンス」(2005年 フジテレビ)で共演したキングコング西野亮廣さんに連れて行ってもらったお店。それまでずっとアルバイトをしながら俳優業をしていた田中さんは、当時ようやく俳優一本で生活できるようになった頃。ここを訪れた時、『芸能人ぽい店。こんなお店でご飯食べれるようになってみたい』と憧れを抱いたという。

その後活躍し、自分のお金で通えるようになった田中さんのオススメは、「“究極”の水炊き鍋〜白濁ガラ本スープ〜」(提供期間10月〜2月)。“究極の地鶏”と呼ばれる秋田県産比内地鶏100%の鶏ガラと水だけで作る白濁ガラスープがとにかく濃厚でコラーゲンたっぷり。そこに、岩手県産の銘柄鶏である菜彩鶏、豆腐、シイタケ、全国から取り寄せる旬の野菜(長ネギ、水菜、白菜)を入れた絶品鍋。

田中さんは『あまりにもスープが美味しすぎるので、ちょっとでも薄めたくない』という気持ちから、あえて野菜抜きにしてもらい、スープと鶏肉だけでいただくそう。

ちなみに、職人が比内地鶏を絶妙に焼く「究極の焼き鳥」も絶品だという。

*店舗情報:「えびす今井屋總本店」東京都渋谷区恵比寿西1-7-11

東京・五反田「食べたくてたまらない!サムギョプサル」(※人生最高の一品)
田中圭さんの“人生最高の一品”は、「サムギョプサル」。それは、東京・五反田にある「王豚足家」でいただける。それまで、韓国で食べた「サムギョプサル」が一番だと思っていた田中さんだったが、「王豚足家」の「サムギョプサル」を食べた瞬間、本場韓国を超えてNo.1になったそう。サムギョプサル以外も全ての韓国料理がおいしく、しばらく行かないと『食べたくてたまらなくなる』ほどだという。

そんな田中さんを虜にした「サムギョプサル」は、群馬県のブランド肉「上州麦豚」の中でも臭みのない雌の肉を使用し、野菜はたっぷりと12種類。極厚にカットしたお肉を焼き、サンチュの他、お好みの野菜、キムチ、ニンニク、青唐辛子、そしてサムジャン(辛甘味噌)と一緒に巻いていただく。極厚切りなのでジューシーで肉の旨味を存分に楽しめる一品。

ドラマや映画、そしてバラエティと多方面で活躍し、あまりにも忙しすぎて大好きなサムギョプサルを食べに全く行けなくなったという田中さん。「王豚足家のサムギョプサル」が食べたくてたまらない…でも食べに行けない…そんな状況の中、田中さんは『家でサムギョプサルをやろう』と専用プレートまで購入し、一番いい豚肉を買ってやってみたという。すると、『本場韓国を超える』ほどめちゃくちゃ美味しくできたそうで、自宅に友達を呼んでサムギョプサル・パーティーまで開くほどになった。そして、『もうお店に行かなくていいのは?』と思い始めていたが、ある時久しぶりに家族で食べに行ったところ、『やっぱり、お店の方がうまい…』と実感。本場韓国を超える「田中家のサムギョプサル」の更に上を行く、「王豚足家」のサムギョプサルであった。

*店舗情報:「王豚足家」東京都品川区西五反田1-4-2

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

田中圭さんがゲストでした。加藤浩次さんとのドラマ共演の思い出に触れてくれるか楽しみにしていたら、思った以上にVTRを流してくれてうれしかったです。亀戸餃子は圭さんがよくおすすめしていて、いつか食べてみたいと思っています。挫折時代のゲーセンの思い出は臨場感があって聞き入ってしまいました。圭さんのキャラクターもあってかMC陣に突っ込まれながらのトークで笑いっぱなしでした。

30代

大人気俳優の田中圭さんがゲストでしたが、加藤浩次さんとは、昔ドラマで共演があったようで過去の映像が流れていましたが、お二人とも凄く若かったです。幼いころの話で文武両道だったが為に妬みで友達が居なかったと言っていたのが印象的でした。豚足屋さんはケンドーコバヤシさんも知っている程有名なお店のようで是非行ってみたいです。

30代


2021年4月24日放送回 ゲスト:ゆりやんレトリィバァ

ゲストは、ゆりやんレトリィバァさん。今年の「R-1グランプリ2021」で念願の優勝を果たし、今ノリにノッているゆりやんさんが、いつも通りの“ゆりやんワールド全開”かと思いきや、恋愛の話になると超照れまくり、純情すぎる素顔が明らかに!そんな素顔をのぞかせながら、おいしい話と共に芸人人生を振り返った。
■お品書き

大阪・難波「代々、芸人が愛する!本場大阪のたこ焼き」
大阪「なんばグランド花月」の隣に、芸人たちが愛してやまないたこ焼き屋がある。1961年創業の老舗で、「ミシュランガイド京都大阪」ビブグルマン部門に3年連続掲載されている「たこ焼道楽わなか」千日前本店。デビューした頃、先輩に連れて行ってもらって以来、ゆりやんさんの大好きなお店だという。

「わなか」のたこ焼きの秘密は、創業時より研究を重ねてたどり着いた生地。キメの細かな小麦粉、ダシと塩味との黄金比で絶妙な味わいに仕上げた生地に、ネギ、紅生姜ではなく無着色の塩生姜、天かす、そして旨みたっぷりのタコを加え、熟練した焼き師が熱伝導率の良い銅板で強火で一気に焼き上げる。そうすることで、外はカリっと、中はトロリとろける食感になるそう。ゆりやんさんイチオシは、生地の旨み・食感をそのまま味わえる「釜炊き塩(かまたきしお)」。その他、定番の「特製ソース」や「だし醤油」「ピリ辛ソース」「ポン酢」など、本場大阪の絶品たこ焼きメニューが揃っている。

*店舗情報:「たこ焼道楽わなか 千日前本店」大阪府大阪市中央区難波千日前11-19

大阪・北堀江「衝撃を受けた!絶品タイ料理」
ゆりやんさんが上京する前に暮らしていた街、大阪の北堀江にあるタイ料理専門店「CHEDI LUANG(チェディルアン)」北堀江本店。ロケの時、千鳥の大悟さんから「ここおいしいよ」と教えてもらったゆりやんさんだったが、近くに住んでいながらも食べに行ったことがなかったそうで、その時初めて食べて衝撃を受けたという。以来、どんなおいしい料理を食べても『おいしいんだけど、あのタイ料理の方がおいしい』と感じてしまうほどなんだとか。それもそのはずで、実はこのお店は関西で初めて“タイ政府認定5つ星”を獲得するほどの名店であった。

ゆりやんさんオススメは、「ランチビュッフェ」(90分制)。平日は15種類以上のメニューで1,320円(税込)、土日祝日は20種類以上のメニューで1,892円(税込)。とにかく、本格的で豊富なタイ料理が思う存分食べられる、コスパ最高の大満足ビュッフェ。

初めて行った時、ゆりやんさんが一口食べて衝撃を受けたのが「トムヤムクン」(※アラカルトメニュー)。タイの伝統的な海老味噌を使用し、具材を鶏スープと合わせ、天然の有頭海老を入れて煮込んだ濃厚でコクのある一品。海老味噌を使うことで、日本人にも食べやすい味に仕上げているという。

*店舗情報:「CHEDI LUANG(チェディルアン)北堀江本店」大阪府大阪市西区北堀江1-17-11

東京・代官山「初デートで行きたい!おしゃれカフェ」
自ら恋愛体質と認めるゆりやんさんが、いつか彼氏ができたら初デートで行きたいお店がある。それが、東京・代官山の蔦屋書店に隣接する「IVY PLACE」。都会の森に佇むカフェ・ダイニング・バーの3つの空間からなるレストランで、ゆりやんさんは友人と行ったことがあるそう。

ゆりやんさんが、彼氏と初デートで食べたいのは、朝ごはん。ランニングなどした後、このお店に行って「クラシックバターミルクパンケーキ」をチョイスするところまで妄想している。その理由は、『あんまり食べ方が汚く見えなさそうだから』。どこまでも純情なゆりやんさんであった。

*店舗情報:「IVY PLACE」東京都渋谷区猿楽町16-15

「R-1グランプリ優勝を噛みしめた!ベビーリーフとサーモンのサラダ」(※人生最高の一品)
ゆりやんレトリィバァさんの“人生最高の一品”は、「ベビーリーフとスモークサーモンのサラダ」。それは、ゆりやんさんにとって悲願だったR-1グランプリ優勝の喜びを噛み締めた味。『ネタで認められたい』と、ピン芸人No.1を決めるR-1グランプリ優勝を目標に頑張っていたゆりやんさんは、2015年に初めて決勝に進出。以来、4年連続で決勝へ進むものの、栄冠を掴むまでに至らなかった。なかなか勝てない中、プレッシャーから悪夢にうなされる日もあったという。2019年、2020年とあえて出場せず、自分のやりたい芸を見つめ直した後、3年ぶりに出場した今年のR-1グランプリ。優勝した瞬間、今まで協力してくれたり、相談にのってくれた人たちの存在の大きさ、ありがたさを彼女は実感したという。自分のためではなく、みんなのために…そしていろんな人たちのおかげで優勝できたのだと。そう思うと、涙が止まらなくなっていたのだった。そんな特別な日も、ゆりやんさんはいつもと同じ食事を摂っていた。それが、ダイエットのためにほぼ毎日のように食べていた「ベビーリーフとスモークサーモンのサラダ」。決戦に向かう前の朝食、そして念願の優勝を果たした後の夕食も、いつも通りの味。だからこそ、それはゆりやんさんにとって忘れられない思い出の味になったのだった。

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

ゆりやんレトリィバァさんがゲストでした。以前のイメージとはすっかり変わって、ダイエットだけでなく考え方もポジティブになっていて魅力的でした。高校3年の淡い恋の思い出はかわいらしかったですが、その後の大学進学、留学やネタの元になる友人との出会いにつながっていて、無駄なことはないのだなと感じました。国山ハセンさんや霜降り明星のせいやさんが好きだったりと恋多き女なのは意外でしたが、理想のデートを話す姿がピュアでほほえましかったです。

30代


2021年4月17日放送回 ゲスト:向井理

ゲストは、向井理さん。高校までサッカーに熱中し、大学では遺伝子工学を専攻、卒業後はバーテンダーとして働いていた向井さん。デビュー後は、オーディションも落ちてばかりで仕事もなく苦労した時期はあったものの、爽やかなイケメン俳優として人気者に。ところが、そのクールで落ち着いたイメージとは異なり、実はアツい男で、さらには食のこだわりが強い超グルメという意外な素顔が明らかに!スタジオ出演者が全員悶絶するほど、おいしい話を披露しながら、俳優人生を振り返った。
■お品書き

北海道・札幌「第二の青春を味わった!ジンギスカン」
向井さんが初めてちゃんとしたセリフのある役で出演した映画「ガチ☆ボーイ」。その撮影で2ヵ月間過ごした北海道札幌市に思い出のお店がある。アパートで共同生活した出演者やスタッフと週1回のペースで通っていたという「塩成吉思(しおジンギス)汗(カン)『八仙』大通」。

タレでごまかさず、肉の味を生かして勝負する「塩ジンギスカン」は、オーストラリア産ラム肉の最上級肩ロースを使用。こだわりの塩をベースにした5種類の調味料で味付けし、鉄板ではなく網で焼くことでお肉をさっぱりと食べられる。

この絶品「塩ジンギスカン」以上に、向井さんが度肝を抜かれた料理がある。それが、「牛トロライス」。冷凍した牛カルビをフレーク状にしたものをアツアツご飯にたっぷりふりかけ、醤油を加えてかき混ぜていただく。お腹が一杯でも、シメにペロリと食べられ、毎回おかわりしてしまうという一品。

寝ている時間以外はずっと一緒に過ごし、一つの作品を共に作り上げたことで、ものづくりの楽しさを初めて知った向井さん。当時、仲間たちと一緒に食べた「塩ジンギスカン」と「牛トロライス」は、まさに忘れることのない“第二の青春”の味である。

*店舗情報:「塩成吉思汗『八仙』大通」北海道札幌市中央区南1条西14-1-236

東京・四谷「主演としての責任感が生まれた!お寿司」
一番好きな食べ物はお寿司という向井さんが、数ある中でも『次元が違う』と感銘を受けたお店がある。東京・四谷の「すし匠」。大将の中澤圭二さんは、日本を代表する江戸前寿司職人の一人。現在は、ハワイのザ・リッツ・カールトン・レジデンスワイキキビーチに2016年オープンした「すし匠」で腕を振るい、世界の美食家たちを唸らせている。四谷「すし匠」は、中澤イズムを受け継いだ弟子が、変わらず江戸前寿司の最高峰として逸品を提供し続けている。

ある作品で出会ったプロデューサーに誘われて初めて行って以来、中澤さんが握る寿司の虜になった向井さん。『ただネタを切って握って出すのは寿司ではない』『江戸前寿司というのは本来、冷蔵庫などない時代に保存のため、醤油で漬けにしたり、お酢や昆布で締めたり、食べるための工夫を凝らしていたもの。その古来の江戸前寿司を突き詰めていきたい』という中澤さんの考えを知り、感銘を受けたそう。

そんな向井さんが、ものを口にして初めて泣きそうになったという一貫がある。それは、中澤さんが握った「鱚(きす)の昆布締め」。湯引きした鱚を半日かけて昆布締めにすることで熟成した旨味とねっとり感が増したネタ、甘みのあるシャリ、そして間に挟んだ木の芽(山椒の葉)が織りなす一貫。口にした時、『たった一貫で、こんなに味が変わるんだ』と驚き、マリアージュみたいな化学反応が口の中で起きたという。

実は、向井さんは「すし匠」に連れていってもらったプロデューサーとの間にある揉め事があったという。仕事上とはいえ、意見は対立して半ば決裂状態となったままで誘われたため、『ぶん殴られるのかな?』と思いつつ足を運んだという。もちろん、そんなことはなく、寿司を食べながらいろいろ話すうちに“作品を良いものにしたい”というお互いの熱い思いを改めて認め合い、中澤さんの握る寿司が引き起こすマリアージュのように関係は元通りになったそう。

*店舗情報:「すし匠」東京都新宿区四谷1-11 陽臨堂ビル 1F

東京・南青山「原点であり一番安らげる!イタリアン」(※人生最高の一品)
向井理さんの“人生最高の一品”は、「レモンパスタ」。それは、向井さんの俳優人生が本当の意味でスタートした原点とも言える場所であり、現在は一番安らぐことのできるお店の一品。1944年、イタリア海軍の指揮官付コック長だったカンチェーミ・アントニオが日本に本格イタリアンを紹介して始まった老舗イタリアンレストラン「アントニオ南青山本店」。

人気メニューは、ふんわり揚げたカツレツを約10種類の食材が入ったオリジナルのトマトソースでチーズを加えて煮た「仔牛のチーズカツレツ」。脂っこくなく爽やかな味わいで、チーズのまろやかさとコクがたまらない一品。

向井さんが「アントニオ」を初めて訪れたのは、15、6年前のこと。当時は、オーディションに全く受からず、仕事はゼロ…バイトも思うようにできず、生活も苦しくなっていた向井さんは『才能もなくて俳優に向いてないし、お金もないから、自分は辞めるべきだと思う』と、当時のマネージャーに相談を持ち掛ける。すると、マネージャーは鼻で笑って、こう言ったという。『あなたに才能がなくて落ちたのではなく、作品に合わなかっただけ』『あなたに合う役が来たら受かるから、それまで受け続けなさい』と。そんな励ましの言葉をかけられながら食べたのが、パスタだった。その味が、背中を押してもらった安心感からか、向井さんにとってはアットホームに、おふくろの味のように感じたという。その後、マネージャーの言葉通り、諦めずに突き進み、人気俳優となった向井さん。現在もよく通い、安らげるお店だという「アントニオ」で一番大好きな料理が、「レモンのパスタ(レモンとクリームソースのスパゲティ)」。特製レモンクリームソースとチーズを混ぜ合わせ、オリーブオイルを加えてパスタを炒めた一品で、レモンの酸味と苦味、チーズのまろやかさが絶妙にマッチングした大人の味。もともとは夏季限定だったが人気のため、通常メニューになった。

*店舗情報:「アントニオ南青山本店」東京都港区南青山7丁目3-6 南青山HYビル 1F

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

向井理さんがゲストでした。最近は脇役でもいろいろな役柄を演じており、より魅力が増していて、今の向井さんのトークを聴けたのがうれしかったです。クールで落ち着いた印象ですが、スカウトした人や、作品を作る現場の情熱をしっかり受け止める秘めた熱さを持っているのだと再認識しました。四谷のすし匠の話がわかりやすく、江戸前寿司の特性や食べたときの感動の話しぶりに引き込まれました。

30代

向井理さんあまりトーク番組には出演しないのでどんな人なのかと思い見てみました。気取ったところがなく素直な人だなと思いました。料理に関しての説明がとてもわかりやすいと思って見ていたら加藤浩次さんが同じようなことを言ったので、誰が聞いてもそうなんだなと思いました。YOUさんがその説明を聞いてるだけで食べた感じになるところが面白かったです。

40代


2021年4月10日放送回 ゲスト:石井亮次

ゲストは、石井亮次さん。平日午後の情報番組『ゴゴスマ〜GO GO!Smile!〜』のMCとして、今や全国区の“お昼の顔”となり、主婦層に大人気!2020年3月、20年間勤務したCBCテレビを退社してフリーアナウンサー転身後は、バラエティ番組にも引っ張りだこ!そんな石井さんが超おしゃべりな面白キャラ全開で、おいしいものと共に自らのアナウンサー人生を語った。
■お品書き

東京・西麻布「偉大な先輩の洗礼を受けた!肉づくし」
石井さんが出演した日曜劇場「下町ロケット」(2018年放送)で出会った、アナウンサーの大先輩・古舘伊知郎さん。共演シーンはなかったものの、待ち時間で挨拶をしたのをきっかけに意気投合。「ゴゴスマ」にもレギュラー出演してもらえるようになり、2人きりで食事をすることに。古舘さんに誘われて行ったのは、東京・西麻布にある割烹料理店「常(とわ)」。2018年創業で、ミュシュランガイド東京に2年連続一つ星として掲載されている名店。

そこで、古舘さんにごちそうになったのが、極上の肉料理を中心とした「おまかせコース」。店主が惚れ込んだ神戸・川岸牧場の黒毛和牛(雌)などを使った季節の味覚を味わえる約12品。牛テールとトマト、煮山椒を巻いて揚げた「牛テールの春巻き」、硬くならないようじっくりと焼き上げ、醤油で香り付けした「黒毛和牛のタン 炭火焼き」、煮山椒のタレでいただく「ヒレカツ」など、絶品の肉づくし料理を堪能した石井さんだったが、実は大先輩を前にした緊張からか…味をほとんど覚えていなかった。ただ、肉づくしでも決してもたれることのない料理の素晴らしさと、尊敬する古舘さんと熱く語り合えた時間は、忘れられない思い出だという。
(※ふるたちの「舘」は「舎」「官」が正しい表記です。)

*店舗情報:「常(とわ)」東京都港区西麻布4-11-25 モダンフォルム西麻布ビル パートIII 2F

愛知・名古屋「人生が決まった!運命の名古屋めし」
就職留年までして、憧れのアナウンサーになった石井さん。中部日本放送(現在のCBCテレビ)から、内定の連絡を受けた時、まさに食べていた縁起のいい料理がある。それが、名古屋名物の「味噌煮込うどん」。それも、1907年創業の老舗、味噌煮込うどん専門店「山本屋本店」の一品。

初めて食べる人は「茹でてないのでは?」と思うほど硬めでコシのある手打ち麺、かつお節専門の熟練職人がブレンドした出汁、3年間じっくり醸造した地元産の赤味噌と白味噌にザラメを独自の技術でブレンドして大釜で炊き上げた特製あじ味噌を使い、専用土鍋で煮込む老舗オリジナルの味は言うまでもなく絶品。湯気抜きの穴が開いていない蓋にうどんを取り分け、フウフウ冷ましながら食べるのが名古屋流。石井さんは、最後にご飯と卵を入れて食べるのがお好みだという。人生が決まった瞬間に食べていた「山本屋本店」の「味噌煮込うどん」は、石井さんにとってまさに思い出深い一品であった。

*店舗情報:「山本屋本店 栄店」愛知県名古屋市中区錦3-24-17 BINO栄B1

大阪・上本町「父との思い出が詰まった!あんかけ焼きそば」(※人生最高の一品)
石井亮次さんの“人生最高の一品”は、亡き父との思い出が詰まった「あんかけ焼きそば」。子どもの頃、たまの外食が楽しみだったという石井さん。父親がよく連れて行ってくれたのが、大阪・上本町の近鉄百貨店内にある「銀座アスター」だった。1926年創業の日本を代表する中華料理店で、銀座の本店をはじめ、1都3県の他、大阪、名古屋に展開している。

「あんかけ焼きそば(什錦炒麺)」は、こんがりついた焼き目が香ばしく、ホロホロとほぐれる麺が絶品。うま味たっぷりのあんとの相性は抜群で口に入れると小麦の香りがふんわりと広がりおいしさだという。この「あんかけ焼きそば」を食べに連れて行ってくれた石井さんの父は、6年前に他界。『お客さんが第一や!』『挨拶は早いもん勝ちやぞ!』『「すんません」はタダやで!』が口癖で勤勉な父の背中を見て、高校・大学と父の経営するガソリンスタンドでアルバイトしていた石井さん。「一生懸命働くことが当たり前」だと教えてくれた父だったからこそ、石井さんは父の葬儀には出席せず、MCとして「ゴゴスマ」の生放送に出演。涙をこらえ、仕事を全うした。そして父の三回忌を迎えた命日、形見のネクタイをして出演した石井さんに苦労が報われる時が来る。長年、苦戦していた関東圏の視聴率で初めて同時間帯トップの数字を記録したのだった。その日、石井さんはトイレで一人うれし泣きしたという。

父と一緒に働いたガソリンスタンドでの経験を振り返って、石井さんは『お客様とコミュニケーションをとること。「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」と大きな声を出すこと。毎日シャワーのように聴いていたラジオ。実は、ガソリンスタンドの仕事はアナウンサーになるために役立っていた』と語った。亡き父と過ごした日々があったから、アナウンサーとしての人生がある…石井さんの“しゃべくり人生”はこれから更に開けていくことだろう。

*店舗情報:「銀座アスター 上本町近鉄賓館」大阪市天王寺区上本町6-1-55 近鉄百貨店上本町店12F

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

ゴゴスマの石井アナウンサーがゲストで正直びっくりしました。スッキリの加藤浩次さんと並ぶ日が来るとは思いませんでした。結構、しゃべりが面白くて意外な印象でした。どうやら大阪出身のようですね。古舘一郎さんにごちそうになったエピソードが、大盤振る舞い過ぎてびっくりしました。もっと他の番組でも見てみたいです。

30代

ゴゴスマのMCをやっている石井亮次アナウンサーがゲストでした。ゴゴスマを見たことがなかったので人となりを全く存じ上げなかったのですが、さすがの話術で引き込まれました。古舘さんやお父様とのエピソードがトークも相まっておもしろく聴きました。就職浪人があったからこそ実力と戦略を持てたのだと思えました。競馬や野球の実況は笑いのツボも抑えており、関西人らしさも感じられました。

30代


2021年4月3日放送回 ゲスト:本木雅弘

ゲストは、本木雅弘さん。“祝★200回記念スペシャル”第3弾!放送201回目のスペシャルゲストとして登場した本木さんは、一世を風靡した人気アイドルグループ“シブがき隊”のメンバーとして活躍後、俳優に転身。今や確固たる地位を築き上げたカッコよすぎる55歳のはずが…『ひがみ屋で、気にしい屋』『服は何を着ても似合わないし、変』など、ネガティブ発言を連発!超意外な“こじらせ男”の素顔が明らかに!そんな本木さんが、偉大な義父母・内田裕也さんと樹木希林さんとのかけがえのない思い出などを語りながら、おいしいものと共に人生を振り返った。
■お品書き

東京・三ノ輪「樹木希林に誘われた!天丼」
29歳の時、10歳下の内田也哉子さんと結婚した本木さん。妻・也哉子さんの両親は、言わずと知れた内田裕也さんと樹木希林さん。二世帯住宅で同居していた本木さんは、ある日突然、希林さんに食事に誘われる。自意識過剰で人の目が気になるタイプだという本木さんは外食する際は、絶対に個室派。そんな本木さんを見かねてか、『ちょっと予約の取れないお店があるのよ。一緒に行かない』と、半ば強引に連れて行かれたのが、台東区にある「土手の伊勢屋」。創業は明治22年、建物は国の登録有形文化財という老舗天ぷら店は、個室はなく、隣席もすぐ近くてガヤガヤ賑わっていて、本木さんにとっては苦手な空間。しかし、そこで食べた天丼は『とにかく見事なおいしさ』で、忘れられない味だという。

本木さんがいただいたのは、穴子、小海老のかき揚げ、海老、旬の魚、野菜三種が一挙に楽しめる「天丼(ハ)」。ちなみに、松・竹・梅ではなく、イ・ロ・ハの順に値段が高くなる。天ぷらはどれも絶品だが、本木さんが驚いたのは、大きなアナゴ。朝に締めた新鮮な長崎県産の天然アナゴを特別に配合した油で揚げ、コクを持たせながらも軽やかな味わいの一品。そして、ここでしか味わえない創業当時から継ぎ足している秘伝のタレも絶品。実は、その時1度きりしか食べてない本木さんだったが、希林さんと食べた天丼のおいしさが今も強烈に印象に残っているという。

*店舗情報:「土手の伊勢屋」東京都台東区日本堤1-9-2

沖縄・石垣島「内田裕也が怖がった!マンゴー」
スクーバダイビングが趣味だという本木さんの実父が、毎年送ってくれる美味しいマンゴーがある。それが、沖縄・石垣島の特産品「ポトリ果マンゴー」。5月頃、実ったら袋がけし、7月頃、樹上で完熟して自然に落ちた実を収穫。その“ポトリ”と落ちる様子から、「ポトリ果マンゴー」と名付けられたという。食べ頃は、落下直後ではなく、2、3日後。そのため、2、3日後に消費者に届くように産地直送する。テカテカになってべたついた果皮を剥くと芳醇な香りが漂い、口に運ぶと深い甘み、そして何とも言えない充実した食感がたまらないという一品。そんな「ポトリ果マンゴー」を、めったに帰ってくることのない内田裕也さんがたまたま帰宅した時に、希林さんがすすめたところ『うめえなあ』と感動していたそう。そして希林さんが『これはね、木から“ポトリ”と落ちたものだから“ポトリ”って言うんだよ』と説明すると、裕也さんの反応は『怖えなあ』だったとか。

*店舗情報:「かわみつ農園」沖縄県石垣市字登野城2242-11

「シブがき隊の頃から食べ続けてきた!ジェノベーゼ」(※人生最高の一品)
本木雅弘さんの“人生最高の一品”は、シブがき隊の頃から食べ続けてきた「ジェノベーゼ」。16歳でアイドルグループ「シブがき隊」でデビューした本木さん。忙しい日々を送る中、19歳で初めての一人暮らしを経験する。その頃に出会ったのが、人生最高の一品「ジェノベーゼ」だった。当時、お世話になっていたスタイリストさんに恵比寿のあるバーに連れて行ってもらった時のこと。そこで初めて食べた「ジェノベーゼ」は今思えば、瓶詰めソースを和えるだけの簡単なものだったが、19歳の本木さんにとっては『ものすごくおいしくて、オシャレな料理で、ちょっと大人になった感覚』だったそうで、『これからの自分がものすごく先の開けるような思いを感じた一皿だった』というのだ。そんな本木さんが初めての一人暮らしを機に、どんな料理でも使えるようにと買った器がある。深みのあるシンプルな器で、当時は「ジェノベーゼ」を作って盛り付け、よく食べていたという。そんな思い出の器を本木さんはアイドルから俳優に転身しても、引っ越しを繰り返しても、そして結婚してからも、35年以上ずっと使い続けている。本木さんにとって、19歳の時から人生を共に歩んできた相棒であり、どんな時も自分をずっと見ていてくれた存在でもあった。かつては、「ジェノベーゼ」だったが、今は家族の食卓で「ナスの煮びたし」や「人参のサラダ」などが盛り付けられている器。本木さんは、これからも変わらず、この器と共に人生を共に歩んでいく。

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

放送200回突破記念として本木雅弘さんがゲストでしたが、とてもダンディでカッコ良さが変わらないのが凄いと思いました。シブがき隊のモックンとしてアイドルをやっていたとは今の若い人たちは知らないのでしょうね。妻の内田也哉子さんとは中学生の頃に出会っていたとは驚きました。その後結婚したので素晴らしいと思いました。

30代


2021年3月20日放送回 ゲスト:ビートたけし

ゲストは、ビートたけしさん。記念すべき“放送200回”のスペシャルゲスト”として登場した“お笑い界のレジェンド”が、テレビの歴史に残る豪快なお笑い伝説エピソード、漫才ブームのツービート全盛期仰天秘話などを激白!忘れられない思い出の味と共に半世紀に及ぶ芸人人生を振り返った。

■お品書き

東京・銀座「母との思い出が詰まった!ジャンボ餃子」
たけしさんが小学生の頃、たまに母が連れて行ってくれた思い出のお店がある。それが、1949年創業の老舗中華料理店「銀座天龍」。足立区生まれ育ちのたけしさんにとって、当時は銀座に行くこと自体が一種の遠足。嬉しくて仕方なかったそうで、母に連れて行ってもらうために、その時だけは一生懸命勉強していたという。

たけしさんの記憶に残る母との思い出の味は、子どもの頃にバナナみたいと驚いた「焼きギョーザ」。その大ぶりな餃子は創業以来、変わらぬ調理法を守り抜いているお店のシンボル。上質な豚もも肉と、毎日産地から直送される新鮮な白菜に長葱と醤油を加え、石臼で約40分練ってできる餡を厚めの皮でくるみ、ジューシーに焼きあげた一品。特製からし醤油で食べるのが、オススメ。ニンニクなどの香味野菜を一切使用していないので女性にも大人気だという。

もちろん中華料理店なので他にもたくさんメニューがあるが、そのあまりの大きさとおいしさに『ギョーザしか食べた記憶がない』というたけしさん。大人になって食べた時に、その時と変わらない味と大きさに感動したそう。たけしさんにとって、このギョーザを食べたさだけでなく、銀座に行くことの楽しみ、そして何より教育熱心で厳しかったけど愛に溢れていた母との思い出が詰まった一品であった。

*店舗情報:「銀座天龍 本店」東京都中央区銀座2-5-19 PUZZLE GINZA 4F

東京・東麻布「一流芸能人御用達!超名店の上海蟹」
高級店舗からカジュアルに楽しめるお店まで、都内に10店舗を展開する中華料理の名店「中国飯店」グループ。その本店であり、1973年創業の六本木店に、たけしさんは常連だった長嶋茂雄さんや高倉健さんに連れて行ってもらったことがあるという。以来、常連となったたけしさんは現在、グループの中でも最高級とされる「中国飯店 富麗華」がお気に入り。ここはミシュランガイド東京に14年連続掲載されている、日本を代表する高級中華料理の名店。たけしさんが訪れる際はほぼプライベート、2、3名で特別個室を使うという。

全ての料理が絶品なのは言うまでもないが、たけしさんお気に入りは、中国秋の味覚「上海蟹」。使用するのは、比較的大きく、ぎっしりと身が詰まって、蟹ミソも存分に堪能できる最高級ブランドの陽澄湖産。丸ごと蒸して、醤油・黒酢・砂糖・生姜を混ぜたタレでいただく「上海蟹の姿蒸し」が一番のオススメで、上海蟹の濃厚な味を一番堪能できる一品。特に蟹ミソは濃厚な味わいがあり、一度食べるとやみつきになってしまうおいしさ。たけしさんは、メスもおいしいがオスのほうが好みだという。

*店舗情報:「中国飯店 富麗華」東京都港区東麻布 3-7-5

東京・根岸「40年以上愛してやまない!秘伝のちゃんこ鍋」(※人生最高の一品)
ビートたけしさんの“人生最高の一品”は、「秘伝のちゃんこ鍋」。東京・台東区根岸にある老舗ちゃんこ料理店「玉勝」。多くの著名人が愛するこの店をたけしさんが初めて訪れたのは、まだ満足に食べることもできなかった若手時代。『おいしいちゃんこ料理店に連れて行ってやるよ』と、ファンの方に連れて行ってもらったのが最初だったという。その時は、ちょっと高いなと思っていたたけしさんだったが、『いつか、自分のお金で食べれるようになりたい』と思い続けていたそう。

昔から変わらず、多くの人に愛され続けている名物「ちゃんこ鍋」。それは、いたってシンプルで、白菜・ごぼう・にんじん・豆腐・小松菜を敷き詰めた上に、福島県産の伊達鶏をのせ、丸鶏を約15時間煮込んだ特製スープを入れ、ほうれん草・春菊・一番ニラをさらにのせて煮込むだけ。たっぷりの具材から出る出汁が特製スープと絡み合った鍋を特製つけだれでいただく。醤油ベースである以外は秘密の特製つけだれが、とにかく絶品で、たけしさんもその味の虜になっているそう。しかし、その味は誰が真似しようとしても真似できない、ここでしか味わえないものだという。40年以上も通い続け、食べているこの「ちゃんこ鍋」は、『すべてはお笑いのため』と語り、今でも“お笑い”の真髄を追い求めるたけしさんの芸人人生と共に歩んできた、まさに人生最高の一品であった。

*店舗情報:「玉勝」東京都台東区根岸3-2-12 鈴木ビル

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

放送200回記念というこでとで、ビートたけしさんがゲストでしたが、たけしさん側が語り手に回っているのはとても貴重なことだと思いますし、案の定、若い頃の話も沢山聞けたので凄く嬉しかったです。長嶋茂雄さんとのエピソードは最高に面白かったです。上海ガニも美味しそうでした。是非一度食べてみたいと思いました。

30代


2021年3月13日放送回 ゲスト:矢部浩之

ゲストは、ナインティナイン矢部浩之さん。3月20日(土)で放送200回を迎えることを記念し、3回連続で送る“祝★放送200回記念スペシャル”の第1弾!MC加藤浩次さんとは、「とぶくすり」「めちゃ×2イケてるッ!」などで25年間共演していたが、プライベートも含め腰を据えて話すのは、実は初めて!今回、“加藤浩次×矢部浩之”初めてのガチトークが繰り広げられた。デビュー以来、現在までお笑い界でトップを走り続ける矢部さんが、おいしいものと共に芸人人生を振り返った。
■お品書き

東京・西麻布「東京進出して出会った!驚愕の焼き肉」
矢部さんが大阪から東京に進出した21歳の頃、番組スタッフに連れて行ってもらって衝撃を受けた焼き肉店がある。それが、東京・西麻布にある「叙々苑 游玄亭 西麻布本館」。言わずと知れた高級焼き肉「叙々苑」グループの最高峰!ナント1階から6階までのフロアが店舗という“焼き肉ビル”。子どもの頃、家庭が貧しかった矢部さんにとって、焼き肉と言えば大阪・鶴橋にあるお店のイメージだった。しかし、東京で出会った「叙々苑」はそのおいしさに驚いたのはもちろん、何より衝撃を受けたのはキレイなお店だったという。

そんな矢部さんが絶賛するメニューが「タン塩焼」。厚いタン塩ももちろんおいしいが、絶妙な薄さがたまらなくて、何枚でも食べられるほど絶品だという。

さらに、矢部さんオススメが「上ハラミ焼」。先輩だろうと後輩だろうと同席した際には、自ら焼き係になるという矢部さんは、何枚か焼いただけで網を換える速さに驚いたそう。

矢部さんが東京進出して“衝撃の焼き肉”に出会った21歳以降、お笑い界のトップを走り続けてきた中で、幾度となくお世話になってきた「游玄亭」は、芸人人生と共に歩んできた忘れられない味である。

*店舗情報:「叙々苑 游玄亭 西麻布本館」東京都港区西麻布3丁目24-18 叙々苑 ビル

東京・表参道「記念日に食べる!鉄板料理」
レギュラーを務める番組「ぐるぐるナインティナイン」の「ゴチになります」でこれまで数多くのおいしいものを食べてきた矢部さん。ただ、その中でもプライベートで行ったことがあるお店は、1軒だけしかないそう。それが、東京・表参道にある高級鉄板料理店「表参道 うかい亭」。150年前の金沢の商家を移築し、和の伝統建築と西洋の美が調和した店内、そして窓から一望できる都会の景色を見渡しながら、“空中庭園”で極上の鉄板料理をいただける。矢部さんは、妻・青木裕子さんと結婚記念日など大切な日に訪れるという。

記念日に夫婦二人でいただくのは、最上級の食材を使ったコース料理。中でも、矢部さんの印象に残っているは「鮑の岩塩蒸し」と「サーロイン&フィレのステーキ」。「鮑の岩塩蒸し」は、その日厳選した最高の鮑を使用。鮑の味がより引き立つように昆布をのせ、塩で蒸すことでやわらかくして旨味を凝縮させた一品。貝のバターソースと酸味の効いた醤油ベースのソースが絶品で、この上ないおいしさだという。

そして、「うかい亭」のために指定牧場で肥育された黒毛和種「うかい極上牛」を使った「サーロイン&フィレ」のステーキ。“うかい亭の鉄板料理の代名詞”とも言え、二つの味を堪能できる贅沢な一皿。

*店舗情報:「表参道 うかい亭」東京都渋谷区神宮前5丁目10-1 表参道ジャイル 5F

「あの人が作ってくれる!キーマカレー」(※人生最高の一品)
矢部浩之さんの“人生最高の一品”は、「愛妻・青木裕子さんの手作りキーマカレー」。結婚前、お付き合いしている頃に初めて作ってもらった時、『うまい』と衝撃を受け、その後どこのお店で食べたものよりもダントツでおいしいと感じたという、裕子さんの「キーマカレー」。ただその理由を聞かれると、矢部さんは『自分は子ども舌だから』『甘いから』と答える始末。そんな愛妻手作りの「キーマカレー」は、その時々で食材は変わるものの、玉ねぎ・にんじん・ピーマン・レンコンなどの野菜に、ひき肉を炒め、子ども用のためにカレールウ(甘口)を入れ、ウスターソース、ハチミツで味を調える。

もちろん、ケンカする時はあるものの夫婦関係は良好で、裕子さんのことを完全リスペクトしているという矢部さん。『結婚して人間に戻れた』と語るほど、裕子さんの存在を大切にしている矢部さんにとって、必ずおかわりする大好物の「キーマカレー」は、幸せを実感する一皿であった。

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

200回目前スペシャルで矢部浩之さんがゲストでした。加藤さんや濱口優さんが総合演出の方に怒られる一方で、矢部さんは流れを頭に入れていて怒られたことがない、という話が矢部さんらしいと思いました。めちゃイケメンバーや芸人としてボケや笑いの方向にいけない悩みや、その後普通でいいと吹っ切れたエピソードもありました。芸人らしいことに囚われすぎず、自分のキャラクターや立ち位置を活かせばいいという気づきは共感できました。奥様の裕子さんのキーマカレーが人生最高メニューだったのにほっこりしました。

30代

私は、料理人が鮑を料理するところを見ました。貝の方を下にして笹の葉だと思いますが、それをかぶせて一面に塩を盛り加熱していました。この料理法、たしか「塩釜」ではないかと思い、視聴後、検索してみました。だいたいは肉料理で行われることが多いようです。潮を盛るというか塩で包むのは、蒸す効果があるということでした。私は、子どものころに漁村に住んでいたので、わりと鮑を口にしていました。今では、スーパーで売っている鮑を年に一、二回口にする程度となりました。塩釜料理自体は食べたことはありません。いつか鮑の塩釜を作ってみたいです。島崎和歌子さんの割烹着姿がいいなと思いました。

50代


2021年3月6日放送回 ゲスト:内田篤人

ゲストは、内田篤人さん。世界屈指のリーグ「ドイツ・ブンデスリーガ」で年間ベストイレブン選出(ブンデスリーガ公式サイト)、世界最高峰のクラブNo.1を決める「UEFAチャンピオンズリーグ」でベスト4進出に貢献するなど、名サイドバックとしてその名を世界に轟かせた元プロサッカー選手。

日本代表としても活躍し、そのイケメンで爽やかな印象から、“ウッチー”の愛称で日本中から親しまれている。昨年8月、惜しまれつつも32歳で現役引退。しかし、今回『サッカー辞めてスッキリ!今が一番楽しい』と語った。そんな内田さんが、180度変わった現在の生活を含め、激動と歓喜のサッカー人生を絶品お肉料理の数々と共に振り返った。

■お品書き

茨城・鹿嶋「鹿島アントラーズの思い出が詰まった!牛タン」
高校卒業後に入団した2006年から2010年、そして2018年に復帰してから昨年引退するまでの計6年間。内田さんが所属したJリーグの強豪クラブ「鹿島アントラーズ」。その選手や関係者の御用達であり、内田さんにとってもたくさん思い出が詰まったお店がある。茨城県鹿嶋市の焼肉店「羅光苑」。振り返ると、アントラーズ入団後初めて行った鹿嶋市のお店で、その後も試合後の反省会をやるなど、サッカー人生の中にはいつもこのお店の存在があったという。ちなみに、現役引退して鹿嶋市での最後の食事もこのお店だったそう。

内田さんのイチオシは、「上タン塩」。『“魔法の粉”が振ってあり、めちゃくちゃうまい』と、アントラーズの選手みんなも口を揃えていうほどのおいしさなんだとか。その“魔法の粉”とは、2種類の塩と数種類の調味料をブレンドした特製の味付け。『今までに食べた中で1番うまいタン』と、内田さんが大絶賛する一品。

*店舗情報:「羅光苑」茨城県鹿嶋市鉢形台2-2-10

東京・表参道「苦い思い出が蘇る!シュラスコ」
東京の表参道にある「Barbacoa(バルバッコア)」。ブラジル・サンパウロで1990年に創業したお店で、日本では1994年に表参道本店がオープン。現在、東京と大阪に9店舗を展開している日本最大級のシュラスコ料理専門店。ブラジル出身Jリーガーをはじめ、来日した海外選手、そして日本人選手ももちろん、多くのサッカー関係者から愛されている名店。2010年に海外移籍し、ドイツの名門「FCシャルケ04」のレギュラーとして活躍していた2014年2月、内田さんをケガが襲う。右膝裏の腱の損傷。ブラジルワールドカップを控えた大事な時、ワールドカップを諦めて手術するか…手術をせずワールドカップ出場へ望みをかけるか…選手生命を大きく左右するケガだったが、内田さんは迷わず夢のワールドカップを選んだ。『自分の決断に後悔はない』と言い切る内田さんは当時、日本に一時帰国。表参道の病院で治療とリハビリに励み、ほぼ毎日この店に通って「シュラスコ」を食べていたという。『肉を食えば、治る』と信じて…。

シュラスコ料理とは、本場ブラジルで人気のバーベキュー料理。肉や野菜などを長い串に刺し、最高900℃にもなる特注のオーブンでゆっくりと回転させながら焼き上げる。味付けは、主に岩塩のみで、余分な脂分も落ちるため、肉本来の味が楽しめる一品。

*店舗情報:「バルバッコア 青山本店」
東京都渋谷区神宮前4-3-2 TOKYUREIT表参道スクエアB1

静岡・清水「サッカー人生の原点を思い出す!焼き肉」(※人生最高の一品)
内田篤人さんの“人生最高の一品”は、サッカー人生の原点を思い出す「焼き肉」。全国に名の知られた名門校、静岡・清水東高校サッカー部出身の内田さん。プロ入り後、引退するまで毎年シーズンオフには、地元に帰って自主トレに励んでいたという。自主トレの相手は、高校時代のチームメイトたち。青春時代の仲間たちとハードなトレーニングをした後、みんなでよく食事をしたのが「焼肉 千番閣」。

ちなみに、ここは高校時代のクラスメイトの実家が経営するお店で、内田さんにとってかけがえのない仲間たちと集まる大切な場所。もちろん、肉好きの内田さんがオススメする「ネギタン塩」「レアステーキユッケ」「和牛ロースのすだれ焼き」などの人気メニューをはじめ、大満足の絶品お肉が味わえる。

番組内で“サッカー人生で一番悔しかった試合”を聞かれた内田さんの答えは、高校時代のラストゲーム。静岡県大会ベスト8で敗れた試合だった。プロになって数々の勝負を経験してきた内田さんだが、比べものにならないほど、その敗戦は悔しかったという。サッカーに青春をぶつけていた3年間…仲間たちと過ごした日々の思い出、そして負けたあの試合の悔しさを胸に秘め、内田さんは厳しいプロの世界で戦い続けていたのだった。

*店舗情報:「焼肉 千番閣」静岡県静岡市清水区大坪1-3-13

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

加藤さんがあんなにカッコイイと褒めるなんて…とちょっと失礼な事を思ってしまった冒頭。そしてさらに加藤さんのカナヅチのキッカケが爆笑、内田さんと同じく「ゆるまないでしょ!」とつっこんでしまいました。内田篤人選手は現役時代なんとなくお名前を存じ上げていたくらいだったので改めてお顔を拝見して、なるほど冒頭でほめちぎっていただけの事はあるなと思ってしまいました。イケメンさんですね。

40代

今回のゲストは元サッカー選手の内田篤人さんでしたが、紹介された料理がどれも肉で体を使うスポーツなのでやっぱり印象に残るのがお肉なのかなぁと思っちゃいました。現役を辞めると決断した時の話なども聞けて感慨深かったです。あと奥さんの話も出て来ましたが、小学校からの幼馴染ということで今どきロマンチックだなぁとも思いました。奥さんのいいところは?と聞かれて”しっかりしているところ”と答えていましたが、他にも何個か答えておかないと後で追及しそうと思いました。同級生からのメッセージがありましたが、ほんと自然体で人徳がある方だなぁと思いました。

40代

内田篤人さんが引退されていろんな番組に出ていますが、本人が「一番今が楽しい、サッカーも別にしたいと思わない」とおっしゃていたので今後もタレントとして活躍されるのではないでしょうか。トーク力もありますし、楽しそうにやっていたのを凄く感じ取れました。焼肉がやっぱりお好きなのですね。沢山好きなだけ食べて欲しいです。

30代


2021年2月27日放送回 ゲスト:ROLAND

ゲストは、ROLANDさん。3時間で1000万円を稼ぐなど、歌舞伎町で語られる伝説は星の数ほど!『世の中には2種類の男しかいない。俺か、俺以外か』『俺の隣がインスタ映え』『女性は水とパンとROLANDがあれば生きていける』など、数々の名言で知られ、“ホスト界の帝王”と呼ばれる男が、忘れられない思い出のおいしものと共に、コンプレックスから成り上がったホスト人生を語った。

■お品書き
東京・恵比寿「一流を極めるために食べた!マッシュポテト」
「ミシュランガイド東京2021」にて14年連続で三つ星に評価されている、言わずと知れた名店、東京・恵比寿にある「ガストロノミー“ジョエル・ロブション”」。ROLANDさんがここを初めて訪れたのは、ホストとして売れ始めていた21歳の頃。『デートの時にスマートに女性をエスコートしたい』という思いから、一人でお金を握りしめて来店。トイレの場所から、段差など細かいところまでチェックし、女性とのデートのために事前に把握しておいたという。それは、『一緒にいて女性にはずかしいと思わせたら、男として負け』だと語った。

ROLANDさんが印象に残っている料理は、「じゃがいものピュレ」。“この料理で、ジョエル・ロブションは三つ星に評価された”と言われるほど、他では真似のできない唯一無二の味。じゃがいもを荒めに濾した後、水分を飛ばし、バター・牛乳を入れてよく混ぜ合わせる。その後、より滑らかにするために網で濾した後、さらに滑らかになるように混ぜ、最後に牛乳と塩で仕上げた一品。

*店舗情報:「ガストロノミー“ジョエル・ロブション”」東京都目黒区三田1-13-1 恵比寿ガーデンプレイス内

東京・西新宿「世界最高のパフォーマンスに酔いしれた!ホテル飯」
新宿にある五つ星ホテル「パークハイアット東京」。その最上階の52階に位置する「ニューヨーク グリル」は世界中の味覚が集うニューヨークをテーマに、産地にこだわった上質な食材をシンプルかつ独創的に仕上げるグリル料理を提供するレストラン。その横には、夜になると生演奏が楽しめるバー空間があり、そこでローランドさんはある衝撃的な光景を目にしたという。

それは、まだ売れないホストだった20歳の頃、お客様に『勉強になるから行こうか』と誘われて行った時のこと。来日していた世界の歌姫レディー・ガガと遭遇したのだった。すると、レディー・ガガが突然『私が歌ってあげるわ』と生歌を披露。当然、居合わせた人々はその姿にくぎ付けとなり、最高のパフォーマンスを目の当たりにしたROLANDさんも、言葉にできない感動を感じたという。エンターテイナーとしての心意気を学んだROLANDさんは『自分は歌えないし、ダンスもできないけど、言葉で人を幸せにできる存在になりたい』と、この時思ったという。

そんな経験もあり、ホテル暮らしも好きだというROLANDさんは、パークハイアット東京に1カ月ほど宿泊したこともあった。ROLANDさんの「ニューヨーク グリル」オススメ料理は、「サステナブルロブスターのポーチ」(ズッキーニ 花茗荷のピクルス、スナップエンドウ、ロブスタービスクムースとキャヴィアリ キャビア)。

*店舗情報:「ニューヨーク グリル&バー」東京都新宿区西新宿パーク3-7-1-2 パークハイアット東京52階

東京・西新宿&大久保「ホスト人生の原点を支えてくれた!豚汁とナポリタン」(※人生最高の一品)
ROLANDさんの“人生最高の一品”は、「豚汁」と「ナポリタン」。18歳で大学を中退してホストの世界に飛び込んだROLANDさん。サッカー一筋だったそれまでの生活から一転、『歌舞伎町の女性が全員ペガサスに見えた』と語るほど、最初はお客様の席についても何もしゃべれず苦労していたそう。そんなROLANDさんは当時、歌舞伎町の喧騒から少し離れた西新宿で家賃6万円・冷暖房なしのアパートで生活していた。給料も安く、1日の所持金は1000円程度という貧乏暮らし。当時、仕事終わりによく通ったのが、深夜まで営業していた「西新宿小町食堂」だった。

60以上の料理の中から好みの品を選んで、組み合わせによって100万通りの献立メニューができるという食堂で、ROLANDさんがよく食べていたのが「豚汁」。よく来店するROLANDさんを見て、店員のおじさんがたまに多めに入れてくれた豚汁の味が今でも忘れられないという。「塩鯖」と「ご飯」を一緒に選んで、定食をよく食べていたそう。

駆け出しの貧乏時代を経て、少しずつ稼げるようになったROLANDさんの生活はステップアップ。アパートからマンションに引っ越して暮らしていた頃、よく通っていたのが「パンコントマテ 大久保店」。

お手頃価格で昔懐かしいスパゲッティが食べられると人気のイタリアンレストランで、名物は2.5mmの太麺を使い、強いコシともっちりとした食感がたまらないと評判のスパゲッティ。もともとROLANDさんは太麺が苦手だったそうだが、この店に通ううちに虜になったという。一番よく食べたのが、「昔ながらのナポリタン」。

ROLANDさんはこの店で、ある大きな決断をしたという。当時、小さいお店でNo.1になってはいたが、『このままでいいのかな』と思い悩んでいたそうで、『大きいお店に移籍してチャレンジしよう』と決断したのが、この店で太麺パスタを食べていた時だったのだ。そんなROLANDさんにとって“かけがえのない場所”である「パンコントマテ 大久保店」が、コロナ禍の影響を受け、26年の歴史に幕を閉じることになった(3月いっぱいで閉店予定)。ROLANDさんの経営するホストクラブも現在閉店中。再開する前提で家賃は払い続けているが、先行きが見えない状況だという。あの時、背中を押してくれた「パンコントマテ」の「ナポリタン」は、ROLANDさんにとって決して忘れることはない…かけがえのない思い出の味となって、いつまでも残り続ける。ちなみに、閉店後、店長はデリバリー専門店を新規オープンする予定だという。

*店舗情報:「小町食堂 西新宿店」東京都新宿区西新宿6-25-16
「パンコントマテ 大久保店」東京都新宿区百人町1-18-4 キャピタルプラザ大久保1階

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

ROLANDさんがゲストでした。名言の極意は「面白くない」「つまらない」と言われたくないということで、今回もバシバシ名言を決めてくれました。かっこつけるのではなく楽しませたいからという姿勢が徹底されていて、さらに名言がお笑い芸人並かそれ以上に面白くて笑ってしまいました。学生時代からそのキャラクターが完成されていたのが友人たちやROLANDさん自身のお話でよくわかりました。の絵がうまいというフリで描いたペガサスがなかなかの「画伯」っぷりで意外な一面が見られたのがよかったです。

30代


2021年2月20日放送回 ゲスト: マヂカルラブリー(野田クリスタルさん・村上さん)

ゲストは、マヂカルラブリーの二人、野田クリスタルさんと村上さん。2020年M-1グランプリで優勝し、バラエティ番組に引っ張りだこ!今、ノリにノッているお笑いコンビ。しかし、その芸人人生は二人ともこじらせまくりだった!?高校時代から芸人として活躍していた野田さんに至っては、その栄光から一転…激すべりのピン芸人時代など紆余曲折。そんな二人が自分たちのお笑いを支えてくれたおいしいものと共に、M-1王者になるまでの芸人人生を語った。

■お品書き

「10万グラム食べた!ステーキ」
『お笑い王に俺はなる!』と、M-1グランプリ優勝会見で宣言した野田クリスタルさん。そんな野田さんはストイックな精神の持ち主で、何でもやり始めると究めたくなる質だという。身長178cmで60kgしかなかった身体を鍛え、体重は20kg増!しかも体脂肪率2%減という驚異の肉体に!それを実現したのが、筋トレと徹底的にカロリー計算した肉食中心の生活。肉を食べるため約3年前から頻繁に通っているのは、「いきなり!ステーキ」。全国に約300店舗展開しているため、仕事先などで外食する際にも見つけやすく、毎日のように通っているそう。

野田さんがよく食べるのは、「ワイルドステーキ(牛の肩ロース)450g」。しかも、カロリーなどを計算して“脂身少なめ・ペーストなし・付け合わせなし”で注文する。アツアツの鉄板にのったお肉にソースはかけず、塩・胡椒のみで食べるという。

もちろん『今日は肉いいや』と思う時もあるそうで、そんな時には野田さんは「グラップラー刃牙」など肉を食べるシーンの描写があるマンガを読んで、“肉を食べたい”モチベーションを上げるのだそう。「いきなり!ステーキ」での肉食生活を続けること3年…野田さんがこれまで食べたステーキの総量はナント10万g(=100kg)以上。お店のサービス「肉マイレージ」は、超ヘビーユーザーの証“ダイヤモンド会員”である。

*店舗情報:「いきなり!ステーキ オリナス錦糸町店」東京都墨田区太平4-1-2 オリナス錦糸町4階レストラン街

東京・茗荷谷「貧乏時代を救ってくれた!激安・激旨の牛丼」
ギャンブルにハマるなど、どこか昭和の芸人ぽい村上さん。月収1〜2万円の売れない時代には、タバコを買うお金もないので先輩芸人の吸い殻を集めて“シケモク”をしていたという。そんな貧乏時代によく通っていたのが、「牛丼太郎」。

当時、牛丼1杯250円と他店より安く、しかも味も抜群においしいと評判だった。しかし、大手チェーン店としのぎを削る中、2013年に「牛丼太郎」は全店舗閉店してしまう。そんな中、「牛丼太郎」を愛する元従業員たちが「この味をどうにか残したい」と立ち上がり、味も値段もそのまま、さらには店舗もそのまま引き継ぎ、文京区茗荷谷に1店舗だけ「丼太郎」として復活。売れない時代の村上さんをある意味で救ってくれた“幻の牛丼”がここで味わえる。

村上さんオススメは、「キムチ牛丼」。キムチですでに濃い味になっている牛丼に、味の負けない唐辛子をたっぷりかけて食べるのが村上流。今回、「丼太郎」の存在を知った村上さんは早速お店へ足を運び、当時と変わらない激安・激旨の牛丼を思い出と共に味わって感激したという。

*店舗情報:「丼太郎」 東京都文京区小日向4丁目5-9

埼玉・大宮「M-1優勝を陰で支えた!お弁当」(人生最高の一品)
マヂカルラブリーの二人が選んだ“人生最高の一品”は、劇場で毎日のように食べている「お弁当」。マヂカルラブリーの主な活動拠点は、さいたま市大宮にある「大宮ラクーンよしもと劇場」。そこで、芸人ユニット“大宮セブン”のメンバーとして活動している二人が大宮に行く度にいつも楽しみにしているのが、「デリカチャオ」のお弁当。村上さんは大宮の出番がある前日は、『明日、デリカチャオが食べられる!』とワクワクしてしまうそう。

野田さんがいつも食べるのは、「からあげ弁当」。からあげは大きく、ご飯もパンパン!弁当箱のフタが閉まらず浮くほど、てんこ盛りのボリュームたっぷり弁当。甘くておいしいからあげは1個1個が大きく、それが5個も入って550円と大満足のお手頃価格。

一方、村上さんがいつも食べるのは、豚肉を大葉で巻いて揚げた梅じそ巻きとからあげの入った贅沢な「梅じそ巻き&からあげ弁当」。マカロニサラダやさつまいもなど、付け合わせの総菜も日替わりで絶品だという。

大宮ラクーンからわずか徒歩20秒と近いこともあり、いつも劇場の楽屋までお弁当を配達してくれる「デリカチャオ」。店長の鷹林さんは配達に来ても、いつもお弁当を届けるだけ。二人は、鷹林さんと一度も会話したことがなかった。『お笑いに一切興味がないのかな?』と思っていた二人だったが、M-1グランプリで優勝し、後日会った時に『おめでとうございます』と初めて声をかけてもらえたという。その時は、『ちゃんと見ていてもらえてたんだ』と、二人とも泣きそうになるぐらい嬉しかったという。これまで、すべった時も、ウケた時も、「デリカチャオ」のお弁当を毎日のように食べ、遂に芸人としての成功を掴んだマヂカルラブリー。M-1グランプリ優勝を陰で支えてくれたお弁当は、二人にとって“おふくろの味”と言っても過言ではない。

*店舗情報:「デリカチャオ」埼玉県さいたま市大宮区宮町1丁目77-2

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

マヂカルラブリーがゲストでした。M1で優勝するまでの経歴や二人のキャラクターを知らなかったので楽しく視聴しました。野田さんのマッチョな体が気になったのですが、いきなりステーキを10万グラム食べたダイヤモンド会員で、肉ばかり食べて肉体改造したというのは驚きました。学生時代に「学校へ行こう!」のお笑いコーナーで優勝したというのもびっくりですが、その後同級生を素人扱いするこじらせに笑いました。大宮よしもと近くの弁当屋さんの店員さんが、優勝して初めて声をかけたというのがいい関係性だと感じました。

30代

M-1で優勝したマヂカルラブリーさんがゲストでしたが、学校へ行こう時代のお笑い選手権のVTRが流れていて当時はスキンヘッドだったのですね。しかし、その後人気になって天狗になり人が離れて行ったと言っていたのが一番面白かったです。2017年のM-1で上沼恵美子さんと色々あったエピソードを聞けたのが良かったです。

30代


2021年2月6日放送回 ゲスト: 古田新太

ゲストは、古田新太さん。劇団☆新感線の看板俳優として舞台をはじめドラマや映画のみならず、バラエティや音楽まで大活躍!犬、象、壁…どんな役でも引き受け、圧倒的な存在感を放つ唯一無二の俳優は、イメージ通り自由奔放だけど…実はマジメで気遣いの人だった。そんな古田さんは、大のお酒好き!毎日飲むほどお酒を愛してやまない古田さんが意外な素顔をのぞかせながら、「お酒に合う!最高のおつまみ」を紹介した。
■お品書き

東京・三軒茶屋「一品で二度おいしい!ポテトサラダ」
東京・三件茶屋にある、古田さんの行きつけ「てんぷら横丁 わばる」。天ぷらメインの居酒屋でお昼から通常営業しており、休日は起きたらすぐ飲むという古田さんにとっては最高のお店。ちなみに、休日は起床後一目散にこのお店へ直行。数時間飲んだ後、夕方のニュースを観るために4時には帰宅するそう。

古田さんオススメの「お酒に合う!最高のおつまみ」は、天ぷらかと思いきや…ポテトサラダ。しかし、ここのポテトサラダ「わばるのスモークポテサラ」はちょっと普通と違う。甘みが強い品種「インカのめざめ」を使い、いぶりがっこ、たまねぎ、ベーコン、自家製スモークチーズが入ったこだわりの一品。

飲む時はあまり食べず、ひたすら飲んでいるという古田さんは、中に紛れ込んでいるいぶりがっこをほじくり出して食べるのが好きなんだそう。ちなみに、基本ひとり飲みなので注文する時はハーフサイズ。それでも、全部食べ切れず残してしまうという。

*店舗情報:「てんぷら横丁 わばる」東京都世田谷区太子堂4丁目22-13 鳥居ビル1階

東京・三軒茶屋「店員をからかいながら味わう!SJB」
「三軒茶屋に行けば、古田新太が飲んでいる」というのは、もはや業界内では周知の事実。「お酒に合う!最高のおつまみ」が食べられるオススメ2軒目も、もちろん三軒茶屋。昭和の香りが残るエコー仲見世商店街にある焼き鳥店「エビス参」。店内が外から丸見えで、古田さんは“シースルーの店”と表現。ここでは、店員のマキちゃんをからかいながら古田さんはいつも楽しく飲んでいるそう。また、世田谷パブリックシアターで舞台に出演した俳優がタクシーを拾うための通り道になっているので、古田さんは通りすがりの俳優を見かけては捕まえて『飲んでけよ』と強引に誘って一緒に飲むこともしばしばあるんだとか。

古田さんオススメの「お酒に合う!最高のおつまみ」は、焼き鳥ではなく、じゃがバターの上に塩辛をのせた“SJB”こと「塩辛じゃがバター」。蒸したじゃがいもを網で焼き、軽く焦げ目がついたら、バター、そして塩辛をのせるだけ。この絶妙なマッチングがたまらなく、お酒が最高にすすむ一品。

もともと、「塩辛」と「じゃがバター」は別メニューであったが、ある時「じゃがバター」に「塩辛」をのせて食べている古田さんを見た店員が『それ何ですか?』と興味を持ってきたという。そこで古田さんは『SJB!北海道じゃ普通』とかましたところ、翌週には「SJB」がメニューになっていたそう。しかし、「SJB」があまりにも意味不明だったため、注文するお客がなかなかいなくて自然消滅したという。

*店舗情報:「エビス参 エコー仲見世店」 東京都世田谷区三軒茶屋2-13-17

大阪・梅田「30年以上通い続ける!名店のピーマンスライス」(人生最高の一品)
古田新太さんの“人生最高の一品”は、「ピーマンスライス」。大阪時代、古田さんが所属する劇団の稽古場が近くにあったことから通い始め、以来30年以上通い続けている大阪・梅田の焼き鳥店「闘鶏 次郎店」。ここは、今も大阪で仕事がある時は必ず足を運ぶ大切なお店。

焼き鳥店なので、名物はもちろん焼き鳥。中でも「名物もも炙り焼き」は人気メニュー。しかし、古田さんが一番大好きなのは、“人生最高の一品”に選んだ「ピーマンスライス」。かなり薄くスライスしたピーマンを水にさらした後、薄口醤油とうま味調味料で味付けした一品。毎回、一口食べるとうまいと感動し、三口であっという間に平らげてしまうほど絶品でいつも絶対おかわりするそう。また不思議なことに、ピーマン嫌いの人にこれを食べさせたところ、ピーマン嫌いを克服した人もいるとか。この「ピーマンスライス」を目当てに大阪に行きたくなるという古田さん。ある日、注文したところピーマンを切らしていたことがあったそうで、普段はあまり怒ることのない古田さんだが、その時ばかりは思わず店員に『買いに行けよ!』と怒ってしまったという。

*店舗情報:「闘鶏 次郎店」大阪市北区神山町8-9 萬ビル1F

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

今回のごちそう様は、俳優の古田新太さんでした。古田新太さんの表情って、めちゃめちゃ優しいですよね。でも、凄く存在感があって魅力的です。その古田新太さんおすすめの「お酒に合う最高のおつまみ」は、「天ぷら横丁わばる」の、一度で二度美味しい“ポテトサラダ”とは、さすが酒豪といった感じでした。そして、“人生最高の一品”は、大阪の「闘鳥次郎店」の“ピーマンスライス”とは、何か意外でした。でも、凄くこだわりがあって、オリジナリティがあり、古田新太さんらしかったことが、とても好印象でした。

50代

俳優の古田新太さんがゲストでした。終始爆笑のトークでしたが、意外に気遣い屋だったり、奥様と出会う前はかなりモテていたが奥様との交際・結婚のために一筋になったとYOUさんからタレコミがあったり、自由で破天荒なだけではない一面を知れました。三軒茶屋でいつも飲んでいて、紹介するお店も三茶メインでした。ポテトサラダやSJBと呼ばれる塩辛じゃがバター、大阪・梅田のピーマンスライスと素朴でおつまみに良さそうなメニューで、飲みながら食べたくなりました。古田新太という名前が作った芸名なのかと思っていましたが、お父様の名前だというのは驚きました。

30代


2021年1月30日放送回 ゲスト: 髙嶋政宏

ゲストは、髙嶋政宏さん。グルメサイト「食べログ」でグルメ芸能人として人気を誇る芸能界屈指の“食いもんマニア”。その食に対するこだわりは“変態”と言っても過言ではない髙嶋さんが今回、4年ぶり2回目の出演。4年の間に衝撃を受けた“人生最高の三品”を惜しげもなく大公開した。
■お品書き

東京・蒲田「あらゆる肉を超えた!?人生最高の寿司」
髙嶋さんの“人生最高の寿司”は、東京・蒲田にある1893(明治26)年創業の老舗「初音鮨」。しかも、「ミシュランガイド東京」で2009年から12年連続で二つ星の評価を受けた超名店。

外観は、およそ寿司店には見えない地中海風の建物。店内は、高級感を漂わせる空間。そして、メニューは、「握りおまかせコース」のみで1名50,000円(税別※季節により変動あり)。確かに、かなり高いが、髙嶋さん曰く『何より最高のネタで握る採算度外視の最高の寿司はもちろん、親方と女将のサービス精神でお客さんを飽きさせない、寿司屋とは思えないエンターテインメント性を含めて納得』という。例えば、炊き立てのシャリに酢を落とす様子を客前で披露。同業者のお客がいようがお構いなし、喜んでもらえるならと惜しげもなく見せるのだという。おまかせコースは、その日仕入れた最高級のネタを使った、まさに最高級の寿司づくし。この日は、青森県大間の本マグロをはじめ、岩手県三陸赤崎産の牡蠣、淡路島沖で獲れた天然うなぎ、北海道知床羅臼産の寒だらの白子など。それら極上のネタから、調理中の様子まで、写真撮影はいつでもOK。むしろ、親方の方から撮影タイムをどんどん提供してくれる。

おまかせコースの最初は、大間の本マグロの刺し身「大トロ」「中トロ」「赤身」の三種。醤油は使わず、先に振られた塩と静岡県御殿場産の最高級本わさびでいただく。

岩手県三陸赤崎産の牡蠣を使った一品は、想像を超える。牡蠣の中に新潟県魚沼産ふきのとうの味噌を入れて握った「牡蠣 ふきのとう味噌握り」。

淡路島沖で冬のハモ漁の網にかかった希少な天然うなぎは、炭火焼きにして、すだち醤油でいただく。

さらに、北海道知床羅臼産の寒だらの白子を使った握りは、まさに贅をつくした一品。プリプリの白子に、仕入れ値が1kg70万円もするイタリア・マルケ州産の白トリュフを贅沢に振りかけた「白子の白トリュフがけ」。単なる奇抜さでの組み合わせではなく、シャリに絶品の白子をのせて白トリュフを合わせれば、絶品の味になると辿り着いたからこその一品。

“あらゆる肉を超えた寿司”という意味で髙嶋さんが大絶賛するのが、「漬け大トロのあぶり」。大トロを湯通しした後、マグロが泳いでいる時と同じ水温約30℃の醤油に漬ける。そして、漬けにした大トロを藁焼きで炙る。すると、その断面はまさに最高級の霜降り和牛。静岡県御殿場産の最高級本わさびを添えた握りを口にすれば、“あらゆる肉を超えた”という表現があながち嘘ではないと思える極上の一品。

もともとはそこまで高級店ではなかったという「初音鮨」。親方・中治勝さんが四代目を継ぐ前は、『蒲田においしい寿司屋はない』と言われていたほどで、その言われ様に中治さんは奮起した。すると、店内は張り詰めた空気になり、遅れたお客にも『なんで遅れた?』『話なんかしないで食べてください』と詰め寄る始末だったという。しかし、そんな中に転機が訪れる。2005年、女将として一緒に店を切り盛りしていた妻・みえ子さんが乳がんになり、余命宣告を受けたのだ。中治さんは、『もしかしたら、自分のせいで乳がんになってしまったのではないか』と思い悩み、これを機に心を入れ替える。『今日で店が潰れてもいいから、妻のために、妻がたのしむために、最高のネタで最高の寿司を握ろう』と。すると、2009年に「ミシュランガイド東京」で初めて二つ星の評価を受けた。しかも、妻・みえ子さんの闘病もうまく進み、今も元気に女将として働いている。

*店舗情報:「初音鮨」東京都大田区西蒲田5-20-2

兵庫・尼崎「孤高のラーメン職人がつくる!人生最高のラーメン」
髙嶋さんの“人生最高のラーメン”は、兵庫県尼崎市にある「らぁめん矢 ロックンビリーS1」。店主の嶋崎順一さんは、東京の町田や赤坂で超人気ラーメン店を手掛け、「東京ラーメン・オブ・ザ・イヤー大賞」醤油部門で6年連続1位に輝くなど、ラーメン界のカリスマ的存在。しかも、「支那そばや」創業者で“ラーメンの鬼”と呼ばれたラーメン界のレジェンド、佐野実さんが認めた弟子だけに、ラーメンに対する姿勢は尋常ではない。『他のラーメン屋はどうでもいい。俺は自分が信じるラーメンを作る』。そんな信念を持つ嶋崎さんと10年以上の付き合いがある髙嶋さんは、彼を“孤高のラーメン職人”と呼ぶ。

髙嶋さんオススメの嶋崎さんが作る“魂の一杯”は、醤油味の「尼ロック」。抽出時間が異なる鶏油、みじん切り・輪切り・ななめ切りと切り方を変えたネギ、9種類以上をブレンドした醤油、そして比内地鶏の丸鶏とガラ100%スープを注いだ後、嶋崎さん独特のロックな動きで湯切りした麺を入れる。豚チャーシューなどを添え、最後に鶏油を2度がけした一杯。

ラーメンを食べる時は、いつもレンゲを持って待ち構えているという髙嶋さんは、まずスープをいただく。それも1口だけでなく、4口も!大事なのは、かき混ぜずにそのままの味を味わうことだという。もちろん、麺も絶品。ツルっとしながら弾力があってイキがいい。

昨年、ようやく初めて尼崎まで食べに行った髙嶋さんは、ちなみに塩ラーメン「Sのロック」をまず食べてから、2杯目に醤油ラーメン「尼ロック」を食べたという。大好きなラーメンを食べ終えた後、髙嶋さんが必ず行うことがあるという。それは、最後の一滴までスープを飲み干したラーメンどんぶりに顔を埋めて20~30秒ほど残り香を嗅ぐのだとか。まさに、“食の変態”ぶりが現れた行動だった。

*店舗情報:「らぁめん矢 ロックンビリーS1」兵庫県尼崎市南塚口町3-29-13-2F

東京・代々木「テレビ初登場!飲める!?人生最高のピッツァ」
髙嶋さんの“人生最高のピッツァ”は、東京・代々木にある「ピッツェリア・ロマーナ・イル・ペンティート」。店内は、イタリアで修業した代表の生田悟志さんが自ら3週間かけて改築したアーチ型の天井、ローマの名店と同じにするため現地から職人を呼んで完全再現したまき窯など、本場イタリアそのもの。

1998年オープンで創業20年以上経つにもかかわらず、昨年初めて行くまでお店の存在自体を知らなかったことが恥ずかしくて仕方ないという髙嶋さん。そんな髙嶋さんが初めて食べて衝撃を受けた“人生最高のピッツァ”は、耳のなく、生地が非常に薄い、いわゆるローマのピッツァ。本場イタリアのまき釜を使い、約400℃という超高温で焼くこと1分足らず、あっという間に焼き上がるピッツァについて、驚くことに髙嶋さんは何を食べたのか…メニュー名を覚えていなかった。でも、衝撃的においしかったのは間違いなく、『食べようと口を開けた瞬間、チーズやトマトがふるるるるる…うるるるるる…@&※◎*△■$?』と、何を言ってるのか分からない始末に。熱さで口の中がヤケドしそうになるのも気にせず、飲み込むように食べてしまうほど絶品だったという。その日、数人であっという間に8枚も平らげたという…テレビ初登場の“飲める!?ピッツァ”がこちら!
人気No.1の「ペンティート」(モッツアレッラ+マスカルポーネ+グリーンペッパー+生ハム)

女性人気No.1の「フンギ・スペリオーレ」(山形産契約生マッシュルーム+アルバ産トリュフオイル+卵+モッツアレッラ)

人気No.2の「チポッレ」(モッツアレッラ+淡路島産玉ねぎ)

5種のチーズを使用した「チンクエ・フォルマッジ」(モッツアレッラ・ゴルゴンゾーラ・スカモルツア・パルミジャーノ・レッドチェダー)

*店舗情報:「ピッツェリア・ロマーナ・イル・ペンティート」東京都渋谷区代々木3-1

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

グルメとして知られる俳優の高嶋政宏さんがゲストでした。高嶋さんのトークのテンポが良くおもしろかったです。人生最高の寿司・ラーメン・ピッツァを紹介しましたが、どのお店も味だけでなくエンタメ性もありわくわくしました。人生最悪の料理の話では、子どもの頃高級フレンチで「お子様ランチ食べたい」といい、シェフたちに作ってもらったそうです。その後、当時厨房にいたシェフと再会して謝ったというのも驚きでした。

30代


2021年1月23日放送回 ゲスト: ホラン千秋

ゲストは、ホラン千秋さん。番組出演ランキング・女性タレント部門では3年連続の第3位!報道番組「Nスタ」のキャスターからバラエティ番組まで幅広く活躍!その華やかで知的なイメージのホランさんの素顔は、実は超が付く“乙女”だった。また、今からは想像もできない…どん底時代の苦悩も経験していた。そんなホランさんが乙女な素顔を見せながら、おいしいものと共にどん底を味わった芸能人生を振り返った。

■お品書き

岐阜・中津川市「日本一おいしい“豆腐”」
ホランさんが“日本一おいしい”と語るの豆腐がある。それが、岐阜県中津川市の「豆乃匠 中島豆腐」。以前ロケで訪ねて以来、交流が始まったという。

「豆乃匠 中島豆腐」の豆腐作りに欠かせないのが、清流として知られる中津川上流の澄み切った水。そして、高タンパク質でトロトロ感の強い国産大豆。水にこだわり、素材にこだわって作る豆腐は、できあがった豆腐を水に浸すだけで味が半減するという考えから保存容器に水は入れず、豆腐だけを入れる。

超濃厚でまろやか、大豆の香り豊かで旨味が凝縮された豆腐は、まさに今までに食べたことのない味だそう。そのままでも十分おいしいが、柚子胡椒をのせて食べるのがホランさんのおすすめ。「御豆腐」「醍醐」という自慢の一品の他、「金胡麻豆腐」、「黒胡麻豆腐」などもラインナップ。さらには、冬は「柚子豆腐」や「蕎麦掻豆腐」、春は「さくら豆腐」など、季節限定商品もある。

実は、食べ物の中で豆腐が一番好きだというMC加藤さんは絶品豆腐を観た瞬間、超ハイテンションに。しかし、ここの豆腐は食べたことはなく、油揚げだけ食べたことがあるそう。もちろん、油揚げ「御あげ」も絶品。見たことのないほどふっくら肉厚、切ってフライパンで焼くだけでもおいしい一品。

*店舗情報:「豆乃匠 中島豆腐」岐阜県中津川市手賀野455-10

横浜・中華街「初デートで食べたい“水餃子”」
理想の男性は、韓国俳優ナム・ジュヒョクやパク・ソジュン。妄想を爆発させ、韓流スターと疑似恋愛までしちゃうほど乙女なホランさんが、恋人ができたら初デートで行きたいお店がある。横浜中華街にある「山東」。

ここは所属事務所の先輩サザンオールスターズ、福山雅治さんの年越しライブを観た帰りに立ち寄るお店だという。実はこのお店、ミシュランガイド「ビブグルマン」に2015年、横浜中華街で初めて掲載された名店(横浜・川崎・湘南2015特別版)。中国山東省出身の女将が作る本場の家庭料理が味わえる。

ホランさんオススメは、名物の「水餃子」。豚肉とたっぷりのニラ・ショウガで作った餡をモチモチ肉厚な皮で包んだ水餃子を甘辛のココナツ入り特製タレでいただく。餡、皮、タレのすべてが最高の組み合わせで、とにかくやみつきになるおいしさだという。

ホランさんが恋人との初デートでこのお店に行ったら一緒に食べたいもう一つの料理が「小籠包」。アツアツの小籠包をレンゲにのせて食べようとしたら『熱っ』となった自分に対し、恋人が『気をつけろよ!ヤケドするぞ』と言ってフーフーして冷ましてもらって…というのがやりたいらしい。とにかく乙女すぎるホランさんの妄想である。

*店舗情報:「山東2号店」神奈川県横浜市中区山下町150-3

神奈川・相模原「どん底時代に食べた思い出の“コロッケそば”」
13歳で現在の事務所に所属し、女優を目指していたホランさん。『大学時代には、学校に行けないくらい売れっ子になる』そんな夢を思い描いていたという。しかし、現実は甘くはなかった。新垣結衣さん、吉高由里子さん、戸田恵梨香さんなど同世代の女優がどんどん売れて主演として輝いていく一方、ホランさんはオーディションには落ちまくり…女優としての仕事は1年に1回あるかないかという状態。

青山学院大学に進学したものの、理想とは全く異なる大学生活を過ごしていた。思い描いていた姿になっていない焦りから悶々としていた大学時代のホランさんは、サークルにも入らず…合コンも行かず…キラキラしたキャンパスライフとは全く無縁。

大学進学した以上は学費の元は取ってやろうと、ひたすら勉強に励む日々だったそう。そんなどん底時代のホランさんの思い出の一品が、青山学院大学・相模原キャンパスの食堂で食べた「コロッケそば」。思うようにいかない悔しさを絶対忘れない…いつか絶対見返してやる…と思いながらすすっていたという。

その後、『このままでは何も変わらない』とホランさんは、環境を変えるため大学3年から4年にかけてアメリカに留学。すると、これが転機となり“自分の好きなことは、何かを伝えること”だと気づく。帰国後、事務所に『タレントやキャスターのオーディションがあったらチャレンジしたい』と伝え、女優以外の道を模索することに。そして大学卒業後、同時期にオーディションを受けた3つの仕事(TBS「ビジネスクリック」、朝の情報番組、ラジオDJ)が立て続けに決まり、自分が輝けるかもしれない…新たな道へと歩み始めた。

*店舗情報:「青山学院大学相模原キャンパス」 神奈川県相模原市中央区淵野辺5丁目10-1

東京・渋谷「恩人と共に味わった“ピザ”」(人生最高の一品)
ホラン千秋さんの“人生最高の一品”は、「ピザ」。大学卒業後、女優ではなくキャスターやタレントとして新たな道を模索し始めたホランさん。そんな彼女に運命の出会いが訪れる。タレント業を本格的に始めるホランさんの担当に手を挙げてくれたマネージャーの存在だった。

当初はバラエティの基本の基も分からなかったホランさんに対し、マネージャーは毎日の仕事終わりに反省会を開催。ダメ出しをして次の仕事へ生かせるようアドバイスしてくれたという。その反省会の場となったのが、渋谷の「富士屋本店」。当時は、「アルフォルノ」という店名だった。

このお店で3〜4年間、毎日のように行われた反省会でよく食べたのが、ピザだった。ハーフ&ハーフで注文した「4種のトマトのマリナーラ」(トマトソース・ドライトマト・プチトマト・フルーツトマト・ニンニク・オレガノ)と「フンギ」(キノコ・フレッシュマッシュルーム・モッツァレラ・サラミ・玉ネギ)が、マネージャーと二人で分けて食べた思い出の味。
※現在は当時のメニューと異なるため提供していません

悔しくて、苦しくて、辛いことが多かった反省会の日々…“愛と責任を持って絶対に売る”と誓って厳しく一生懸命に接してくれたマネージャーの存在、そして何より全ての仕事に全力投球したホランさんの圧倒的な努力の積み重ねがあったからこそ、現在のホランさんの姿がある。まさに、「富士屋本店」のピザは単なる思い出の一品でなく、ホランさんにとって芸能人生の恩人と共に酸いも甘いも味わった“人生最高の一品”である。

*店舗情報:「富士屋本店」東京都渋谷区桜丘町24-4 第五富士商事ビル 1F

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

キャスターとして活躍するホラン千秋さんがゲストでした。岐阜の豆腐をMC加藤浩次さんが「食べたい、豆腐がいちばん好き」と盛り上がっているのが意外でおもしろかったです。その豆腐が入っていた容器を自分用のお弁当箱として使っていたのがとても堅実でびっくりしました。大学生時代は芸能の仕事がなく、サークルにも入らず、寂しく食べたコロッケそばの話はしんみりしてしまいました。アメリカに行ったことを期にやりたいことを見つけ、キャスターやDJに路線変更したら全部採用されたそうで、人生の転機はどこにあるかわからないなと感じました。

30代

ホランちゃんがゲストでした。今やキャスターとしての活動目覚ましいホランちゃんが、実は女優さん志望で挫折していた、とのトークに親近感が増しました。とても芯が強くてしっかり者のイメージですが、カワイイ乙女な妄想とか、ホロっと涙している姿とか、ギャップが素敵でした。そんなゲストの魅力を引き出す加藤浩次さん他の方々の腕はさすがだなと思いました。

40代


2021年1月16日放送回 ゲスト: 柄本佑

ゲストは、柄本佑さん。父・柄本明さん、母・角替和枝さん、弟・柄本時生さんという俳優一家のサラブレッドで、しかも妻は女優・安藤サクラさん。

14歳にして主演で俳優デビューを果たし、昨年のドラマではその色気で沼にハマる女性が続出。今や映画、ドラマに欠かせない唯一無二の個性派俳優となった。

しかし、その素顔は…趣味がラーメンの箸上げ動画を撮影して一人楽しむことなど、かなり面白いちょっと変わったキャラクターの持ち主。そんな柄本さんが俳優人生と共においしいものを語った。

■お品書き

宮崎・えびの市「映画好きがこうじてたどり着いた“手羽先”」
両親の影響もあり、小学校の卒業文集に将来の夢は“映画監督”と書くほど映画好きだった柄本さんは、14歳の時、映画「美しい夏キリシマ」の主演で俳優デビューを果たす。その撮影現場が、東京から遠く離れた宮崎県えびの市だった。そこで2カ月間、初めて親元を離れて臨んだ、初めての映画の世界。原田芳雄さん、香川照之さんなどそうそうたる豪華俳優陣と共に過ごす中、名優たちと毎日のように通ったのが「居酒屋たくちゃん」だった。

ここで食べた宮崎地鶏を使った料理が、少年時代の思い出の味。地鶏を網ボウルで焼くことで炭火の香りがしっかり付いた「みやざき地頭鶏(炭火焼き)」は、自家製柚子胡椒をつけていただく。

そして、柄本さんが映画撮影の経験と共に忘れられない料理が、地鶏の手羽先に辛子明太子を挟んで揚げた「手羽めんたい」。これを食べながら過ごした2カ月間があったからこそ、今の自分がいる―まさに柄本さんの人生を変えた貴重な体験と共にある思い出の一品。

*店舗情報:「居酒屋たくちゃん」宮崎県えびの市向江564-1

東京・神保町「妻との映画デートは…神保町の“カレー”」
お互い俳優でもあり、映画好きなので、妻・安藤サクラさんと映画デートするという柄本さん。よく行くのは、東京の神保町にある名画座「神保町シアター」。その時に必ずといっていいほど立ち寄るお店が、1924年(大正13年)創業の「スマトラカレー共栄堂」。

スマトラ島のカレーを日本人の口に合うようにアレンジした「スマトラカレー」は、小麦粉を一切使わず、20数種類の香辛料と、形がなくなるまで煮込んだ野菜(玉ねぎ、にんじんなど)、肉のうまみが凝縮された独特の黒濃色ソースが特徴。香辛料を1時間かけてじっくり炒め、何時間も煮込んだカレーは、サラリとした食感ながらも濃厚で深い味わい。柄本さんがいつも食べるのは、「チキンカレー」。これまで何度も食べてきた柄本さんでも、何とも形容しづらいけど他にはないおいしさの、唯一無二の絶品カレーだという。

*店舗情報:「スマトラカレー共栄堂」 東京都千代田区神田神保町1丁目6 サンビル B1

「神様のお告げ!?ある日突然降ってきた“絶品ミートソース”」
ある日、朝起きてボーッと過ごしていた時、柄本さんに突然「絶品ミートソース」のレシピが降ってきたという。それまでミートソースを一度も作ったことのなかった柄本さんだったが、脳内に玉ねぎをみじん切りする手元など調理する様子が鮮明にフラッシュバックしたそう。この不思議な体験に『絶品ミートソースだわ』と思った柄本さんはその日の午後、降ってきたレシピ通りに実際に作って、実家の両親に食べさせたところ、おいしいと大好評で『飛ぶように売れた』という。その「柄本佑特製!奇跡の絶品ミートソース」のレシピがこちら!

①玉ねぎをみじん切りにする

②みじん切りにした玉ねぎにバターを入れて、40~60分炒める。

③牛100%ひき肉を入れて、さらに炒める。
④牛肉に火が通ったら、ホールトマト(2缶)をつぶして混ぜながら炒める。

⑤さらにバターを入れて、ふたをして煮込む。

33年間の人生で1回きりという不思議な体験によって誕生した「柄本佑特製!奇跡の絶品ミートソース」は、両親だけでなく、妻、子どもにも大好評。さらには、NHK朝ドラの撮影で大阪に長期滞在中だった妻の安藤サクラさんが『おいしいから大阪のスタッフにも食べさせてあげたい』と言い出し、『いやいや、それは』と言いながらもとても嬉しかった柄本さんは、腕を振るって妻に持たせてあげたところ、スタッフも大絶賛だったそう。家族だけでなく、多くの人に手料理を食べてもらえて大満足な柄本さんであった。

京都・太秦「京都で知らない人はいない“たまごサンド”」(人生最高の一品)
柄本佑さんの“人生最高の一品”は、「たまごサンド」。“東洋のハリウッド”と呼ばれ、昭和の頃から日本映画繁栄の地として多くの作品を生み出してきた京都の太秦。映画撮影などで京都に行く機会の多い柄本さんには、行く度に必ず訪れるお店がある。それが、「スマート珈琲」太秦店。京都の人に長く愛され、作家、俳優、映画人にもファンの多い自家焙煎コーヒーを楽しめる老舗の喫茶店。実はここ、柄本さんが尊敬してやまない現役最年長92歳の映画監督、井上昭さんの行きつけ。

2015年に井上監督の映画「遅いしあわせ」に出演以来、京都に行くと必ずこのお店を訪ね、井上監督と話をするのが何よりの楽しみだという柄本さん。井上監督との会話を楽しみながら食べるのが、名物の「たまごサンド」。京都の名店ベーカリー「進々堂」のふわふわ食パンを使用し、わずかな塩のみで味付けしたふわふわ卵焼きをサンドした一品。噛んだ時にサクッと音がする食感のパンと、卵焼きそのものの風味が味わえる究極の一品。

“日本映画の歴史そのもの”と言っても過言ではない井上監督と過ごす喫茶店での時間は、映画人として生きる柄本さんにとって、かけがえのない幸せを感じる最高のひとときであった。

*店舗情報:「スマート珈琲 太秦店」京都市右京区太秦帷子ケ辻町11-22

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

今回のごちそう様は、俳優の柄本佑さんでした。俳優一家だなんて、全く知りませんでした。驚きでした。少年時代の思い出の味は、“宮崎地鶏”、しかも炭火焼きだなんて、大人だったのですね。また、“手羽めんたい”なんて、大分県出身の私でも知らない料理なので、更に驚きでした。そして、人生最高の一品は、京都にある「スマート珈琲太秦店」の“たまごサンド”だなんて、サンドイッチ好きの私としては、無性に食べたくなりました。めちゃめちゃ美味しそうてした。柄本佑さんに親近感を持ちました。楽しい時間が過ごせました。

50代


2021年1月9日放送回 ゲスト:上白石萌音

ゲストは、上白石萌音さん。

第7回「東宝シンデレラ」オーディションで審査員特別賞を受賞して芸能界入り。映画「舞妓はレディ」で初主演、大ヒットアニメ映画「君の名は。」で声優、さらに歌手としても活躍。そして昨年は、大ヒットドラマ「恋はつづくよどこまでも」で大ブレイク!今年も快進撃間違いなし!上白石さんのピュアな素顔と魅力の裏には、素敵な出会いと、おいしいものの存在があった。

■お品書き
鹿児島市「今すぐ帰って食べたい“ラーメン”」
『まだ出張で東京に来てる感覚。毎週でも帰りたい』と語る上白石さんが愛してやまない故郷、鹿児島。そこに、上白石さんが8歳の頃から通うラーメン店がある。鹿児島市の繁華街から車で約20分のところにある、「五郎家」本店。実はここ、「鹿児島ラーメン王決定戦」で2度グランプリに輝いた名店。

上白石さんのオススメは、「旨みそラーメン」。茹でた麺に茹でキャベツをのせ、鹿児島県産の赤味噌と白味噌をブレンドした味付けで炒めた野菜たっぷりスープをかけた一杯。

上白石さんが8歳の時―父の赴任先メキシコへ旅立つ日に、鹿児島での最後のお昼ごはんに偶然立ち寄って初めて食べた「五郎家」のラーメン。その時、メキシコ行きのことを店主の竹田さんに話したところ、「これを持って行きな」と、「五目おにぎり」家族4人分を持たせてくれたという。

そして帰国後、よく訪ねるようになり、家族ぐるみの付き合いに。上白石さんにとって、今では鹿児島に帰ると必ず足を運ぶ大切なお店となっている。一方、上白石さんが小学生の頃に書いた手紙を今も大事に持っている竹田さんも、昔と変わらない上白石さんを妹のように思い、鹿児島の地から活躍を見守っている。

*店舗情報:「五郎家」鹿児島県鹿児島市山田町3448-5

熊本・南阿蘇「人生最高の“朝食”」
上白石さんが家族旅行でよく行くという、熊本県南阿蘇村にあるペンション「森のキッチン山小屋Holahoo」。ここも上白石さんにとって、小学生の頃からの思い出が詰まった実家のような場所。

自慢のディナーは、薪火で調理する創作料理。じっくりと焼き上げ、薪火ならではの香りがアクセントとなったお肉料理「阿蘇あか牛 1カ月熟成モモ肉の薪火焼き」や「大地のめぐみポークの薪火焼き」など、熊本県産の食材をふんだんに使った「フレンチフルコース」は絶品。

さらに、コース料理とは別に注文する「切り立て生ハム ハモンセラーノ」もオススメ。大人になってお酒が飲めるようになった上白石さんは、ワインと合わせて食べるのがお気に入りだそうです。

そして何より、上白石さんが最高だというのが、朝食。天然酵母パンをくり抜き、じゃがいものスープを入れたスープパンをいただける「阿蘇のおいしいを詰め込んだ スープパンプレート」。上白石さんにとって、いつか素敵な男性と一緒に食べたい…“人生最高の朝食”だという。

*店舗情報:「森のキッチン山小屋Holahoo」 熊本県阿蘇郡南阿蘇村河陽4635-6

東京・中野坂上「青春のすべてが詰まった“オムライス”」
オーディションで800人を超える中から、映画「舞妓はレディ」の主演に抜擢された上白石さん。それを機に高校1年で上京。芸能コースのある学校ではなく普通高校に通いながら、本格的に女優の道へと進み始めた上白石さんの高校時代の思い出が詰まったお店が、中野坂上にある「FRANKY & TRINITY」。

試験が終わった後など、ご褒美に友達とよく食べていたのが「ドルフィンオムライス」。ベーコンと玉ねぎのケチャップライスにのった、ふわふわトロトロの卵がたまらない一品。

*店舗情報:「FRANKY & TRINITY」東京都中野区中央1丁目33-7山田ビルB1

メキシコシティ「私を救ってくれた…メキシコの“人生最高の一品”」
上白石萌音さんの“人生最高の一品”は、メキシコ料理の「ソパデトルティージャ」。8歳の時、教師の父が現地の日本人学校へ赴任するのに伴い、メキシコへと渡った上白石さん。実は、メキシコへ行く前に通っていた小学校で上白石さんは友達関係がうまくいかず悩んでいたという。

登校はするものの、クラスに馴染めず、保健室で過ごす日々…どんどん塞ぎこんでしまっていた頃にメキシコへ。環境もガラリと変わり、“太陽の国”メキシコで陽気な人たちと接し、「ケセラセラ(なるようになる)」という考え方に触れたことで、塞ぎかけていた上白石さんの心はどんどん開いていった。『本当に楽しかった』という3年間のメキシコ生活を経て再び同じ小学校に戻った上白石さんは、みんなに『別人みたい』と言われたという。

帰国後、友達関係もうまくいって楽しい小学校生活を過ごせたのは、メキシコで過ごした3年間のおかげ。『メキシコが私の人生を救ってくれた』と語る上白石さんにとって忘れられない料理が、「ソパデトルティージャ」だった。その料理を家族みんなでよく食べに行ったのが、3年間過ごした街・メキシコシティにあるタコス店「El Rincon de la Lechua(エル リンコン デ ラ レチューサ)」。

「ソパデトルティージャ」は、細長くカットしたトルティージャを油で揚げた後、ゴーダチーズ、アボカドをのせ、玉ねぎ・にんにく・ししとうを具材にしたトマトソースベースのスープをかけた一杯。帰国後、いろいろなメキシコ料理店で同じ料理を食べてみた上白石さんだが、やはり本場の味にはかなわないという。

*店舗情報:「El Rincon de la Lechua」Av Miguel Ángel de Quevedo 34, Agrícola, Chimalistac, Álvaro Obregón, 01050 Ciudad de México, CDMX, メキシコ

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

上白石萌音さんがゲストでしたが、社会現象になったドラマで、それまで演じきったことがなかった「恋愛もの」の苦悩などを聞けて貴重でした。親の転勤でメキシコに行っていたのは初めまして知りました。海外の方が辛いことがあるイメージでしたが、寧ろ向こうに行ってから楽しくなったと言っていたので、その経験があるから今があるのではないかと話を聞いていて思いました。

30代

。上白石萌音は鹿児島県の「五郎家」によく行くとのことです。「旨みそラーメン」というラーメンが美味しいらしいですね。8才からメキシコに行くことになり行く前に「五郎家」に寄ったらしいです。そこからの付き合いとのことです。また「ふるさと納税」もしているらしいです。

40代

上白石萌音さんの小学生時代の意外な話が聞けて驚きましたが良かったです。いつもニコニコしている印象が強かったのですが、メキシコでの生活で陽気なメキシコの人達に影響を受けて明るくなったというのはとても納得がいきましたし、性格の良さや優しさが溢れ出るような柔らかな雰囲気の理由が分かったような気がして更に応援したくなりました。

30代

今回のごちそう様は上白石萌音さんでした。凄く笑顔に満ちていたのが印象的でした。しかし、さすがは九州人!今すぐにでも故郷の鹿児島に帰って食べたいのは、“五郎家”というラーメン店の“旨みそラーメン”とは。何か親近感を感じました。そしてめちゃめちゃ驚いたのは、メキシコに住んだ経験があるなんて、まったく知らなかったです。そして人生最高の一品は、メキシコ料理の“ソパデトルティージャ”だなんて、おしゃれですね。でも、メキシコでの生活が本当に楽しかったのでしょうね。凄く活き活きとした表情がとても良かったです。

50代

女優の上白石萌音さんがゲストでした。地元鹿児島の味噌ラーメンや熊本のペンションの食事がとてもおいしそうでした。家族ぐるみでの付き合いだそうで、萌音さんが話していたようにご両親が周りの人と仲良くなるのを楽しんでいるのだと思いました。芸能界の親だという周防正行監督とは、携帯のデータが飛んだことで音信不通になってしまい、周防監督が寂しがっているのがかわいらしかったです。小学生のときにメキシコに行ったことで人生観が変わったと話しており、いい時期に環境の変化があったのだと思いました。

30代

上白石萌音さんの人生最高レストランでした。まずはラーメンでしたが、茹でキャベツたっぷりの濃厚味噌ラーメンがとても美味しそうでした。また紹介されたお店と萌音さんのエピソードが、とても良い話ばかりでした。保健室登校だった辛い過去の話も、明るく笑顔で話している萌音さんを見ていると、こちらまで元気をもらえるような感じになりました。

40代


2020年12月26日放送回 ゲスト:常盤貴子

ゲストは、常盤貴子さん。女優として、「愛してくると言ってくれ」「ビューティフルライフ」といった最高視聴率40%超え大ヒットドラマのヒロイン役を演じてきた“ドラマの女王”が意外な素顔を見せながら、「女優人生」と「おいしいもの」を語った。

■お品書き

東京・渋谷「旅の気分が味わえる“イタリアン”」
JR渋谷駅から代官山方面へ徒歩約7分、渋谷の喧騒から離れた住宅地に佇む「Pinosalice(ピノサリーチェ)」。2004年に女性シェフと女性菓子職人が始めた南イタリア専門のトラットリアで、常盤さん曰く『東京にいながらイタリア気分を味わえる』お店。夫の長塚圭史さんとイタリア旅行から帰国後、イタリアにあるようなお店を探していた中、出会ったという。

常盤さんが一番好きなのは、「レモンのリゾット 生ハム添え」。ライスに生ハム、生クリーム、塩、粉チーズ(グラナパダーノ)、削ったレモンの皮を加えてフライパンで炒め、最後に生ハムを添えた一品。濃厚さと爽やかさが絶妙にマッチしたおいしさ。料理に合わせたソムリエおすすめの南イタリア産ワインと一緒に食事を楽しんだ後はいつも、スキップして帰りたくなるほど上機嫌になるという常盤さんであった。

*店舗情報:「Pinosalice(ピノサリーチェ)」東京都渋谷区鶯谷町15-10ロイヤルパレス102

神奈川・綱島「ガラス越しに憧れた“純喫茶”」
喫茶店が大好きな常盤さん。小学生の頃、父に初めて連れて行ってもらって以来、喫茶店の雰囲気に魅せられてしまったという。ただ、小中学生の頃は一人で喫茶店に入ることはできないので、街で喫茶店を見かけるとガラス扉にへばりついて中を覗き込み、『いつか行きたい』と思いを馳せるだけの日々だったそう。そんな常盤さんが高校生になてからよく通っていたのが、綱島にある純喫茶風の「オークラ珈琲館」。

1978年創業、40年以上も地元の人々から愛され続ける「オークラ珈琲館」は、常盤さんが喫茶店選びのポイントだという長居のできる落ち着いた雰囲気のお店。常連になっている喫茶店には、常盤さんはよく本を小脇に抱えて行き、『席に着いたらテーブルに本をボンと置き、私は今日これを読みます!長居します』と意思表示するのだとか。もちろん、そんな時はコーヒーを飲み、食事もして、さらにコーヒーをおかわりしてデザートも食べて、数時間を過ごすという。「オークラ珈琲館」で常盤さんがよく飲んでいたのは、「ブレンドコーヒー」。コーヒー好きというのもあり、初めての喫茶店では必ず「ブレンドコーヒー」を頼む常盤さんにとって、コーヒーの美味しさはもちろん重要ポイント。「オークラ珈琲館」は、注文が入ってから豆を挽き、サイフォン式で抽出するこだわりのコーヒー。粉を水に浸けて抽出するサイフォン式は、コーヒー豆の味が濃く、香りが高いの特徴。

駆け出しの頃、オーディションに参加してはうまくいかなかった時など、近くの喫茶店に行って一人反省会をしていたという常盤さん。常盤さんにとって、喫茶店はただ好きなだけでなく、女優人生の歩みと共に存在する大切な場所であった。

*店舗情報:「オークラ珈琲館」 神奈川県横浜市港北区綱島西1-8-3牛山ビル1F

広島・尾道「尊敬する大監督と食べた“ワッフル”」(人生最高の一品)
常盤貴子さんの“人生最高の一品”は、「茶房こもん」の「ワッフル」。それは、常盤さんが尊敬する映画監督の大林宣彦さんと一緒に食べた思い出の一品。女優を目指した頃から大林監督の大ファンだったという常盤さん。尾道三部作(「転校生」「時をかける少女」「さびしんぼう」)をはじめ、大林監督の作品によく出てきていた喫茶店が広島県尾道市にある「茶房こもん」だった。大ファンの大林監督…そして大林監督作品を観てずっと憧れていた「茶房こもん」…。ただ、1991年のデビューから女優として第一線で活躍するようになっても、なかなか憧れの存在との接点はなかった。しかし、運命の出会いは突然訪れる。それは2010年、デビューから21年目のこと。前年の大河ドラマ「天地人」に出演した関係で行った新潟県長岡市の花火大会で、常盤さんは映画の撮影で訪れていた大林監督と初めて顔を合わせたのだった。その時、長年の思いが募った常盤さんはこの場を逃してはいけないと『監督の大ファンなんです』と伝えたところ、大林監督から『知ってるよ』という思わぬ言葉が。実は、常盤さんがデビュー当時に受けた映画誌の取材で『今後やってみたい監督は、黒澤明監督と大林宣彦監督です』と答えた記事を大林監督は読んで覚えていてくれたのだった。そして、大林監督から『いつか一緒に映画やろうね』と嬉しい言葉をもらった常盤さんに、その翌年の夏、実際に出演オファーが届き、念願の大林監督作品に出演することに(映画「野のなななのか」)。その後も、「花筐/HANAGATAMI」、遺作となった「海辺の映画館—キネマの玉手箱」と計3作品に出演。大林監督とは仕事だけでなく、プライベートでも親交を深め、公私ともにお世話になったという常盤さんにとって、「茶房こもん」は大林監督との忘れられない思い出のお店となった。

常盤さんオススメは、パリッと焼き上げた生地に生クリーム、ブルーベリー、バターをのせた「バターワッフル(プレーン)」。『日本でこんなワッフルを食べたことない』『罪悪感もなく、いくらでも食べられる』というほどのおいしさだという。

*店舗情報:「茶房こもん」広島県尾道市長江1-2-2

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

大女優の常盤貴子さんがゲストでしたが、加藤浩次さんとは以前バラエティー番組で共演があるのですね。最初のオススメのお店、渋谷の「ピノサリーチェ」の「レモンと生ハムのリゾット」は凄く美味しそうでした。しかし個室でもない普通のお店に常盤さんがいらっしゃるのが想像つきませんでした。純喫茶もお好きだそうで、イメージが凄く変わりました。

30代

常盤貴子さんがゲストで最高の食事が紹介されました。イタリアンの生ハムとレモンのリゾット凄く美味しそうでした。夫の長塚圭史さんから、常盤さんの旅行の時のエピソード、常盤さんの以外な一面が見られて驚きでした。最高の食事は尾道の喫茶店のワッフル。喫茶店は外観が素敵で一度行ってみたいと思いました。ワッフルもとても美味しそうでした。もっと話を聞いていたかった位内容の濃い回でした。

50代

ゲストは常盤貴子さんでした。あまりバラエティー番組に出演することがないので、色々なお話が聞けて面白かったです。イントネーションが関西なので、ずっと関西人だと思っていたのですが、子供の頃から一人暮らしを始めるまで、関西と関東の両方に住んでいたとのこと。映画監督の大林宣彦のファンで、大林さんとの交流のエピソードがとても良かったです。

40代

女優の常盤貴子さんがゲストでした。かつてMC加藤さんやめちゃイケメンバーと番組をやっていたことがあったと話しており、意外な組み合わせだと思いました。夫の長塚圭史さんからやめて欲しいことが「寝るのが好きすぎて朝目覚めたときに早く夜にならないかな、という」だったのがかわいらしかったです。海外でのエピソードトークを立ち上がって話す様子が、普段から飾り気のない気さくな人なんだろうなと感じさせられました。

30代

今回のごちそう様は、女優の常盤貴子さんでした。本当に久しぶりでした。相変わらず素敵でした。そんな常盤貴子さんが紹介して下さったのは、“東京に居ながらにして、イタリア気分を味わうことが出来る”というレストラン「ピノサリーチェ」でした。そこの“レモンのリゾット生ハム添え”が、一番気に入りとの事。凄くおしゃれな、それでいて贅沢なメニューでした。そして、意外だったのは、喫茶店が大好きとの事。予想さえしていなかったので、驚きでした。紹介して下さった“オークラ珈琲館”は、めちゃめちゃ素敵な雰囲気のお店でした。常盤貴子さんが好むのも分かる気がしました。そして、そして、人生最高の一品は、尾道市にある“茶房こもん”というこれまた喫茶店で、尊敬する監督:大林宣彦さんと食べた「ワッフル」。めちゃめちゃ綺麗な焼き色で、軟らかそうで、今にも香りが漂ってきそうな一品でした。常盤貴子さんの活き活きした表情とトークが、凄く印象的でした。最高でした。

50代

レモンと生ハムのリゾット美味しそうでしたね。レモンの皮を入れているとこがポイントですよね。一体食べたらどんな味がするんだろう。あと綱島にある純喫茶。確かに本持参で行ったら格好良いけどあれは完全に大人の行くお店ですね。広島尾道のワッフルも美味しそうでしたね。ちぎった時のパリッって言う音が食欲そそられました。

40代

この番組は加藤浩次さんが司会をしていて、ゲストの方との話がとても好きです。おろしろくもあり、見ていて不快に思うこともありません。この日は常盤貴子さんがゲストでした。常盤さんはトーク番組であまり見かけたことがなくてどんな人なのかなと思っていましたが、話を聞いているととても自然で自分の意志がはっきりしているなと感じました。印象がとても良くなりました。

50代


2020年12月19日放送回 ゲスト:かまいたち(山内健司・濱家隆一)

ゲストは、かまいたちの二人、山内健司さんと濱家隆一さん。今年は、初の地上波レギュラー冠番組がスタート、そして番組出演本数は250本以上!今ノリにノッている実力派お笑いコンビがお互いのはずかしい過去を暴露し合い、芸人人生を振り返りながら、“大阪の安くてうまい”普段着グルメを紹介。

■お品書き

大阪・南久宝寺町「食通・濱家を虜にした“スパイスカレー”」
グルメな濱家さんが一番ハマっている料理が、スパイスカレー。自宅でスパイスカレーを手作りし、大阪時代の住まいは1年中カレーの匂いが充満していたそう。さらに、スパイスカレー店を巡ったり、スパイスカレー店の人たちが集う飲み会に参加するほどで、ハンパない熱の入れよう。そんな濱家さんがスパイスカレーに出会ったお店であり、“No.1のスパイスカレー”と大絶賛するのが、大阪・南久宝寺町にある「創作カレー ツキノワ」。雑居ビルの2階にある、カウンターだけのお店。

濱家さんを虜にした「創作カレー ツキノワ」のスパイスカレーは、スパイス(クミン)に漬け込んだ後さらに煮込んだ具材に、昆布・鰹・いりこがベースの和風出汁スープ、15種類のスパイス、隠し味の麹味噌を加えた一皿。濱家さんがいつも注文するのは、キーマカレーをトッピングで追加した「チキンカレー ミニキーマトッピング」。スパイスと和風出汁のマッチングが最高で、初めて食べた時にはあまりの美味しさに衝撃を受け、その後1週間毎日食べに行ったという。

異常なまでにスパイスカレーにハマる濱家さんを見て、辛いものが苦手な山内さんだったが、お店に1回食べに行ったところ、『めちゃくちゃおいしい』と感動。ある時、仕事の空き時間に一人で食べに行ったら、濱家さんと遭遇。その時は、お互いちょっと恥ずかしい気持ちになったという

*店舗情報:「創作カレー ツキノワ」大阪府大阪市中央区南久宝寺町1丁目1-3KT船場ビル2F

大阪・福島「山内ファンが集まるほど通いつめた“鶏丸鍋”」
大阪・福島にある「フジヤマドラゴン」。当初、同期芸人の弟が店長を務めていたこともあり、最初は『どんなお店だろう?』と軽い思いで行ってみたところ、めちゃくちゃ美味しかったので常連客になったという山内さん。今でも、大阪で泊まりの仕事がある時は必ず足を運ぶという大好きなお店。

ここで山内さんがいつも食べるお気に入り料理の数々がある。「メガ鶏ステーキ」「フジヤマアフロ」「ツナ韓チーズ大」「手羽の唐揚げ」「ドラゴンホットポテサラ」「とり天むすび」「生キムチ」など。これらを山内さんは自ら「山内コース」と命名。ファンの間では、山内さんがこの店の常連客であることは有名で、山内さんはファンに対し『山内コースと言えばわかるから』『僕と同じものが出てきて食べられるよ』と公言。しかし、そんなことを一切聞いてないお店側は、来店したファンが『山内コース』を口にした時、何のことかサッパリ理解できず戸惑ったという。

そんな自称「山内コース」のメイン料理は、「鶏丸鍋クラッシュ」。山内さんの一番大好きな料理でその名の通り、鶏を丸ごと一羽使った鍋。水炊きした鶏を特製鶏白湯スープ(鶏ガラ・手羽ガラ・昆布・しいたけ・ニンニクを長時間煮込んだもの)で煮込む一品。ハサミで切り分けた鶏肉をニンニク醤油にお酢を混ぜたタレにつけていただく。

最後は、濃厚スープに乾麺を入れて食べるシメも激ウマでたまらないという。

*店舗情報:「フジヤマドラゴン」大阪府大阪市福島区福島6丁目11-13

大阪・心斎橋「稼げなかった若手時代を支えてもらった“地鶏鍋”」(人生最高の一品)
かまいたちの二人が選んだ〝人生最高の一品″は「地鶏鍋」。それは、二人が駆け出しの頃からずっとお世話になっているお店、大阪・心斎橋にある居酒屋「地鶏亭」の一品。当時出演していた劇場「baseよしもと」の近くにあり、ライブ終わりに同期芸人とよく打ち上げで利用していた二人。一番の忘れられない思い出は、全く稼げない若手時代の自分たちに、どれだけ食べて飲んでも最後に『1人1,000円ね』と言ってくれた女将さんの優しさだという。

「地鶏鍋」は、敷き詰めたキャベツの上に九州産の地鶏、あげ、ニラをのせ、秘伝の出汁(鶏ガラと根菜類を10時間以上煮込んだもの)を加えて煮込む。シメは、ちゃんぽん麺。女将さんの優しさとこの絶品鍋は、人気者となっても二人の芸人人生に深く刻まれている。

*店舗情報:「地鶏亭」大阪府大阪市中央区東心斎橋2丁目-7-4日宝笠屋町ビル1F

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

今回のごちそうさまは、かまいたちのお二人でした。濱家さんがハマっているメニューが、スパイスカレー、しかも、手作りだなんて、めちゃめちゃ意外でした。一方、山内さんが、大好きなのは、大阪の福島区にある“フジヤマドラゴン”という居酒屋で、鶏料理がメインのお店との事。その中で一番が、“鶏丸鍋クラッシュ”との事。そして、人生最高の一品は、若手の時から、1,000円で、飲んで食べてが出来た“地鶏亭の地鶏鍋”だなんて、本当に“鶏”が好きなんですね。二人とも凄く活き活きした表情で語っているのが、凄く印象的でした。

50代

かまいたちの山内さん濱家さんがゲストでした。冒頭からおもしろくて、山内さんが天王洲アイルに住んでいて奥様が東京の友人ができないのはとなりがプーマの倉庫だから、に笑いました。山内さんの奥様が美人で、出会いがインスタグラムなのが驚きでした。濱家さんはやさしそうなイメージでしたが、大阪では後輩から恐れられているというのが意外でした。紹介した料理は鍋料理が多くて、この季節にはピッタリで食べたくなりました。

30代

お笑い芸人の「かまいたち」がゲストでしたが、山内さんが「天王洲アイル」に住んでいるとおっしゃていましたが、凄く夜景が綺麗な所なので良い場所を選ぶなと思いました。また意外だったのが、教員・学芸員・司書の免許をお持ちだという事でした。何故そこからお笑いの養成所に行ったのか気になりました。濱家さんが紹介していたチキンカレーはとても美味しそうでした。

30代


2020年12月12日放送回 ゲスト:霜降り明星(粗品、せいや)

ゲストは、霜降り明星の二人、粗品さん、せいやさん。M-1グランプリ2018優勝、R-1ぐらんぷり2019優勝に輝き、史上初の2冠を達成!しかも史上最年少優勝記録も持つ、お笑い第7世代のトップランナーが、おいしい思い出メシと共に2人の出会いから、20歳でのコンビ結成、そして知られざる解散危機㊙話、超人気者に駆け上るまでの芸人人生を語った。

■お品書き

大阪・東大阪市「行列してまで食べた!思い出の“丼”」
高校時代、お互い別々のコンビで出場した「ハイスクールマンザイ」で初めて出会った二人。その後、粗品さんは大学1年の時に吉本興業のオーディションに合格し、ピン芸人として早くから活躍。一方、せいやさんは芸人ではなく教師を目指し、近畿大学に進学。当初、二人は別々の道を歩んでいた。

そんな中、せいやさんには大学時代の思い出メシがある。それが、東大阪市にある近畿大学の西門から歩いてすぐ、鉄板で炒めた本格的かつボリューム満点の肉料理が大人気の行列店「味店 焼マン」のどんぶり弁当。

せいやさんオススメは、「鳥塩レモン丼」。鶏モモ肉を8種類の香辛料と塩を調合した自家製調味料で炒め、レモンとマヨネーズを添えた丼メシ。『これは、他では食べられない』と豪語するほどのおいしさだという。

実際、近大生の人気No.1メニューで、せいやさんは通っていた学部からはお店が遠かったため、授業が終わって急いで駆けつけても売り切れになっていることが多く、「鳥塩レモン丼」は3カ月に1回しか食べられなかったそうで、食べたくても食べられない悔しさも入り混じった忘れられない思い出の弁当である。

「味店 焼マン」のどんぶり弁当を食べながら教師を目指していたせいやさんに対し、粗品さんは『一緒にコンビ組んで漫才やろう』と、出会って以来ずっとラブコールを送り続けていた。そして遂に2013年1月、霜降り明星を結成。

ピン芸人として既に活躍していた粗品さんだったが、『他の誰よりも、せいやが一番面白かったから』と、その理由を語った。せいやさんの才能を見抜き、ラブコールを送り続けた粗品さんの情熱があったからこそ、現在の霜降り明星があると言っても過言ではない。

*店舗情報:「味店 焼マン」大阪府東大阪市小若江2-2-7

大阪・千日前「人生の恩人が作る“かまぼこ”」
粗品さんの思い出メシは、大阪の千日前、なんばグランド花月の近くにある「ハチマル蒲鉾」。ここは、粗品さんが27年の人生で一番お世話になったという先輩・河内慎太郎さんが経営するお店。河内さんは元芸人で、粗品さんがお笑いのノウハウを教えてもらった唯一の先輩芸人であった。そんな粗品さんにとって恩人とも言える河内さんが、芸人を辞めて2年間の修業の後、オープンしたのが揚げかまぼこ専門店「ハチマル蒲鉾」だった。

お店でタラのすり身を練り、注文が入ってから揚げるというこだわりで、ホカホカの揚げたてかまぼこが味わえる。「かまぼこ」のメニューは、全43種類。一番人気は、切ると中からとろりとチーズが溢れる「のび~るモッツァレラ」。

そして、中に半熟卵が入った「ウッフド・ロワイヤル」も大人気。一品ずつ注文でき、ナイフとフォークでいただく揚げたてのかまぼこは、ビールなどお酒と相性抜群。

揚げかまぼこの他にも魅力的なメニューがある。中でも粗品さんが大好きなのが「しめの一口蒲鉾そうめん」。すり身でできた麺をツルツルっといただける、まさにシメにピッタリな一品。

人生の恩人とも言える河内さんのお店だからというわけでなく、二人の思い出が相まって味わえる「かまぼこ」は、粗品さんにとっては単なるおいしさを超える特別な味であった。

*店舗情報:「ハチマル蒲鉾 なんば千日前店」大阪府大阪市中央区千日前2丁目3-33

大阪・住道「初めて二人で飲んだ“ソルティ・ドッグ”」(人生最高の一品)
霜降り明星の二人が選んだ“人生最高の一品”は、「ソルティ・ドッグ」。それは、せいやさんが20歳になった粗品さんを誘って初めて二人で一緒に飲んだお店、大阪・大東市にある居酒屋「酔虎伝」でのこと。“お笑いで天下を獲る”という夢を抱き、ネタ合わせをしながら飲んだのが、粗品さんにとって人生初めてのお酒「ソルティ・ドッグ」だった。選んだ理由は、『ただメニューを見てカッコよかったから』なんだとか。

このお店には、もう1つ忘れられない思い出がある。“お笑いで天下を獲る”という夢を抱き、2013年にコンビを結成した二人だったが、結成3年目に解散の危機が訪れる。大学へ通いながら芸人として活動していたせいやさんは卒業を前に就活するのかという選択に、一方の粗品さんは実家の焼き肉店を継ぐかという問題に、それぞれ悩み、『お笑いで早く結果を』とあせっていたという。

そして、覚悟を決めて迎えた結成3年目、2015年M1グランプリ…しかし結果は3回戦敗退。後日、「酔虎伝」に行った二人は、わんわん泣きながら『もう解散や。やめよう』と決めたという。しかし飲み続ける中、悔しさからふとあることを思いつく。『最後に、1回だけボケとツッコミを変えてやってみよう』と。

そうして、ボケのせいやさんがツッコミ、ツッコミの粗品さんがボケと役割を逆転し、3カ月ほど悪あがきをしてみたところ、全くウケず、更にどん底に陥ってしまったという。

すると、この悪あがきが意外にも転機となり、本来のお互いの役割、ノウハウ、そして良さをあらためて知ることができたというのだ。「酔虎伝」でネタ合わせしながら幾度となく飲み明かした夜が、そして泣きながら解散を決めたアノ夜があったからこそ、今こうして第7世代のトップランナーとして活躍しているのだ。

*店舗情報:「酔虎伝 住道駅前店」大阪府大東市赤井1-3-18

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

霜降り明星は2人とも頭の良いコンビだと知って、学歴ではないとは思いますが頭の良い芸人さんはたくさんいる気がしました。売れるまでに意外と大変な思いをされていたようで積み立て時代って誰にでもあったんだと思いました。学校で出会ったのかと思っていましたが、お笑いの会場で出会っているのも良い出会いだと思いました。

30代

今回のごちそう様は、霜降り明星のお2人、粗品さんとせいやさんでした。さすがに、トークが炸裂でしたね。とても楽しめました。そのお2人の思い出メシは、大阪の近畿大学の近くにある、鉄板焼きの肉料理店“味店焼マン”の“どんぶり弁当”との事。なかなかのボリュームでお腹いっぱいになりそうな一品でした。あと、驚いたのは、“人生最高の一品”は、居酒屋水滸伝で飲んだ、“ソルティードッグ”で、メニューを見てカッコ良かったから•••何か素敵でした。楽しいひとときを過ごすことが出来ました。

50代


ゲストは、東山紀之さん。今年、デビュー35周年を迎え、ジャニーズ事務所の後輩たちから“兄貴”と慕われる東山さん。ジャニーズ入りからトップアイドル、そして時代劇をはじめ俳優としても常にトップを走り続けてきた人生を、忘れられない思い出が詰まった京都のおいしいお話と共に語った。

■お品書き

京都・西院「後輩たちを必ず連れて行く!絶品鍋」
東山紀之さんが時代劇の撮影で半年近くも滞在することもあるという京都。そこには、東山さんが大好きなお店がいくつもある。その1つが、鍋料理の老舗「一心」。ここの鍋を食べると元気になるといい、大好きだという東山さんはTOKIOをはじめ、V6など事務所の後輩たちを必ず連れて行くそう。

お店の看板料理は何といっても、創業以来のオリジナルメニュー「一心鍋」。一風変わった鍋料理で、中央が窪んだお鍋部分で、周辺の縁がお皿のように平らになった特注の鍋を使用し、縁に置かれた野菜を中央に落として敷き詰め、上質なロース肉をのせて炊く。ジュウジュウといい香りが立つと食べ頃で、見た目よりあっさりとした出汁と醤油のコクが野菜と肉の旨味を引き出した一品。豆腐やホルモンなど好みで追加できる。つけダレも絶妙で、プッコチュ(青唐辛子のきざみ)、柚子胡椒でお好みの風味に。野菜と肉を食べ終わったら残った出汁に、豆腐、うどん、お餅を入れて、またおじやにして、格別のシメを楽しむのがオススメ。これを食べたいがために、わざわざ京都に足を運びたくなる美味しさだという。

*店舗情報:「一心 京都西院店」京都市右京区西院北矢掛町36-25

京都・祇園「時代劇の師と仰ぐ…名優との思い出のステーキ」
東山さんの忘れられない思い出が詰まった京都グルメ。2品目は、松方弘樹さんとの思い出のお店「ステーキハウス新吾」。東山さんにとって初の時代劇だったドラマ「新撰組」(1987年放送)で共演して以来、本格的に時代劇に導いてくれ、『ヒガシの出演作なら』とキャスティングなど裏でプロデュースしてくれたという松方さん。そして今や、数々の時代劇で主演を務めるようになった東山さんが、“時代劇の師”と仰ぐ松方さんと、京都でいつも一緒に食事をしたのが「ステーキハウス新吾」だった。

東山さんが松方さんにごちそうになったのは、最高級ブランド京都牛と近江牛を使用したステーキ。中でも希少とされる雌牛3〜4歳のシャトーブリアンで、たまり醤油とバターのソースでいただく一品。松方さんが亡くなってから、思い出が深すぎるがために足が遠のいていたというが、久しぶりに行ってみたいと東山さんは語った。

*店舗情報:「ステーキハウス新吾」京都府京都市東山区新門前通大和大路東入西之町232-6

京都・祇園「父のように慕う津川雅彦さんとの思い出が染みた…おでん」(人生最高の一品)
東山紀之さんの“人生最高の一品”は、「おでん」。それは、父のように慕う名優・津川雅彦さんとの思い出が詰まった一品。「大岡越前」で長年に渡り、東山さん演じる大岡越前守忠相の父親役を務めた津川さんとは、私生活でも父子のような関係だったそう。そして、京都で撮影があると必ず連れて行ってもらったのが、おでん専門店「おいと」。一見さんお断りで完全予約制のここは、勝慎太郎さんをはじめ多くのスターたちが愛した名店。あまりお酒を飲まない津川さんも、このお店では梅酒を飲みながら東山さんに人生や演技について熱く語ってくれたという。

何十年も継ぎ足した鰹と昆布の出汁で煮込んだ「おでん」は、言葉を失うほど絶品。東山さんオススメは、味の沁みた「大根」に3日間煮込んだ「牛すじ煮込み」を合わせた一品。また、珍しい「しゅうまい」もあり、それまで食わず嫌いだった津川さんも東山さんが食べているのを見て、初めて食べたその日に8個も平らげたという。そして、東山さん一番のお気に入りが「たまご」。それは、まるで100年煮込んだかのように真っ黒な色をしていることから、「百年たまご」とも呼ばれる一品。東山さんも『たまごじゃないみたい…』としか表現できない美味しさなんだとか。

*店舗情報:「おいと」京都府京都市東山区祇園町北側253

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

東山紀之さんがゲストでした。ジャニーズ入所のきっかけは東山さんとジャニーさんが渋谷の電話ボックスで出会い、直接ジャニーさんに声をかけられたということで、さすがスターは出会いから違うのだなと思いました。紅白やレコード大賞でのハプニングは、初めて聞くエピソードもありおもしろかったです。「仮面ライダー」と紹介されたことで「日本中に知ってもらえた」とジャニーさんから声をかけられ、落ち込んだ気持ちが変わったそうで、ジャニーさんのポジティブ思考がすごいと思いました。

30代

東山紀之さんがゲストでした。今年デビュー35周年を迎えるそうですがいつまでも変わらずイケメンで驚きます。最初の鍋のお店は、京都で撮影している人は必ず行くと言われていたり、そこに行きたいから京都にロケを入れる方も居るようで、店内にサインも沢山あったのでその人気が良く分かりました。ジャニーさんとのエピソードも聞けて良かったです。

30代


2020年11月28日放送回 ゲスト:市川猿之助

ゲストは、四代目市川猿之助さん。歌舞伎俳優として立役も女形も幅広く演じ、また「スーパー歌舞伎Ⅱ『ワンピース』」など歌舞伎界の常識を覆し新たなカタチを作り続けている猿之助さん。

活躍の場は歌舞伎だけに止まらず、今年は大ヒットドラマ「半沢直樹」で適役・伊佐山部長を怪演。『詫びろ!詫びろ!!詫びろ!!!』の迫力ある名台詞シーンは大きな反響を呼んだ。そんな猿之助さんが歌舞伎人生と共に、期待通り超豪華な“おいしいもの”のお話を語った。

■お品書き

京都・嵐山「大人の振る舞いを教えてくれた“日本料理”」
市川猿之助さんが子どもの頃に行った、忘れられないお店がある。それは、京都の嵐山にある「京都吉兆」。「京都吉兆」と言えば、食通なら誰もが憧れる日本料理の名店。父である四代目市川段四郎さんの知人に招かれたとはいえ、「吉兆」初体験が小学校低学年というのは驚きだ。

仲居さんや舞妓さんに遊んでもらったことと共に、猿之助さんの記憶に蘇るのが、味もわからずに食べた…ある料理。猿之助さん曰く、『瓢箪をくり抜いた器に入っていた』というが、実は瓢箪と思っていたのは冬瓜だった。その料理は、「冬瓜のけんちん」。半分に切って真ん中をくり抜いた冬瓜に、手羽先・手羽元・鰹を使い伝統的な技法で作った、うま味の深い鶏汐出汁を注ぎ、さらに具入りの餡かけを入れる。そして、焼いたうなぎを添えた一品。どう見ても子どもが美味しいと食べるものではないが、当時の猿之助さんが興味津々だったのは料理ではなく、冬瓜の器。見たことのない“瓢箪のような”器をおもちゃにして遊びたくて仕方ない少年時代の猿之助さんであった。

「吉兆」といえば、鯛茶漬け。鯛の刺身にごまだれをかける「御鯛茶」は、創業以来多くのお客に親しまれる人気料理の一つ。

さらに、猿之助さんの記憶に残る料理が「松茸 座敷焼き」。炭火網にのせた松茸に奉書紙を被せ、水を吹きかけながら蒸し焼きにする一品。目の前に山のように盛られた松茸を鮮明に覚えているという。

子どもの頃から、高級料理店で豪華な料理を味わっていた猿之助さんだが、ただ高級料理を食べた記憶が残っているわけではない。女将さんから「畳の縁は踏んではいけない」「握り箸はいけない」など所作やマナーを教えてもらい、それが自然と身に付いていることに感謝しているという。

*店舗情報:「京都吉兆」京都市右京区嵯峨天龍寺芒ノ馬場町58

京都・西陣「医者も驚く!奇跡の“スッポン”」
伯父の三代目市川猿之助(現・二代目市川猿翁)が始めたスーパー歌舞伎シリーズ。それを「スーパー歌舞伎Ⅱ(セカンド)」として継承したのが、四代目となる猿之助さん。その第2作として、2015年から2018年まで公演したのが話題作「スーパー歌舞伎Ⅱ『ワンピース』」だった。演出も手掛け、座頭として精力的に舞台に立っていた猿之助さんだったが、2017年の公演で思わぬ事故に遭う。本番中に舞台装置に衣装が巻き込まれ、左腕を骨折して全治3カ月の重傷。一歩間違えれば大量出血で命も落としかねない事故だった。幸いにも、観劇していた整形外科医がすぐに駆け付けて応急処置を施し、その後の迅速な対応により一大事には至らなかったものの、左腕は長時間挟まれていたため皮膚が壊死していく可能性があったという。医師からは、臀部からの皮膚移植が必要と言われていたそう。しかし、そんな状況でも猿之助さんは超ポジティブ。『皮膚移植やりたくないな。皮膚にいいものは、フカヒレ、ツバメの巣、すっぽんだな』と考え、入院当日の夜から毎日『皮膚のために贅沢させてくれ』と頼み込み、「すっぽん」「フカヒレ」を差し入れしてもらい食べ続けたという。中でも毎日飲んでいたのが、京都・西陣にある「大市」の「すっぽんスープ」だった。

創業340年以上、江戸の元禄時代から受け継がれてきた伝統の味を提供する「すっぽん料理」の専門店「大市」。コークスを使った1600℃という高温で一気に加熱する「すっぽん鍋」は、とにかくスープが絶品。具材は、すっぽんのみ。味付けは、秘伝の醤油、特注の酒、生姜だけで、余計なものは入っていない本物の美味しさを追求した一品。ちなみにシメは、絶品スープに米と餅を入れ、卵で閉じた雑炊。何杯もおかわりしたくなる美味しさだという。

そんな「大市」の「すっぽんスープ」をお取り寄せして毎日飲み続けた猿之助さんに、奇跡が起こる。左腕を診察した医師から、『皮膚が再生してきている。移植しなくていい』という思わぬ言葉が出たのだ。そして、医師としての見解ではなく個人的見解と断った上で、こう言ったという。『おそらく、すっぽんなど食べられていた物が皮膚を再生したんだと思います』。“医食同源”を信じ、日頃から食を大切にして健康でいようとしている猿之助さんだが、何より『皮膚を治したい』というポジティブな考え方が奇跡を起こしたのかもしれない。

*店舗情報:「大市」京都市上京区下長者町通千本西入ル六番町

神奈川・横浜「親友ゆず北川悠仁と飲んだ“バーのカクテル”」(人生最高の一品)
市川猿之助さんの“人生最高の一品”は、親友の北川悠仁さん(ゆず)と飲んだ「バーのカクテル」。親友と2人きりでお酒を飲んだのは、猿之助さんが珍しく悩みを抱えていた時。実は、スーパー歌舞伎で「ワンピース」をやる話が来た時、『あの大ヒットマンガの世界をどうやって歌舞伎にすればいいのか…まったく成功する気がしない』と、不安で仕方なかったという猿之助さん。当時、誰にも相談せず一人悩んでいた猿之助さんだったが、食事の席で元気がないことを北川さんに指摘され、親友だけに悩みを告白する。すると、北川さんは『じゃあ、一杯飲みに行こう』と猿之助さんを飲みに誘ったという。連れて行ってくれたのは、横浜の「バスBAR」だった。古くなったバスを改装したオシャレな車内から月と海、赤レンガ倉庫を眺めながら、大好きなブラッディ・マリーを飲んで親友と語り合った猿之助さん。『どうすればいいか分からないから、力貸してよ』と珍しく弱音を吐く猿之助さんに対し、北川さんは『わかった。じゃあ曲を書く』と言ってくれたという。そうして誕生したのが、ゆずの名曲「TETOTE」だった。後日、稽古場に届いたデモ曲を聴いた猿之助さんは、それまで悩んでいた気持ちが晴れ、『自分たちが思う方向性でいいんだ』と共演者、スタッフ全員が一致団結できたという。親友の北川さんとブラッディ・マリーを飲みながら過ごしたあの夜は、猿之助さんにとって忘れられない夜となった。

横浜にあった「バスBAR」は、2018年3月に閉店。しかしその後、「バスBARを残したい」という人たちが立ち上がり、クラウドファンディングで支援を募り、現在は新しいオーナーのもと、静岡県の海が見える場所で営業を続けている。

*店舗情報:非公表

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

歌舞伎俳優の市川猿之助さんがゲストでした。現在の歌舞伎の状況は、4部制でスタッフ全員を入れ替えて行っていると聞き、赤字覚悟での徹底した感染対策に驚きました。舞台で大ケガをしたときの話がとにかくすごいエピソードばかりでした。整形外科の先生が見に来ていて救急対応がスムーズにいったこと、皮膚の再生のためすっぽんやフカヒレを食べていたこと、Wキャストにしてくれと訴え実現したので、翌日以降も公演できたことに猿之助さんのただ者ではない感が高まりました。

30代

市川猿之助さんの入院生活していたのって知らなかったので、歌舞伎なのに機械に巻き込まれてしまうことが驚きました。しかも皮膚移植しないといけないと言われてしまっていたあとに、スッポンを食べて皮膚が再生されてきたというのも驚きました。スッポンってただ高いだけだと思っていましたが、本当に滋養強壮があるので良い情報を聞けました。何よりも健康が大事なので体は大事にしたいです。

30代


2020年11月21日放送回 ゲスト:勝地涼

ゲストは、勝地涼さん。二枚目からコメディまで様々なキャラクターを演じ、その圧倒的な存在感で今や、ドラマ、映画、そして舞台で欠かせない実力派俳優として活躍。特に、朝の連続テレビ小説「あまちゃん」で演じた“前髪クネ男”は、強烈なインパクトを残した。そんな勝地さんがちょっとヤンチャだけど、かわいくて憎めない素顔を見せながら、21年の俳優人生と共に“おいしいもの”のお話を語った。
■お品書き

東京・池尻大橋「週7で食べたいほど愛おしい“つけめん”」
『ラーメンを食べる人の気持ちがよくわからない』『俳優じゃなかったら、週7で食べたい』というほど、勝地さんが世の中で一番愛してやまない料理「つけめん」。スタジオでは、“つけめん愛”が溢れすぎて、ラーメン派だという北海道出身のMC加藤浩次さんと、ちょっとしたバトルに…。そんな勝地さんイチオシの「つけめん」を味わえるのが、東京・池尻大橋にある「麺屋 和利道」。

勝地さんが『一杯のために、お店の企業努力を感じる』という「つけめん」は、ドロドロで超濃厚なスープが一番の特徴。それは、1度下茹でした大量の豚骨と鶏ガラを1つずつ丁寧に洗い、1日以上炊き続けて濃厚なスープを抽出。そこに、香味野菜、昆布、椎茸出汁、魚介スープを加え、さらに煮込んで出来あがる“濃厚魚介豚骨スープ”。ただ、これで完成ではない。このスープに醤油タレ、煮干し油、カツオ魚粉、ゆず、三温糖を混ぜ合わせ、ようやくお客の前に出すスープとして完成する。そして、スープに合わせた特注の麺。VTR映像で麺を見た瞬間、『美しい』と思わず感嘆した勝地さんは、まず麺をスープにつけずそのまま味わうそう。最初に小麦粉の香りを楽しんだ後、旨味の凝縮した超濃厚なスープに麺を絡めて味わうのが、たまらない至福の時だという。

実は、勝地さんはこのお店で写真週刊誌に撮られたことがあった。それは決してスキャンダルなどではなく、開店と同時にお店に飛び込んできた勝地さんをたまたま見つけた記者が『おもしろいから撮っておこう』と撮影した写真。つけめんを愛してやまない勝地さんの、ちょっと恥ずかしいエピソードだった。

*店舗情報:「麺屋 和利道」東京都目黒区青葉台3丁目7-10 Cross One 1F

東京・下北沢「俳優人生としての生き方を教わった“焼き鳥”」
ジャニーズに憧れて…実際にジャニーズJr.に応募するも落選。アイドルの夢破れた勝地さんだったが、中学1年の時、母が経営する花屋さんで堂本光一さん(Kinki Kids)主演のドラマ撮影があり、ナントそこでスカウトされることに。しかし、ジャニーズ事務所からの運命のスカウトではなく、実際は現在所属する事務所からのスカウトだった。そこから始まった芸能生活も、今年で21年。今や、ドラマや映画などに欠かせない存在となった勝地さんだが、俳優として自らが生きる道へと導いてくれた存在がいる。それが、古田新太さん。2007年、劇団☆新感線の舞台「犬顔家の一族の陰謀」に出演した際、古田さんから厳しくも優しい指導を受けた勝地さん。稽古終わりによく連れて行ってもらったのが、下北沢にあるお店「和楽互尊」だった。

お酒を酌み交わしながら、古田さんが芝居のダメ出しをしてくれたこのお店は、勝地さんにとって“第二の稽古場”みたいな場所。当時、厳しいダメ出しをされ悔しくて泣いた思い出も…。今では、舞台を観劇した帰りにも足を運ぶというこのお店では、本場の博多焼き鳥が味わえる。勝地さんが大好きなのは、「豚バラ」。焼き場の横に盛られた塩の山から、大将が豪快に塩を振りかけて焼く「豚バラ」はちょっとしょっぱい味付けだが、間の挟んだ玉ねぎも絶品で、何本でも食べられる美味しさだという。

*店舗情報:「和楽互尊」東京都世田谷区北沢2-9-1 大新ビル 2F

東京・渋谷「青春のすべてが詰まった“オムライス”」(人生最高の一品)
勝地涼さんの“人生最高の一品”は、今はなき渋谷「RENKA」の「オムライス」。現在、大型家電量販店のヤマダ電機LABIが建つ場所にかつてあった恋文横丁。そこに、勝地さんが中学から高校時代によく通っていた洋食レストラン「RENKA」はあった。中学生の時にドラマで共演した山田孝之さんに初めて連れて行ってもらって以来、NHKに撮影に行く前、その帰りなど、しょっちゅう行っていたそう。当時はもちろん、お金も持ってない頃、すると店主の奥さんが『ジュース1杯でいくらでも居ていいよ』と言ってくれ、とても居心地がよかったという。また、当時付き合っていた彼女を連れて行って奥さんに紹介したり、仕事の悩みを聞いてもらったり、勝地さんにとっては、まさに青春時代の思い出がすべて詰まっている場所。そんな勝地さんがよく食べていたのが、「オムライス」だった。今となっては、その味を2度と食べることができないのは残念だが、いつまでも消えない思い出と共に勝地さんの心に刻まれた“人生最高の一品”である。

*店舗情報:「RENKA」※現在閉店しています。

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

ゲストが「勝地涼」さんでしたが、お店風のセットに入ってくる時に、外の感じもちゃんと再現されていてセットのこだわりを感じました。ジャニーズのオーディションに応募しけど、連絡が来なくてしかし、花屋さんで声を掛けられた話には興味が湧きました。小栗旬さんとよくケンカするらしいですが、男同士の良い喧嘩だと思いました。

30代

俳優の勝地涼さんがゲストでした。堀越高校で先輩だった橋本マナミさんが常連客ゲストで、学生時代の話も暴露されておもしろかったです。ジャニーズに憧れていたエピソードも、書類審査は通ったのにオーディションでグイグイ踊ったら不合格、今の事務所にスカウトされ演技は認められた一方、歌はないという評価というのが、切ないのに空回り感が目に浮かび笑ってしまいました。

30代


2020年11月14日放送回 ゲスト:児嶋一哉(アンジャッシュ)

ゲストは、アンジャッシュの児嶋一哉さん。お笑い芸人でありながら、大ヒットドラマ「半沢直樹」をはじめ俳優として大活躍。今や本業は俳優?と言ってもいいほど数々の名作に出演してきた児嶋さんが、ドラマの撮影秘話や、芸人人生を支えてくれた妻とのエピソードなどと共に“おいしいもの”のお話を語った。

■お品書き

東京「大物俳優がごちそうしてくれた“高級弁当”」
幼い頃からお弁当が好きだったという児嶋さん。母の手作り弁当を持ってサッカーに行ったり、妻の手作り弁当を持ってドラマの撮影現場に行ったり、とにかくお弁当が美味しいだけでテンションがあがるのだという。

そんな児嶋さんが“最高のお弁当”というのが今から6年前、ドラマ「ルーズヴェルト・ゲーム」(2014年放送)に出演した際、主演の唐沢寿明さんが出演者・スタッフ全員分を差し入れてくれたという「叙々苑」の「カルビ弁当」。お値段は1個2,900円(※店舗によって値段が異なる場合あり)。児嶋さんは、『叙々苑弁当を差し入れするなんてカッコいいなあ!』と衝撃を受けると共に、その味に感動したという。

*店舗情報(撮影協力):「叙々苑 六本木本店」東京都港区六本木7-14-4 レム六本木ビル2F

東京・代々木上原「仲良し夫婦と食べる“カルボナーラ”」

おぎやはぎ小木博明さんと昔から仲がいい児嶋さん。お互い結婚する前から、当時付き合っていた彼女(=現在の妻)も一緒にカップルでWデートしたりして仲良くしていたそう。そんな仲良し夫婦同士でよく食事に行っていたのが、代々木上原にあるオシャレなカフェ「dish-tokyogastronomycafe」。

児嶋さんのオススメは「カルボナーラ」。しかし、そのカルボナーラの美味しさを具体的に聞かれると…『卵がうまかったのかな…』としか答えられない始末。実は、最近特に物忘れが激しいという児嶋さんは打合せの際も、このお店で自分が何を好きでよく食べていたのか全く覚えておらず、妻に電話でメニュー名を確認する始末だった。

記憶は曖昧な上に、美味しさの説明も全くできないけど、児嶋さんがとにかく絶品だという「カルボナーラ」は、グアンチャーレ(豚の頬肉の燻製)を炒めた後、白ワイン、さらに具材を混ざりやすく卵を固まりにくくするために炭酸水を入れ、1.9ミリのパスタを投入。そこに卵黄3個に2種類のチーズ(ペコリーノロマーノ、グラナパダーノ)を加えて混ぜ合わせた一品。そのVTRを見てようやく、加藤浩次さんをはじめとする出演者は、『これは美味しそう』と盛り上がったのだった。

*店舗情報:「dish-tokyogastronomycafe」東京都渋谷区上原1-33-16オオツカビル2F

東京・東高円寺「駆け出しの頃に食べた!思い出の“カツ丼”」(人生最高の一品)

児嶋一哉さんの“人生最高の一品”は、駆け出しの頃に食べた思い出の味「カツ丼」。実は、ジャニーズに入りたくて…アイドルを目指していたという児嶋さん。しかし、当たり前と言えば当たり前だが、ジャニーズ事務所に履歴書を2回も送るも音沙汰はなし。

さらに、スカウト待ちで原宿に通っては1日中ブラブラするなど、アイドルになるための自己流活動“アイカツ”をしていたという。そんな叶うはずのない夢を追いかけていた児嶋さんが、テレビで活躍していたとんねるずやダウンタウンを観て、次第にお笑いにも興味を持ち始める。

すると、地元・八王子が輩出したお笑い芸人ヒロミさんとのつながりが!ヒロミさんの妹と同級生だったため、それをツテにヒロミさんに弟子入り志願。すると、弟子はとらないというヒロミさんは、当時所属していたプロダクション人力舎に『養成所ができるから、そこに行ったらどうだ』とアドバイスしてくれたという。

そうして芸人人生をスタートした児嶋さん。プロダクション人力舎は、本当に芸人思いの事務所で収入もほとんどない若手時代は、『ごはんは好きなだけ食べていい』と出前で何でも食べさせてくれたという。そんな若手時代の児嶋さんにとって忘れられない思い出の味が、当時事務所のあった東高円寺駅から近くにある「松月庵」の「カツ丼」だった。

それは、タレがしっかりとカツにしみ込んだ蕎麦屋さんの昔ながらの“THEカツ丼”。お金のなかった下積み時代の児嶋さんにとって、いつもお腹ペコペコで食べさせてもらった「カツ丼」は、本当においしくて、本当にありがたかった。事務所の好意に甘えて、1日に3回もカツ丼ばかり頼んだこともあったそう。そんな「カツ丼」は今では、決して味わうことのできない、忘れられない思い出の味となった。

*店舗情報:「松月庵」東京都杉並区高円寺南1-11-3

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

今回のごちそう様は、アンジャッシュの児嶋一哉さんでした。人の良さがめちゃめちゃにじみ出ていて、とても良かったです。一品目は、大物俳優さんが差し入れてくれた「叙々苑カルビ弁当」との事。こんな高級なものを差し入れてくれることに、驚いたと、話す児島さんの表情が印象的でした。そして、思い出飯は、デビュー当時に会社経費で食べていた「カツ丼」でした。感謝の気持ちがとても良くわかって良かったです。

50代


2020年11月07日放送回 ゲスト:黒木瞳

ゲストは、黒木瞳さん。宝塚歌劇団の月組トップ娘役として活躍後、女優として映画、ドラマ、舞台と第一線で活躍し続ける黒木さんが、これまであまり語ってこなかったプライベートを赤裸々に告白。女優人生と共に自分を虜にしたおいしいものを語った。

■お品書き

東京・麻布十番「30年以上通い続ける“高級中華”」
東京・麻布十番にある、1964年創業の中国料理の老舗「高級中国名菜・皇麺 登龍」。ここは今から30年以上前、当時付き合っていた夫に連れて行ってもらって以来、黒木さんが通い続けるお店。

黒木さんがまず注文するのは、創業当時から人気No.1メニューの「焼餃子」。50センチの鉄鍋で温度調節しながら焼いた餃子は絶妙な焼き加減で、一口食べた瞬間に広がる肉のうまみと野菜のバランスが計算し尽くされた絶品の味。

中華は、まず餃子を味わった後、麺をいただくのが黒木さんの流儀。餃子と麺を一緒に食べるのは論外で、一品一品おいしく味わいたいのだという。餃子の後、黒木さんが食べるのが一番大好きな「四川皇麺」。いわゆる担々麺で、熟成ちぢれ細麺が濃厚なスープに絡んだ絶品の一杯。黒木さんは、熱々で辛めが好みなので、昔ながらの「特製四川皇麺」をいつも注文。汗だくになりながら食べる夫をニコニコして見ながら、自分は汗もあまりかかず、ペロリと平らげるそう。

*店舗情報:「高級中国名菜・皇麺 登龍 麻布店」東京都港区麻布十番2-4-5

「ラーメン大好き!黒木瞳の地元・福岡オススメ3軒」
福岡出身だけにラーメンには目がないという黒木さんが、地元のオススメ店を3軒紹介。1軒目は、「まるまんラーメン」。とんこつラーメン発祥の久留米ラーメンに近い味がたまらないそう。

*店舗情報:「まるまんラーメン」福岡県八女市黒木町本分1147-9

2軒目は、「ひさごラーメン」。黒木さんの父が好きでよく出前で注文して食べていた一杯。

*店舗情報:「ひさごラーメン」福岡県那珂川市松木2-2-1

3軒目は、「味万」。 ラーメン専門店ではなく食堂で、ここの「ちゃんぽん」が絶品だという。

*店舗情報:「味万(あじまん)」福岡県八女市黒木町桑原157-1

愛知・名古屋「1年に1度、必ず食べる“絶品ローストビーフ”」
舞台公演で名古屋を訪れた際、ステーキを食べに連れて行ってもらったお店「備長炭ステーキ炉 Sakai」。もちろんステーキも絶品だが、黒木さんを虜にしたのが自家製の「ローストビーフ」。昨年まで東京・麻布十番に支店があり、クリスマスにはパーティー用に必ずローストビーフを1kg注文していたそう。

黒木さんが『他のローストビーフは、ローストビーフじゃない』とまで断言する「ローストビーフ」は、A5ランク黒毛和牛サーロインを使用。肉塊3kgから脂身や筋をそぎ落として約1kgになったブロックを、フライパンで全面こんがり色がつくまで焼きあげる。そして、約30分オーブンで加熱。

出来上がったローストビーフは包丁を入れると、ヒュ~っと通りも滑らかで、口の中でとろけてしまう食感だという。醤油ベースの自家製ソースでいただくのも良し、レホール(西洋わさび)に青唐辛子をお好みで加えていただくのも良し、まさに絶品の一品。

*店舗情報:「備長炭ステーキ炉 Sakai 名古屋大須店」愛知県名古屋市中区大須2-8-23

「生活をガラッと変えた“チキンカリー”」(人生最高の一品)
黒木瞳さんの“人生最高の一品”は、義母から教わった「チキンカリー」。高校卒業後、宝塚歌劇団に入団。その後女優となり、ほとんど料理をする機会もなかった黒木さんは、結婚する際に『私は、女優は辞めません。料理もしません』と夫に宣言。すると、夫は『それでも結婚してください』と承諾。

ところが、夫から1つだけお願いが…。『母が作る「チキンカリー」がとてもおいしいから、それだけでいいので覚えて作ってほしい』と。そしてある日、夫の実家を訪ねた時、義母が作ってくれた夫の大好物「チキンカリー」を食べたところ、あまりのおいしさに黒木さんは驚いたという。

こんなにおいしいのならと、夫の願いを叶えるために、義母から教わった「チキンカリー」。生姜と玉ねぎ、ニンニクをペースト状にしたものを飴色になるまで約30分炒め、それを1つの薬味にトマトジュースとヨーグルトをベースにして煮込む。

そして、カレー粉をまぶしてこんがりと焼いた鶏肉を入れて、さらに煮込む。最後に、カレー粉で味を調えて完成。お好みで薬味としてきゅうり、トマト、玉ねぎを添えた一皿。もちろん、夫は大喜び、今では黒木さんの十八番メニューとなった。

夫からのたった1つの願いを実現するため、「チキンカリー」を義母に教わった黒木さんだったが、それをキカッケに義母にいろんな料理を教えてもらうことに。すると、黒木さんはそれまでやっていなかった料理が楽しくなり、どんどんハマってしまったという。今思えば、『夫にだまされた』と、苦笑いして振り返った黒木さんだった。

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

黒木瞳さんがゲストでした。加藤浩次さんのファンだと言っており驚きましたが、さっそく意外な一面が見られておもしろかったです。

紹介していた中華ではまず餃子を食べてからというこだわりで、思い出のメニューの四川麺も餃子もおいしそうでした。ご主人との出会いの印象は結婚したくないタイプでしたが、東京に転勤が決まったら結婚という流れになったという驚きの馴れ初めでした。

おすすめのローストビーフ以外はローストビーフではない、と話すくらいお気に入りで、切るときはヒューっと、口に入れるとヒュルヒュルと溶けると擬音混じりで伝えてくれました。トーク番組は苦手だそうですが、楽しいお話が聞けました。

30代

黒木瞳さんのオススメ料理が「中華」「ローストビーフ」「チキンカレー」で驚きました。それだけでなく、自転車を良く乗る事も意外でした。旦那さんとの初めて出会ったエピソードから結婚までのお話も聞けて黒木さんの意外な一面を沢山知る事が出来て凄く良かったです。福岡県出身なのも始めて知りましたが、ちゃんぽんも有名なのですね。

30代

今回のゲストは、トーク番組にはほとんど出演しないという黒木瞳さんでした。最高においしいという、四川麺やローストビーフは一度食べてみたいと思いました。お料理が得意、という意外な一面も垣間見ることができ、お義母様から教わったというチキンカレーはレシピを教えてほしいと思いました。旦那様とのなれそめをお話しされていましたが、トークが苦手とは思えない、おもしろくてわかりやすい話し方でした。

40代

黒木瞳さんが珍しく出られていて、デビューする前はお仕事がなかったようで驚きました。すぐに売れるものだと思っていましたが、黒木瞳さんでさえもデビューするまでにも宝塚を出られていても世間は冷たいんだなと思いました。すぐにデビューすることが出来ている方ってとてもラッキーな方だと思いました。宝塚での女優さんたちに頑張ってほしいです。

30代

今回のごちそう様は、女優の黒木瞳さんでした。活き活きとした笑顔が、とても好印象でした。ただ、意外だったのは、一番最初に紹介されたメニューが、高級中華料理店とは言え、“焼餃子”だった事です。30年も通っているなんて、凄いです。

そして、更に意外だったのは、ラーメンが大好きだなんて、更に驚かされました。地元のおすすめラーメン店を、3件も紹介して頂けるなんて予想外でした。でも、美味しそうなラーメンでした。そして、そして人生最高の一品は、何と、チキンカレーだなんて、めちゃめちゃ親近感を持ちました。しかも、その経緯が凄く素敵だと思いました。幸せな気分になれました。

50代

ゲストは大好きな黒木瞳さん。これまで、あまり語ってこなかったプライベートを赤裸々に告白。やはり、いつ拝見しても歳をとらないというか、とても綺麗ですね。舞台は、東京・麻布十番にある「高級中国名菜、皇麺、登龍」ここは、瞳さんが30年以上前、当時お付き合いしていた夫に連れて行ってもらって以来、通い続けるお店。中でも「焼餃子」が、とっても美味しそうでした。にしても、黒木瞳さんがとても美しかったです。

40代


2020年10月31日放送回 ゲスト:V6長野博

ゲストは、長野博さん。今年デビュー25周年を迎えた国民的アイドルグループV6のメンバー長野さんは、言わずと知れた“芸能界屈指の食いしん坊”。1日5軒6軒ハシゴし、年間1000軒以上!これまで食べ歩いたお店の数はナント1万5000軒以上!しかも、9割以上がプライベート!メモしてある行きたいお店は何万軒もあり、7年後の2027年までお店を予約しているという。まさに、MC加藤さんが言い放った“食の変態”と呼ぶに相応しい人物。そんな長野さんが“タイミング”“フットワーク”“出会い”を大事にして歩んできた食べ歩き人生、またデビューまで苦節9年…紆余曲折の道のりだったアイドル人生を語った。そして、“食の変態”が選んだ“人生最高の一品”とは?
■お品書き

神奈川・大和「味・量・値段すべて満足!超穴場の“焼き肉”」
長野さんが高校時代から30年以上通う焼き肉店、地元の神奈川県大和市にある「ホルモンセンター天狗家 本店」。創業37年、いつも行列のできる地元の人気店で2~3時間待っても食べたい焼き肉が味わえるという。長野さん曰く『クセになる美味しさ』で、今も定期的に食べたくなるそう。何よりお腹いっぱい食べても安い!『こんな値段でここまで幸せになれる』と、味・量・値段すべて満足の“コスパ最強”焼き肉。

長野さんが一番にオススメするのは、「カルビ」。2人前で1,700円。他店の感覚で注文するお客さんには、スタッフが『量が多いけど大丈夫ですか?』と確認してくれるほどのボリュームで驚くこと間違いなし。もちろん、味も大満足の一品。オーストラリア産の牛バラを使用したカルビを少し焦げがつくぐらいに焼き、相性抜群のタレで食べると、もうたまらない。焼いた時の香ばしさとのバランスが最高だという。

「タン塩」(2人前1,380円)もオススメで同じくボリューム満点!この店は牛タンではなく、豚タン。牛タンと異なるサックリとした食感が楽しめる一品。

「ヤゲン」(2人前1,380円)も長野さんが必ず注文する一品。鶏の胸骨の先端にある軟骨だが、肉が結構ついていて、コリコリとした軟骨としっかりとした肉を一緒に楽しめる。塩でいただくのがオススメ。

そしてお肉の他にも、長野さんがこの店では外せないというメニューが「大ライス」、「千切りキャベツサラダ」、「自家製ジョッキバナナジュース」の三品。もちろん、それらも全部ボリューム満点!「カルビ」「タン塩」「ヤゲン」を二人前ずつに、これら三品も入れて総額ナント5,820円!一人あたり3,000円というコスパの良さ!これは大満足間違いなし!

*店舗情報:「ホルモンセンター天狗家 本店」神奈川県大和市柳橋2-2-15

長崎・対馬「“国境の島”で食べた!1500年続く…貴重な味」
自宅に約50種類ストックしているほど大の蜂蜜好きだという長野さん。そんな長野さんが『とても希少』と力説するのが、“国境の島”長崎県対馬で採れる「ニホンミツバチの蜂蜜」。そもそもセイヨウミツバチが9割以上占める生態系で、日本で唯一セイヨウミツバチが生息していない、つまり二ホンミツバチだけが生息する島、対馬。今から1500年前の6世紀からニホンミツバチの養蜂が行われてきた対馬では、民家の庭や山など至る所に巣箱が置かれている。

対馬の養蜂はゆっくり熟成させ濃厚な味にするために、蜂蜜を採るのは年に1回、秋の時期だけ。特定の花から蜜を集めるセイヨウミツバチに対し、1年を通していろいろな花から蜜を集めるニホンミツバチの蜜は「百花蜜」と呼ばれる。複数の花の蜜がブレンドされているので、香り高く、コクの深い豊かな味わいが特徴。現在、市販されている商品や加工食品の原材料に使用されている蜂蜜のほとんどがセイヨウミツバチの中、飼育が難しく採蜜量も少ないニホンミツバチの蜂蜜は、まさに希少なもの。

*撮影協力:長崎県対馬「扇養蜂」扇 米稔さん

東京・銀座「フレンチのスーパーシェフが作る!飲める“ラビオリ”」(人生最高の一品)
長野博さんの“人生最高の一品”は、実力派シェフ山縣類さんが作る「リコッタチーズのラビオリ 焦がしバター風味」。50年以上に渡ってミシュラン三つ星を維持し続けているフランスの名店「ポール・ボキューズ」でフレンチを学び、イタリアで“パスタの神様”と称されたアンジェロ・パラクッキからイタリアンを学んだ山縣シェフ。三ツ星フレンチと王道イタリアンで培った山縣シェフが作る「リコッタチーズのラビオリ 焦がしバター風味」を食べた時、長野さんは『今までのラビオリと意味が違う』『飲めるような食感』と感動したという。現在、銀座の「キュイジーヌガストロノミック 吉平」でシェフを務める山縣シェフに協力いただき、このラビオリを特別に再現してもらった。ちなみに、こちらの店は1日1組限定でコース料理を提供するフレンチレストラン。特別オーダーで、「リコッタチーズのラビオリ 焦がしバター風味」を食べることができるという。

『飲めるような感じ』と長野さんが感動した滑らかな食感を生み出すポイントは、強力粉と薄力粉に卵を落として手早くこね、コシのあまりない生地。それを2時間寝かせた後、薄く伸ばし、リコッタチーズや卵黄などの具を包む。そして、3分間ゆで、ソースとあえた一品が「リコッタチーズのラビオリ 焦がしバター風味」。餅の粘り気をなくした、飲めるほどやわらかい食感で、まさに“飲めるラビオリ”。口の中に入れた瞬間にリコッタチーズがフワッと口の中で広がり、『やわらかすぎて、噛まなくていいのか』と驚くこと間違いなし!作り置きができない、とても手の込んだ一品。

実は、このラビオリとの出会いの裏には、長野さんが尊敬する“食のプロ”の存在があった。その人物は、料理店のコンサルタントをやっている方であらゆる食の知識を持つという。いくら1万5000軒以上食べ歩きしても、その人と話す度に初心に戻ることができ、食に対してさらに貪欲に、さらに真摯に向き合う姿勢になれるのだという。

*店舗情報:「Cuisine Gastronomique 吉平」東京都中央区銀座7-2-8高谷銀座ビル3F

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

V6の長野博さんがゲストでした。グルメとして知られていますが、最高で年間1150件のお店に行ったというのは驚きでした。デビューまでの下積みも長かったですが、一旦ジャニーズを離れていてもジャニーさんの中で気になる存在だったのだろうと思います。対馬の蜂蜜というチョイスは意外でしたが、料理も好きで素材にも興味が深まるのはわかる気がします。

30代

ゲストは食通でしられているV6の長野さんでしたので、興味津々でみていました。生き生きとお話されている姿がよかったです。人生最高のレシピとして紹介されたラビオリ、ラビオリはあまり食べたことはありませんが、食べてみたいと思いました。始めに紹介されたホルモンやさんの焼き肉もリーズナブルで家が近ければ行ってみたかったです。今回紹介以外のお店もまた紹介してほしいと思いました。

40代

V6の長野博さんがゲストでしたが、年間1000店、今までに1万5000店以上を食べ歩いたグルメマニアだとは知りませんでした。話の内容も濃くてためになりました。できれば来週も見たいくらいです。あとは、ジャニーズでの下積み時代の話も凄く良かったです。高校生で一度辞めて、その後就職する寸前にジャニーさんが声をかけてくださったらしくて、さすがジャニーさんだと思いました。

30代


2020年10月24日放送回 ゲスト:小栗旬

ゲストは、小栗旬さん。大ヒットドラマ「花より男子」や映画「クローズZERO」など数々の話題作に出演し、舞台でも活躍。今や日本を代表する俳優となった小栗さんがヒット作に隠されたエピソードを“俳優人生を振り返りながら、おいしいもの”と共に語った。
■お品書き

東京・小平「家族と食べた!思い出の“ラーメン”」
子どもの頃からラーメンが大好きな小栗さん。仕事で節制する必要がなければ、週に4、5回は食べたいというほど。そんな小栗さんが小学生から高校時代まで家族でよく通っていたという思い出のお店が、地元・小平市にある「ラーメン・ジャンボ餃子 -天神 tenjin-」。父はクラシックオペラの舞台監督で忙しく、母はクラシックバレエの先生で共働きだったこともあり、母と兄、姉と4人で事あるごとに行っていたそう。

小栗さんがよく食べていたのは、「みそバターコーン」。スープに合うように配合した自家製麺を使用し、特別配合した北海道の赤味噌に、豚ガラ・鶏ガラ・げんこつなどを10時間かけ煮込んだスープの絶品の一杯。

*店舗情報:「ラーメン・ジャンボ餃子 -天神 tenjin- 」東京都小平市天神町4-8-3

「貧乏ひとり暮らしを支えた!小栗旬オリジナル“もやしパスタ”」
内田有紀さんに会いたくて…11歳の時に児童劇団に入団、芸能界入りした小栗さん。しかし、現実は厳しく、同世代の仲間たちがどんどん脚光を浴びていく中、表舞台に立つことができず悔しい日々を過ごす。『なんで俺はこんなところで地団駄を踏んでいるんだろう…役者として売れたい』という思いが強くなった小栗さんは、17歳で高校を中退。すると、父に『学生じゃないなら、家を出ていけ』と言われ、一人暮らしをすることに。17歳の小栗さんは、『中目黒に住みたい』『ちょっと天井が高い部屋に住みたい』と理想のままに、家賃11万8千円の部屋を借りて初めての一人暮らしをスタートする。もちろん、大変なことになってしまったのは言うまでもない。当時、小栗さんの給料は15万円。そこから家賃を払うと、残りは3万2千円。さらに光熱費や電話代などを支払うと、手元には1万円も残らない。そうなると当然、食べるものにも苦労する貧乏生活に…。そこで小栗さんが思いついた節約メシがある。それが、「もやしパスタ」。料理さえやったこともなかった小栗さんがスーパーに行った際、もやしが格安なことを知り、『もやしを茹でて食べればいいんだ!』とひらめく。そして作ったのが、実家から送ってもらったパスタに茹でたもやしをのせ、明太子ふりかけで味付けした「小栗旬オリジナル!もやしパスタ」。小栗さん曰く、『けっこうイケる』そうで、これを主食に貧乏生活をしばらくの間しのいだという。

東京・吉祥寺「かけがえのない仲間と食べた“焼き肉”」
自由な校風で個性豊かな生徒たちが集い、とても刺激を受けたという小栗さんの高校時代。今でも仲良しだという同級生たちと当時よく通ったお店がある。「焼肉屋マルキ市場」吉祥寺店(※現在は閉店)。初めて入場料制を導入した焼き肉店で、現在は東京を中心に6店舗を展開している。

当時、小栗さんがよく注文していたのが、ネギとニンニクのペーストで味付けした「牛タンマルキ焼」。

そして、ネギとニンニクのペーストに、さらにネギをのせた「牛炙りカルビ焼葱載せ」。

ここで焼き肉をよく食べて一緒に過ごした仲間たちをモデルに、小栗さんは初監督映画(2010年公開「シュアリー・サムデイ」)を製作。小栗さんにとって、かけがえのない体験をした青春時代の思い出は、その後の俳優人生に大きく影響していた。

*店舗情報:「焼肉屋マルキ市場」※吉祥寺店は閉店。

「全身全霊で演じた後の“カップうどん”」(人生最高の一品)
小栗旬さんの“人生最高の一品”は、「カップうどん」。それは、亡き名演出家・蜷川幸雄さんの舞台「カリギュラ」(2007年)公演の時に食べたもの。小栗さんの才能を早くから見出し、常に挑戦の場を与え続けた蜷川さんが、満を持して小栗さんのために用意したのが舞台「カリギュラ」だった。藤原竜也さん主演舞台「ハムレット」に出演して以来、5本目の蜷川作品。それは、日本ではほとんど演じられたことのない難しいもので、小栗さんが主役を演じる残虐非道なローマ帝国の皇帝カリギュラは、セリフが難解な上に、その量は台本155ページにも及ぶ、まさに難役中の難役だった。この役を小栗さんにやらせたい…そこには蜷川さんのこんな思いがあった。『小栗は本来ハムレットをやるべき俳優であり、ロミオをやるべき俳優。僕は小栗にサブカルチャーをやらす気はない。風俗的な匂いがするものはテレビで結構。小栗にもっとすごい俳優になってほしいから、与えたハードルです』。そんな蜷川さんの思いに応えたい…と、「カリギュラ」に臨んだ小栗さんだったが、かなりのプレッシャーを感じていたのも事実だった。しかも、当時はドラマやラジオなど超多忙な日々。睡眠も2〜3時間しかとれない状況。それでも蜷川さんの思いに応えるべく、全身全霊で舞台に取り組んでいた小栗さんの身体にある異変が起きる。カリギュラという役に支配されてしまったのか、「何を食べても血の味しかしない」という劇中のセリフそのままに、小栗さん自身『何を食べても、おいしいと感じることがなくなってしまった』のだ。楽屋に入ると必ず吐くところから1日が始まり、体力的にも精神的にも追い詰められた中で演じていた「カリギュラ」。まさに、俳優人生最大の試練だった。そんな状態で迎えた千秋楽―カリギュラを演じきった小栗さんは楽屋に戻った瞬間、ものすごくお腹が空いたという。そして、食べたのがマネージャーに買ってきてもらった「カップうどん」。それを食べた小栗さんは、『こんなうまいカップうどん食べたことない』と感動、人生で一番おいしい食事だったという。役者として全てを出し尽くし、蜷川さんに与えられた難役カリギュラを演じきったからこそ、味わえた最高の一杯「カップうどん」は、今も目をつぶると思い出す、小栗さんにとっての“人生最高の一品”であった。

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

今回のゲストは小栗旬さん。同年代の俳優さんとして数々の作品を観てきましたが、こんなにも演じることに没頭している姿にそこまで思える職業に就いていること。想いを傾けていることに羨ましくもありました。普段は、食に自分の想いを載せ、話が展開されているように見受けられますが、あまりにも思いの強い情熱に食が入ってこないほど聞き入ってしまいました。

40代

小栗旬さんがゲストでした。藤原竜也さんと15歳の頃からの付き合いで、アンケートもまともに答えてないのではと言った直後に褒めるコメントが流れて笑ってしまいました。小栗さんの子供時代や芸能界入りのきっかけは知らなかったので、芸能一家だったり内田有紀さんのファンだったりという話を楽しく聞きました。初めての一人暮らしで中目黒に住んでしまったため貧乏暮らしになったという話は若気の至りがかわいらしく思えました。

30代

今回のごちそう様は、俳優の小栗旬さんでした。東京の小平市が出身なんですね。初めて知りました。また、ラーメンが大好きだったのも、初めて知りました。母、兄、姉と四人で事あるごとに近所の「ラーメン•ジャンボ餃子-天神」に通っていたという話をする小栗旬さんの表情がとても印象的でした。更には、「モヤシパスタ」には、めちゃめちゃ驚きました。小栗旬さんにも食べていくのに苦労した時期があったのですね。一番感動したのは、人生最高の一品が、「カップうどん」だった事です。でも、凄い努力家なのが良くわかりました。とても良かったです。

50代

なんだかとても久々にバラエティー番組で小栗旬さんを見たような気がしますが、変わらない姿を見ることができて良かったです。藤原竜也さんのランニングのコースに小栗旬さんの家が入っていて、水を1杯貰いに来るという話は笑いました。そんなラフに立ち寄る関係というのも微笑ましいですし、なんだか羨ましくも感じました。

30代

小栗旬さんが今回はゲストでした。ずっとファンでしたが、この番組を観てますますファンになりました!子役になったいきさつや、蜷川幸雄さんとの思い出をお話しされていましたが、トークが上手くて、引き込まれました。3つの思い出のレストランの味を紹介されたのですが、どれも安くておいしい、で好感が持てました。それも、思い出が詰まっていて、人柄が溢れていました。司会の加藤浩次さんの、エピソードを引き出す力も毎回素晴らしいなと思って観ています。トークだけで、実際には食べない番組って珍しいですけど、食べてみたい!と思うし、観るだけで満足できる番組内容で、おもしろいと思います。

40代

小栗旬さんがトーク番組に出ているのを久しぶりに拝見しました。蜷川幸雄監督とのエピソードは、「本当に厳しくて体に変調をきたすほど」だったようですが、それだけ蜷川先生の思いが詰まったシビアな作品なんだと思います。最後、加藤さんとビールを飲んでいて、花より男子の若いイメージがあったので、すっかりお酒が似合う俳優さんになったのだと実感しました。

30代

今夜のごちそう様は、小栗旬さんでした。15万円の給料で、家賃が11万円の物件に住んでいたときの話が面白かったです。そしてお姉さんが大好きな少女漫画の実写版に、出演したとき話が興味深かったです。最初はその役に抵抗があったというのも、凄く意外でした。作品に関する話が多く、少しだけ家族の話が聞きたいなと思いました。

40代


2020年10月17日放送回 ゲスト:藤井隆

ごちそう様 藤井隆さん

ゲストは、藤井隆さん。大ヒットドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」やNHK朝ドラに出演し、舞台やミュージカルでも活躍!今や、お笑いより舞台の仕事がメインとも言える藤井さんは、実はサラリーマンとして経理で働きながら吉本新喜劇に出演していたという稀有な経歴の持ち主。そんな藤井さんの素顔をMC加藤さんは『真面目な中にとんでもない狂気を持つ男』と表現。芸人、俳優、歌手とマルチな才能を見せる藤井さんが“人生の恩人”と食べた“おいしいもの”のお話を語った。
■お品書き

東京・麻布十番「大物MCと“冷製パスタ”」

藤井さんが大阪から上京し、東京をベースに仕事を始めた当時からお世話になった先輩芸人の一人、今田耕司さん。よく仕事終わりに今田さんが食事へ連れて行ってくれたそうで、ある時、麻布十番でレストランから出てきた石田純一さんと遭遇したという。すると、今田耕司さんが『石田純一さんが行くお店は絶対おいしいから』と、即座に予約。2日後、実際に行ったそのお店が、「Piccolo Grandeピッコログランデ」。名物「アッラビアータ」をはじめ、本格的なメニューが人気の老舗イタリアンで、石田純一さんの行きつけとして知られる。藤井さんが今田さんと訪れた際も、また石田さんの姿があったから驚いたという。

以来、家族でも訪れるほどお気に入りとなった藤井さんのオススメは、「冷たいフルーツトマトのフェデリーニ」。トマトがおいしい2月~5月頃のみ味わえる期間限定パスタ。妻・乙葉さんも大好きな一品だという。

そして、藤井さんが大好きな料理が、最初に出てくる「ゼッポリ」。準強力粉、わかめ、青のり、黒胡椒などを使用したパン生地を2度揚げ。外はカリカリ、中はモチモチとした食感が楽しめる一品。あまりにも美味しいので、藤井さんはついたくさん食べすぎてしまい、これだけでお腹いっぱいになってしまうこともあるらしい。

*店舗情報:「Piccolo Grande」東京都港区麻布十番3-7-2

ニューヨーク・ワシントンスクエア「海外で活躍するアノ有名人と“ラザニア”」

昨年6月頃、舞台と舞台の合間で仕事がしばらくなかった時、『一人旅にでも行ってきたら?』という妻・乙葉さんのやさしい一言をきっかけに一人訪ねたニューヨーク。そこで、久しぶりにピース綾部祐二さんと会える時間があったという。すっかりニューヨーカーになっていた?綾部さんが連れて行ってくれたのが、おしゃれなカフェレストラン「La Lanterna di Vittorioラ・ランターナ・ディ・ヴィットーリオ」。実はこのお店、秋元康さんが名曲「川の流れのように」を作詞した場所と言われており、あの世界的歌手テイラー・スウィフトもよく訪れるという。

ピザやコース料理まで気軽にイタリアンを楽しめるこのお店で、藤井さんが綾部さんと食べたのは大好きなラザニア。ここの名物だというラザニアは、バジル、ミートソース、チーズの3種類の味を楽しめる。

綾部さんとの再会があったから…というわけではないが、ブロードウェイミュージカルを観劇して過ごしたニューヨーク一人旅で、藤井さんはパワーをもらえたそう。当時ちょっと不安になっていた仕事に対する気持ちが、前向きになれたという。

*店舗情報:「La Lanterna di Vittorio」129 MacDougal St, New York, NY 10012

東京・溜池山王「すべてを教えてくれた人と“パンケーキ”」(人生最高の一品)

藤井隆さんの“人生最高の一品”は、ザ・キャピトルホテル東急にあるオールデイダイニング「ORIGAMI」の「パンケーキ」。旧称ホテル時代にザ・ビートルズが来日公演時に宿泊したことから広く知られ、日本の伝統的な建築様式を取り入れた和モダンなホテル。そのコーヒーショップとしてオープンし、各界の著名人が訪れるのが「ORIGAMI」。そこは、藤井さんの芸能人生を支え続けてくれ、すべてをおしえてくれた大恩人YOUさんが連れて行ってくれたところであり、今も通い続けるお店。

ここの名物といえば、「排骨拉麺(パーコーメン)」。国産豚ロースを2時間半秘伝のタレにつけ2度揚げすることで外はさっくり、中はジューシーに仕上げた排骨(パーコー)、鶏と豚のガラで約6時間かけて煮込んだものにオリジナルのタレを加えたスープ、外国人が時間をかけて食べても大丈夫なように工夫した伸びにくい麺が絶妙に絡んだ一杯。白ネギ、万能ネギ、ラー油、七味唐辛子をお好みでトッピングして、一度にいろいろな味わいを楽しめる。

YOUさんに連れて行ってもらって以来、藤井さんが長年愛し続ける人生最高の一品「パンケーキ」は、普通のそれとは異なる。当時のオーストリア人総料理長が自身の祖母が作ってくれた家庭料理をイメージし開発した「ジャーマンアップルパンケーキ メープルシロップ バターとともに」。フライパンの縁まで生地をまわし、オーブンに入れてこんがり焦げ目がつくまで焼き上げたもので、ふんわりではなく、薄いのが特長。熱々のパンケーキにたっぷりのバター、メープルシロップをかけていただく。リンゴの食感ともっちりとした生地の相性は抜群で、素朴でやさしい味わいが口の中に広がる一品。藤井さんは、追加トッピングでアイスクリームをのせるのがお気に入りだという。

*店舗情報:「オールデイダイニングORIGAMI」東京都千代田区永田町2-10-3ザ・キャピトルホテル東急

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

タレント・お笑い芸人として活躍する藤井隆さんの御馳走を紹介していて、更に先輩芸能人でお世話になった方も番組で発表していました。その恩人は、この番組にレギュラー出演しているYOUさんで、途中で本人が気づいていたのが印象的でした。

30代

同じお笑芸人仲間の綾部さんのニューヨークの食事として、うどんを始めようとか話を聞いたようでした。ニューヨークで働くことはかっこいいですが、頭が良くないと出来ないことだと思います。今日は食事以外に良い話をしてくれていてためになりました。

30代

藤井隆さんがゲストでした。冒頭で久しぶりにホット!ホット!を見られたのがうれしかったです。食事の思い出に大切な人がいた、というのが藤井さんらしいと思いました。藤井さんがスタッフとの打ち合わせで強めに意見を言うと、今田耕司さんに「ニコニコやりなさい」と言われたそうで、お二人の意外な面を知りました。ラストの大恩人がYOUさんで仲の良さが伝わりました。

30代

藤井隆さん大ファンなのですが、今回はゲスト側で、芸人だったらすぐに面白おかしく笑いを取ろうとするところですが藤井さんは凄く自然体で話してそこから笑いに持って行くのがさすがだと思います。奥さんとの話も聞けて良かったです。

30代

ニューヨーカーになった綾部さんがいきいきしていて幸せそうでした。ランターナはいかにもNYCのカフェという雰囲気で、そこにいるだけでテイラースィフト気分になるだろうな、と馳せてしまいました。映っていた苺が乗ったケーキ、オリーブが入ったマティーニ、バジルのラザニアも垂涎ものでした。

40代

藤井隆さんがゲストでした。昔、ご自身の番組に意見をすることが多く、スタッフからは嫌われていたと思っていたみたいです。しかし今田耕司さんからアドバイスを貰い、大変お世話になったみたいです。今田さんが長く活躍している理由がわかりました。奥さんが大好きで束縛が激しいみたいで、奥さんが髪を切るときは藤井さんの許可が必要なのは驚きました。妊娠中の時は、服なども買っていて凄いと思いました。

30代


2020年10月10日放送回 ゲスト:斉藤由貴

ごちそう様 斉藤由貴さん

ゲストは、斉藤由貴さん。17歳で「ミスマガジン」グランプリに選ばれ、18歳で「卒業」で歌手デビュー!そして、「スケバン刑事」でドラマ初主演し女優デビュー!80年代のトップアイドルとして一世を風靡し、その後も女優として第一線で活躍。今年デビュー35周年を迎えた彼女の素顔に、高校時代に斉藤さんの追っかけをしたことがあるMC加藤さんが食を通して迫った。しかし、斉藤さんの天然キャラ炸裂の切り返しにタジタジとなり…ノックアウト寸前!?波乱の展開に!斉藤さんの天然爆裂トークと横浜LOVEな人生のおいしいお話。
■お品書き

神奈川・横浜元町「食べ方にこだわるLOVEな?食パン」

“食パンLOVE”だという斉藤さんの愛してやまないパン屋が、横浜の元町にある「ウチキパン」。映画のモデルにもなったことがある、創業132年の老舗。横浜生まれ・横浜育ちの斉藤さんは、幼い頃から両親に連れられてこのお店に通い、今も一番のお気に入りの店だという。

どのパンもオススメだが、斉藤さんイチオシは何といっても「食パン」。一説では“食パンの元祖”とも言われるここの「食パン」は、ホップを使った発酵種により長い時間をかけて手作りしたイギリスパン「イングランド」と、最高級の小麦粉を使った「ゴールド」の2種類。斉藤さんは、モチモチ感が強い「ゴールド」がお気に入り。1日目、2日目は焼かず、バターやジャムなど何もつけずに食べるのが、斉藤さんのこだわり。買ったらすぐ、車の中でひとり食べてしまうこともあるそう。1斤、2斤を半分に割って、真ん中の部分を手でボスッとむしり取り、できたてのパン生地をそのまま味わうのが、至福の瞬間なのだとか。

*店舗情報:「ウチキパン」神奈川県横浜市中区元町1-50

山形「実は…食パンよりLOVEな大好物?巨大な桃」

実は、食パン以上に斉藤さんがLOVEな大好物が“桃”。中でも、最近斉藤さんを虜にしているのが、某番組のロケで出会った「山形さくら白桃」。大きくて香り高く、ものすごく甘い絶品の桃だという。

神奈川・横浜中華街「母のうっかりが原因で出会った“あさりそば”」

横浜生まれ・横浜育ちで“横浜LOVE”の斉藤さん行きつけが、横浜中華街にある「広東料理 吉兆」。キッカケは、斉藤さんの母のうっかりだった。お店へ行った際、会計の時に財布を忘れたことに気づいた母は、店主にこう言ったという。『実は私、斉藤由貴の母なので無銭飲食はしません』。その後、駆け付けた斉藤さんが支払いを済ませたそうだが、母の面白い言動で店主と打ち解けて会話したことで親しくなったそう。以来、通うようになり、いつしか家族ぐるみの付き合いに。子どもが生まれた時にはわざわざお店に見せに行ったり…斉藤さんが2年前ブルーリボン賞の助演女優賞を受賞(2017年公開映画「三度目の殺人」)した際には授賞式(2018年)に父の代理で店主が出席したり…と、今では単なる行きつけを超えて親族のような関係になっているという。

斉藤さんがよく食べるのは、「活あさりそば」。醤油ダレに鶏と豚のダシを合わせ、さらにあさりの旨味がきいたスープが絶品で、それだけを飲みに行きたくなる美味しさだという。昼食の時は、「活あさりそば」だけで、夕食の時はコースのシメで必ずいただく、斉藤さんの一番のお気に入りの一杯。

*店舗情報: 「広東料理 吉兆」神奈川県横浜市中区山下町164

「女優人生で大好きな役!忘れられない昼ドラの“出前一丁”」

女優人生35年の中で、斉藤さんが一番LOVEな作品があるという。それが、2006年放送のTBS昼ドラ「吾輩は主婦である」。他の作品では、撮影が終わるとその場で台本を捨て役がすんなり抜けるタイプだという斉藤さんだが、この時は珍しく、演じた役(夏目漱石が乗り移った主婦)が本当に好きだったのでなかなか抜けなかったそう。そういうこともあり、劇中でよく食べていたインスタントラーメンの「出前一丁」をドラマが終わった後も、わざわざスーパーで買って自宅でしょっちゅう食べていたという。

「家族旅行で硬さの違う“おにぎり”」(人生最高の一品)

斉藤由貴さんの“人生最高の一品”は、両親が握ってくれた「おにぎり」。幼い頃の家族旅行と言えば、父の運転する大きなアメ車シボレーマリブで両親と4人兄妹の家族6人で出掛けていたという斉藤さん。そんな日は必ず、両親が早朝に起きて二人で一緒に「おにぎり」を作っていたそう。そして途中のサービスエリアで、家族みんなで食べる?ふんわりほろほろとした母の「おにぎり」と、硬くて大きくて食べにくい父の「おにぎり」。それは、斉藤さんの人生にとって一番の“忘れられない家族との光景”であり、一番の“思い出の味”であった

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

斉藤由貴さんが出演されてましたが加藤さんと合わなさそうでピリッとした空気がたまに流れるのがハラハラしました。でもドラえもんが空中に浮いてる事実を知らなかったようで、それを知れたことで来てよかったと笑顔になってホッとしました。

30代

斉藤由貴さんがゲストでした。加藤浩次さんは北海道に斉藤さんが来たときに、追っかけをしたそうです。加藤さんと斉藤さんの話が噛み合わず面白かったです。アイドル時代は忙しくて、ほとんど記憶が無いそうで今の時代とは違うなと思いました。横浜の中華料理屋のあさりラーメンは珍しいと思いましたが、美味しそうでした。

30代

斉藤由貴さんめちゃめちゃ可愛かったです。お母さんの無銭飲食うんぬんの話は面白かったです。我輩は主婦である、懐かしいドラマでまた見たくなりました。その影響で出前一丁をよく食べていたことがあったんですね。

一番の味は両親が作ってくれたおにぎりの味ということで、食べると母がにぎったものなのか父がにぎったものなのかが分かるということで凄く両親の愛を感じました。ドラえもんの箸置きの話の時の加藤さんの突っ込み、スモールライトかビックライトかってしつこくて面白かったです。

30代

女優の斉藤由貴さんがゲストでした。MC加藤浩次さんのツッコミに斉藤さんの地雷を踏みそうになる駆け引きが可笑しかったです。中華料理屋のご主人との交流やご両親の握ったおにぎりの話がステキで、多忙な中でも安心できる地元があるのだと感じました。

30代

教えてくれたふわふわパンが柔らかそうで美味しそうでした。今のパンはふわふわもちもちが主流になっているのですが高級食パンには手を出すのには大変です。芸能人って結構高いお店に行くのかなと思いましたが意外とそうでもないと思ったら近い存在に思います。

30代


2020年9月26日放送回 ゲスト:前田裕二

ごちそう様 前田裕二さん

ゲストは、SHOWROOM株式会社代表取締役社長の前田裕二さん。 運営する配信アプリSHOWROOMは、約550万ダウンロード(2020年月時点)!コロナ禍でも、会社は最高収益を更新!そして、著書「メモの魔力」はベストセラー!今や、メディアにも引っ張りだこで大注目のカリスマIT社長は、実は壮絶な少年時代を体験していた。ドン底を味わった極貧少年が電話1本で10億の仕事を動かすエリートへ…そして“時代の寵児”と呼ばれるまでになった波瀾万丈の人生と食の物語。
■お品書き

東京・葛飾区小菅「極貧サバイバル生活を救ってくれた!まかない」

何も知らない人には順風満帆の人生と思える前田さんだが、実は今からは全く想像のつかない壮絶な少年時代を体験していた。母子家庭で育った前田さんは、小学2年生8歳の時に母と死別。10歳年上の兄と2人だけで生きていかなければならない現実に直面する。

住むところを失い、幼なじみや友人の家を転々とする生活がしばらく続き、小学校も満足に通ってなかったという。もちろん、食事もまともにできない日々が続き、友人の家でもらった梅干しと醤油だけで1週間をしのいだこともあったそう。

そんな過酷な状況の中、子どもながらに生きる術を模索した前田さんは、小学5年生から駅前でギター1本持って歌う弾き語りをしたことも。どうしたら人が立ち止まってお金を払ってもらえるか考えに考え、大人狙いで村下孝蔵さんの「初恋」や「踊り子」を歌ったり、自らオリジナル曲を作ったり、工夫をした結果、多い時は1ヵ月で総額10万をもらったこともあったという。そして高校生になった時、働いて食事もさせてもらえるバイトを初めて経験する。それが、地元のファミリーレストラン「ジョナサン」小菅店だった。

豊富なメニューの中で、前田さんにとって忘れられない思い出の一品が「カレー南蛮うどん膳」(※2019年3月販で販売終了)。食べるのもままならない少年時代を過ごしてきた前田さんだけに、『うどんとご飯を一緒に食べるなんて、こんな贅沢が世界にあっていいのか』と思うほどのとても幸せなメニューだったという。

バイトとはいえ社会の中で“働くこと”を経験し、そして給料をもらえて、賄いとして食べさせてもらった「カレーうどん」は、どんなに“時代の寵児”ともてはやされている今となっても、絶対に忘れることのない、一番のごちそうであった。

*店舗情報:「ジョナサン 小菅店」東京都葛飾区堀切7丁目1-2

東京・五反田「小泉進次郎も唸らせた!ギャップの味」

生まれも育ちも下町ということもあり、SHOWROOMを立ち上げる際、鶯谷にビルを建てようとしたほど、下町を愛してやまない前田さん。さらに、スナックも大好きでディープな世界が大好きだという。

そんな前田さんの行きつけの1つが、ディープな街として知られる五反田、駅近くの飲食ビル「Nico Nico TOWN」にある「美亭(よしてい)」。場所や佇まいから、『料理が出てくるまで、ここ大丈夫なの?』という怪しい雰囲気が漂っているが、実は料理が絶品だという。

それもそのはず、以前赤坂にあった伝説の名料亭「口悦」で働いていた凄腕料理人が営んでいるから。実際、この怪しさを味わってもらいドキドキさせたくて、作詞家・音楽プロデューサーの秋元康さんや代議士の小泉進次郎さんを連れて行ったこともあるそう。

前田さんの大好きな料理が、ピーマンとチーズの肉巻き「ピーチー」。ポイントは、絶対にいい塩を使わないこと。いい塩だから美味しくなるのではなく、塩の役割は塩化ナトリウムだけなので、本当にいい素材を正しく調理すれば、普通の安い塩でもおいしくなるという店主のこだわり、匠の技を堪能できる一品。

*店舗情報:「美亭」東京都品川区西五反田1-9-3 リバーライトビル 1F

東京・代々木「仕事との新たな向き合い方を教わった!しゃぶしゃぶ」(人生最高の一品)

前田裕二さんの“人生最高の一品”は、「代々木今半」の「和牛タンしゃぶ」。代々木で36年続く名店で、“「タンしゃぶ」発祥の店”として知られている。前田さんがこの店の料理を“人生最高の一品”に選んだ理由は、店主をはじめスタッフ全員が創業当時から続くこだわりをいつも持っているから。

例えば、牛や豚が何のエサを食べて育ったかなど、まるで今週お店がオープンしたかのようなテンションで説明してくれるという。『自分は会社を設立してまだ7年。もちろんテンションを高く保ち仕事に取り組んでいるが、40年後も50年後も現在と同じ熱量でやれているのか…「代々木今半」と同じように』。創業当時から変わらない食のこだわり、それを持ち続け、料理のおいしさをお客様に伝え続ける…前田さんは食にこだわり抜くお店の姿勢から刺激を受け、多くを学んだのだった。

「タンしゃぶ」を食べる時、熱湯につけるのはたった約4秒。さっと湯通ししたタンに豆苗を巻いていただく。店主曰く、『世間一般の「しゃぶしゃぶ」のポン酢は酸味が強く、ゴマだれも胡麻が甘いのが多い。その理由は、「しゃぶしゃぶ」を鍋にしてしまっているからだ。そもそも、「しゃぶしゃぶ」はお湯に一瞬つけるだけでいい料理で、素材そのものに水分が入るものではない。だから、ポン酢も薄まっていかないし、酸味がきついポン酢である必要がない』。ポン酢ひとつをここまで熱く語る店主と接し、前田さんは感動したという。

ここでは、ポン酢やゴマだれの他、塩でいただくのがオススメ。「ニンニク」、「バジル」、「メキシカンチリ」、「ブラックペッパー」など8種類と、時期によって用意される「季節の塩」を用意。お客様が振りやすいようにお店でさらに細かく砕いてブレンドしたオリジナルの塩で、「タンしゃぶ」をより美味しく楽しめる。

「代々木今半」をはじめ、今回紹介したお店はすべて、前田さんは兄を連れて行って一緒に食べたという。自分が味わった美味しさを兄と一緒に味わいたい―誰かと一緒に食べると最初に感動した時と同じように喜べるから。

幼い頃に社会の荒波に放り出され、お金が欲しくて必死に努力して生き抜き、成功を掴んできた前田さんは今、“楽しさ”を求めるようになったという。“努力”だけでなく、そこに“楽しさ”が掛け合わさることで、“夢中”になっているというのだ。お金は、その結果の単なるその対価でしかない、と。この考え方は、「代々木今半」も同じだという。おいしさへのこだわりを努力と思わず、ただおいしい料理をお客様に食べてもらいたい―と夢中になっているだけ。それが、今の時代に求められているのかもしれない。

*店舗情報:「しゃぶしゃぶ亭 代々木今半」東京都渋谷区代々木1-45-4 代々木山陽ビル B1F

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

SHOWROOMの代表前田さんがゲスト。他の番組で壮絶な子供時代の話を聞いたことがあったけど、母親を亡くし小学生にして学校にも行かれなくなり、兄を喜ばせるために早稲田に進学したと聞いて、その努力は並大抵のものではなかったと思います。高校生の時アルバイト先のまかないで食べていたファミレスのご飯がご馳走に選ばれていたけど、その味よりも仲間と一緒に食事をとることが嬉しかったと聞き涙が出そうになりました。

40代

SHOWROOM社長の前田裕二さんがゲストでした。「家なき子」な子供時代の話にはびっっくりして、加藤さんが言うようにまわりの大人は助けてくれなかったのかと疑問に思いましたが、10歳上の兄が「人に助けてもらっちゃダメだ」「人には与えないといけない」いという考えだったと知り、生き抜く力がすごいと思いました。

前田さんの話しぶりは終始穏やかで、経営者にありがちなガツガツした感じもなく、不思議な魅力がある人だと思いました。仕組みをよく見る観察眼とアイデアが豊富で、人と関わることを楽しんでいるのがよく伝わり、今後も活躍も見ていきたいと思いました。

30代

IT社長の前田裕二さんがゲストでしたが、8歳で母を亡くして梅干しだけで一週間過ごしたり小学生で路上ライブしたりと極貧時代のエピソードが印象的でした。小学校に途中から行かなくて九九を習ってなくてもここまでたどり着いて素晴らしいです。

30代

極貧生活を送られてきた芸能人の方々はたくさんいるようです。私は芸能人だからこそお金をたくさん持っているからと思いがちなのですがお金が少ないときもあるんだと思ったら一般国民の気持ちがわかるんだろうと思ってしまいます。

30代

ゲストは前田裕二。SHOWROOM社長です。母の死後、10歳上の兄と2人だけになり、家もない状態だったことがあるというのは驚きました。小学生の時に路上ライブでお金を稼いだそうですが、立ち止まらせるためには知っている曲を歌わないとだめで、年配の人向けに村下孝蔵を歌ったというのです。

求められることをしないとお金を得ることが出来ないという、商売の原体験になったように思います。「お金は夢中の対価」という前田。面白いと思ったことを夢中でやって来たと感じる彼の屈託のない笑顔が印象的でした。

60代

前田裕二さんがゲストでした。8歳で母親を亡くしてからは、住む場所が無くなり兄と2人で友達の家に泊まったり、路頭に迷っていました。小5でお金を稼ぐために駅前でギターの弾き語りをして、オリジナル曲も作っていたそうです。小学校もほとんど行っていないことも驚きました。面倒を見てくれた兄は親の存在だと話していて、相当苦労していたことが伝わりました。高校生の頃のジョナサンのカレーうどんは、とても美味しそうでした。

30代

前田裕二さんがゲストでした。現在成功している彼ですが、8歳の時に路頭に迷ったという話に驚きでした。小学校5年生でオリジナルの曲を作っていたとのことで、でもお金を得るための目線がもう社会人よりもしっかりしているなと思いました。前田さんといえば時代の寵児というという印象ですが、お兄さんやお兄さんの奥さんの前では本当に弟な人なのだなと思いほっこりしました。

40代

前田裕二さんの逆境を乗り越えるための発想と行動力に深く感動しました。極貧サバイバル生活を救ってくれた、ジョナサンのカレーうどんを是非食べてみたいと思ったのに販売終了していることがとても残念でした。初めてこの番組を見ました。美味しいものを聞き出すことでゲストの意外な一面を知ることができ大変興味深いです。次回も楽しみです。

30代


2020年9月19日放送回 ゲスト:石黒賢

ごちそう様 石黒賢さん

ゲストは、石黒賢さん。テニス少年だった高校3年生の時、ド素人でいきなり主演デビューを果たして以来30年以上、テレビドラマの第一線で活躍し続けている石黒さんが、俳優人生を支えてくれたおいしいものを紹介。
■お品書き

京都・河原町「半年待っても食べたいアレ」
“戦後初のプロテニスプレーヤー”を父に持つ石黒さんは、幼い頃からカウンターでお寿司を食べていたというほど、生粋のお坊ちゃま。そんな石黒さんがロケなどで京都に行くと、一番の楽しみにしている美味しいお店がある。阪急電鉄・京都河原町駅から徒歩数分、路地裏に佇む「食堂おがわ」。カウンター13席だけのこじんまりとした小料理店で、食通がこぞって絶賛するという名店である。それだけに予約をとるのがなかなか難しく、石黒さんは前回、今年の春に訪れた際、次回の予約をしようとしたら半年待ちだったとか。

メニューは、店主がこだわりを持って作る絶品料理の数々。鶏肉を一夜干しした名物「とりからあげ」は、柚子胡椒と合わせていただく。外はパリパリ、中はジューシーな一品。

また、看板メニューの「だしまき」は、葛と特製出汁を混ぜた卵で作るのがポイント。ふわふわ食感がたまらない一品。

そして、中でも石黒さんが大好きでオススメするのが「さばずし」。鯖は、厳選した千葉県沖産や韓国・済州島産を使用。1本どこを切っても、背や腹など身のバランスが一定になるよう握り、甘く炊いたしいたけで味にアクセントを加えた一品。石黒さんは、あまりにも美味しすぎるので、いつもおかわりしてしまうという。

*店舗情報:「食堂おがわ」京都府京都市下京区西木屋町通四条下ル船頭町204 1F

神奈川・横浜「デビュー作の思い出が詰まった一杯」

テニス少年だった高校3年生17歳の時、父・修さんから小説「青が散る」を渡され、『今度、この小説をドラマ化するらしいから、お前出てみる気があるか?』と突然言われた石黒さん。そして、『テレビドラマって、どんな世界なんだろう』という興味だけで、テニスができる新人を探していたプロデューサーと会うことに。実際にテニスのプレーを見てもらい、雑談をしただけで、その1週間後『君に決まったから、明日から毎日TBSに来なさい』と。

それから約3カ月、全く芝居経験のない石黒さんは毎日TBSに通って演技指導を受け、いきなり主演でデビューを果たす。そのデビュー作「青が散る」では、佐藤浩市さんや遠藤憲一さんらと共演。緑山スタジオで俳優とスタッフが集まって朝7時から草野球したり、若手俳優たちでスタジオに泊まって深夜まで談笑したり、いろんな思い出があるという。

そんな中、仲間たちとよく食べた思い出の一品が、「たんちゃん麺」だった。発売以来37年愛され続けているカップ麺で、現在は自動販売機専用の商品。当時、育ち盛りの石黒さんは当然1日3食では物足りず、小腹が空いた時にはこの「たんちゃん麺」に相当お世話になったという。人生経験の1つのつもりで出演した初めてのドラマ現場で、共演者、スタッフ含め、チームとしてものを作り上げる喜びを知った石黒さんは、『あのドラマが最初じゃなかったら、もしかしたら今は続けていないかもしれない』と振り返った。

*店舗情報:「緑山スタジオ・シティ」神奈川県横浜市青葉区緑山2100

東京・田園調布「撮影中は食べられない人生最高の一品」

石黒賢さんが選んだ“人生最高の一品”は、「特ロースカツ定食」。元々、とんかつ好きだという石黒さんだが、ドラマの撮影中は体型維持のため、体調の面から、とんかつを食べるのは控えているという。全ての撮影が終わり、クランクアップしてから、ご褒美として食べに行くのを楽しみにしているそう。

そんな石黒さんがこれまで食べてきた中で“とんかつナンバーワン”と絶賛するのが、世田谷の田園調布にあった「かつ久」の「特ロースカツ定食」。品質にこだわった豚ロースを使い、長期熟成の高級食パンから作った自家製パン粉で揚げた一品。

これまで30年以上に及ぶ俳優人生の中、出演してきた数々の作品の撮影が終わると、必ずといっていいほど足を運んで食べていた「かつ久」の「特ロースカツ定食」。しかし、「かつ久」は店主が高齢になったため閉店してしまっていた。しかし、石黒さんの俳優人生を支えてくれた“人生最高の一品”は、ドラマの思い出と共に生き続けている。

*店舗情報:「かつ久」 ※現在閉店しています。

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

石黒賢さんの芝居論が素敵でした。つかこうへいさんとの出会いや、田中邦衛さん、さらにはあの刑事コロンボのピーターフォークとも共演したことがあるそうで驚きました。

そして「芝居に大事なことは同じ芝居ができるようになることだよ」との言葉も本人からいただいたようで、やはりそういう経験が演技にも現れていると思いました。

良く若手の俳優が独自の芝居論を偉そうに話しますが、石黒さんのように偉大な先輩たちから揉まれきたからこそ、つい聞き入ってしまう芝居論でした。

30代

ゲストは石黒賢さん。俳優デビュー作となった「青が散る」は、プロテニスプレイヤーの父が、テニスのできる新人を起用したいと相談されて息子を推薦、芝居経験ゼロから始まったとのこと。そこで自由にやらせてもらったことで今があると言っていて、始まりは重要だなと感じました。

「振り返れば奴がいる」の現場での織田裕二さんとのやりとりやその打ち上げにチャゲアスが来たこと、「半沢直樹」の堺雅人さんは俳優としての技術がとてもあることなどを語り、最後に、ある女性から「あなたが出ているドラマは面白いわよね」と言われたことがとても嬉しかったということを話していました。

食べ物の話題より、ドラマの現場のエピソードの方が面白くて、石黒さんの気さくな人柄の良さも伝わってきました。

50代

今回のゲストは、石黒賢さんでした。生粋のお坊ちゃまの食はどんな感じなのか、興味津々でした。京都に行った際の一番の楽しみでもある、阪急京都河原町駅の近くにある「食堂おがわ」という小料理店との事。そこの“鶏のからあげ”が絶品でお気に入りとの事。その話の時の表情がとても活き活きしてたのが印象的でした。

それから、デビュー当時の思い出の味が、カップ麺の「たんちゃん麺」との事。この話の時は、凄く優しい表情だったのが印象に残りました。そして、そして人生最高の一品は、「かつ久」の「特カツロース定食」は、見ただけでも、食べたくなる絶品でした。とても魅力的でした。

50代

石黒賢さんがゲストでした。父親が戦後初のプロテニスプレーヤーというのは、初めて知りました。成城育ちでお坊ちゃんでしたが、外食すると美味しくないお店に当たるそうです。

色々な俳優さんと共演し、田中邦衛さんの話題が出たときに、加藤浩次さんはフジテレビで会ったことがあり、目の前から歩いてくる田中邦衛さんが、初めてなのに「久しぶり」と声をかけられたエピソードは笑えました。緒形拳さんと出会うまでは、リハーサルは少し力を抜いて芝居をしていましたが、緒方さんがリハーサルで涙を流したときに、今までの考えが変わったそうです。

「半沢直樹」で共演している堺雅人さんの演技の技術力も絶賛しておりました。真面目な印象がありましたが、フランクにトークしていたので意外でした。

30代

石黒賢さんがゲストでした。成城育ちで父親がテニスプレイヤー、自身もテニスをやっているという紹介だけ聞くとお坊ちゃんのイメージがしますが、店選びによく失敗するエピソードやいろいろな人に見いだされて俳優の仕事に没頭していった話を聞くと、親しみやすさと真っ直ぐさがある人なのだと感じました。

つかこうへいさんに呼ばれて現場に行くと大竹しのぶがいて、大竹さんの足を持って電気カミソリって言え、と言われた話には石黒さんと同じように「へ?」と思いましたが、つかさんがしっかり育ててくれたのが伝わりました。

30代

石黒賢さんをトーク番組で拝見したのははじめてだったかもしれません、真面目で頑固な印象でしたが意外とおちゃめで面白い方だったんですね。いつまでもお若くてダンディーで素敵な男性で憧れます。

今ではドラマになくてはならない存在の石黒さんがデビューされたキッカケがあんなにあっさりしたものだったとは…お父さんがテニスプレーヤーだったのは存じませんでしたが親子並んだ写真はどこの俳優さんかと思う程端正なお姿で驚きました。あれじゃあ息子さんはドラマに出せる容姿になりますよね~

40代

今回のゲストは石黒賢さんということで、自分が子供の頃から見ていた俳優さんですが、役者になったきっかけが名テニスプレイヤーであったお父さんからの声掛けだったということを初めて知りました。

印象的だったのが、安くて美味しい料理として紹介していたカップラーメンでした。10代の頃に今も活躍している俳優さん達とスタジオの自販機で買って食べていたというものです。裕福な家庭で育ったと思いますので、幼い頃から高級な美味しいものもたくさん食べていたはずですが、仲間と過ごした時間やその時代に空腹を満たしてくれたものはずっと思い出として残るものなのでしょう。今も自販機専用で販売されている商品とのことでしたので、機会があったら一度は食べてみたいと思いました。

30代


2020年9月12日放送回 ゲスト:高橋克実

ごちそう様 高橋克実さん

ゲストは、高橋克実さん。「女子が好きなワイドショー司会者ランキング」(めるもby GMO 2019年調べ)第1位に輝いたように、俳優だけでなく、情報番組やバラエティのMCとしても活躍。幅広い世代に支持されている高橋さんが“食”を通して、40年の“役者人生”を振り返った。
■お品書き

東京・高田馬場「下積み時代に夢を語り合ったラーメン」
高校卒業後、上京して予備校に通い2年間浪人生活を送った高橋さん。その後、幼い頃からテレビっ子で憧れていた役者の道を志す。しかし、オーディションを受け続けるも、落選の日々。そんな中、顔見知りとなった者たちで集まり演劇を始めたのが、高橋さんの役者人生のスタートだった。当時、よく集まっていたのが高田馬場にあった友人のアパート。夢を語り合い、お腹を空かしては食べに行ったのが、「えぞ菊」。昭和43年創業、東京における札幌味噌ラーメンの老舗である。

高橋さんがよく食べていたのは、味噌3種類にスパイス30種類を合わせ、2カ月熟成させた秘伝の特製味噌を使った一番人気の「味噌ラーメン」。豚骨や鶏ガラなどを煮込んだスープで炒めた具材(ひき肉、もやしなど)、スープとよく絡む中太ちぢれ麺が特製味噌と抜群の相性の一杯。

*店舗情報:「えぞ菊 戸塚店」東京都新宿区西早稲田3-21-18

大阪・梅田「役者人生最大の失敗の“忘れられない味”」(人生最悪の一品)
高橋さんの役者人生には、忘れられない最大の失敗があるという。2012年に上演した劇団☆新感線の舞台「シレンとラギ」の公演初日、大阪の梅田芸術劇場でのこと。

高橋さん演じる独裁者ゴダイが笑いながら振り向き、演説をぶちかまして降りてくる見せ場のシーンで…いざ振り返ったその時、高橋さんは会場のあまりの大きさに『デカッ!ここ!』と思って、セリフがすべて飛んでしまったという。忘れもしないその瞬間は、体中がゾクゾクゾクとなったが、仕方ないと開き直ってキメ顔のまま『ハーッハッハッハ』としばらく笑って誤魔化したという。

それでも、セリフを思い出せなかった高橋さんはさらに開き直り、古田新太さん演じるキョウゴクに『キョウゴク!どうするよ!?』とアドリブで助けを求めた。すると、古田新太さんはじめ共演者たちは困りながらも対応して、何とかしのいだという。

閉幕後、相当落ち込んでいた高橋さんはどう謝ろうかと思っていたところ、共演者は誰一人として怒らず、『ありがとうございます』となぜか優しい言葉をかけるばかり。実は、「本番でNGを出したら罰ゲーム」という劇団☆新感線のルールがあり、真っ先に高橋さんがやらかしたことで他のメンバーは気楽になっていたのだった。そんな共演者の温かさに、高橋さんは楽屋に戻って一人で泣いて感謝したという。さらに後日、凹んでいた高橋さんを励まそうとみんなが連れて行ってくれたのが、ビアガーデン。

大阪・梅田のビル群が一望できる屋上ビアガーデンでビールを飲みながら食べた「枝豆」は、役者人生最大の失敗と共演者の優しさから、高橋さんにとって“忘れられない味”となった。

*店舗情報:「阪急トップビアガーデン」大阪府大阪市北区芝田1-1-4 阪急ターミナルビル屋上
※2020年度の営業は終了

「母の手作り“味噌おにぎり”」(人生最高の一品)
高橋克実さんの“人生最高の一品”は、母の「味噌おにぎり」。米どころ新潟出身の高橋さんは、幼い頃から「おやつ」代わりに「おにぎり」をよく食べていた。そして、大人になってからも帰郷し、また東京へと戻る際には、母が必ず「おにぎり」を持たせてくれたという。それも、大きなサイズを8個も。当時は、そのありがたみを実感することもなかった高橋さんだったが、51歳にして我が子が誕生して親となって初めて、母の愛情を理解することができたという。

母が作ってくれた「おにぎり」は、新潟のおいしいお米を俵型に握った上に、自家製味噌を塗っただけのシンプルなもの。今も、ちょっとお腹が空いた時には、この「味噌おにぎり」を作るという高橋さん。そして、それを我が子に食べさせるという。「味噌おにぎり」は、親から子へ、そして子から孫へ、と受け継がれる愛情のこもった高橋家の味であった。

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

高橋克典さんが出演されていました。料理の話をする前にしていた話が面白かったです。髪を坊主にしていなかったけれどそろそろ髪が薄くなってきた時期の話です。ガッツリ固めたままプールに飛び込んであがってきた時、そのまますぎて不自然で怒られたと話していました。

またお父さんも同じで、最初にお母さんと会った日、突然雨が降り出し、墨汁で後ろを塗っていた髪から黒い液体が流れだし、母が怖がってたと話していました。エピソードが衝撃的すぎて面白くて、全然料理の話を思い出せません。

30代

ある時急にブレイクした俳優さん、というイメージがある高橋克実さん。日本のTV業界に、バラエティからドラマまでなくてはならない存在の代表のような方でまさに見ない日は無いですね。

御馳走の内容よりも冒頭の「頭髪」のお話がとにかく衝撃で大爆笑しました。こういうお話を面白く話せる様子は「高橋さんて芸人さん?」と勘違いしてしまう人も居るのでは…と思ってしまいました。私も兄が居るのですが、妹さんとのエピソードは「いろいろなお兄さんが居るんだな…」と我が兄が偉大に思えてしまったり(ごめんなさい)

40代

高橋克実さんがゲストでした。オープニングでフジテレビの昼のワイドショー出演について聞いてましたが、もうすでに6年目ということに驚きました。6年出演しても、全く慣れないと言っていたのが印象的です。

また、髪の毛が「天然パーマ」だということに驚きました。今の髪型では、全然わかりません。。高橋さんのご馳走の一つに、味噌おにぎりをあげていました。母が作ってくれた味だそうです。やっぱりどんなご馳走も母の味にはかなわないんだよなと共感しました。

50代

高橋克実さんがゲストで開始早々から髪の毛の話をされていましたが、ハゲネタは面白く大笑いしてしまいました。髪の毛があるように見せているのに、ドラマで水に入るシーンは悲劇だし、女優さんが目ではなく頭を見ていたという話も笑い話としてさらっとされてましたが、それをきっかけに全部切ろうと決意されたとか。

今の姿に見慣れているので違和感はないけど、全部毛をなくした結果、仕事も増えたと話していましたが、エピソードが面白すぎて紹介した食事はまったく入ってきませんでした。

40代

俳優の高橋克実さんがゲストでした。髪の毛トークがおもしろく、本当は天然パーマで、丸坊主にしたのはスキューバダイビングをする役で、髪の毛が不自然と言われたからというのは笑いました。

38歳で「ショムニ」でブレイクしてからもバイトをしていたそうで、役者一本でやる厳しさを感じました。阪急のビアガーデンは、舞台でセリフが飛んだ罰ゲームの思い出の場所で、失敗を温かくフォローしてくれた劇団員たちの様子が目に浮かびました。お父さんが頭に墨汁を塗っていた話、抜け毛が気になって掃除をマメにする話など髪の毛をネタにできる克実さんの懐の深さを感じる回でした。

30代

今回のごちそう様は、高橋克実さんでした。活き活きとした笑顔と、弾んでいたトークが魅力的でした。まずは、下積み時代に夢を語り合った高田の馬場のラーメン店「えぞ菊」。札幌味噌味ラーメンの老舗との事。とても美味しそうなラーメンだと思いました。

そして、人生最悪の味は、舞台でセリフが飛んでしまった大失敗の後に食べた大阪の梅田のビアガーデンで食べた枝豆だなんて…しょっぱかったでしょうね。そして、そして、人生最高の一品は、おふくろの味「味噌おにぎり」との事。この時、めちゃめちゃ良い表情で話してました。高橋克実さんの暖かさがとても良く分かりました。

50代

高橋克実さんはすっかりもうすっかりスキンヘッドのイメージですよね。トリビアの途中でスキンヘッドにしたことを言っていましたが、本当に突然髪型が変わったのでびっくりしました。

最高の味はお母さんの作ったみそおにぎり、凄くいいなあと思いました私の母も作ってくれることがありますし、私の母は子どものころに味噌おにぎりを自分で作った話を今まで何百回も話してきました。もう耳タコですよ。
でもだからこそ高橋さんが味噌おにぎりを最高の味に選ぶのはわかる気がします。お父さんは自分にうぬぼれていたんですね。

役者は水もしたたるいい男がやる者だと言って自分のことをそう言っていたそうです。本当に親子で面白いのがよく分かりました。

30代

克己さんが来るとこんなにも嫌みのない感じのスタジオになってしまうんだなと思いました。いつもはニュースのおじさんという感じですが、久しぶりに面白い克己さんが出ていて自然体になっているように思いました。38歳までバイト生活をしていたようでそこまで努力していた俳優さんはなかなかいないように思います。苦労人だからこそ、今優しい感じの話し方をしてくれていショムニに出ているときの映像が出ましたが、懐かしかったです。

30代


2020年9月5日放送回 ゲスト:キムラ緑子

ごちそう様 キムラ緑子さん

ゲストは、キムラ緑子さん。本格的にテレビで活躍し始めたのは、50歳を過ぎてから!しかし今や、舞台はもちろん、映画、ドラマに欠かせない名バイプレーヤーとなった彼女が底抜けに明るい素顔と共に、女優人生を好転させてくれた“おいしいもの”のお話を語った。
■お品書き

京都・河原町「モテモテ時代の超激安!絶品のアレ」
京都で過ごした大学生時代、そして卒業後所属していた劇団員時代にキムラ緑子さんがよく通っていた寿司店がある。それが、安くておいしいと評判の「とみ寿司」。

京都といえば、祇園など高級店のイメージがあるが、大学が多いこともあり、実は“学生にも優しい”町。中でも、「とみ寿司」は断然に“学生に優しい”お店だという。緑子さんが通っていた当時の値段はナント、破格の1貫20円から!あまりお金のなかった劇団員時代は、先輩に怒られるからと…その一番安い1貫20円の握りばかり食べていたという。そのネタが、「どうびん」や「げそ」。もちろん、今でこそ値上げしているが、それでも1貫40円という安さ。

「どうびん」とは、関西で食べられるネタで“タコの頭”のこと。ゆでた真ダコの頭を薄切りにして、甘ダレをつけた一品。シャリが小さめの江戸前寿司なので、何貫でも食べられるそう。

そして、ヘビーローテーションして食べていたもう一品が、ゆでた紋甲イカを使った「げそ」。

人気メニューは、握りの盛り合わせ「とみにぎり」。ボリューム満点で、1,650円というお手頃価格。ちなみに、緑子さんは注文したことがないという。

当時、緑子さんはこのお店で支払いをした記憶がほぼないという。先輩が自分の分を出してくれたり、お店で同席した気前のいいオトナの方々―大学の教授や大学病院の先生たち―がおそらく支払ってくれていたんだと思う…と振り返った。

*店舗情報:「とみ寿司」京都府京都市中京区新京極四条上ル578-5

東京・代々木上原「孤独を救ってくれた生ハム」
大学生時代から付き合っていた演劇サークルの先輩、現在も第一線で活躍している劇作家・脚本家・演出家のマキノノゾミさんと31歳の時に結婚した緑子さん。ところが、マキノさんの主宰する劇団の一員として、そしてプライベートでは夫婦として四六時中共に過ごすうちに、『人生このままでいいのかな?』と思うようになってしまったという。そして結婚13年目に、『1回一人になりたい』と我がままを言って離婚。しかし、緑子さんのその後は“人生最悪”というほど孤独でつらい日々だったという。そんな一人暮らしをしていた代々木上原のマンションから見えたのが、いつも賑やかなお店「ウェルファンカフェ」だった。

マスターがスペインまでわざわざ買い付けに行って仕入れた本場の食材を使ったスペイン料理とワインが名物のこのお店は、深夜まで営業しており、その賑やかな雰囲気に引き寄せられ、一人でふらっと訪れてから常連になったという緑子さん。孤独で暗い気持ちだった彼女は、陽気なマスターの橋本さんと何気ない会話を交わし、美味しい料理を食べ、美味しいお酒を飲んで過ごすうちに、沈んでいた気持ちもだんだんと復活。前向きな日々を送れるようになったという。そんな緑子さんにとって忘れられない料理が、「イベリコ豚の生ハム」。当時はまだ日本でイベリコ豚がそこまで出回っていない頃だったが、ここでは「イベリコベジョータ(どんぐりなど自然産物のみのエサで放牧されて育った希少種)」など本場の味を味わえたという。

離婚して独り身だった頃も、緑子さんは年に1回は必ず元夫であるマキノさんの劇団で舞台に立ち、一緒に芝居を作り上げていた。その時間はやはり楽しかったという。そんな関係性が続いていた中で怒ったのが、東日本大震災だった。『誰かと一緒にいないと、一人は嫌だな』と感じ、再びマキノさんと一緒になった緑子さんは今、『読めない漢字があれば、何て読むの?』と何気ないことを聞ける相手が身近にいることをしみじみ『いいな』と思える日々だという。それも、孤独でつらかった数年間、毎日のように通った「ウェルファンカフェ」での美味しくて楽しかった日々があったから、そう言えるのかもしれない。

*店舗情報:「ウェルファン カフェ(Welfun Cafe)」東京都渋谷区西原3-24-12岡部ビル1F

東京・新宿「憧れの舞台の後に食べた…人生最高の一品」
キムラ緑子さんの“人生最高の一品”は、新宿にある居酒屋「犀門」の「コンニャクとジャコ炒め」。演劇に革命を起こした劇作家・演出家・小説家のつかこうへいさんに憧れ、演劇の世界へ入った緑子さんは、つかさんがよく公演していた紀伊国屋ホールに『いつか立ちたい』という夢を抱き、京都で女優活動を続けていた。そして、その憧れの舞台についに立った時、訪れたのが居酒屋「犀門」だった。『東京の演劇人の仲間入りができた』と感動したと当時を振り返った緑子さんは、“演劇界の聖地”とも呼ばれる新宿紀伊国屋ホールの近くにあり、演劇人たちが集う名店と知られていたこのお店に、今でも通い続けているという。

一番のお気に入り料理は、「コンニャクとジャコ炒め」。コンニャク、ちりめんじゃこ、ししとう、鷹の爪、山椒などを煮込んだ、シンプルだけど出汁が染み込んだ味わい深い一品。今ではメニューにないが、どうしても食べたくなった時、特別に作ってもらうこともあるという。

聖子ちゃんカットでモテモテだったバブル時代の女子大生の時、演劇と出会い、夢を抱き、京都で地道に演劇活動を続けていた緑子さん。そんな彼女には“女優人生の恩人”と呼ぶ人物がいた。関西で演劇のプロデューサーをやっていた遠藤寿美子さん。ずっと応援し続けてくれた遠藤さんのおかげで、緑子さんは35歳にして東京進出を果たすことができたという。遠藤さんは「好きにしよし」という言葉を口癖のように、いつも緑子さんにかけてくれたという。自由であること、言いたいことを言うこと、我慢せずぶつかり合うこと、そういう生き方が大事だということを体現して教えてくれた…亡き遠藤さんの言葉を心の支えに、緑子さんは今、女優として満開の花を咲かせている。

*店舗情報:「犀門(さいもん)」東京都新宿区新宿3-36-15 内野ビル 4F

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

バイブレーヤーとして有名なキムラ緑子さんがゲスト。様々な役柄から怖い印象を持っていたけど、おしゃべりは軽快でサバサバしていて印象がガラッと変わりました。

離婚した同じご主人と再婚した話は聞いたことがあったけど、「頼れるんです。漢字が読めない時に聞いたり…」とさらっと話す様子に突っ込みを入れたくなりました。役のイメージとバラエティの雰囲気がここまで違うのは、すごい女優さんなんだなと新しい一面が見れて面白かったです。

40代

キムラ緑子さんがゲストでした。テレビ出演が苦手でバラエティに圧倒されている姿がかわいらしかったです。京都のお寿司屋が学生向けの激安ネタもあり行ってみたくなりました。

二品目のお店は最近「全然行ってない」とのことですが、孤独な時代に通っており思い出すから、という話と、夫とは一旦離婚し、震災の後復縁したという話が印象的でした。

宮本亜門さんに「一生忘れない」と褒められたのに、次にあったときは忘れられていたというのは切なくもありますが、亜門さんとのやりとりを心の支えにして頑張れたのは貴重な時間だったとも思いました。

30代

とみ寿司さんのエピソードはなんだか心がきゅっとなりました。先輩が怖くて安いものしか頼めなかったというのは聴いてて辛くなりました…それにしても今でもあんなに安く出しているなんて感動。廻りの人がもしかしたらお金を払ってくれていたかも、というのも感動して思わず声が出ました。

40代

今回のごちそう様は、キムラ緑子さんでした。とても明るくて、トークも弾み楽しませて頂きました。

まずは、京都河原町の“モテモテ時代の激安寿司のとみ寿司”は、意外でした。次は東京代々木上原の“孤独を救ってくれた生ハム”との事。このハムの話をする様は、凄く緑子さんの思い入れが、めちゃめちゃすごいなあと、感じました。

私自身、この生ハムが一番食べたいと思いました。色々な話を聞けて良かったです。

50代

キムラ緑子さん思い出の店を語るものの「全然行ってない」という堂々とした回答が面白かったです。

お気に入りのカフェが家から見えるっていいですね。そこのマスターは暗い時期を救ってくれた救世主だそうですが、行くと暗い気持ちを思い出しそうで二の足を踏んでしまってるんですね。是非行ってあげてほしいと思いました。

緑子さんテンションかなり高くてお酒入ってるみたいです。離婚してまた再婚していたということも知りませんでした。

30代

「グレーテルのかまど」のかまど役で、キムラ緑子さんのことを知りましたが、今まで、関西弁の謎の人でした。京都の同女出身だったということで、関西の女子大生だったのかーとのことで、個性的でユニークな素性に納得できました。

40代


2020年8月29日放送回 ゲスト:草刈民代

ごちそう様 草刈民代さん

ゲストは、草刈民代さん。本場ロシアの国立劇場に招聘されるなど、世界各国で公演してきた元トップバレリーナの草刈さんは、大ヒット映画「Shall we ダンス?」(1996年公開)で演技初挑戦。2009年にバレリーナ人生に幕を閉じた後は、女優として舞台やドラマなどで活躍中。プライベートでは、映画監督の周防正行さんと結婚25年目!そんな草刈さんが、その華やかさからは想像できないサバサバとした素顔を見せながら、人生で出会った“おいしいもの”を語った。
■お品書き

静岡・伊東「幼い頃の“おめかし”ディナー」
父が会社経営しており、お嬢様だった草刈さん。子どもの頃、毎年夏休みに家族旅行で訪れていたというのが、静岡県伊東市にある老舗の「川奈ホテル」。

「川奈ホテル」のメインダイニングで、家族みんなで食事した味で忘れられないのが、「コーンクリームスープ」。玉ねぎ、ポロネギをバターでソテーした後、生のとうもろこしを加えて炒め、チキンブイヨンで味つけ。手の込んだ濃厚な味の上品な一品。

おめかしして味わう「コーンクリームスープ」が、草刈さんにとっては子どもながらに特別感があり、毎年楽しみにしていた思い出の味だという。

*店舗情報:「川奈ホテル メインダイニング」静岡県伊東市川奈1459 本館1F

東京・新宿区荒木町「夫婦で見つけた濃厚スープ」
映画「Shall we ダンス?」で周防監督と出会い、今年で結婚25年目となる草刈さん。お互いを尊重し合う二人が偶然入って以来、お気に入りとなったお店がある。新宿の荒木町でオーナー夫婦二人が営む、カウンターだけのフレンチレストラン「onzi」。

草刈さんのお気に入りメニューは、「冷製具沢山とうもろこしのポタージュ」。玉ねぎ、とうもろこし、ホワイトソース、チキンブイヨン、バター、塩をベースにしたスープは、子どもの頃に食べた「川奈ホテル」の「コーンクリームスープ」に通じていて、懐かしさを覚える味だという。

*店舗情報:「onzi」東京都新宿区荒木町6-41荒木町寿3-1階

東京・赤坂見附「自分自身の原点の味」(人生最高の一品)
草刈民代さんの“人生最高の一品”は、赤坂見附にある「天ぷら かねき」の「おいも」の天ぷら。祖父の代から家族で訪れていた天ぷら店があり、そこで働いていた金木至夫さんが独立して開いたお店が「天ぷら かねき」で、目の前で揚げた旬の魚介や野菜など、絶品の天ぷらをお座敷で堪能できる。

中でも、草刈さんが子どもの頃に大好きだったのが「おいも」の天ぷら。ホクホクとした食感と上品な甘さが特徴のさつまいも「紅こまち」を揚げた後、たっぷりと砂糖をかけ、その上に天ぷらの油を垂らし、さらにブランデーをかけた、まるでデザートのような一品。その見たことのない天ぷらに、スタジオは騒然!MC加藤さんも『味が全く想像できない!食べたーい』と大興奮!果たして、その味は???ところが、肝心の草刈さんが味をうまく説明できず…誰にも伝わらないままに。とにかく、“百聞は一食にしかず”で、一度食べてみるしかない一品。

この「おいも」の天ぷらは、単に幼い頃に出会った“おいしいもの”というだけでなく、その後の草刈さんの人生において“おいしいもの”の基準とも言える味、“おいしいものの原風景”であった。

*店舗情報:「天ぷら かねき」東京都港区元赤坂 1-1-7

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

島崎和歌子さんは立派な女優さんだと思うのですがあのキャラゆえに芸人さんのような扱いをされてしまうのはかわいそう。でもちょっと加藤さんのリアクションに納得してしまうところも…。

私が若い頃から活躍していらっしゃる草刈民代さんはいつまでもお綺麗でうっとり、画面を観ながら思わず「あれ?草刈さんて年下だったかな?」と思ってしまう程お若い…こんな年齢の重ね方をしたいなと番組を観ながら改めて思いました。ご主人のぐちにも愛が感じられてたまらなかったー!いいなあー憧れますね。

40代

草刈民代さんがゲストでした。島崎和歌子さんと「龍馬伝」で共演したという意外な関係にまず驚きました。スッとした佇まいとざっくばらんなトークにギャップがありおもしろかったです。

子供の時に行った伊東のホテルのコーンポタージュが思い出の味で、新宿のonziのとうもろこしのポタージュも濃厚さが似ているという話でした。周防監督との馴れ初めを聞き、相性の良さを実感しました。周防監督のインタビューでは草刈さんをまるごと受け止めているのが伝わり、いい関係だなと思いました。

30代


2020年8月22日放送回 ゲスト:及川光博

ごちそう様 及川光博さん

ゲストは、及川光博さん。25歳の時、歌手としてデビュー。その計算し尽くした華麗なる王子様キャラでブレイクを果たす。そして今や、俳優として日曜劇場「半沢直樹」などで大活躍。

そんな及川さん、実は今年51歳で、MC加藤浩次さんと同じ年!真逆の人生を歩んできた同級生二人が“初のガチトーク”を繰り広げた。そして、おいしいものの話と共に、表舞台で見せる“華麗なるミッチー”ではない、普段見せることのない“及川君”の素顔を明かした。

■お品書き

神奈川・横浜「探し続けている運命のアレ」
『人生は運命のナポリタンに出会うための旅』とまで言うほど、及川さんが大好きな「スパゲッティナポリタン」。その発祥と言われているのが、横浜にある1927年開業の「ホテルニューグランド」。終戦後、アメリカ軍によって占領された横浜。GHQ(連合国軍総司令部)の宿舎として接収されたこのホテルで、2代目総料理長の入江茂忠さんが“アメリカ兵が茹でたスパゲッティに塩、胡椒、トマトケチャップを和えた物を食べている”のを見て、アレンジ加えて生み出した料理が「ナポリタン」の始まりと言われている。その伝統を受け継ぐ一皿が、今も「ホテルニューグランド」内の「コーヒーハウス ザ・カフェ」で味わえる。

具材は、トマト、ロースハム、マッシュルーム。ケチャップではなく、トマトの粗切り・トマトホール・トマトペーストを使用し、コクがありながらもあっさりとしたソースが、モチっとした食感の麺と絶妙に絡み合う、格別な一皿。

*店舗情報:「コーヒーハウス ザ・カフェ」神奈川県横浜市中区山下町10番地 ホテルニューグランド本館1階

「人生最悪!失恋の焼き鳥」(人生最悪の一品)
その華麗なキャラクターのミッチーとして多くのファンを魅了する及川さん。もちろん、学生時代からモテモテだったが、意外にもプライベートではフラれ続けてきた人生だという。そんな恋の失敗談の1つが、焼き鳥屋さんデートでのこと…。大学生時代、付き合い始めた彼女と下北沢の焼き鳥屋さんに行った時、及川さんが一口目に食べたのが「ししとう」だった。

すると、それがメチャメチャ辛い1本で、口の中が大変なことに。ガブガブ水を飲んでも、トイレに行ってうがいをしても、何やっても辛さは抜けず、さらに汗でびっしょり。30~40分の間、何もしゃべれない状態になってデートどころではなかったという。それが発端になったのか、その後、彼女との恋はフェードアウトしてしまったという。惨めな恋愛の思い出だけが残ってしまった及川さんにとって、その時の「ししとう」が“人生最悪の一品”となった。

東京・代々木上原「芸能人生の恩人と食べた…お好み焼き」(人生最高の一品)
及川光博さんの“人生最高の一品”は、代々木上原にある「ごきらく亭」の「お好み焼き」。それは、芸能界を生きていく上で勇気づけてくれた恩人・忌野清志郎さんと食べた忘れられない味だという。

2002年、忌野清志郎さんと及川さんが組んで結成したスペシャル・ユニット「ミツキヨ」。一緒に音楽活動する中で、いろんなことを経験させてもらい、清志郎さんから多くのことを学んだという。王子様キャラでブレイクし、一躍人気者となった及川さんが“王子からミッチーへ”転職宣言をして新たな道を模索していた頃、どうしても“王子様キャラ”ありきでイジられ続けていたことがあった。

そんな時、『自分は笑われる側で、うまく馴染めないんです』と清志郎さんに相談したところ、返ってきたのは『馴染んでどうする。ずっと浮いてなさい』の一言だった。その言葉に勇気づけられた及川さんは、『自分の個性のままで、この世界で生きていこう』と思えるようになり、吹っ切れたという。忌野清志郎さんと出会えたこと、そして、清志郎さんに可愛がってもらったことが、“人生の誇り”だと及川さんは語った。

*店舗情報:「ごきらく亭」東京都渋谷区上原1-32-18 小林ビル 1F

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

我々世代は及川光博さんが王子様だった時代の視聴者なので大変楽しめました!きれいなお顔は変わりませんね…羨ましい。

横浜が出て来たのは神奈川県民としてはとても嬉しくなりました。さすがにあんな高級なホテルは行った事がないですが、及川さんにはピッタリですね。度々見せる及川さんの王子様な動きは観ていてとても笑えました。プライベートでもああだったらご家族はかなり疲れそう…でも視聴者は楽しくてたまりませんでした。

40代

今回のごちそう様は、及川光博さんでした。いつの間にか、51歳になるのですね。月日の流れるのは、本当にめちゃめちゃ早いですね。大好きなメニューは、「スパゲッティナポリタン」だなんてめちゃめちゃ共感を覚えました。

しかも紹介されたナポリタンは、めちゃめちゃ優しい感じで美味しそうでした。一方人生最悪の一品は、焼き鳥だなんて、意外でした。しかも、「ししとう」が最悪だなんて、よっぽど、辛かったのでしょうね。今になっても覚えているなんてすごいと、思います。とても人の良さが分かり、良い放送回でした。

50代

俳優の及川光博さんがゲストでした。今でこそ「俳優の」と紹介されますが、王子キャラだったときも見ていたので、ミッチーの魅力がドラマで発揮されて意外に思いつつ、楽しんでいます。

「人生とは運命のナポリタンを探す旅」という発言や、カメラ目線のキメなどおもしろいのですが、清志郎さんとの思い出で「ずっと浮いてなさい」という言葉に納得しました。ミッチーは馴染む部分と浮く部分のバランスがいい人なのだと感じました。コンビニのアルバイト時代にモップ片手に歌ったり、楽屋では「ミッチー」ではなく「及川君」だったりするというエピソードも聞けて楽しかったです。

30代

及川光博さんがゲストでした。彼はカッコ付けな人なのかと思っていましたが、実際はとてもシャイでお茶目な方でした。

人生最高の食事は忌野清志郎さんと行ったお好み焼き屋さんでした。思い出とともに人生最高と言っていて素敵な人だなあと思いました。忌野清志郎さんとの数々のエピソードはどれもほっこりとするお話ばかりでとても楽しく視聴することが出来ました。二人は似たところが多く、惹かれていったのだと思いました。及川の人柄が分かる回で良かったです。

40代

くるりとターンして「おまたせ!」とウィンクして登場した、元王子ミッチーこと及川光博さんがゲストの回。

元狂犬?!MCの加藤浩次とはなんと同い年!ドラマ「半沢直樹」で共演する歌舞伎チームの演技を、顔芸ならぬ“顔プロレス”と例えていたのが笑えました。

デビュー前のライブハウス時代から王子様キャラで、最初は投げたバラの花をお客さんが避けていたのが、徐々に取り合いになるまでたった一年だったとか。

数々の失恋話に、忌野清志郎さんが現場についてきてしまう思い出話、下着はすべてファンからのプレゼントという話など、あっという間の30分でした。そしてもちろん最後はミッチーのウィンクで〆。

50代

及川光博さんのお人柄が出ていて良かったです。シャイだけどファンの皆さんを楽しませようとされている感じが伝わって来ていて好感が持てました。忌野清志郎さんとの数々のエピソードもほっこりとさせられました。

人生最高の食事は忌野清志郎さんと行ったお好み焼きで、思い出とともに最高とおっしゃっていたところが素敵だと思いました。お二人とも似たところがあり惹かれていったのだと思いました。この番組は料理だけではなく、思い出エピソードもきけて好きです。

40代

及川光博さんも安くて美味しいお店に行っているのが意外でした。高そうなお店に行ってそうなのに安くて美味しいお店を知っているのは親近感が湧いてしまいます。昭和の時代から食べてきた方はナポリタンが好きな方が多いのはよく聞きます。見た目はナポリタンっぽくはないですが、若い子にも食べやすそうです。

また、深夜にコンビニで働いていたなんて芸能人もそういう時代があったんだと思ったら、努力は大切なんだと思いました。

30代

ミッチーが加藤さんと同い年ということで、タイプが全然違うので、意外なかんじがしました。焼き鳥やししとうの話、観覧車に乗っていて、高所恐怖症に気づいた話など、残念ミッチーな部分が、あるんだというギャップが、逆にまた意外に思いました。

ナポリタンスパゲッティの旅をはじめているそうで、鉄板スタイルで、目玉焼きがのっていたら最高といっていて、喫茶店系の昭和スタイルなB級グルメなのが好きなのかと思いましたが、紹介していたのは、横浜のナポリタン発祥の高級洋食店のようなかんじでした。

40代

王子様キャラで有名な及川光博さんがゲストの回。誰も見向きをしてくれない中、一凛のバラを客席に投げ入れるパフォーマンスを続けていたら、最初は花を避けられていたのが、次第に取り合いになり、登場するだけで歓声があがるようになったと話しているのを聞いて、最初から華々しく活躍されていたわけではないんだと知りました。

忌野清志郎さんが学園祭や映画撮影についてきてしまった話は面白かったし、ミッチーは元王子と言ってもしっかりカメラ目線をしてしまうのはさすがです。

40代

及川光博さんがゲストで、とてもお話が上手で、面白くカメラ目線へのサービスもたっぷりで楽しい回でした。デビューが25才ということで、それまで深夜のコンビニでバイトした経験もあるとか、女の子とのデートの失敗談とか、かっこいい王子様キャラとは違った面の話しも聞けて楽しかったです。

また、亡き忌野清志郎さんのお茶目なエピソードは、映像として目に浮かんでくるようでした。忌野清志郎さんとの思い出が詰まったお好み焼き屋さんが、とても美味しそうでした。

40代


2020年8月15日放送回 ゲスト:中丸雄一

ごちそう様:中丸雄一さん(KAT-TUN)

ゲストは、KAT-TUNの中丸雄一さん。その飄々としたイメージで、『他のジャニーズとは星が違う』と自虐的に語り、キラキラした“王道のジャニーズアイドル”ではないという中丸さん。でも実際は、多才で、他にはないキャラクターで愛される唯一無二の存在。そんな中丸さんがジャニーズらしからぬ素顔を見せ、波瀾万丈なグループの過去を振り返りながら、アイドル人生で出会った“おいしいもの”を語った。
■お品書き

東京・原宿「過酷な青春時代を支えたラーメン」
原宿駅から徒歩約1分のところにある、とんこつラーメンの名店「九州じゃんがら」。15歳でジャニーズ事務所に入所した中丸さんがジャニーズJr.だった高校生の頃、番組のリハーサルやレッスンなどでほぼ毎日のように渋谷のNHKに通っていたという。その帰りに、同期の亀梨和也さんらジャニーズJr.の仲間たちとほぼ毎日のように立ち寄っていたのが、このお店だった。

中丸さんがよく食べていたのは、とんこつスープに自家製焦がしニンニクマー油を加えた、熊本ラーメンがルーツの「こぼんしゃん」。カピタン(フライドガーリック)・きくらげ・ねぎをトッピングしていたそう。

当時、歌って踊ってカロリー消費がハンパなく、しかも育ち盛りだった中丸さんにとっては、NHKの食堂でとる夕食では足らず、ボリューム満点のラーメンもペロリ。さらには麺を食べた後、残ったスープにご飯を投入。シメに食べるスープを吸ったご飯もたまらなく美味しかったという。まさに中丸さんにとって、デビューを目指し、もがき苦しんでいたジャニーズJr.時代の忘れられない青春の一杯。

*店舗情報:「九州じゃんがら」東京都渋谷区神宮前1-13-21 1F

東京・赤坂「自分への最高のご褒美」(人生最高の一品)
KAT-TUN中丸雄一さんの“人生最高の一品”は、赤坂にある「燻」の「トリュフとフォアグラのオムレツリゾット」。赤坂の裏路地にある隠れ家的レストラン「燻」は、“燻製料理の達人”と称されるオーナーシェフ輿水さんが旬の新鮮食材を使って、ここでしか味わえない料理を提供。おまかせコースのみという贅沢な大人のお店で、独創的な和洋瀬中の極上料理を一皿ごとに合わせたお酒と堪能できる。中丸さんはこれまで2回しか訪れたことはないが、『今まで食べた料理の中で明らかに一番で、全ての料理が絶品』と語り、“ここぞ!という時の自分への最高のご褒美”として食べたい料理だという。それもそのはず、“フレンチの神様”ジョエル・ロブションが『東京の楽しみは、「すきやばし次郎」と「燻」に行くこと』と大絶賛するほど。

「燻製のアスパラガスと自家製ベーコンのクリームスープ 燻製黒胡椒添え」は、“燻製料理の達人”と称されるオーナーシェフ輿水さんが自ら開発した燻製機で調理したアスパラガスをスープにし、自家製ベーコンを加えた一品。

燻製することで旨味を増した「燻製プリン」は、常識を覆す他では食べられない一品。

そして、おまかせコースの最後の方に出てくるのが、中丸さんの“人生最高の一品”「トリュフとフォアグラのオムレツリゾット」。最高級フォアグラと黒トリュフがたっぷり入った濃厚なリゾットをオムレツにしたもので、調味料にも燻製した塩・胡椒を使い、とことん燻製を堪能できる贅沢な一品。この料理は、美食家として知られるビル・クリントン元アメリカ大統領が『アンビリーバブル!生まれて初めての味に出会えたことにとても感動した』と大絶賛したという。

中丸さんがこの店に最後に行ったのは、3度目のメンバー脱退を受け、KAT-TUNが充電期間に入った2016年。その後、2年という充電期間を経て再始動したKAT-TUNは今、同じ思いを持つ3人で前へ進んでいる。中丸さんが次に「燻」を訪ねるのは、きっとアイドル人生で何かを成し遂げた時に違いない…“自分への最高のご褒美”として。

*店舗情報:「燻」東京都港区赤坂2-16-19 赤坂イイヌマビル B1F

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

中丸雄一さんがゲストでした。飄々としていて独特な雰囲気の方だというイメージでしたが、そのイメージ通りでトークがとても面白かったです。

グループの活動など色々と苦労している方でした。でも、その苦労の為かヒューマンビートボックスができたり、フルーツの飾り切りができたり、普段から努力して技を身に付けてきた方なのだなと感じました。それから、真面目に話してるのに、言葉選びが面白い方だと思いました。

料理は、赤坂のお店のオムレツリゾットがとても美味しそうでした。高級なお店のようなので行けないですが、食べてみたいなと思いました。

20代

ゲストにKAT-TUNの中丸君を迎えての回。中丸君の特技であるボイスパーカッションを加藤さんに教えて披露したり、果物のカービングの写真を公開していたけど、素人レベルではないカービングの腕前に驚きました。中丸君のお父さんは警察官だったものの、業務内容は一切知らないと聞いた加藤さんやYOUさんが一斉に潜入捜査員じゃない!?と興奮気味に食いついていたのが面白かったです。話や特技の内容が濃くて肝心のご飯を全く覚えていないけど、ジャニーズに詳しくない人でも楽しめる回です。

40代

ジャニーズグループのKAT-TUN・中丸さんがトークゲストで登場していて、ジャニーズタレントの雰囲気がないことを出演者に突っ込まれていました。本人にもその自覚はあるようなのですが、無理に性格を変える必要が一切ないと思いました。KAT-TUNは、これまでに訳あって6人から3人になってしまいましたが、深夜番組では息の良さを感じながら収録に臨んでいるように見えるので、ずっと仲良い3人でいてほしいと思います。

30代

KAT-TUNの中丸雄一くんがゲストでした。ヒューマンビートボックスが得意なのはよく知られていますが、独学だったこと、売りになるものを身につけるためだったことは知りませんでした。100人以上いるJrの中からデビューするためにはスキルや個性とともに、グループ内でのバランス、タイミングなど自分の力だけでない部分もあり厳しい世界だと思いました。フルーツカットもきれいにやっていて、さらに中丸くんのことを知りたいと興味が出てきました。青春の味、九州じゃんがららあめんが本当においしそうで、食べたくなりました。

30代

確かにジャニーズらしくないという印象がある中丸雄一さん、でもそれは良い意味でという意味。ちょっとコミカルで格好つけない嫌味のない人という印象があります。ビートボックスが上手なのは知っていましたが改めて見せて頂くと本当にすばらしい!KAT-TUNのここ数年の苦労は特別なファンでない私でも心配になりましたが今回お話されていた言葉にとても重みを感じました。思い出のラーメン等をまた食べて今後も頑張っていただきたいですね。

40代

8月15日の「人生最高レストラン」で、KAT-TUNの中丸さんが出ていて、いろいろ話していましたが、イメージ通り面白い人だなと見ていて思いました。ジャニーズというよりもお笑い芸人の方が向いているのではないかなと思いました。

他のバラエティー番組などでもそうですが、真面目にしていてもどこかふざけている感じがしてしまって、それがかえって中丸さんの魅力になっているんだと思いました。紹介していた料理は、さすが芸能人という感じのものかが多く、食べてみたくなりました。

40代

ジャニーズの中丸くんがゲストでした。とても真面目で真摯的な印象を受けました。

ジャニーズjr.時代、デビューするために自分の特技ボイパを身につけたり、どんな人たちがどんな場面でデビューするかと分析をするなど、努力してこられたんだなと思いました。グループメンバーが、少なくなっていくときの気持ちも告白されていて興味深かったです。

紹介されていた燻製のお店がすごく美味しそうでした。とても高級な所ですか、いつかは行ってみたいと思いました。ボイパを加藤さんとセッションする場面は、グダグダで笑えました。

50代

ゲストはKAT-TUNの中丸くん。MCの加藤さんを巻き込んでヒューマンビートボックスを即興で行ったり、特技の鮮やかに果物をカットした「フルーツカット」の写真を披露したりと、多才な部分を見せていたのが感心しました。

また、ジャニーズのデビューに至るシステムや、KAT-TUNからメンバーが何人も抜けていった当時の心境など、興味深い話をナチュラルに語っていたのが、中丸くんの人柄だなと思って見ていました。とはいえ、人生最高のお料理として紹介していた「トリュフとフォアグラのオムレツリゾット」は、いきなりVIPな一品でギャップが凄まじかったです!

50代

今日の「人生最高レストラン」はKAT-TUNの中丸さんを迎えての人生での思い出の品を紹介するものでした。最初の原宿の九州ラーメンは珍しい熊本ラーメンで、凄く美味しそうでした。

また中丸さんが、ジャニーズJr.時代の思い出話や、KAT-TUNのメンバーが一人、また一人脱退していったときの心境や残ったメンバーとの絆など聞き応えたっぷりな内容でした。個人的には司会の加藤浩次とのヒューマンビートボックスの掛け合いが面白かったです。

40代


2020年8月8日放送回 ゲスト:中川家

ごちそう様:中川家さん

ゲストは、中川家の二人、剛さんと礼二さん。「M1グランプリ」初代チャンピオンをはじめ、お笑い界の賞レースを総なめにしてきた“最 強の兄弟漫才コンビ”が、鉄板芸“大阪のおっさん&おばちゃんネタ”を大放出しながら語った、“笑いの才能”を育んだ「大阪のおいしいお話」。
■お品書き

大阪・難波「漫才のネタになるアレ」
中川家の鉄板芸“大阪のおっさん&おばちゃん”のネタ元の一つが、大阪・難波にある「インデアンカレー」南店。NGK(なんばグランド花月)の近くにあり、出番の合間に行って昼食をよく食べるこの店で、カレーライスを食べながら人間観察をするのが二人のルーティーン。遭遇する面白いおっさんたちを見かけると即採用してNGKで披露。ここから、数々の爆笑ネタが生まれたという。

もちろん「カレーライス」の味は絶品。1947年創業当時から変わらぬ秘伝のルーは、とろみのある辛口で、その絶妙なバランスが癖になる美味しさ。これまで当番組にゲスト出演したテニスプレーヤー伊達公子さんや歌舞伎俳優・片岡愛之助さんも紹介した、関西の人々に愛され続けている一品。

*店舗情報:「インデアンカレー 南店」大阪府大阪市中央区難波 1-5-20

さらに、ネタ元をもう1軒。「インデアンカレー」でカレーライスを食べた後に立ち寄る「アラビヤコーヒー」。「インデアンカレー」の斜め向かいにある雰囲気抜群の喫茶店。ここのカウンターに座って「ブレンドコーヒー」を飲みながら、テーブル席にいるおっさんやおばちゃんの会話に耳を傾けるそう。喫茶店は、まさにネタの宝庫で、この店からも数々の爆笑ネタが生まれたという。

*店舗情報:「アラビヤコーヒー」大阪府大阪市中央区難波 1-6-7

大阪・実家「泣きながら食べた絶品鍋」
二人が子どもだった頃、決して裕福な家庭ではなかったという中川家。でも、強烈なキャラクターの父、そして愉快な近所のおっさんたちがいて、楽しい少年時代だった。そんな生活の中で、もらってきた軍鶏を飼っていたという。幼鳥から育て、散歩に連れて行ったりして可愛がっていた二人だったが、その軍鶏を父が地域で開かれていた闘鶏(鶏をたたかわせて勝負を競うこと)に出場させていた。そしてある日、負けてしまった軍鶏に向かって父がポツリと一言『もうあかんなぁ…』。その日の夜の晩ご飯は、「軍鶏鍋」だった。

可愛がっていただけに辛かったし、最初は食べる気になれなかったというが、『うまいから』と父に勧められ食べてみると、めちゃくちゃ美味しくて一緒に散歩した風景とか一気に忘れ去ってしまったとか。二人が幼心に“命をいただく”ことを知った食体験だった。

大阪・難波「引退を引き止めてくれた…恩人との思い出の味」(人生最高の一品)
中川家の二人の“人生最高の一品”は、大阪・難波の「炭焼 すみれ」の「京揚げ」。NGK(なんばグランド花月)の楽屋口を出てすぐのところにあるここは、若手時代に先輩芸人の今行くよ・くるよさんによく連れて行ってもらった思い出のお店だった。

コンビを組んで4年目、MBS(毎日放送)の番組「GO!GO!ハッスル家族ショー」で、桂三枝(当時)さん、西川きよしさんというベテラン二人と共演することになった中川家の二人。しかし、大先輩たちとの共演で緊張していた二人は、いつも恐縮してスタジオの隅っこで大人しくしていたという。毎週のスタジオ収録では、演出家に理不尽なことで怒られる辛い日々…ついに、芸人を辞めようと思い詰めるまでに。そんな二人を見た今いくよ・くるよさんが、よく食事に誘ってくれたそう。

そしてある日、二人が『もう芸人を辞めようかと思てます』と打ち明けると、今いくよ・くるよさんは決して怒ることはなく、やり続けたらこんな良い事があるよと、いつもポジティブな話ばかりをしてくれたという。そんな中で一番よく言われたのが、『(漫才は)うまいけど、おもろないな』という言葉だった。

以来、それまで綿密に台本を作っていたのを一切やめ、ステージ上で自由に作り上げていくスタイルになった中川家。今や鉄板芸となった大阪のおっさんネタもやるようになり、次第に中川家の客席は笑いの渦になっていった。中川家が変わるキカッケを作ってくれた恩人・今いくよ・くるよさん、この二人がいて、最強の兄弟漫才コンビは誕生したのだった。

そんな中川家の恩人、今いくよ・くるよさんとの思い出の味が、「炭焼すみれ」の「京揚げ」。油揚げより少し厚みのある関西風油揚げを焼いて、ネギと鰹節を振って生姜醤油で食べるシンプルな料理で、京都出身の今いくよ・くるよさんが『これ美味しいよ』と、いつも最初に注文していたそう。芸人を辞めようとしていた二人を救ってくれ、漫才師として変わるキカッケを作ってくれた先輩との思い出の味は、中川家の二人にとって、忘れられない一品となった。

*店舗情報:「炭焼 すみれ」大阪府大阪市中央区難波千日前 11-4

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

中川家の二人がゲストでした。芸人としてだけでなく、兄弟としてのエピソードも盛りだくさんで楽しかったです。礼二さんは少年時代やサラリーマン時代も芸達者なのが想像できました。

一品目のインデアンカレーが過去にゲストに出た片岡愛之助と同じでしたが、大阪のおっさんやおばちゃんネタが本当にいそうなキャラクターで面白かったです。お父さんの話も強烈で、怖いもの知らずなエピソードにびっくりでした。今いくよ・くるよさんの言葉で漫才のやり方を変えたそうで、先輩が見守ってくれるのが素敵だと思いました。

30代

今回のごちそう様は、中川家のお二人剛さんと礼二さんでした。めちゃめちゃ盛り上がって、笑って、楽しい時間を過ごすことが出来ました。最近希にみる賑やかさでした。“M1グランプリ初代のチャンピオン”何ですよね!。時間の経過とは、本当に早いですね。

食に関して、どういった趣向なのか、ちょっとワクワクしました。まず最初は、大阪・難波にある「インデアンカレー」でした。難波にあってよく通うお店との事。“おっさん、おばさんネタ”の原点だなんて、めちゃめちゃ訪れてみたくなりました。でも、本当に素敵な時間でした。

50代

愛之助さんと同じカレー屋さんを紹介していましたが、男性はカレーが好きなんだなと思いました。大阪なのにカレーなんだと思いましたがメジャーな食事は皆が好むものだと思いました。

卵焼きを焼いているおばちゃんの物まねをしていてニワトリにも見えてしまいましたが、面白かったです。お笑い芸人の家は面白いエピソードがたくさんあって原点からして面白いんだなと思いました。美味しそうなすき焼きも昔の方にはごちそうなので紹介してくれたんだと思いました。

30代

中川家の二人、小さい頃は裕福ではなかったということを知らなくて驚きました。親が生きているニワトリをさばいていたそうです。だから子供ながらに複雑な顔で見ていたそうですが、当時の貧乏エピソードも明るく楽しく語ってくれました。

近所の人がニワトリの肉を食べにやって来ていたそうです。なんでニワトリの肉があるってわかるかというと、「コケー」とニワトリがさばかれて鳴く声が聞こえたからということです。しっかりとおいしく食べて供養されたことでしょう。

30代


2020年8月1日放送回 ゲスト:田原俊彦

ごちそう様:田原俊彦さん

ゲストは、田原俊彦さん。歌手デビュー41年目!サービス精神旺盛だけど実はシャイな素顔、そして59歳にして歌って踊り、輝き続ける男の熱い本音を垣間見せてくれた“スーパースター”トシちゃんを支え続ける“おいしいもの”とは?
■お品書き

東京・南青山「30年愛してやまないカフェ」
『ほぼ毎日行く』という“芸能界随一のカフェマニア”トシちゃんが30年通い続けるカフェ、南青山の洋菓子舗「銀座ウエスト 青山ガーデン」。1980年代、多忙を極めていたトシちゃんがテレビ各局を飛び回る中、ちょうど立ち寄りやすい立地にあったこともあり、よく訪れていたそう。以来、30年愛し続けているという。

オススメは、自家製マヨネーズがたまらない「トーストハムサンド」。塩を少しかけて食べると、さらに美味しさが倍増するという一品。

そして、「ホットケーキ」もオススメ。見た目もシンプルで美しい、昔ながらの“THEホットケーキ”で、柔らかすぎず硬すぎず絶妙な食感で、一度食べたら驚くこと間違いないという一品。

*店舗情報:「銀座ウエスト 青山ガーデン」東京都港区南青山1-22-10

カフェマニア☆トシちゃん推薦!おしゃれカフェ」
20代の頃、男性情報誌「Hot-Dog PRESS」のケーキ特集号に掲載されているカフェを片っ端からチェックして通い詰めたというトシちゃん。今でも食後は必ずカフェでケーキを食べるというトシちゃんが、オススメの“おしゃれカフェ”を紹介。まずは、恵比寿にある「MERCER CAFE」。ここで必ず食べるのが、「名物!生キャラメルシフォンケーキ」。ボリューム感たっぷりだが、見た目の割には甘すぎず、ちょうどいい美味しさでペロリと食べられちゃう一品。

*店舗情報:「MERCER CAFE」東京都渋谷区恵比寿1-26-16 柴田ビル1F

そしてもう1軒が、広尾にある「天現寺カフェ」。お気に入りのテラス席は、明治通り沿いで結構人目に付くが、それをトシちゃんは気にしないそう。変装もせず、プライベートでもスター感丸出しのトシちゃんは、『逃げ隠れしてもしょうがない。どうせ撮られちゃうんだから』とまで言い放った。

オススメは、『チーズ200%!』というほど超濃厚なチーズケーキ「絹フロマージュ」。この濃厚チーズ味に合わせる飲み物が、「ロイヤルミルクティー」。いつもはコーヒー派のトシちゃんだが、ここで「ロイヤルミルクティー」を注文するのは、その美味しさだけでなく、かわいいハート型のカップがお気に入りだからかもしれない。

*店舗情報:「天現寺カフェ」東京都港区南麻布4-12-2 ピュアーレ広尾1F

東京・麻布十番「青春時代を支えたお肉」
高校1年15歳の時、スカウトではなく、自ら売り込んでジャニーズ事務所入りしたトシちゃん。ジャニー喜多川さんとの初対面で、『スターになりたいです!』と直談判。その熱意を認めてもらい、『来週からレッスンに来なさい』と言ってもらい、芸能界の扉が開いたという。高校3年間は毎週末、地元の山梨から上京して夢を追う日々…そんな青春時代、ジャニー喜多川さんによく連れて行ってもらったのが、麻布十番にある焼肉の名店「三幸園」だった。

15歳で初めて食べるホンモノの焼き肉に『なんだ!コレは』とビックリしたトシちゃんは、カルビのあまりの美味しさに感動したことを今でも忘れられないという。

ジャニー喜多川さんに厳しくもあたたかく育てられ、才能が開花したトシちゃんはやがてアイドルから国民的スターへ。しかし、ジャニー喜多川さんには褒めてもらった記憶はないという。だからこそ、当時は“ジャニーさんにうなずいてもらう”ことをモチベーションに頑張っていたと振り返った。

*店舗情報:「三幸園」東京都港区麻布十番1-8-7

東京・桜新町「ステージ終わりのご褒美スイーツ」(人生最高の一品)
田原俊彦さんが選んだ“人生最高の一品”は、桜新町にある「PLATINO」のチーズケーキ「アンジュ」。それは、必ず月に1、2回は自らお店に自ら足を運んで購入するという、トシちゃん最愛のスイーツ。

材料のナチュラルチーズ、甘さ控えめの白ワイン、ゼラチン、メレンゲを混ぜ合わせて絞り、そこにカシスのジャムを入れた後、急速冷蔵。仕上がりは、普通のチーズケーキとは全く異なる。その包みを開くと…超ふわふわの極上スイーツ「アンジュ」が現れる。酸味の少ないフロマージュブランとフレッシュクリームのチーズムースは、一度食べたら誰もが虜になる一品。トシちゃんは、シャンパンを飲みながら食べるのが極上のひとときだという。

今年で、歌手デビュー41年目。還暦目前にしても歌って踊り続ける“永遠のアイドル”トシちゃんは、普段の生活から節制し、ファンの待つステージに臨んでいる。そんな大好きなステージの後、頑張った自分へのご褒美に食べるのが「アンジュ」だった。

*店舗情報:「PLATINO桜新町店」東京都世田谷区新町2-35-16サラ・グラディオ1F

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

大好きなトシちゃんの登場だったので始まる前から楽しみでした。ケーキマンのトシちゃん、ジャニーズ入所の裏話を披露するトシちゃん、劇団ひとりさんのトシムリンを笑いながらディスるトシちゃん、バブルの頃の話も全て知ってるけれど、加藤さん、和歌子さんがとても話し上手、聞き上手で、楽しかったです。でも時間が足りない、もっと見たかったです。できれば歌も歌ってほしいかったし、劇団ひとりさんの物まねも見たかったです。トシちゃんの紹介してくれたお店行きたいです。

50代

久々にトシ(田原俊彦)ちゃんが、この番組に出ていて、珍しいなーと思っていたら、デビュー当時のジャニーズ時代の話などをしていて、レアでした。郷ひろみも歌番組などで、年相応に見えないくらい若々しく歌っていてすごいなーと思ってましたが、トシちゃんも、同じようなかんじの雰囲気でした。スイーツ好きで、色々紹介していたのが女子大生やOLが食べていそうな女子力高そうな、クラシックな雰囲気もある上品で美味しそうなものばかりで、ギャップがあって面白かったです。

40代

田原俊彦さんが出演されていて、行きつけのお店を紹介してくれていました。お洒落なカフェに毎日通っていて、シンプルな食事をされているところが良いです。サンドイッチを食べているのが高級なものばかり食べていないのが通だと感じました。そういうところは周りを気にしそうな感じもしますが、気にせずに自分の食事を楽しむところが良いです。パンケーキよりも蜂蜜とバターで楽しむ喫茶店のホットケーキって良いです。今の時代に反らないようなことをされていて良いなと思いました。

30代

田原俊彦さんがごちそう様ゲストでした。お母さんのために何ができるか考えた時にテレビのエンターテイメントの世界に触れたのがきっかけと知りました。以前音楽番組で歌とダンスを見て、還暦近くでこの切れ味はすごい、と思っており、ステージに対しては毎年が挑戦だと話すのが心に残りました。その一方で、トークは自由奔放でありつつサービス精神旺盛で、カフェでケーキを食べるのが好きという意外性もあり、存在自体がエンターテイメントな人だと思いました。

30代

とても面白くて、久しぶりにあっという間に時間が過ぎて行ってしまいました。今回のごちそう様は、田原俊彦さんでした。とてもテンションが上がりました。更に、大物感が出て、凄く肩の力が抜けていて、良い意味でめちゃめちゃリラックスしているように感じました。ほぼ毎日通う程のカフェ好きだなんて、初耳でした。最初に紹介頂いたデッカイ“ホットケーキ”は、シンプルで、本当に美味しそうでした。あと、“生キャラメルシフォンケーキ”もめちゃめちゃ美味しそうでした。何よりも体型をバッチリキープしているところが、さすがだど思いました。とても楽しかったです。

50代


2020年7月25日放送回 ゲスト:橋下徹

ごちそう様:橋下徹さん

ゲストは、橋下徹さん。元大阪府知事、元大阪市長であり、本業の弁護士のほか、コメンテーターとしても活躍。様々な顔を持つ男の“激動の半生”を食の話題からネホリハホリ。実は、じっくり話すのは初めてという橋下さんとMC加藤さんの二人の“初ガチトーク”は見応え十分!夫として、そして父親としての意外な素顔にも迫った。
■お品書き

大阪・北浜「夫婦で憧れ続けた名店」
23年前(1997年)、橋下さんが弁護士なったばかりの28歳の時、奥様と初めて行った高級レストラン「PONTE VECCHIO北浜本店」。ここは、橋下夫婦が『いつか二人で行きたい』と憧れ続けた大阪屈指のイタリアンの名店。

高校の同級生だった奥様との交際がスタートしたのは、橋下さんが大学1年の時。しかし、橋下さんは東京の早稲田大学、一方の奥様が通うのは神戸の大学という遠距離恋愛だった。そして橋下さんが大学2年の時、奥様が親の大反対を押し切って上京。二人は同棲生活を始めることに。後に弁護士を目指し司法試験の勉強に励む橋下さんを、奥様は弁当屋と本屋のバイトを掛け持ちしながら全面的にサポートしてくれたという。風呂なし・トイレ共同・6畳一間の下宿先での同棲生活…銭湯代もままならないほどの貧乏暮らしだったが、二人は幸せだった。そうして二人で苦難を乗り越え、橋下さんは無事に司法試験に合格。弁護士となった1年目に、奥様と二人で味わった初めての贅沢。それが、憧れの名店「PONTE VECCHIO」でのひと時だった。

橋下さんが初めて食べて以来、ずっと大好きで特別な料理だというのが、スペシャリテの「温かいポテトのティンバッロとキャビア」。キャビアを贅沢にたっぷりと使い、バターがきいたしっとり食感の料理で、美味しく食べてもらうために専用の陶器製スプーンが用意されるという、シェフのこだわりが詰まった一品。

*店舗情報:「PONTE VECCHIO北浜本店」大阪府大阪市中央区北浜1-8-16大阪証券取引所ビル1F

「家庭崩壊の麻婆豆腐」(人生最悪の一品)
橋下さんが時々無性に食べたくなるという大好物が「陳麻婆豆腐」。中国四川省にある「麻婆豆腐」発祥の店「陳麻婆豆腐」の日本支店で唐辛子の辣(ラー)と四川山椒の麻(マー)が効いた本家の味を楽しめる。

橋下さんが必ず一緒に頼むのが「岩手鶏のトウガラシ炒め」。油で炒めたトウガラシの旨味がたまらないクセになる一品。しかし、トウガラシを噛んだら最後…舌が痺れてしまい、その後の料理が食べられなくなるほどだという。でも、行く度に橋下さんは『絶対噛んじゃダメだと思いながら、今日は大丈夫かな?』と、ついつい噛んでしまい、後悔してしまう日々を繰り返しているんだとか。

病みつきになるほどの大好物「陳麻婆豆腐」が、橋下さんにとっては“人生最悪の一品”だという。独立して弁護士事務所を開き、多忙を極めていた30代、橋本さんはとにかく仕事最優先で家庭を顧みず、子どもに対しても厳しい父親だった。そんなある日、約束していた娘のバレエ発表会に仕事で遅刻…娘のハレの姿を観ることができなかった夫に当然奥様は怒ったという。しかし、橋下さんは気にも留めず、『とにかく陳麻婆豆腐を食べたいから行こう』と、頭の中は大好物の「陳麻婆豆腐」のことだけ。すると、奥さんが『陳麻婆豆腐の前に、やるべきことあるじゃない!』と大激怒!政治家時代には『やるべきことがあるだろ!』『いま増税じゃない!やるべきことがある!』などと、自らが言い放っていた熱い言葉を、家庭では逆に奥様に言われしまう始末。“やるべきことをやらない”夫に、奥様はさらにブチ切れて熱々の電気ストーブを放り投げるなど大喧嘩に…。結局、「陳麻婆豆腐」は後日仕切り直して食べに行ったというが、当時のことを奥様ははっきり覚えていた。『あの時はお互いに対する思いやりに欠けていたんだと思う』『さすがにストーブは危険だったけど後悔はしていません』と、アンケートに回答。それを聞いた橋下さんはタジタジに。『とんでもない夫で、父親だった』と、橋下さんは51歳になった今、昔の自分を反省する日々だとか。

*店舗情報:「陳麻婆豆腐」東京、神奈川、愛知、大阪に展開

東京・早稲田「支えてくれた愛妻との思い出の一杯」(人生最高の一品)
橋下徹さんが選んだ“人生最高の一品”は、「ラーメン」。それは、早稲田大学時代に橋下さんが暮らしていた下宿先の裏にある、早稲田で創業60年を超える老舗食堂「メルシー」の看板メニューで、橋下さんだけでなく、まさに長年愛され続ける早稲田生のソウルフード。

その「ラーメン」は、学生に優しい450円という安さ。橋下さんの学生時代は、さらに安くて280円だったというから驚き。味は、THEシンプルなしょうゆ味で、お店で教わった橋下さん流の食べ方は、まず【(1)ラー油をかけて食べる】、そして【(2)お酢を2周かけて味変して食べる】という2段階。「しょうゆラーメン」+「お酢」の相性の良さ、いわゆる「酸辣湯麺」のような美味しさを「メルシー」で知った橋下さんだった。

風呂なし・トイレ共同の6畳一間の下宿先で、女人禁制だったにもかかわらず、大家さんにバレないように奥様と同棲していた大学時代。毎朝8時頃になると、裏の「メルシー」から聞こえてくる、どんぶりのカチャンカチャンと鳴る音? それが1日の始まる合図だったという。銭湯代もままならないほどの貧乏な同棲生活だったが、一杯280円の「ラーメン」を二人ですすったあの時代があったから、今の自分がある。激動の半生を支え続けてくれた奥様のために…これからの人生を送ると橋下さんは約束した。

*店舗情報:「軽食&ラーメン メルシー」東京都新宿区馬場下町63

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

橋本徹さんをゲストに迎えた放送で、テレビに出始めた頃の茶髪のチャラい感じは、担当していた少年犯罪の加害者達が話しやすい空気を出すたにわざと作った風貌だったこと。

早稲田大学に通っていた時に、後に結婚する奥様が彼を支えるためにアルバイトを掛け持ちし辛い時も楽しい時も共に過ごしていたという話や、娘さんが彼氏を連れてきた時にあえて政治の話をさせて父をいい気分にさせようとしていたなど、普段聞けない家族の話が面白かったです。

40代

今回のごちそう様は、橋下徹さんでした。久々に肩の力を抜いて、のびのびとトークを繰り出している気がしました。凄くリラックスしていて、とても良いと思いました。

そんな橋下徹さんの最高レストランは、大阪?北浜にある高級レストラン“PONTE VECCHIO 北浜本店”。橋下さんが弁護士になった28歳の時に、奥さんと初めて行った思い出の屈指のイタリアンの名店。素敵な話だと思いました。

そして、意外だったのが、ラーメンを食べるということでした。今になって凄く親近感を感じました。学生時代に慣れ親しんだ味って、一生物ですよね。しかし、ラーメンにお酢をかけるというのは、正直、疑問です。

50代

ゲストに橋下徹さんがいらっしゃること自体、意外な感じを受けました。橋下さんといえば、チャラチャラしたイメージがありましたが、あの服装や髪型には意味があったことを知り、考え方が変わりました。少年たちとの距離を近づけるための工夫で、弁護士という堅い雰囲気をあえて壊していたのは初めて聞きました。奥様をすごく大切にされているのが伝わってきて、奥様も全力でサポートされてきたのだと感じました。国政選挙について質問された下りは笑えました。

20代

弁護士でタレントの橋下徹さんがゲストでした。テレビ出演し始めた頃は茶髪のイメージが強かったですが、少年事件を扱うときに親しみを持ってもらえるようにしたことがきっかけだったそうです。そのおかげで少年たちは話をしてくれたと聞き、なるほどと思いました。

弁護士事務所勤務1年で独立して、当時CMや広告が禁止だった中、「大きめの名刺」としてパンフレットを配ったと聞き、固定観念に囚われない姿勢は当時から変わらなかったことを知りました。人生最高のメニューが早稲田のメルシーというお店のラーメンで、素朴さにギャップがありました。

30代


2020年7月18日放送回 ゲスト:片岡愛之助

ごちそう様:片岡愛之助さん

ゲストは、6代目片岡愛之助さん。歌舞伎だけでなく、日曜劇場「半沢直樹」や大河ドラマなどに出演。人気歌舞伎俳優の“本当は教えたくない…絶品ご褒美メシ”とは?
■お品書き

大阪・日本橋「お忍びで通う!大阪の贅沢なアレ」
片岡愛之助さんが『頑張れたな』という時のご褒美で食べに行くお店が、大阪の日本橋にある「六覺燈(ろくかくてい) 黒門(くろもん)本店」。ミシュランガイド一つ星評価を受けたこともある名店で、上質なワインと共に高級串揚げのコース料理を楽しめる。

コースは、旬の厳選素材を使った串揚げが約20本。お客がどの調味料で食べればいいか迷わないよう、串の向きをオススメ調味料に指して提供してくれる。

「車海老」には、塩。

「えんどう豆のコロッケ」には、山椒塩。

「とんぶり(ささみ・しそ)」には、辛子レモン。

東京の銀座、麻布十番、代官山にも支店があり、愛之助さんはそちらにも足を運ぶという。オーナーの水野幾郎さんはとても男気のある方で、いつも愛之助さんの歌舞伎を応援してくださるそう。

*店舗情報:「六覺燈ろくかくてい 黒門くろもん本店」大阪府大阪市中央区日本橋1-21-16 たこそうビル2F

東京・銀座「夫婦で通う!銀座の極上お肉」
大のお肉好きだという愛之助さんが、ご褒美でお肉をよく食べに行くのは、銀座四丁目交差点に面した高層ビル内にある「神戸プレジール銀座」。眼下に銀座の夜景を眺めながら、極上のお肉を目の前で焼き上げてくれる鉄板焼きの名店。一緒に行く妻・藤原紀香さんもいつも喜んでくれるという。

愛之助さんオススメは、何といっても「神戸ビーフのフィレステーキ」。

その他、神戸ビーフ、但馬牛、季節の野菜、旬の魚介など厳選食材を使ったアラカルトメニューも充実しており、中でも「神戸ビーフの炙りトロ寿司」、「アワビ」がオススメだという。

*店舗情報:「神戸プレジール銀座」東京都中央区銀座5丁目8番1号 銀座プレイス11F

「お金がなくなった時の人生最悪の炭水化物」(人生最悪の一品)
1992年19歳の時、2代目片岡秀太郎さんの養子となり、6代目片岡愛之助を襲名。その後、東京での歌舞伎座公演にも出演するようになった愛之助さん。当時、公演期間中の約1カ月は、銀座のホテル暮らし。そうなると、普段の食事も必然的に銀座周辺が多くなり、半月で給料が食費で尽きてしまっていたそう。そこで、料理を一度も作ったことのなかった愛之助さんだったが、仕方なく自炊をすることに。お米の研ぎ方もイチから教わり、総菜をおかずに白ご飯にふりかけをかけて食べていたそうだが、もともと大食いだった愛之助さんは3合でも物足りず、1食で5合も食べてしまったこともあったという。

大阪・難波「歌舞伎人生の大きな転機の…思い出の味」(人生最高の一品)
片岡愛之助さんの“人生最高の一品”は「カレーライス」。それは、愛之助さんにとって歌舞伎人生の大きな転機となった思い出深い味。もともと歌舞伎の家に生まれたわけではなく、一般家庭に生まれ育った愛之助さん。松竹芸能の子役募集をキッカケに芸能界入りして、歌舞伎の子役にも挑戦。1981年に13代目片岡仁左衛門の“部屋子”となり、片岡千代丸として初舞台を踏んだ。そして1992年、19歳の時に2代目片岡秀太郎さんの養子となり、6代目片岡愛之助を襲名。養子縁組して、実際に歌舞伎の名家“松嶋屋”の家系に入った愛之助さん。実の両親は、“息子には好きなことをさせてあげたい”という思いから『よし!行って来い!』と快く承諾してくれたという。しかし、養子になったことで愛之助さんには1つ戸惑いがあった。それは、今まで“旦那”や“若旦那”と呼んでいた師匠を急に“お父さん”と呼ばなければいけなくなったことだった。“師匠と弟子”がある日突然、“父と子”の関係に…。なかなか呼べずに戸惑っていた愛之助さんに、父となった秀太郎さんが『ご飯食べに行こう』と誘ってくれたのが、「インデアンカレー」だった。

「インデアンカレー」のカレーメニューは1種類のみで、愛之助さんがいつも注文するのは、ライス大盛り&タマゴ入り、通称「大玉」。1947年創業当時から変わらぬ秘伝のルーは、とろみのある辛口。最初は、本来の辛口の美味しさを楽しみ、その後タマゴを混ぜて少しマイルドな味わいで2度楽しむのがオススメだという。

二人きりでカレーライスを食べた時、父・秀太郎さんからこんな言葉が…『自分のいただいたことを100%120%に仕上げていくことが、明日への近道だから。頑張りなさい』と。気楽なカレー屋さんを選び、そんな言葉をかけてくれた父の気遣いに、愛之助さんは翌日から『よし!呼ぼう!』と会話の全てにいちいち“お父さん”を付けて呼んでみたという。すると逆に、『お父さん!お父さん!ってうるさい』と言われてしまったとか。そんな“父と子”二人きりで食べたカレーライスは、歌舞伎人生の大きな転機の深い思い出が詰まった味だった。

*店舗情報:「インデアンカレー 南店」大阪府大阪市中央区難波1-5-20

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

片岡愛之助さんがゲストでした。奥さんの紀香さんの家事エピソードにMCたちと一緒に食いついてしまいました。一般家庭から歌舞伎の世界に入ったとは知らなかったので、養子縁組をする時にスパッと送り出す両親や、師匠から父になった片岡秀太郎さんの言葉に暖かさを感じました。

30代

片岡愛之助をゲストに迎えての回だったが、紹介されたご褒美メシの極上の鉄板焼き店の牛肉、アワビの映像は思わず唾が出る程、美味しそうでした。奥さんの藤原紀香と一緒に行ったそうですが、一流芸能人の生活を垣間見たような気がします。一度は行って食べてみたいと思いました。

40代

片岡愛之助さんが出られるのが楽しみで、家ではどのような食生活をされているのかが気になりました。下積み時代に白米を食べて空腹をしのいでいた話に、意外性を感じました。家に藤原紀香さんがいらっしゃるのはどのような感覚なのか、愛之助さんが幸せそうでした。

20代


2020年7月11日放送回 ゲスト:ファーストサマーウイカ

ごちそう様 ファーストサマーウイカさん

ゲストは、ファーストサマーウイカさん。“関西弁のヤンキー”キャラで大ブレイク!2019年下半期急上昇テレビ出演ランキング1位(日本モニター調べ)に輝くなど、今やバラエティ番組に引っ張りだこの彼女の素顔とは?そして、芸能界を生き抜くエネルギーとなったおいしいものとは?
■お品書き

東京・新宿歌舞伎町「仕事前に一人で食べる!至福のお肉」
ファーストサマーウイカさんは高校卒業後、地元大阪の「劇団レトルト内閣」に入り、芝居の道へ。その後、本格的に女優を目指して上京するも…破天荒なアイドルグループ「BiS」、そして音楽ユニット「BILLIE IDLER」の一員として活動。そんな中、関西弁・ヤンキー・毒舌・大阪のオバチャンぽい・宝塚ぽい・スナックぽい…などといったキャラクターが注目されテレビ出演、タレントとしてブレイクを果たす。そんな彼女が「BILLIE IDLER」時代によく通っていたお店が、新宿歌舞伎町にある「新宿食肉センター 極(きわみ)」。一人焼き肉を楽しめるカウンターもあり、基本一人行動が好きなウイカさんにとって最高のお店だったという。

新宿でライブがある時、ライブ前に一人でふらっと足を運んで食べていた料理が大好物の「あみればー」。食肉加工センターから毎日仕入れる新鮮な「朝締めレバー」を使用し、網脂(内蔵の周りにある網状の脂肪)で巻いた一品。火を通すとパサつきがちなレバーだが、網脂で包むことによって表面は焦げ目がついてカリッと、中はちゃんと火が通っているけどプルッとしたレアの食感が楽しめるという。

*店舗情報:「卸 新宿食肉センター 極」東京都新宿区歌舞伎町2-10-5 1F

東京「泣きながら一人で食べるアレ」
ウイカさんが住まいを決める際、「その店が周辺にあるかどうか」をポイントにするほど、大好きな中華食堂チェーン「日高屋」。上京後、首都圏に400店舗以上展開する「日高屋」の存在を知り、安くて美味しい上に、一人飲みできるところが大のお気に入りだという。そんなウイカさんは番組収録など仕事が思うようにいかなかった時、「日高屋」で“ひとり反省会”をするそう。その時、ビールを飲みながら食べるのが「油そば」。つまみは注文せず、1人前1.5玉の「油そば」をガッツリ食べながら、いつも反省しているという。

*店舗情報:「熱烈中華食堂 日高屋」※首都圏を中心に400店舗以上展開する大手飲食チェーン

大阪・中津「芸能界への道を切り拓いてくれたカフェ」(人生最高の一品)
ファーストサマーウイカさんの“人生最高の一品”は、大阪・中津にあるカフェ「カンテグランデ」の「アイスチャイ&ケーキセット」。実はここは、ウイカさんの父が学生時代にアルバイトをしていた関係で幼い頃から連れて行ってもらっていた馴染みのお店だった。しかも、ウルフルズのトータス松本さんも昔働いていたことがあり、自らの曲「OSAKA STRUT」の中に「♪梅田行きのキップ買って~カンテGでチャイとケーキ~」という歌詞で登場するほどの名店。

今も大阪に帰ると立ち寄るというウイカさんがいつも注文するのは、ウルフルズの曲と同じく「アイスチャイ」と「ケーキ」のセット。ケーキは、チーズタルトがオススメだという。そして、「チャイ」は味の濃いスリランカ産茶葉を使用し、熊本・阿蘇産の濃厚牛乳を加えて作る一杯。大阪でチャイを広めた創業当時のオーナーとスタッフが自らの足でインドへ渡り、仕入れてきた当時のレシピを大切に受け継ぎ、お客様に提供しているこだわりの味。

ちなみにイチオシ料理は、選び抜かれた10種類以上のスパイスを使用した味わい深いオリジナルの「カレー」。チャパティ(インドで食べられている非発酵のパン)の相性も抜群で、こだわりの一品。

実は、「カンテグランデ」は、ウイカさんと芸能界を繋いでくれた場所だった。ウイカさんが演劇の世界へ進む時、父が娘のために紹介した人物が、「カンテグランデ」のバイト仲間で劇団俳優のコング桑田さんだった。それから時を経て、東京でアイドル活動や音楽活動をする中、本来の夢である俳優に本腰を入れようと思ったウイカさんは、コング桑田さんに再会して相談。桑田さんの計らいで俳優メインの事務所に所属することになったという。そんな縁を繋いでくれたのは、父の存在、そして「カンテグランデ」。「カンテグランデ」があったからこそ、今の自分がある…夢へと導いてくれたカフェの味「アイスチャイとケーキセット」が、まさにウイカさんの“人生最高の一品”。

*店舗情報:「カンテグランデ 中津本店」大阪府大阪市北区中津3丁目32-2アルティスタ中津B1F

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

お名前はよく拝見していたファーストサマーウイカさん、しっかりとお顔を認識したのはこの番組がはじめてだったので興味深々でした。てっきり外国の方かと思っていたら本名の初夏をもじったものだったとは!この歳になるとなかなかタレントさんの事がインプットできないのですがウイカさんの事は覚えられそうです。

最初に紹介された焼肉はおいしそうですね~その後はラーメン、何というか元気な感じの女性なのでこういう力強いメニューが似合いますね、でも結構繊細なところもあるのがわかって応援したくなりました。とても自分を高めるための努力をしてらして、偉い!トークも紹介されたメニューもとても元気が出る内容で、かなり濃い番組になっていたと思います。

40代

ファーストサマーウイカさんがゲストでした。テレビ出演が急激に増えてよく目にする人ですが、ブレイクのきっかけやアイドルや劇団時代のことは詳しく知らなかったので、そこから話をしてくれてよかったです。アイドルのBiS時代にはローション握手会をやっていた、売れていると実感したのは自分の名前を模したアダルトビデオが出たという話を軽妙に話すのには笑ってしまいました。

レバーを一人で食べに行き、日高屋の油そばで反省会をするそうで、一匹狼タイプではあるけれどサービス精神旺盛で、おもしろさと真面目さがある人だと感じました。エゴサーチが日課で1日50回するのもびっくりですが、話のネタにするためでもあると聞き、勉強熱心だと思いました。自分の出た番組は見れないそうで旦那さんに見てもらうというビビリな面もあり、見た目と語り口とのギャップが魅力なのだろうと思いました。

30代

ファーストサマーウイカさんの素が知れて良い回でした。結構一人で動いていることや、昔の見た目は地味だったことや、でも中身は昔と今も変わらないままだということなどがわかりました。また、アイドルを卒業したタイミングで結婚していたことなど知らなかったことも知れました。結構ゆるい性格だけど旦那さんが落ちてしまったつっかえ棒を戻してくれていたりと良いパートナーのようです。

ファーストサマーウイカというネーミングについてさんまさんの番組で話そうと用意していたけれど、さんまさんに最初に言われてしまい、動揺してしまい、帰りの電車で大泣きしていたことなど色々苦労された過去もお持ちのようでした。また、お父さんが昔バイトしていた大阪のカフェも紹介されており、本当においしそうでした。お店の雰囲気も素敵でした。

30代


2020年6月27日放送回 矢作兼

ごちそう様 矢作兼さん(おぎやはぎ)

ゲストは、おぎやはぎ矢作兼さん。矢作さんがお笑いの世界に入る前、サラリーマン時代から仲良しのMC加藤さんと“今だから話せる禁断?暴露トーク”を展開。若かりし頃の二人の恥ずかしい思い出、超レアな矢作さん結婚秘話などと共に、人生のおいしい話を紹介。
■お品書き

東京・三宿「大人の味を教わった…イタリアン」
1990年代前半、若者たちがおしゃれスポットとして集った世田谷区三宿。それを代表するのが、人気イタリアンレストラン「カフェ ラ・ボエム」。まだ20代だった加藤さんと矢作さんもよく通っていたこのお店…実は今思い出すと、二人には恥ずかしい思い出がある。当時、二人はお互い付き合っていた彼女を連れてWデート。一緒にテニスをした後、「ラ・ボエム」のテラス席でちょっと気取ってご飯を食べる…そんな流行にのったベタベタな青春のひと時を過ごしたこともあったという。

そんな恥ずかしい思い出もある「ラ・ボエム」で、矢作さんが初めて食べて感動した料理が、蜂蜜をかけて食べるゴルゴンゾーラのピザ「ゴルゴンゾーラ蜂蜜添え」。今では当たり前だが、当時『ピザに蜂蜜!?』と衝撃を受け、『俺って、オシャレだな』と、ちょっと大人になった気分だったという。

他にも、ここで初めて知った料理が…サラダにチーズをかけて食べる「シーザースサラダ」。『なんてオシャレなサラダなんだ』と、驚いたという一品。

*店舗情報:「カフェ ラ・ボエム 世田谷」東京都世田谷区池尻 1-9-11 メゾン・ド・ソレー1F/B1F

東京・椎名町「大好物になった…思い出の味」
矢作さんの大好物「寿司」。寿司が大好物となった原点のお店がある。豊島区椎名町にある創業約70年の老舗「魚がし寿司」。矢作家の行きつけだった寿司店で、小学生時代には学校帰り、よく板前さんに『兼ちゃん』と呼ばれ可愛がってもらっていたという。そんな中、『寄っていきなよ』と声を掛けられ、寿司を食べて行くこともあったそう。小学生でカウンターに座って、ツケで寿司を食べていた!? 時には、『ここタダなんだぜ』と友達を誘って一緒に食べることもあったという。もちろん、小学生の矢作さんはツケの文化など知る由もなく、タダだと思い込んでいたが、実際は後でお母さんが支払っていたのを後々知った矢作さんであった。

当時、小学生の矢作さんがよく食べていた握りが「イクラ」「たまご」「マグロ」。板前さんがお寿司を握る姿を見るのが好きで、いつも『かっこいいなあ』と思っていたそう。

*店舗情報:「魚がし寿司」東京都豊島区長崎1-6-5

東京・碑文谷「憧れの大先輩と共に通った…名店の味」(人生最高の一品)
矢作さんの“人生最高の一品”は、東京・目黒区碑文谷にある「吉法師」の「鴨せいろ(天邪鬼(あまのじゃく)そば)」。東急東横線・学芸大学駅から徒歩約10分、碑文谷交差点から程近いこの店は、矢作さんが以前暮らしていたマンションの近所だった。実はここ、矢作さんの憧れの人であり芸能界の大先輩であるタモリさんも行きつけの名店。共演した番組の収録終わりに偶然発覚し、後日ご一緒することに…すると、まさかのサシ飲み。最初は緊張した矢作さんだったが、憧れの人といろんな話ができ、最高に楽しい夜になったという。ところが、収録現場で『あの店の蕎麦は美味しい』と二人で散々盛り上がっていたのに、タモリさんはお酒をひたすら飲むばかりで食べたのは「骨せんべい」だけ。絶品の蕎麦を一緒に食べるのも楽しみにしていた矢作さんは、ちょっと拍子抜けしてしまったという。

そんな最高に楽しい夜をタモリさんと過ごした矢作さんがオススメする「天邪鬼(あまのじゃく)そば(鴨せいろ)」は、 北海道・音威子府(おといねっぷ)産などの蕎麦粉を使用した手打ち蕎麦を鴨肉、ナス、ししとう、ごぼう、しめじ、ネギ、ゆずを使った絶品のつけ汁でいただく一品。大好きな蕎麦をタモリさんが一緒に食べることはなかったが、何より憧れの人と二人きりで過ごした…忘れられない味であった。

*店舗情報:「手打そば 吉法師(きちほうし)」東京都目黒区碑文谷4-2-3

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

今回のごちそう様は、おぎやはぎの矢作さんでした。笑顔で色々なことを語って頂けました。矢作さんがピンで出演されるなんて珍しいなあと思い視聴していました。大好物は“お寿司”だなんて全く知りませんでした。

そして、本格的なお寿司店に小学生の時から通っていたなんて、凄い!の一言しかありません。好きなネタは、「イクラ」「タマゴ」「マグロ」だなんて、思わず格好良いなあと思ってしまいました。何かとても矢作さんのトークに惹きつけられました。子煩悩の様もとても素敵でした。

50代

おぎやはぎの矢作兼さんがゲストでした。MC加藤浩次さんとは矢作さんがサラリーマンのときからの付き合いと聞き驚きました。そういえばラジオでも「浩次くん」と呼んでいると気づきました。

結婚のきっかけに樹木希林さんからの言葉があったという話が印象的でした。最高のメニューの鴨せいろはタモリさんとのサシメシだったそうで、お昼の顔になれたのはマネージャーのおかげだと話していたエピソードはタモリさんの懐の深さを感じました。

30代


2020年6月20日放送回 ゲスト:フワちゃん

ごちそう様 フワちゃんさん

ゲストは、大人気のYouTuber芸人フワちゃん。奇抜な衣装で超ハイテンション!今やネットを飛び出し、テレビでも大活躍する彼女の謎に包まれた素顔を、食を通して丸裸に!
■お品書き

「砂糖が大好き!大の甘党フワちゃんの最愛レシピ」
大の甘党だというフワちゃんは、カレーをはじめ、ミネストローネなど何でも砂糖をかけて食べるのが大好き。そんな彼女が“騙されたと思って一度試してみてほしい”とオススメする甘党レシピを紹介。それは、「ご飯」に「ツナ」と「マヨネーズ」を加え、「醤油」をかけた後に、「砂糖」を大さじ2杯振りかける衝撃の一品。スタジオ全員がドン引きだったものの、フワちゃん曰く『東南アジアで大人気と言われるたら納得できる!割と発見的な味』らしく、甘じょっぱさと砂糖のジャリジャリ感が癖になる美味しさだという。

東京・中目黒「夢を追いかけた原点のパスタ」
元々、お笑い芸人を目指していたフワちゃんは、学生時代に中目黒にあるお笑い芸人養成所「ワタナベコメディスクール」に通っていた。レッスン帰りに相方とよく立ち寄っていたのが、行列のできる人気のパスタ専門店「関谷スパゲティ」。厳選された約8種類あるメニューの中で、フワちゃんがオススメするのは、「塩バジリコ」と「たらこクリーム」。この2皿を注文して相方と二人でシェアして食べていたという。

*店舗情報:「練りたて、茹でたて、炒めたて。関谷スパゲティ」
東京都目黒区上目黒3-1-2ハウスセンター中目黒ビル 1F

東京・赤坂「大恩人と食べた!思い出の味」
お笑いコンビ「SF世紀宇宙の子」として活動していたフワちゃん。しかし、そのキャラクターが逆に出てしまったのか素行不良で事務所を首に…コンビも解散することになった。その後、ピン芸人として活動するものの、なかなか日の目を見ない中、友人の放送作家から『YouTubeに向いていると思うよ』と勧められて、YouTubeを始めることに。その放送作家と2人でチームを組んで活動し始めると、最初の動画をアップしてから約1年後…タレント指原莉乃さんがフワちゃんのtwitterをフォロー。『フワちゃんのYouTubeが面白い!』と、指原さんの出演番組にゲストで呼んでもらったのをキッカケに一気に大ブレイク!YouTubeチャンネル登録者数は現在、60万人を突破する人気YouTuberになった(※2020年6月19日現在、66万人)。そんな恩人と呼べる指原さんと時々食事に行くという。普段めったに行くことのないお店へ指原さんは連れて行ってくれ、中でも一番思い出に残っているのが、赤坂にある韓国料理店「プロカンジャンケジャン」。ここの「カンジャンケジャン」が絶品で忘れられない味だという。

*店舗情報:「プロカンジャンケジャン」東京都港区赤坂3-11-7 ソシアル赤坂ビル 2階

東京・白山「貧乏な学生時代を支えてくれた!日本一の学食」
実は、最終学歴は東洋大学の中国哲学文学科(現・東洋思想文化学科)卒業というフワちゃん。大学時代は学校にも通いながら、芸人養成所にも通う多忙な日々を過ごしていた。しかし、次第に授業を欠席しがちになり、遂に留年。そのことを親に言えなかったフワちゃんは、1年分の学費と養成所の費用で約150万円の借金を抱えることに。そのため、生活費を切り詰めていたフワちゃんの主食は、大学の学食だった。実は、東洋大学・白山キャンパスの学食は「学食ランキング1位」(2017年&2018年、早稲田大学学食研究会調べ)に輝き、バリエーションに富んだ本格的な料理が食べられるという“日本一の学食”で知られる。フワちゃんのオススメは、「Curry manta」の「カレー2種(ハーフ&ハーフ)+ナンセット」 。もちろん、値段は学食なので500円という有難さ。それを貧乏学生仲間だった仲良し女子3人組でシェアして食べていたという。

大阪「最悪なイベントで出会ったカレー」(人生最悪の一品)
昨年、いつもやっている営業の仕事と違って、楽しそうだなとノリノリ気分で参加した大阪でのパリピフェス。しかし、行ってみるとお客も30人ほどの閑散としたイベントだったという。そこで、休憩時間に気分を変えよう昼食を食べに行ったお店がネパール&インド料理店「ダイヤモンドスター」だった。すると、あまり期待せずに注文した「チキンバターマサラ」と「チーズナン」が超絶品だったという。特に、「チーズナン」は今まで食べた中で一番美味しいと言える一品で、今も食べに行きたくて仕方ないほど忘れられないという。

*店舗情報:「ダイヤモンドスター」大阪府大阪市住之江区北加賀屋2-12-16

東京・板橋「夢を後押ししてくれたハンバーグ」(人生最高の一品)フワちゃんの“人生最高の一品”は、学生時代のバイト先「板橋3丁目食堂」の「煮込みハンバーグ」。アイスクリーム店、家庭教師…学生時代にやったバイトをほぼ全てクビになること15回。そんなフワちゃんが唯一4年間続けられたバイトがある。そこが、「板橋3丁目食堂」(現在は、板橋の地域活性化のため新業態「おにぎり専門店」として営業中)だった。バイト面接の際、遅刻した上に履歴書にも写真を貼り忘れるなど、フワちゃん自身『不採用だろうな』と思っていたが、店長の『夢は何ですか?』という質問に『芸人になりたいです』と答えたフワちゃん。『若者の夢を応援したい』と常日頃思っている店長は、その一言でフワちゃんを採用。しかし、バイトが始まると…最初に任されたホールではお客にタメ口を聞いてしまい、まもなくキッチン担当に。そして、キッチンではつまみ食いを繰り返して、終いに店長が任命したのは「お皿洗い隊長」。その後、全自動お皿洗い機が導入され、フワちゃんの仕事は超簡単な内容に。それでも店長はクビにすることなく、バイトを続けさせてくれた。そんなバイト先での思い出の味が、賄い料理「田舎風煮込みハンバーグ」だった。ダッチオーブンを使ってラタトゥイユのソースで煮込んだ本格的なハンバーグは、賄いとは思えない豪華な一品。

優しくて理解のある店長とは違い、仕事に対して厳しかったのが店長の奥さん。奥さんに仕事のことで厳しく怒られる時も度々あったという。ただそんな時も、この賄い料理を一緒に食べると場が和んだという。フワちゃんのキャラクターも幸いしていたが、何より実家を出て暮らしていたフワちゃんにとって美味しいご飯を食べさせてくれ、居場所となったこのお店、そして両親のような存在だった店長夫妻との出会いが大きかったという。

*店舗情報:「板橋3丁目食堂」(※閉店)
現在は、おにぎり専門店「板五米店」(東京都板橋区仲宿40)として営業中。

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

ユーチューバー芸人のフワちゃんがゲストでした。ぶっ飛んだキャラですが、実は大卒、中国哲学文学科卒で東洋大学の食堂のカレーがおいしい、という流れには思わず笑ってしまいました。大学時代バイトをしていたお店で、店長はフワちゃんをおもしろがってくれて4年間続けることができたそうで、最後の「トラブルメーカーをムードメーカーにしてくれた」という言葉が象徴的でした。学生時代の友人もフワちゃんのキャラを楽しんでいたようですが、クレジットカードは実質2ヶ月タダになる理論を教えたその友人は今は現金主義と話しており、彼女もまたキャラが濃くて似た者同士だと思いました。

30代


2020年6月13日放送回 ゲスト:吉村崇

ごちそう様 吉村崇さん

ゲストは、平成ノブシコブシ吉村崇さん。MC加藤浩次さんと同じく北海道出身の吉村さんが、コロナが収束したら是非行って食べてもらいたい!故郷・北海道の絶品グルメを紹介。そして、芸人人生の危機を救った先輩・加藤さんの言葉と忘れられない料理、父への感謝を込めた“人生最高の一品”とは?
■お品書き

北海道・札幌市「魅惑の北海道グルメ(1)」
地元の北海道札幌市に帰るとよく訪れるお店「ジンギスカーン」。ちょっとふざけた店名だが、数あるジンギスカン専門店の中でも、特に肉にこだわり、味は絶品の名店だという。

高級フランス料理などにも使われるブランド羊サフォーク種の肉を塊のまま仕入れて捌き、希少な部位を提供している。

一昔前と違い、現在流通しているラム肉は全く臭みがないので、タレではなく、20種類のブレンド塩や刻みわさびやでさっぱりといただくのもオススメ。

*店舗情報:「ジンギスカーン」北海道札幌市中央区南5条西6丁目 多田ビル1F

北海道・札幌市「魅惑の北海道グルメ(2)」
ジンギスカンと並ぶ、定番の北海道グルメと言えば、味噌ラーメン。しかし、吉村さんがオススメするのは「ちゃんぽん」。札幌の繁華街すすきのにある「ちゃんぽん一鶴」。以前は夜9時頃オープンして夜間営業していたそうで、吉村さんはここでシメに「ちゃんぽん」をよく食べていたという。

鶏ガラ・豚骨から出汁をとったスープに魚介などを加えた一杯は、本場長崎ちゃんぽんよりも少し濃いめの味つけ。寒い冬に食べると、身も心も温まるという。

*店舗情報:「ちゃんぽん一鶴(いっかく) すすきの店」北海道札幌市中央区南6条西3丁目 おふく会館1F

東京・赤坂「芸人人生を変えた餃子」
東京・赤坂にある鶏餃子専門店「赤坂よ志多」。実はここ、吉村さんが加藤さんと初めて会った場所。今からおよそ12~3年前、唯一のレギュラー番組がなくなって悩んでいた吉村さんに対し、加藤さんは相談にのり、いろいろアドバイスをしてくれたという。その時、加藤さんの言葉もあって気が楽になった吉村さんにとって、先輩の優しさに触れた忘れられない思い出の店。

加藤さんもよく行くというこちらの餃子は、豚や牛ではなく国産の鶏肉を使用した餡が特徴。食べやすい一口サイズで、水餃子や手羽餃子など9種類もの餃子を楽しめる。

*店舗情報:「鶏餃子専門店 赤坂よ志多」東京都港区赤坂2-14-12高橋ビル1F

北海道・札幌市「支え続けてくれた父への恩返し」(人生最高の一品)
吉村さんの“人生最高の一品”は、札幌すすきのにある「鮨処うえの」のお寿司。幼少期に両親が離婚し、父子家庭で育った吉村さん。売れなかった若手時代には、親戚に頭を下げてお金を工面し仕送りするなど、夢を追い続ける吉村さんを父は何も言わず支えてくれたという。そんな父へのお礼と感謝を込め、初めてごちそうしたのが、このお店だった。

人気メニューの一つが、国産かんぴょうを使用した「干瓢巻き」。

そして、父への感謝を込めてご馳走した“人生最高の一品”は、「手のせ雲丹(うに)」。時期によって仕入れ先を変えるうにを海苔はあえて使わず、シャリにのせるだけの一品。それを大将が手渡しで提供する。

*店舗情報:「鮨処うえの」北海道札幌市中央区南六条西3丁目 ジョイフルサッポロ1F

「不仲だったコンビの運命を変えた…最悪の一品」(人生最悪の一品)
今から約10年前、ある番組で海外ロケの仕事が増え、世界各地の部族にホームステイして過酷な生活を体験した平成ノブシコブシの二人。中でも、パプアニューギニアのある部族にホームステイした時に食べたものが衝撃的すぎて、まさに“人生最高の一品”だったという。

それは、部族民の頭にのせた火鉢を使った謎の調理法で焼いた「クモの丸焼き」。その味は、まるで“焦げ”を食べているような感じだったとか。しかし、そんな最悪な食体験をした仕事が、平成ノブシコブシの運命を大きく変えることになる。

当時、キングコング、ピース、ノンスタイルといった同期がどんどんテレビ出演し活躍していく中、何も結果を出せずにいた平成ノブシコブシ。吉村さんは焦りもあり、うまくいかないことを全て相方の徳井さんのせいにしていたという。

当然、コンビ仲は最悪で…仕事以外では全く会話もなかった。そんな何もかもうまくいかなかった時に舞い込んできたのが、海外ロケの仕事だった。そのチャンスに二人は、全てをかけて必死に食らいついた。

すると、なぜか部族に愛された相方・徳井さんの存在のおかげで、結果的にロケも面白い内容になり、世間的にも好評だった。その後、人気が出てテレビで活躍の場を広げた二人は、現在の地位を築くまでになった。『今の平成ノブシコブシがあるのは、あの海外ロケで弾けた相方のおかげ』と語る吉村さん。今では、今までで一番仲が良い関係になっているという。

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

今日のごちそうさまは、ノブシコブシの吉村崇さんでした。出身地北海道だったのですね!。まず紹介頂き、魅力的に感じたのは、「激ウマ!塩&ワサビで食べるジンギスカン。」でした。今までに見たことの無い新鮮そうたジンギスカンでした。めちゃめたゃ食べたい!と思いました。そして「味噌ラーメンよりおすすめ!北海道ちゃんぽん」は、その通りだと思いました。本当に直ぐに食べたくなりました。めちゃめたゃ美味しそうでした。その他もご馳走を色々紹介頂き、ワクワクしました。

50代

リモート飲みというのもだいぶ慣れてきたところでゲストは平成ノブシコブシの吉村さん。北海道出身ということもありオススメしていた料理はジンギスカンやラーメンでした。店長の加藤さんも同じ北海道なので昔のラムはとてもじゃないけど食べられなかったけど最近のラムは本当に美味しいと言っていました。

私もラムが好きなので今度オススメされたお店に行ってみたいです。一番衝撃だったのは昔海外ロケで食べたという焦げた蜘蛛。売れるためになんでもやったというその時の必死なエピソードを語っていました。売れたところでお父さんにお寿司を振る舞ったという話は感動しました。

40代

平成ノブシコブシの吉村さんが北海道出身だとは知りませんでした。よく訪れるというお店「ジンギスカーン」を紹介していました。私自身はジンギスカンは未経験ですが、少し食べてみたいという気持ちになりました。鮨処うえのの「手のせ雲丹」は直接お客に手渡しで渡すという面白いスタイルで、これも食べてみたいなと思いました。北海道には行ったことがありませんが、こういう美味しいものを見せられるといつかは必ず行ってみたいなという気持ちになりました。

50代

平成ノブシコブシの吉村崇さんがゲストで、リモート収録ですがいつもの最高メニュー・最悪メニューの形式に戻っていました。鮨処うえのでは手に載せてウニの軍艦を出すという変わったお店でしたが、吉村さんのお父さんが食べ方に戸惑って「あーん」と口を開けてしまうというエピソードに笑ってしまいました。ブレイク前の加藤さんからのアドバイスや、過酷な海外ロケの話、不仲が功を奏した相方の徳井さんへの思いを聞き、芸人の大変さや葛藤を感じました。

30代


2020年5月23日放送回

「タクノミでつながろう」特別編(1)

今回は、「タクノミで繋がろう」特別編!MC加藤浩次さん、女将・島崎和歌子さん、常連客・高橋茂雄さん(サバンナ)、アシスタントMC宇賀神メグさん(TBSアナウンサー)の出演者4人がリモートで飲み会を開催。これまで番組で紹介してきた706店舗1155品の中から厳選した“最高の肉料理”を肴にトークを展開。

■お品書き

寺門ジモン“人生最高の肉料理” 神戸 ?皮「サーロインステーキ」(2017年6月17日放送)

“日本一の肉好き”寺門ジモンさんの“人生最高の肉料理”は、神戸にあるステーキハウス「?皮」の「サーロインステーキ」。ステーキ店として世界で初めて“ミシュラン二つ星”の評価を受け、ジモンさん曰く、『日本一のステーキ!いや、世界一のステーキかもしれない!』というほどの名店中の名店。

*店舗情報:「?皮(あらがわ)」兵庫県神戸市中央区中山手通2-15-18

出川哲朗“人生最高の肉料理” 東京・渋谷 ゴールドラッシュ「ハンバーグ」(2018年4月14日放送)

これまで日本全国、さらには世界中を巡り、ありとあらゆる美味しいものを味わってきて、“芸能界一の食通”だと言い張る出川哲朗さんの“人生最高の肉料理”は、渋谷にある「ゴールドラッシュ」の「ハンバーグ」。専門学校の同級生ウッチャンナンチャンの二人(内村光良、南原清隆)と劇団シャララを旗揚げし、座長を務めながら役者を目指していた20代前半。出川さんは横浜の実家を出て、渋谷の六畳一間・風呂トイレなしアパートで一人暮らしをしていた。アルバイト生活で給料が入った時、ご褒美に食べたのが、近くにあった「ゴールドラッシュ」のハンバーグだった。以来、30年通い続けているという。

挽き肉に和牛の脂を混ぜることで旨味を増し、隠し味に醤油を加えたデミグラスソースが絶品。チーズハンバーグはマスタードとマヨネーズを塗った上にチーズをのせるという一工夫が堪らない一品。

*店舗情報:「ゴールドラッシュ渋谷本店」東京都渋谷区宇田川町4-7 トウセン宇田川ビル4F

オーナー加藤浩次“下積み時代のご褒美メシ”

MC加藤浩次さんには、下積み時代に心の支えとなったご褒美メシがあるという。それが、名店「叙々苑」の焼き肉。北海道から上京して25歳頃まで、芸人の仕事だけでは食べていけなかったという加藤さん。そんな加藤さんがバイトしていたのが、ママと娘さんの母子二人だけで切り盛りしていた中目黒のBar。お店の売り上げがいい時に、ママが連れて行ってくれたのが「叙々苑」の中目黒店」だった。北海道出身ということもあり、肉といえばジンギスカンだった加藤さんは、その時に初めて食べた名店の「カルビ」の美味しさに度肝を抜かれてしまい、肉の概念が完全に変わってしまったそう。それからというもの、お店の売り上げアップのために、お客のボトルをなんとか減らそうと必死だったとか。そして、『こんな美味しい肉を、食べたい時に食べられるようになりたい。そのために、仕事を頑張ろう』と誓った若かりし頃の加藤さんであった。

*店舗情報:「叙々苑 中目黒店」東京都目黒区青葉台1-29-12セブンスターマンション1F

森泉“人生最高の肉料理” 東京・赤坂 ルイプリマ「ビーフカツレツ」(2017年5月27日放送)

モデル森泉さんの“人生最高の肉料理”は、赤坂にある「ルイプリマ」の「ビーフカツレツ」。実はこれ、世界的ファッションデザイナーの祖母・森英恵さんを筆頭に華麗なる一族、森家の全員が虜になったという一品。

塊で仕入れた牛肉はメイン部分をカツレツに、そして余分なスジの部分はソースに使用。牛スジをたっぷり使った自家製デミグラスソースは『一滴も無駄にしたくない』と家族全員がお皿を舐めるほど絶品で、レアに仕上がったカツレツにかけると美味しさは倍増する。その美味しさは、いつもみんなをhappyにしてくれるという。

*店舗情報:「LOUIS PRIMA ?ルイプリマ?」東京都港区赤坂8-12-12 赤坂アンドロン1F

尾上松也“人生最高の肉料理” 東京・板橋 テンダーハウス基順館「シャトーブリアン」(2017年5月27日放送)

ただ美味しいだけでなく、味も見た目もパンチが効いた料理が好きで『とにかくガツガツ食べたい!』という尾上松也さん。そんな松也さんの“人生最高の肉料理”は、東京・板橋にある「テンダーハウス基順館」の「シャトーブリアン」。完全予約制で1日1組限定。政界や芸能界の人々が通う、知る人ぞ知る名店。

ただ美味しいだけでなく、味も見た目もパンチが効いた料理が好きで『とにかくガツガツ食べたい!』という尾上松也さん。そんな松也さんの“人生最高の肉料理”は、東京・板橋にある「テンダーハウス基順館」の「シャトーブリアン」。完全予約制で1日1組限定。政界や芸能界の人々が通う、知る人ぞ知る名店。

*店舗情報:「テンダーハウス 基順館」東京都北区滝野川6-84-8

女将・島崎和歌子“地元・高知の行きつけラーメン”

島崎和歌子さんの地元・高知県。家族みんなで通った思い出の店が「ラーメンの豚太郎」。高知県民はみんな知っている有名チェーン店で、オススメは「味噌ラーメン」。ただ、普通の味噌ラーメンではなく、なぜかトンカツがのっている。幼い頃から食べてきた島崎さんには普通だが、県外から来たお客は『味噌ラーメンにとんかつ!?』と、必ずびっくりする一杯。

*店舗情報:高知県内に約30店舗展開

志村けん“人生最高の肉料理” 東京・鶯谷 玉勝「ちゃんこ鍋」(2019年2月23日放送)

志村けんさんが愛した“人生最高の肉料理”は、東京・鶯谷にある「玉勝」の「ちゃんこ鍋」。ザ・ドリフターズに入った24歳当時、暮らしていた鶯谷。付き人から正式メンバーにとなり、初めてもらった給料で自分へのご褒美として食べたという。下町情緒あふれる街に佇むこのお店は1958年創業で、芸能界やスポーツ界の大物たちが訪れる名店。志村さんはじめ、多くの人たちが魅了された「ちゃんこ鍋」は、鶏肉と野菜が基本。白菜や牛蒡、人参、小松菜、豆腐などをまず敷き詰め、その上に福島県産伊達鶏をのせ、調味料を使わずに伊達鶏を15時間煮込んだスープを入れる。更にその上に野菜(一番ニラ、小松菜、ほうれん草、春菊)をのせてグツグツと煮込む。

何より美味しさの決め手は、醤油ベースの特製つけダレ。ネギ、伊達鶏の卵、青のり、一味唐辛子を加えたつけダレは絶品で、志村さんも何度もマネしようと作ってみたが再現できない美味しさだという。

初めての給料で食べたこの味が恋しくて…国民的人気者となった後も志村さんは度々、足を運んでいた。実は亡くなる10日前、入院中の志村さんに『玉勝のおやじさんが元気かどうか、確かめてくれないか』と頼まれた事務所スタッフがわざわざ来店してくれたという。ご主人の高橋正一さんは、『本人も具合が悪いのに、最期まで気遣いの方でした』と、志村さんの優しい素顔を明かしてくれた。

*店舗情報:「玉勝(たまかつ)」東京都台東区根岸3-2-12 鈴木ビル

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

出川哲朗さんの人生最高肉料理を紹介していて、渋谷にあるゴールドラッシュのハンバーグを給料後に食べに行っていた言っていました。スパイシーなソースが肉の味を引き立てているということだったので、とてもおいしそうだと感じました。

30代

この番組は、食をテーマに思い出を語る番組内容が好きで観ています。今回はリモートでの番組で過去のVTRを振り返る回でしたが、志村けんさんのお話が聞けてもうこの人はいないのだなとしみじみ悲しみが溢れました。

40代


2020年5月16日放送回 ゲスト:井川遥

ごちそう様 井川遥さん

ゲストは、井川遥さん。角ハイボールのCMでおなじみ!女優、モデルでありながら2児のママ!“癒し系の女王”としてOLや主婦をはじめ、サラリーマンからも大人気の彼女の素顔は“食いしん坊”だった。

■お品書き

東京・六本木「1日1回は食べる!病みつきの肉」

お店でメニューを選ぶ際には、食べたいものが多すぎて優柔不断になってしまうほど、自ら“食いしん坊”と認める井川遥さん。そんな井川さんの大好物は、1日1回は食べるという“鶏肉”。冷蔵庫にはいつでも食べられるようにストックしてあるそう。一番好きな鶏肉料理は、シンプルに茹でて塩胡椒でいただく「茹で鶏」。茹でた後は、お肉を取り出し、水溶き片栗粉を入れて「鶏スープ」にするのもオススメ。また、残った分は、卵を加えて「鶏雑炊」にアレンジできる。そんな無類の鶏肉好き・井川さんのオススメするお店は、六本木の東京ミッドタウンにある中華料理店「SILIN火龍園」。

*店舗情報:「SILIN火龍園」東京都港区赤坂9-7-4東京ミッドタウン ガレリア ガーデンテラス 2F

「何度もチャレンジしてやっと克服した!牡蠣」(人生最高の一品)

井川遥さんの“人生最高の一品”は、果敢に何度もチャレンジして克服した「牡蠣」。牡蠣を求めて食べ歩いた結果、イチオシのお店は、赤坂にあるオイスターバー「ヴィノーブル」。瀬戸内海に浮かぶ無人島で獲れた希少な牡蠣が楽しめる。美味しく食べてもらうため、地元の漁師さんの直接指導で処理や調理法が徹底された、こだわりの牡蠣。オススメは、6種類が1セットになった「おまかせオイスタープレート」(※季節により種類は変更)。

*店舗情報:「オイスター&ワイン ヴィノーブル」東京都港区赤坂2-11-13 COMMON AKASAKA 1F

無類の牡蠣好きの井川さんには、他にもお気に入りのお店が。お箸でいただくスタイルの創作フレンチのお店で、普段は取材NGのところを今回特別に撮影の承諾いただいた。オススメは、「牡蠣の炭火焼き」。

*店舗情報:非公開

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

井川遥さんのプライベートな姿を知れてとっても面白かったです。ご自身もおっしゃっていましたが、癒し系だと思ってましたので、ギャップを知れてよかったです。久しぶりに生牡蠣を食べたくなりました。実際、わたしも生牡蠣に痛い目にあったことがありますが、井川さんのように、たべたいという欲望にかられ食べたことがあるので、同じでうれしかったです。ママになっても本当に美しくて憧れです!!最後の加藤さんとハイボールで乾杯するところのおかわり!というアドリブもおもしろかったです。本当にハイボールがお好きなんだなと思い、CMがより好印象になりました。

30代

井川遥さんの意外にもきっぱりとした性格がトークの端々から垣間見られて面白かった。行ったことのあるお店が出てきたので懐かしくなり、早くまたなんでも好きなごはんをお店に食べに行ける世界になればいいなと思った。

20代

ゲストは井川遥さんでした。井川さんのプライベートを知る機会はあまりなく、意外と面白い方なのだと思いました。何度食あたりを起こしても、牡蠣にチャレンジする話は非常に面白く、苦手な食べ物が大好きになることがあるのだと感じました。

20代

ゲストは、女優の井川遥さんで、このようなトークをする番組に出演することが珍しいので、とても新鮮でした。母親でもある井川さんの顔も少し見られてとてもよかったです。牡蠣に何度もあたりながらも、それを克服して、今は大好物だというお話は、本当に牡蠣が好きなんだなあという気持ちがよくわかりました。

40代

ゲストに井川遙さんを迎えた今回、その美しさと、おじさんっぽい性格と魅力的な姿に加藤浩次も前のめりな番組です。島崎和歌子、SHELLYの二人がちょいちょい井川さんに絡む質問をし、食べる料理に羨望の目というおかしさですが、なんといってもエンディング、「ハイボール」を頼むことに勇気がいるという井川さんが作るあの「ハイボール」は世間イメージにすっかり浸透したドリンク。画面がもはやコマーシャルのようなクオリティでした。

50代

井川遥さんがゲストでした。久しぶりの通常回を楽しめました。最近はファッション誌での活躍をよく見ていますが、家庭での話も聞けて、子育てと両立しながら仕事しているのがよくわかりました。牡蠣への愛情には笑ってしまいましたが、おいしく食べられるようになってよかったと思いました。

30代

井川遥さんの牡蠣愛がすごかったです。2度あたってもなお、3度目に挑戦する牡蠣への熱い思いが伝わりました。タバスコをかけて食べたリベンジが成功して良かったですね。井川さん曰く殺菌作用があり(笑)、美味しそうなのでやってみます。そんな井川さんイチ押しの赤坂のヴィノーブルへ、いつか行きたいと思います。

50代

井川遥さんはいつも変わらず綺麗で、かっこいいなと思いました。井川さんといえばハイボールのイメージなので、井川さんにハイボールを入れてもらっている加藤浩二さんが羨ましかったです。私もいつか、井川さんのようなかっこいい女性になれることを目指して内面から磨いていこうと思いました。

20代

本日のゲストは井川遥さんでした。昔と変わらず綺麗な姿に驚いたとともに、意外と言葉がぽんぽん出てくるタイプで、新たな一面を知ることができました。牡蠣にあたって克服されたということでしたが、わたし自身克服出来てないので羨ましいです。最後、ハイボールを作る姿は某CMのままで飲みたくなりました。

30代


2020年5月9日放送回 ゲスト:眞栄田郷敦

ごちそう様 眞栄田郷敦さん

ゲストは、眞栄田郷敦さん。2019年、話題を呼んだドラマ「ノーサイドゲーム」でキーマンを演じ、いま大注目の若手俳優は、“爆食王子”だった!?『(食欲の)リミッターが外れると、ヤバい』『おいしければ、ゼロキロカロリー』など、名言を連発したイケメン俳優の素顔とは?
■お品書き

岡山市「店名がビミョーな定食屋さん」
プロのサックス奏者を目指して進学した岡山での高校時代、郷敦さんがよく通っていたお店がある。学校から徒歩5分にある定食屋さん「Let’s悟飯」。「ドラゴンボール」が好きだという店主が付けたちょっとふざけた店名だが、味は絶品だという。郷敦さんが大好きでよく食べていたのが、「チキン南蛮定食」。揚げた鶏肉を秘密のタレに浸して衣がべちゃっとしたのが特徴で、自家製タルタルソースでいただく。育ち盛りの高校生には、ご飯がすすむたまらない一品。親元を離れ、サックスに明け暮れた高校時代、郷敦さんを支えてくれた思い出の味。

*店舗情報:「Let’s 悟飯」岡山県岡山市北区津島笹が瀬1-16

東京・神楽坂「究極の白い揚げ物」
高校卒業後、上京して音楽から俳優の道へ進み始めた郷敦さん。上京当時、大好物のとんかつ食べ歩きをする中で辿り着いた名店がある。神楽坂の「あげづき」。オススメは「特上ヒレかつ」。旨みが抜群にある宮崎県産の希少な豚肉は、ステーキ並みに肉厚で食べ応えがあって、とにかく肉肉しいという。低温の油で20分間ゆっくり火を通して肉の旨みと水分を閉じ込め、さらに高温で衣をサクサクに仕上げた、白い衣が特徴の一品。郷敦さんは、塩で食べるのがお好みだという。

そして、とんかつ以上にお気に入りなのが「ササミフライ」。たった20年の人生だが、「ササミフライ」の概念がぶっ飛ぶ、美味しさだという。

*店舗情報:「あげづき」東京都新宿区神楽坂3-2 山ノ内ヒ゛ルB1F

「母の作る粕汁」(人生最高の一品)
眞栄田郷敦さんの人生最高の一品は、おふくろの味「粕汁」。それには、アメリカで生まれ育った郷敦さんならではの理由があった。幼い頃、家族で外食に行く時に父が「どこに行く?」と聞くと、いつも「ママレストラン」と言っていたという郷敦さん。それほど大好きな母の手料理の中でも、一番の大好物が「粕汁」。 アメリカの地で母が作る日本の味は、“日本人としての大事な部分を忘れないように”というメッセージが込められていたのでは…と思うそうだ。その「粕汁」は人参・大根・ちくわ・油揚げを鰹出汁で煮込み、酒粕は濃いめ。味噌ではなく醤油で味付けし、最後にネギを山盛りにトッピングした一品。今でも、母の「粕汁」を食べたいがために、京都の実家に帰ることもあるという郷敦さん。「粕汁」だけでなく、いつも背中を押して温かく見守ってくれる母の存在こそが、大きな心の支えとなっているという。

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

眞栄田郷敦さんが出演されていて、このようなトーク番組に出演しているのは珍しくてどんな方なのかなあと思っていましたが、話し方も落ち着いていて、とても好感が持てる感じがしました。紹介されていた料理もおいしそうで食べてみたくなりました。

40代

やっぱり、多くの男性は、オフクロの味が思い出の最も上位のグループに入っているのかなと、眞栄田郷敦さんの粕汁の話を見てそう思いました。自分は定食が好きなので、紹介されていたヒレカツやささみカツなどに引き込まれてしまいました。

40代

眞栄田郷敦くん、無限に食べられるって全然そうは見えない。涼しい顔に似合わない発言でしたが、きっとトレーニングとか鍛えているからカロリー消費されているんでしょうね。YOUや島崎和歌子さんが「かわいい~」と口を揃えて言っていましたが、おばちゃんたちちょっと騒ぎ過ぎですよ。ビバリーヒルズでの生活がけた違いにぶっ飛んでいてなかなか面白かったです。究極の白い揚げ物の話も興味しんしんに聞いちゃいました。

40代

たまたま流れでつけていた番組でしたが、ゲストが眞栄田郷敦さんと知り思わず見入ってしまいました。実は職場の後輩に眞栄田郷敦さんと高校の同級生がいまして、たまに写真も見せて貰っていました。その時は、今どきのイケメンくらいにしか思わなかったのですが、今日の話しぶりや内容を聞いて、なかなか面白いコだなと好印象を持ちました。地元岡山の定食屋さんも紹介され、知らないお店でしたのでとても興味深く拝見しました。チキン南蛮美味しそうでした。食べに行きたいです。

30代

眞栄田郷敦が紹介した「Let’s悟飯」のチキン南蛮がとてもおいしそうでした。秘伝のタレに漬け込んで自家製タルタルソースをたっぷり掛けているところがおいしそうに感じました。番組最後に、眞栄田郷敦が将来自分の子供に「優人」と名付けたいといった事に対して加藤浩次が「違う名前つけていたら文句言いに行くからね」と言ったところが嘘くさかったです。

40代


2020年5月2日放送回

おかわりスペシャル(4)
ごちそう様 林家たい平さん・藤ヶ谷太輔さん(Kis-My-Ft2)・中村獅童さん

「食」と「人生」がたっぷり詰まったアノ人のアノ話を“オカワリ”するスペシャル第4弾!今回は、国民的番組「笑点」でお馴染みの落語家・林家たい平さん、“ジャニーズの中で最も苦労したグループ”の1つと言われるKis-My-Ft2の藤ヶ谷太輔さん、“歌舞伎界の異端児”中村獅童さんの3名。大切な人との絆…感動のおいしいお話をオカワリしました。
■お品書き

林家たい平(2020年2月8日放送)
東京・浅草「涙を流しながら師匠と食べた…天丼」(人生最悪&人生最高の一品)
たい平さんが真打に昇進したのは、2000年のこと。その披露パーティーを師匠である林家こん平さんの誕生日にやると決め、師匠が尊敬する国民的歌手・三波春夫さんを呼んで喜ばそうと思ったたい平さんは、思いをしたためた手紙を三波春夫さんに送った。すると後日、こん平師匠に呼ばれて行くと、目の前には2通の手紙が。1通は、自分が三波春夫さんに送ったはずの手紙。そして、もう1通は三波春夫さんが師匠に宛てた手紙だった。こん平師匠宛の手紙にはこう書いてあったという。『たい平さんの気持ちはよくわかりました。ただ、芸能界には芸能界のしきたりがあって、物事を頼む際には順番を踏まないといけない。そこは、わきまえないといけない。ただ、たい平さんの気持ちをこん平師匠にはよくわかって欲しいから、その手紙を同封します』と。そして、こん平師匠は『こんなことを教えてくれる人はいない。三波先生のところに二人で謝りに行こう』と言い、一緒に謝罪に行ってくれたという。その帰り、申し訳なさでいっぱいだったたい平さんは『ご馳走させてください』と、本来は弟子が師匠に言うことのない言葉を発する。すると、こん平師匠は『ご馳走になろう!おいしくて高いもの』と答えてくれたという。その時に二人で食べたのが、師匠の大好きな浅草の「大黒家天麩羅」の「天丼」だった。

えび2本に、かき揚げ1枚入り。ごま油の香ばしい「天丼」を前に、たい平さんは『本当にすみませんでした』と何度も謝ったという。しかし、そんな弟子を前にこん平師匠は『よし、もういい。これからは美味しく食べよう!』と一言。その後は、『おいしいね!おいしいね!』と食べたという。そんな師匠の愛情に触れ、申し訳なさと嬉しさで、こん平さんは天丼が涙で見えなかったという。師匠との絆がより深まった一品であった。

*店舗情報:「大黒家 天麩羅 別館」東京都台東区浅草1-31-9

藤ヶ谷太輔(2020年3月21日放送)
東京・渋谷「アイドル人生の苦楽を共にした…ラーメン」(人生最高の一品)
藤ヶ谷太輔さんの“人生最高の一品”は、NHKの食堂の「ラーメン」。1杯280円。小学5年生(11歳)でジャニーズ事務所に入り、長いジャニーズJr.時代を経て、24歳でKis-My-Ft2のデビュー、そしてデビュー9年目にして果たした紅白初出場…21年のアイドル人生で苦楽を共にしてきたのが、このラーメンだった。今まで400、500杯は食べ、いつも食べると『初心に戻れる味』。2019年、初めて紅白に出場した時もメンバーとすすったラーメンは、『こんなうまかった?』と思うほどの美味しさだった。これからの芸能人生においても、藤ヶ谷さんがずっと食べ続けていくであろう“最高の一杯”。

「ひと言が重い…中居正広さんとの食事」(人生最悪の一品)
グループとしても、個人としても一番お世話になっている先輩・中居正広さん。そんな中居さんと時々食事をすることがあり、そこではいつも、メンバーが出演した番組をほぼ観ている中居さんから具体的なアドバイスがあるという。そうなると、いつしか箸も止まってしまい、手は膝の上でひたすら緊張しながら話を聞く…といった状況に。藤ヶ谷さん的には、中居さんとの食事は『気楽にご飯行って楽しいとはならない』という意味で、“人生最悪”にして中居さんをイジろうとしてみたが…そうはならなかった。というのも、中居さんと二人きりで旅行するほどの関係で、これまで本当にお世話になってきているから。『汗をかき、恥をかき、ベソをかく。この“3かき”をしないとダメだ。そうしないと感動するものは生まれない』、『Kis-My-Ft2が、SMAPを越えろ』など、印象に残る中居さんのアドバイスがたくさんある。そして、ジャニーズ事務所を退所する中居さんへの思いを聞かれると…『すごい寂しいけど、これからの中居さんの姿をしっかり見て、自分たちは“コイツらなら大丈夫”だと思ってもらえるようになりたい』と語った。

中村獅童(2020年3月28日放送)
神奈川・鎌倉「愛妻との縁を繋いでくれた…あの街のイタリアン」
獅童さんのことを支える妻の沙織さん。出会いは、獅童さんの行きつけのアクセサリー店。店員だった沙織さんのことが気になっていた獅童さんが招待されたパーティー後、飲みに誘ったのがキッカケだった。しかし、沙織さんは3時間経っても現れず…痺れを切らした獅童さんが電話で言った言葉は『お前、早く来いよ』。実は、沙織さんはどう断ろうかとずっと上司に相談して悩んでいたという。そんなことは知らず、その後やって来た沙織さんに対し、お酒が入っていい気分になっていた獅童さんは『俺と結婚しよう』と、いきなりのプロポーズをする始末。その次の日、前日のヒドイ自分を猛省した獅童さんは、あらためて沙織さんを食事に誘った。そうして初デートで行ったのが、某番組の鎌倉特集で知ったイタリアン「Fosseta(フォセッタ)」だった。

初デートで食べたのは、その某番組で紹介していた「魚介を使ったパスタ」だった。湘南の海で獲れたシコイワシ(カタクチイワシ)と旬の鎌倉野菜・菜の花を使った「小坪シコイワシと湘南菜の花のアーリオオーリオスパゲティ」。もちろん、味は絶品だった。

ちなみに、ヒドかった前日と異なり、その日は沙織さんに振り向いてもらおうと一生懸命だった獅童さん。そのギャップが沙織さんの心を掴んだのか、無事交際がスタートしたという。今も、時々この店に行った時には、当時のことを思い出す、獅童さんにとって大切な思い出の味。

*店舗情報:「Fossetta(フォセッタ)」神奈川県鎌倉市西鎌倉1-2-1

「最愛の母が残してくれた…最後の大好物」(人生最高の一品)
歌舞伎の名家に生まれたものの、父が歌舞伎俳優を廃業したことで後ろ盾もなく、自ら道を切り拓いてきた獅童さん。そんな獅童さんを幼い頃から支え続けたのが、母・陽子さんだった。その最愛の母が、2013年の冬、突然他界した。あまりにも突然のことで混乱した獅童さんだったが、妻・沙織さんと二人で家を整理した際、冷蔵庫を開けて出てきたのが、「母が作り置きしていたビーフシチュー」だった。それが、中村獅童さんの“人生最高の一品。

※イメージ

獅童さんも、妻・沙織さんも大好物だった「母のビーフシチュー」。母の最後の手料理だけに食べるに食べられず、数週間後ようやく二人で口にした時、母との思い出が走馬灯のように甦ったという。後ろ盾のない中、獅童さんが憧れて入った歌舞伎の世界…身の回りの世話から全てやってくれ、いつも獅童さんを応援し続けてくれたのが母・陽子さんだった。その母が亡くなってから気付いた感謝の気持ち、そしてケンカしたまま謝ることもしてなかった後悔、何も伝えられてなかったし、何もしてやれてなかった…と今も獅童さんは心残りだという。だからこそ、『だらしなくてダメな人間ですけど、少しでも、もっともっといい役者になって、真面目に生きないといけない』と、涙ながらに母への思いを語った。最後になった「母のビーフシチュー」は、“料理は作り手の思いを感じて、いただかないといけない”そして、“普段の何気ない日常を大切に生きなければいけない”と教えてくれたのであった。

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

林家たい平さんのお話は切なくなりました。笑点は子供の頃から観ていて、こん平さんがお元気だった時代を知っている世代なのでたい平さんが代打で出て来られた時ははじめて観る方だったので「この人で大丈夫なのかな」と思ったのを覚えています。しかしこんなに色々な経験をされた方だったと今回知る事が出来て、今後も応援しようと思えました。

40代

前に観たことがある回のアーカイブ放送でした。でも、食べ物の番組は美味しそうな感じがとても受け入れ易いためか、何回再放送されてもその都度、感激してしまいそうです。前回はたしか中村獅童さんの涙に感動しましたが、今回は天丼が美味しそうで印象に残りました。

40代

NHKの食堂のラーメンが280円で食べられるということに驚きました。Kis-My-Ft2の藤ヶ谷太輔さんがお金のないジュニア時代からここでいつも280円のラーメンを食べていて、紅白に出場した時は信じられない気持ちだったそうです。本当に安いのにおいしそうなラーメンで食べたくなりました。

30代

過去の総集編ではありましたが、何度みても笑ったり泣いたりできます。特に、中村獅童さんの回は、考えさせられることが多くありました。感謝の気持ちを伝えたいのに伝えられないのが、どれだけ後悔することなのか改めて痛感しました。

20代


2020年4月25日放送回

おかわりスペシャル(3)
ごちそう様 ミキ 昴生さん 亜生さん・小川彩佳さん・冨永愛さん

「食」と「人生」がたっぷり詰まったアノ人のアノ話を“オカワリ”するスペシャル第3弾!今回は、兄弟お笑いコンビ・ミキの昴生さんと亜生さん、「NEWS23」メインキャスターの小川彩佳さん、モデルの冨永愛さんの「そんな時代もあったなあ」という新人・下積み時代のお話をオカワリしました。
■お品書き

ミキ(2020年3月14日放送)
大阪・心斎橋「コンビ結成前夜の忘れられない…絶品の鉄板鍋」
現在は閉店してしまったが、二人がコンビを結成するキカッケになった店が大阪・心斎橋にあった。先輩芸人が店長をしていた店で、兄・昴生さんは芸人仲間とよく通っていた。そこに学生だった弟・亜生さんも呼ばれて同席。そこで亜生さんは、お金のない芸人たちが楽しそうにしている姿を目の当たりにして『こんな面白い世界があるのか』と驚き、お笑いの世界に興味を持ったという。さらに、ここは昴生さんが奥さんと出会った場所でもあった。お互い常連客同士で意気投合。付き合い始めたものの、昴生さんは鳴かず飛ばずで、半分ヒモ状態。そんな時、彼女が『亜生とコンビ組み!』と一言。その言葉がキッカケとなり、兄弟お笑いコンビ・ミキが誕生したのだった。そんなミキの二人も、昴生さんの奥さんもみんな大好きでいつも食べていたのが「鉄板鍋」。牛肉・ホルモン・つくね・野菜などを盛り付けた、安くて美味しい一品。

この「鉄板鍋」があったからこそ、昴生さんは奥さんと出会い、そして亜生さんとの兄弟コンビが誕生した。コンビ結成を導いてくれた一品と言っても過言ではない。

大阪・大国町「ドン底の中で食べた…人生最高のハンバーグ」(人生最高の一品)
兄弟コンビを結成して受けた最初のオーディション。面白くなかったら途中で切られるゴングショー形式で行われ、ミキ最初の漫才は僅か10秒ほどで切られてしまったという。順風満帆に行くと思い込んでいた弟・亜生さんは、かなり落ち込んでしまう。そんな弟に対し、兄・昴生さんは『おいしいものを食べに行こう』と声をかけ、当時彼女だった奥さんと3人で行ったのが大阪・大国町の「HamBurg&Cafe THE BURG」だった。もちろん、支払いは奥さん持ちで。劇場近くのその店には、同様にオーディションに落ちた若手芸人が他にもたくさんいて、どんよりした空気が今でも思い出されるという。

昴生さんが“人生最高の一品”に選んだのは「チーズびっくりハンバーグ」。こだわりのタネは、牛・豚・鶏の3種のひき肉、自家製の香辛料、つなぎを使い、作り置きせず毎日練って作る。平たく大きいのが特徴。

一方、亜生さんが“人生最高の一品”に選んだのは「ハンバーグスパゲッティー」。スパゲッティ―の上に名物のハンバーグをのせたボリューム満点の一品。

ボロクソに言われドン底から始まった“ミキのお笑い人生”。今や人気者となったミキの二人だが、これまで“つらい時こそ美味しいものを食べよう”と言って頑張ってきたという。この店のハンバーグは、挫折を乗り越えてきた二人にとっての、まさに“原点”の味である。

*店舗情報:「HamBurg&Cafe THE BURG」大阪府大阪市浪速区敷津東1-6-14朝日ビル

小川彩佳(2020年2月1日放送)
東京・白金「ひとり反省会で…絶品の串焼き」
テレビ朝日時代は「報道ステーション」のサブキャスター、そして現在はTBS「NEWS23」のメインキャスターとして、生放送の報道番組に出演し続ける小川彩佳さん。日々の仕事の中で、もちろん失敗もあるという。そんな日は放送終わりに、直帰せず一人反省会で飲みに行くことも。一人反省会のお店の一つが、白金にある和牛専門店「牛泥棒」。

小川さんオススメは、「牛ホホのシチュー串」。デミグラスソースでしっかり煮込んだ牛ホホ肉の串焼きに、バケットを添えられた一品。

他にも、和牛専門店ならではの絶品お肉の串焼きがズラリ。その日のオススメお肉3種を贅沢に串焼きにした「特選雌牛3種食べ比べ」は人気メニュー(写真は、ザブトン、カイノミ、ランプの3品)。

*店舗情報:「牛泥棒」東京都港区白金5-10-12 1F

冨永愛(2019年12月28日放送)
フランス・パリ「トップモデルのご褒美カルビ」
15歳でモデルとなり、17歳で海外初挑戦。トップモデルという栄光を目指し、世界中から集まったモデルたちと競い合い、何万人という中からオーディションを勝ち抜き、ようやくランウェイに立てる。そんな厳しいモデルの世界で闘い、パリ、ロンドン、ミラノ、ニューヨークという世界のファッション界で活躍するようになった冨永愛さん。そして遂に海外挑戦して10年、27歳の時に一流ブランド「GIVENCHY」のエクスクルーシブ(専属契約)を勝ち取る。ブランドに1人しかいないエクスクルーシブになれることは、いわゆるスーパーモデルの証。そんなモデルとして認められた嬉しい時や、ひと仕事終えた時のご褒美として、異国の地パリで訪れたのが、セーヌ川の近くにある焼肉店「松ちゃん」。日本人が営んでおり、店内に入ればまさに日本。フランスのファッション界にもファンの多い人気店だという。ステーキ肉も美味しいフランス産のお肉を使用し、特製タレでいただく焼肉は、日本で食べるのと遜色ない美味しさ。

*店舗情報:「松ちゃん」フランス パリ テアトル通り 55

アメリカ・ニューヨーク「17歳、単身NY生活を支えた…母の味」(人生最高の一品)
17歳の時、冨永さんは海外のコレクションに初挑戦。最初の地は、単身で乗り込んだニューヨークだった。当時は、ロシア、ブラジルなど世界中から集まった同年代のモデルたちとアパートメントで共同生活。トイレ、お風呂、キッチン、電話…すべてをシェアして暮らしていた。そんな不慣れな生活を送る中、心の支えとなったのが、小さい頃から慣れ親しんだ母の味だった。それが、母の手作り「梅干し」。海外生活だと日本食が思うように食べられなかったため、スーツケースに「サトウのごはん」、「インスタント味噌汁」、そして「母の手作り梅干し」をスーツケースにいっぱい詰め込んで持って行っていたという。

「母の手作り梅干し」は、甘くなく、しょっぱい酸っぱい昔ながらの味付け。海外生活で疲れた時、そして辛い時に一粒かじって、涙を流したこともあったという。しかし、そこからトップモデルまで駆け上がった冨永さん。この世界で頑張ってこれた原動力は、“怒り”だという。冨永さんが海外挑戦した当時は、ファッション界はアジア人というだけで「黒しか似合わない」「ドレス似合わない」などと偏見で見られていた時代。そのことが悔しくて、冨永さんは『絶対負けない!絶対トップまで行ってやる!』とモチベーションを保ち、挑戦を続けた。そんな冨永さんを時に支えてくれたのが、母の味「梅干し」だった。

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

冨永愛さんが身体が商品・資本だからといっているのがものすごいと思いました。そのためだったら好きな食べ物も節制できて、しかも大好きだというラーメンは年2回というのにはさすがに驚きました。年2回なら、とびっきりおいしいの食べたいと思うだろうし、ある意味特別なラーメンだろうなと思った。

30代

人生最高レストランは総集編で複数の人が出演していましたが、面白かったのが小川彩佳アナです。本当に面白かったです。ロックが好きということを知りませんでした。フェスにも参戦するそうです。「参戦という言葉を使うのはガチの人だ」と突っ込みを入れられていました。ヘドバンもするみたいですね。特にレッチリがお気に入りでよく聴いているのだそうです。現在妊娠中ですが胎教にもレッチリを聞いているのかが気になります。

30代

人生最高レストラン』はどんな番組?

2017年からTBS系列で毎週土曜日に30分枠で放送されているグルメトークバラエティー番組です。

毎週多彩な芸能人をゲストに、人生で最高の”食”に関する話をレギュラーメンバーと共に展開します。

2019年12月28日からはMCに、加藤浩次さん(極楽とんぼ)。アシスタントMCに宇賀神メグさん(TBSアナウンサー)。女将の設定として、島崎和歌子さん。常連客の設定で、毎週各1名準レギュラーの芸能人が交代で出演します。

番組では、大好物の食べ物の話や、人生最高の一品、人生最悪の一品が紹介されます。

とは言っても、一番おいしかった物と美味しくなかった物と言うよりは、人生において印象に残っている思い出の食事やメニューに纏わるエピソードの話。

例えば、すごく辛いときに助けてくれた人の心温まる手料理や、苦い思い出のレストランで食べた物みたいな感じです。

俳優・芸人・スポーツ選手・作家等様々です。

人生最高レストラン』の見所・おすすめポイント

普段は芸能人のの素顔を観る機会がありませんが、番組では食に関する思い出の話や経験談を通し、ゲストの過去や意外な部分を知れたり人柄がわかるところが見所です。

又、ゲストの変わった習慣やこだわりが聴ける点も面白いです。特に売れない時代の苦労話、大変な思いをした時のエピソードなどは、興味深いです

人生には色々な事がありますが、ゲストのエピソードを聞くと、人生の門出だったり節目には”食”が大抵関わっているものだと思わされ、食事とは時に単にお腹を満たす以上の事にもなりえる事が感じれる番組です。

ゲストのエピソードに出てくる食べ物や、食べれるお店やレストランも詳しく紹介もありますので、グルメ情報としても十分です。実際に足を運んでみるの良いかもしれません。

常連客設定の準レギュラー紹介!

  • YOU
  • 堀田茜
  • 藤森慎吾
  • 足立梨花
  • 中村静香
  • 岡田圭右(ますだおかだ)
  • 川島明(麒麟)
  • 陣内智則
  • 高橋みなみ
  • 井戸田潤等

人生最高レストラン』の人気企画を紹介

中村獅童さん 6年越しの大勝軒のラーメン

歌舞伎界の異端児 中村獅童さんは、小学校から高校まで東京吉祥寺に通っていたそうで。

小学1年生から毎日バスで通学していましたが、昭和30年創業の永福町大勝軒の前をバスが通るとき、車内まで美味しそうなラーメンの香りが漂ってきたそうです。そして小学6年生の頃、おこづかいを貯めて一人で暖簾をくぐったとの事。

それ以来、永福町大勝軒を愛してやまない獅童さんですが、愛してやまないあまりに大勝軒のラーメンを食べる際のこだわりがスゴイ。

大勝軒のラーメンは気軽に食べられる物のではなく、体調と精神を万全な状態に整えていくべし。整え方はと言うと。

  1. 当日の朝はサラダ
  2. 昼は食べない
  3. 大勝軒へ思いを巡らせる。
  4. 体調を整えた状態で訪問だそうです。

中島健人さん ジャニーさんとの人生最悪の焼肉

ジャニーズJr.時代にジャニーさんに初めて焼肉に連れて行ってもらった時の話です。

ジャニーさんは大皿で食べきれないほどの肉を注文し、一気にお肉を焼き始めたことに驚いた中島健人さん。

田中樹さんと連れてきてもらっていて、2人でそのお肉を食べることに。中島健人さんは、食べるのを断ったらデビューさせてもらえないかも?と思い、味がわからなくなるほど食べたそうです。

しかしジャニーさんは最後に巨大なスイーツを注文してしまい、食べきれない2人は、ジャニーさんが席を外したすきに鉄板へぶち込んでしまったそう。

生瀬勝久さん 最後の晩餐はカレーライス

バイク好きの生瀬勝久さんは20歳の頃、ツーリングでカーブを曲がり切れず転倒。車のタイヤの下敷きになるような大事故に遭遇。

前日はカレーライスを食べていた生瀬さん。もし事故で死んでいたら、最後の晩餐は、カレーライスだったかもと。

それからは、「人生はいつ死ぬかわからない。生きている間は好きなことをやろう」考えが変わり、芝居を頑張ったそうです。そういう意味で最後の晩餐になりかけたカレーライスは、人生最高の一品だそうです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です