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人生最高レストラン

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『人生最高レストラン』過去放送回の番組内容を紹介

人生最高レストラン放送内容一覧

2020年10月17日放送回

ごちそう様 藤井隆さん

ゲストは、藤井隆さん。大ヒットドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」やNHK朝ドラに出演し、舞台やミュージカルでも活躍!今や、お笑いより舞台の仕事がメインとも言える藤井さんは、実はサラリーマンとして経理で働きながら吉本新喜劇に出演していたという稀有な経歴の持ち主。そんな藤井さんの素顔をMC加藤さんは『真面目な中にとんでもない狂気を持つ男』と表現。芸人、俳優、歌手とマルチな才能を見せる藤井さんが“人生の恩人”と食べた“おいしいもの”のお話を語った。
■お品書き

東京・麻布十番「大物MCと“冷製パスタ”」

藤井さんが大阪から上京し、東京をベースに仕事を始めた当時からお世話になった先輩芸人の一人、今田耕司さん。よく仕事終わりに今田さんが食事へ連れて行ってくれたそうで、ある時、麻布十番でレストランから出てきた石田純一さんと遭遇したという。すると、今田耕司さんが『石田純一さんが行くお店は絶対おいしいから』と、即座に予約。2日後、実際に行ったそのお店が、「Piccolo Grandeピッコログランデ」。名物「アッラビアータ」をはじめ、本格的なメニューが人気の老舗イタリアンで、石田純一さんの行きつけとして知られる。藤井さんが今田さんと訪れた際も、また石田さんの姿があったから驚いたという。

以来、家族でも訪れるほどお気に入りとなった藤井さんのオススメは、「冷たいフルーツトマトのフェデリーニ」。トマトがおいしい2月~5月頃のみ味わえる期間限定パスタ。妻・乙葉さんも大好きな一品だという。

そして、藤井さんが大好きな料理が、最初に出てくる「ゼッポリ」。準強力粉、わかめ、青のり、黒胡椒などを使用したパン生地を2度揚げ。外はカリカリ、中はモチモチとした食感が楽しめる一品。あまりにも美味しいので、藤井さんはついたくさん食べすぎてしまい、これだけでお腹いっぱいになってしまうこともあるらしい。

*店舗情報:「Piccolo Grande」東京都港区麻布十番3-7-2

ニューヨーク・ワシントンスクエア「海外で活躍するアノ有名人と“ラザニア”」

昨年6月頃、舞台と舞台の合間で仕事がしばらくなかった時、『一人旅にでも行ってきたら?』という妻・乙葉さんのやさしい一言をきっかけに一人訪ねたニューヨーク。そこで、久しぶりにピース綾部祐二さんと会える時間があったという。すっかりニューヨーカーになっていた?綾部さんが連れて行ってくれたのが、おしゃれなカフェレストラン「La Lanterna di Vittorioラ・ランターナ・ディ・ヴィットーリオ」。実はこのお店、秋元康さんが名曲「川の流れのように」を作詞した場所と言われており、あの世界的歌手テイラー・スウィフトもよく訪れるという。

ピザやコース料理まで気軽にイタリアンを楽しめるこのお店で、藤井さんが綾部さんと食べたのは大好きなラザニア。ここの名物だというラザニアは、バジル、ミートソース、チーズの3種類の味を楽しめる。

綾部さんとの再会があったから…というわけではないが、ブロードウェイミュージカルを観劇して過ごしたニューヨーク一人旅で、藤井さんはパワーをもらえたそう。当時ちょっと不安になっていた仕事に対する気持ちが、前向きになれたという。

*店舗情報:「La Lanterna di Vittorio」129 MacDougal St, New York, NY 10012

東京・溜池山王「すべてを教えてくれた人と“パンケーキ”」(人生最高の一品)

藤井隆さんの“人生最高の一品”は、ザ・キャピトルホテル東急にあるオールデイダイニング「ORIGAMI」の「パンケーキ」。旧称ホテル時代にザ・ビートルズが来日公演時に宿泊したことから広く知られ、日本の伝統的な建築様式を取り入れた和モダンなホテル。そのコーヒーショップとしてオープンし、各界の著名人が訪れるのが「ORIGAMI」。そこは、藤井さんの芸能人生を支え続けてくれ、すべてをおしえてくれた大恩人YOUさんが連れて行ってくれたところであり、今も通い続けるお店。

ここの名物といえば、「排骨拉麺(パーコーメン)」。国産豚ロースを2時間半秘伝のタレにつけ2度揚げすることで外はさっくり、中はジューシーに仕上げた排骨(パーコー)、鶏と豚のガラで約6時間かけて煮込んだものにオリジナルのタレを加えたスープ、外国人が時間をかけて食べても大丈夫なように工夫した伸びにくい麺が絶妙に絡んだ一杯。白ネギ、万能ネギ、ラー油、七味唐辛子をお好みでトッピングして、一度にいろいろな味わいを楽しめる。

YOUさんに連れて行ってもらって以来、藤井さんが長年愛し続ける人生最高の一品「パンケーキ」は、普通のそれとは異なる。当時のオーストリア人総料理長が自身の祖母が作ってくれた家庭料理をイメージし開発した「ジャーマンアップルパンケーキ メープルシロップ バターとともに」。フライパンの縁まで生地をまわし、オーブンに入れてこんがり焦げ目がつくまで焼き上げたもので、ふんわりではなく、薄いのが特長。熱々のパンケーキにたっぷりのバター、メープルシロップをかけていただく。リンゴの食感ともっちりとした生地の相性は抜群で、素朴でやさしい味わいが口の中に広がる一品。藤井さんは、追加トッピングでアイスクリームをのせるのがお気に入りだという。

*店舗情報:「オールデイダイニングORIGAMI」東京都千代田区永田町2-10-3ザ・キャピトルホテル東急

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

タレント・お笑い芸人として活躍する藤井隆さんの御馳走を紹介していて、更に先輩芸能人でお世話になった方も番組で発表していました。その恩人は、この番組にレギュラー出演しているYOUさんで、途中で本人が気づいていたのが印象的でした。

30代

同じお笑芸人仲間の綾部さんのニューヨークの食事として、うどんを始めようとか話を聞いたようでした。ニューヨークで働くことはかっこいいですが、頭が良くないと出来ないことだと思います。今日は食事以外に良い話をしてくれていてためになりました。

30代

 

藤井隆さんがゲストでした。冒頭で久しぶりにホット!ホット!を見られたのがうれしかったです。食事の思い出に大切な人がいた、というのが藤井さんらしいと思いました。藤井さんがスタッフとの打ち合わせで強めに意見を言うと、今田耕司さんに「ニコニコやりなさい」と言われたそうで、お二人の意外な面を知りました。ラストの大恩人がYOUさんで仲の良さが伝わりました。

30代

藤井隆さん大ファンなのですが、今回はゲスト側で、芸人だったらすぐに面白おかしく笑いを取ろうとするところですが藤井さんは凄く自然体で話してそこから笑いに持って行くのがさすがだと思います。奥さんとの話も聞けて良かったです。

30代

ニューヨーカーになった綾部さんがいきいきしていて幸せそうでした。ランターナはいかにもNYCのカフェという雰囲気で、そこにいるだけでテイラースィフト気分になるだろうな、と馳せてしまいました。映っていた苺が乗ったケーキ、オリーブが入ったマティーニ、バジルのラザニアも垂涎ものでした。

40代

藤井隆さんがゲストでした。昔、ご自身の番組に意見をすることが多く、スタッフからは嫌われていたと思っていたみたいです。しかし今田耕司さんからアドバイスを貰い、大変お世話になったみたいです。今田さんが長く活躍している理由がわかりました。奥さんが大好きで束縛が激しいみたいで、奥さんが髪を切るときは藤井さんの許可が必要なのは驚きました。妊娠中の時は、服なども買っていて凄いと思いました。

30代


2020年10月10日放送回

ごちそう様 斉藤由貴さん

ゲストは、斉藤由貴さん。17歳で「ミスマガジン」グランプリに選ばれ、18歳で「卒業」で歌手デビュー!そして、「スケバン刑事」でドラマ初主演し女優デビュー!80年代のトップアイドルとして一世を風靡し、その後も女優として第一線で活躍。今年デビュー35周年を迎えた彼女の素顔に、高校時代に斉藤さんの追っかけをしたことがあるMC加藤さんが食を通して迫った。しかし、斉藤さんの天然キャラ炸裂の切り返しにタジタジとなり…ノックアウト寸前!?波乱の展開に!斉藤さんの天然爆裂トークと横浜LOVEな人生のおいしいお話。
■お品書き

神奈川・横浜元町「食べ方にこだわるLOVEな♡食パン」

“食パンLOVE”だという斉藤さんの愛してやまないパン屋が、横浜の元町にある「ウチキパン」。映画のモデルにもなったことがある、創業132年の老舗。横浜生まれ・横浜育ちの斉藤さんは、幼い頃から両親に連れられてこのお店に通い、今も一番のお気に入りの店だという。

どのパンもオススメだが、斉藤さんイチオシは何といっても「食パン」。一説では“食パンの元祖”とも言われるここの「食パン」は、ホップを使った発酵種により長い時間をかけて手作りしたイギリスパン「イングランド」と、最高級の小麦粉を使った「ゴールド」の2種類。斉藤さんは、モチモチ感が強い「ゴールド」がお気に入り。1日目、2日目は焼かず、バターやジャムなど何もつけずに食べるのが、斉藤さんのこだわり。買ったらすぐ、車の中でひとり食べてしまうこともあるそう。1斤、2斤を半分に割って、真ん中の部分を手でボスッとむしり取り、できたてのパン生地をそのまま味わうのが、至福の瞬間なのだとか。

*店舗情報:「ウチキパン」神奈川県横浜市中区元町1-50

山形「実は…食パンよりLOVEな大好物♡巨大な桃」

実は、食パン以上に斉藤さんがLOVEな大好物が“桃”。中でも、最近斉藤さんを虜にしているのが、某番組のロケで出会った「山形さくら白桃」。大きくて香り高く、ものすごく甘い絶品の桃だという。

神奈川・横浜中華街「母のうっかりが原因で出会った“あさりそば”」

横浜生まれ・横浜育ちで“横浜LOVE”の斉藤さん行きつけが、横浜中華街にある「広東料理 吉兆」。キッカケは、斉藤さんの母のうっかりだった。お店へ行った際、会計の時に財布を忘れたことに気づいた母は、店主にこう言ったという。『実は私、斉藤由貴の母なので無銭飲食はしません』。その後、駆け付けた斉藤さんが支払いを済ませたそうだが、母の面白い言動で店主と打ち解けて会話したことで親しくなったそう。以来、通うようになり、いつしか家族ぐるみの付き合いに。子どもが生まれた時にはわざわざお店に見せに行ったり…斉藤さんが2年前ブルーリボン賞の助演女優賞を受賞(2017年公開映画「三度目の殺人」)した際には授賞式(2018年)に父の代理で店主が出席したり…と、今では単なる行きつけを超えて親族のような関係になっているという。

斉藤さんがよく食べるのは、「活あさりそば」。醤油ダレに鶏と豚のダシを合わせ、さらにあさりの旨味がきいたスープが絶品で、それだけを飲みに行きたくなる美味しさだという。昼食の時は、「活あさりそば」だけで、夕食の時はコースのシメで必ずいただく、斉藤さんの一番のお気に入りの一杯。

*店舗情報: 「広東料理 吉兆」神奈川県横浜市中区山下町164

「女優人生で大好きな役!忘れられない昼ドラの“出前一丁”」

女優人生35年の中で、斉藤さんが一番LOVEな作品があるという。それが、2006年放送のTBS昼ドラ「吾輩は主婦である」。他の作品では、撮影が終わるとその場で台本を捨て役がすんなり抜けるタイプだという斉藤さんだが、この時は珍しく、演じた役(夏目漱石が乗り移った主婦)が本当に好きだったのでなかなか抜けなかったそう。そういうこともあり、劇中でよく食べていたインスタントラーメンの「出前一丁」をドラマが終わった後も、わざわざスーパーで買って自宅でしょっちゅう食べていたという。

「家族旅行で硬さの違う“おにぎり”」(人生最高の一品)

斉藤由貴さんの“人生最高の一品”は、両親が握ってくれた「おにぎり」。幼い頃の家族旅行と言えば、父の運転する大きなアメ車シボレーマリブで両親と4人兄妹の家族6人で出掛けていたという斉藤さん。そんな日は必ず、両親が早朝に起きて二人で一緒に「おにぎり」を作っていたそう。そして途中のサービスエリアで、家族みんなで食べる—ふんわりほろほろとした母の「おにぎり」と、硬くて大きくて食べにくい父の「おにぎり」。それは、斉藤さんの人生にとって一番の“忘れられない家族との光景”であり、一番の“思い出の味”であった

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

斉藤由貴さんが出演されてましたが加藤さんと合わなさそうでピリッとした空気がたまに流れるのがハラハラしました。でもドラえもんが空中に浮いてる事実を知らなかったようで、それを知れたことで来てよかったと笑顔になってホッとしました。

30代

斉藤由貴さんがゲストでした。加藤浩次さんは北海道に斉藤さんが来たときに、追っかけをしたそうです。加藤さんと斉藤さんの話が噛み合わず面白かったです。アイドル時代は忙しくて、ほとんど記憶が無いそうで今の時代とは違うなと思いました。横浜の中華料理屋のあさりラーメンは珍しいと思いましたが、美味しそうでした。

30代

斉藤由貴さんめちゃめちゃ可愛かったです。お母さんの無銭飲食うんぬんの話は面白かったです。我輩は主婦である、懐かしいドラマでまた見たくなりました。その影響で出前一丁をよく食べていたことがあったんですね。

一番の味は両親が作ってくれたおにぎりの味ということで、食べると母がにぎったものなのか父がにぎったものなのかが分かるということで凄く両親の愛を感じました。ドラえもんの箸置きの話の時の加藤さんの突っ込み、スモールライトかビックライトかってしつこくて面白かったです。

30代

女優の斉藤由貴さんがゲストでした。MC加藤浩次さんのツッコミに斉藤さんの地雷を踏みそうになる駆け引きが可笑しかったです。中華料理屋のご主人との交流やご両親の握ったおにぎりの話がステキで、多忙な中でも安心できる地元があるのだと感じました。

30代

教えてくれたふわふわパンが柔らかそうで美味しそうでした。今のパンはふわふわもちもちが主流になっているのですが高級食パンには手を出すのには大変です。芸能人って結構高いお店に行くのかなと思いましたが意外とそうでもないと思ったら近い存在に思います。

30代


2020年9月26日放送回

ごちそう様 前田裕二さん

ゲストは、SHOWROOM株式会社代表取締役社長の前田裕二さん。 運営する配信アプリSHOWROOMは、約550万ダウンロード(2020年月時点)!コロナ禍でも、会社は最高収益を更新!そして、著書「メモの魔力」はベストセラー!今や、メディアにも引っ張りだこで大注目のカリスマIT社長は、実は壮絶な少年時代を体験していた。ドン底を味わった極貧少年が電話1本で10億の仕事を動かすエリートへ…そして“時代の寵児”と呼ばれるまでになった波瀾万丈の人生と食の物語。
■お品書き

東京・葛飾区小菅「極貧サバイバル生活を救ってくれた!まかない」

何も知らない人には順風満帆の人生と思える前田さんだが、実は今からは全く想像のつかない壮絶な少年時代を体験していた。母子家庭で育った前田さんは、小学2年生8歳の時に母と死別。10歳年上の兄と2人だけで生きていかなければならない現実に直面する。

住むところを失い、幼なじみや友人の家を転々とする生活がしばらく続き、小学校も満足に通ってなかったという。もちろん、食事もまともにできない日々が続き、友人の家でもらった梅干しと醤油だけで1週間をしのいだこともあったそう。

そんな過酷な状況の中、子どもながらに生きる術を模索した前田さんは、小学5年生から駅前でギター1本持って歌う弾き語りをしたことも。どうしたら人が立ち止まってお金を払ってもらえるか考えに考え、大人狙いで村下孝蔵さんの「初恋」や「踊り子」を歌ったり、自らオリジナル曲を作ったり、工夫をした結果、多い時は1ヵ月で総額10万をもらったこともあったという。そして高校生になった時、働いて食事もさせてもらえるバイトを初めて経験する。それが、地元のファミリーレストラン「ジョナサン」小菅店だった。

豊富なメニューの中で、前田さんにとって忘れられない思い出の一品が「カレー南蛮うどん膳」(※2019年3月販で販売終了)。食べるのもままならない少年時代を過ごしてきた前田さんだけに、『うどんとご飯を一緒に食べるなんて、こんな贅沢が世界にあっていいのか』と思うほどのとても幸せなメニューだったという。

バイトとはいえ社会の中で“働くこと”を経験し、そして給料をもらえて、賄いとして食べさせてもらった「カレーうどん」は、どんなに“時代の寵児”ともてはやされている今となっても、絶対に忘れることのない、一番のごちそうであった。

*店舗情報:「ジョナサン 小菅店」東京都葛飾区堀切7丁目1-2

東京・五反田「小泉進次郎も唸らせた!ギャップの味」

生まれも育ちも下町ということもあり、SHOWROOMを立ち上げる際、鶯谷にビルを建てようとしたほど、下町を愛してやまない前田さん。さらに、スナックも大好きでディープな世界が大好きだという。

そんな前田さんの行きつけの1つが、ディープな街として知られる五反田、駅近くの飲食ビル「Nico Nico TOWN」にある「美亭(よしてい)」。場所や佇まいから、『料理が出てくるまで、ここ大丈夫なの?』という怪しい雰囲気が漂っているが、実は料理が絶品だという。

それもそのはず、以前赤坂にあった伝説の名料亭「口悦」で働いていた凄腕料理人が営んでいるから。実際、この怪しさを味わってもらいドキドキさせたくて、作詞家・音楽プロデューサーの秋元康さんや代議士の小泉進次郎さんを連れて行ったこともあるそう。

前田さんの大好きな料理が、ピーマンとチーズの肉巻き「ピーチー」。ポイントは、絶対にいい塩を使わないこと。いい塩だから美味しくなるのではなく、塩の役割は塩化ナトリウムだけなので、本当にいい素材を正しく調理すれば、普通の安い塩でもおいしくなるという店主のこだわり、匠の技を堪能できる一品。

*店舗情報:「美亭」東京都品川区西五反田1-9-3 リバーライトビル 1F

東京・代々木「仕事との新たな向き合い方を教わった!しゃぶしゃぶ」(人生最高の一品)

前田裕二さんの“人生最高の一品”は、「代々木今半」の「和牛タンしゃぶ」。代々木で36年続く名店で、“「タンしゃぶ」発祥の店”として知られている。前田さんがこの店の料理を“人生最高の一品”に選んだ理由は、店主をはじめスタッフ全員が創業当時から続くこだわりをいつも持っているから。

例えば、牛や豚が何のエサを食べて育ったかなど、まるで今週お店がオープンしたかのようなテンションで説明してくれるという。『自分は会社を設立してまだ7年。もちろんテンションを高く保ち仕事に取り組んでいるが、40年後も50年後も現在と同じ熱量でやれているのか…「代々木今半」と同じように』。創業当時から変わらない食のこだわり、それを持ち続け、料理のおいしさをお客様に伝え続ける…前田さんは食にこだわり抜くお店の姿勢から刺激を受け、多くを学んだのだった。

「タンしゃぶ」を食べる時、熱湯につけるのはたった約4秒。さっと湯通ししたタンに豆苗を巻いていただく。店主曰く、『世間一般の「しゃぶしゃぶ」のポン酢は酸味が強く、ゴマだれも胡麻が甘いのが多い。その理由は、「しゃぶしゃぶ」を鍋にしてしまっているからだ。そもそも、「しゃぶしゃぶ」はお湯に一瞬つけるだけでいい料理で、素材そのものに水分が入るものではない。だから、ポン酢も薄まっていかないし、酸味がきついポン酢である必要がない』。ポン酢ひとつをここまで熱く語る店主と接し、前田さんは感動したという。

ここでは、ポン酢やゴマだれの他、塩でいただくのがオススメ。「ニンニク」、「バジル」、「メキシカンチリ」、「ブラックペッパー」など8種類と、時期によって用意される「季節の塩」を用意。お客様が振りやすいようにお店でさらに細かく砕いてブレンドしたオリジナルの塩で、「タンしゃぶ」をより美味しく楽しめる。

「代々木今半」をはじめ、今回紹介したお店はすべて、前田さんは兄を連れて行って一緒に食べたという。自分が味わった美味しさを兄と一緒に味わいたい―誰かと一緒に食べると最初に感動した時と同じように喜べるから。

幼い頃に社会の荒波に放り出され、お金が欲しくて必死に努力して生き抜き、成功を掴んできた前田さんは今、“楽しさ”を求めるようになったという。“努力”だけでなく、そこに“楽しさ”が掛け合わさることで、“夢中”になっているというのだ。お金は、その結果の単なるその対価でしかない、と。この考え方は、「代々木今半」も同じだという。おいしさへのこだわりを努力と思わず、ただおいしい料理をお客様に食べてもらいたい―と夢中になっているだけ。それが、今の時代に求められているのかもしれない。

*店舗情報:「しゃぶしゃぶ亭 代々木今半」東京都渋谷区代々木1-45-4 代々木山陽ビル B1F

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

SHOWROOMの代表前田さんがゲスト。他の番組で壮絶な子供時代の話を聞いたことがあったけど、母親を亡くし小学生にして学校にも行かれなくなり、兄を喜ばせるために早稲田に進学したと聞いて、その努力は並大抵のものではなかったと思います。高校生の時アルバイト先のまかないで食べていたファミレスのご飯がご馳走に選ばれていたけど、その味よりも仲間と一緒に食事をとることが嬉しかったと聞き涙が出そうになりました。

40代

SHOWROOM社長の前田裕二さんがゲストでした。「家なき子」な子供時代の話にはびっっくりして、加藤さんが言うようにまわりの大人は助けてくれなかったのかと疑問に思いましたが、10歳上の兄が「人に助けてもらっちゃダメだ」「人には与えないといけない」いという考えだったと知り、生き抜く力がすごいと思いました。

前田さんの話しぶりは終始穏やかで、経営者にありがちなガツガツした感じもなく、不思議な魅力がある人だと思いました。仕組みをよく見る観察眼とアイデアが豊富で、人と関わることを楽しんでいるのがよく伝わり、今後も活躍も見ていきたいと思いました。

30代

IT社長の前田裕二さんがゲストでしたが、8歳で母を亡くして梅干しだけで一週間過ごしたり小学生で路上ライブしたりと極貧時代のエピソードが印象的でした。小学校に途中から行かなくて九九を習ってなくてもここまでたどり着いて素晴らしいです。

30代

極貧生活を送られてきた芸能人の方々はたくさんいるようです。私は芸能人だからこそお金をたくさん持っているからと思いがちなのですがお金が少ないときもあるんだと思ったら一般国民の気持ちがわかるんだろうと思ってしまいます。

30代

ゲストは前田裕二。SHOWROOM社長です。母の死後、10歳上の兄と2人だけになり、家もない状態だったことがあるというのは驚きました。小学生の時に路上ライブでお金を稼いだそうですが、立ち止まらせるためには知っている曲を歌わないとだめで、年配の人向けに村下孝蔵を歌ったというのです。

求められることをしないとお金を得ることが出来ないという、商売の原体験になったように思います。「お金は夢中の対価」という前田。面白いと思ったことを夢中でやって来たと感じる彼の屈託のない笑顔が印象的でした。

60代

前田裕二さんがゲストでした。8歳で母親を亡くしてからは、住む場所が無くなり兄と2人で友達の家に泊まったり、路頭に迷っていました。小5でお金を稼ぐために駅前でギターの弾き語りをして、オリジナル曲も作っていたそうです。小学校もほとんど行っていないことも驚きました。面倒を見てくれた兄は親の存在だと話していて、相当苦労していたことが伝わりました。高校生の頃のジョナサンのカレーうどんは、とても美味しそうでした。

30代

前田裕二さんがゲストでした。現在成功している彼ですが、8歳の時に路頭に迷ったという話に驚きでした。小学校5年生でオリジナルの曲を作っていたとのことで、でもお金を得るための目線がもう社会人よりもしっかりしているなと思いました。前田さんといえば時代の寵児というという印象ですが、お兄さんやお兄さんの奥さんの前では本当に弟な人なのだなと思いほっこりしました。

40代

前田裕二さんの逆境を乗り越えるための発想と行動力に深く感動しました。極貧サバイバル生活を救ってくれた、ジョナサンのカレーうどんを是非食べてみたいと思ったのに販売終了していることがとても残念でした。初めてこの番組を見ました。美味しいものを聞き出すことでゲストの意外な一面を知ることができ大変興味深いです。次回も楽しみです。

30代


2020年9月19日放送回

ごちそう様 石黒賢さん

ゲストは、石黒賢さん。テニス少年だった高校3年生の時、ド素人でいきなり主演デビューを果たして以来30年以上、テレビドラマの第一線で活躍し続けている石黒さんが、俳優人生を支えてくれたおいしいものを紹介。
■お品書き

京都・河原町「半年待っても食べたいアレ」
“戦後初のプロテニスプレーヤー”を父に持つ石黒さんは、幼い頃からカウンターでお寿司を食べていたというほど、生粋のお坊ちゃま。そんな石黒さんがロケなどで京都に行くと、一番の楽しみにしている美味しいお店がある。阪急電鉄・京都河原町駅から徒歩数分、路地裏に佇む「食堂おがわ」。カウンター13席だけのこじんまりとした小料理店で、食通がこぞって絶賛するという名店である。それだけに予約をとるのがなかなか難しく、石黒さんは前回、今年の春に訪れた際、次回の予約をしようとしたら半年待ちだったとか。

メニューは、店主がこだわりを持って作る絶品料理の数々。鶏肉を一夜干しした名物「とりからあげ」は、柚子胡椒と合わせていただく。外はパリパリ、中はジューシーな一品。

また、看板メニューの「だしまき」は、葛と特製出汁を混ぜた卵で作るのがポイント。ふわふわ食感がたまらない一品。

そして、中でも石黒さんが大好きでオススメするのが「さばずし」。鯖は、厳選した千葉県沖産や韓国・済州島産を使用。1本どこを切っても、背や腹など身のバランスが一定になるよう握り、甘く炊いたしいたけで味にアクセントを加えた一品。石黒さんは、あまりにも美味しすぎるので、いつもおかわりしてしまうという。

*店舗情報:「食堂おがわ」京都府京都市下京区西木屋町通四条下ル船頭町204 1F

神奈川・横浜「デビュー作の思い出が詰まった一杯」

テニス少年だった高校3年生17歳の時、父・修さんから小説「青が散る」を渡され、『今度、この小説をドラマ化するらしいから、お前出てみる気があるか?』と突然言われた石黒さん。そして、『テレビドラマって、どんな世界なんだろう』という興味だけで、テニスができる新人を探していたプロデューサーと会うことに。実際にテニスのプレーを見てもらい、雑談をしただけで、その1週間後『君に決まったから、明日から毎日TBSに来なさい』と。

それから約3カ月、全く芝居経験のない石黒さんは毎日TBSに通って演技指導を受け、いきなり主演でデビューを果たす。そのデビュー作「青が散る」では、佐藤浩市さんや遠藤憲一さんらと共演。緑山スタジオで俳優とスタッフが集まって朝7時から草野球したり、若手俳優たちでスタジオに泊まって深夜まで談笑したり、いろんな思い出があるという。

そんな中、仲間たちとよく食べた思い出の一品が、「たんちゃん麺」だった。発売以来37年愛され続けているカップ麺で、現在は自動販売機専用の商品。当時、育ち盛りの石黒さんは当然1日3食では物足りず、小腹が空いた時にはこの「たんちゃん麺」に相当お世話になったという。人生経験の1つのつもりで出演した初めてのドラマ現場で、共演者、スタッフ含め、チームとしてものを作り上げる喜びを知った石黒さんは、『あのドラマが最初じゃなかったら、もしかしたら今は続けていないかもしれない』と振り返った。

*店舗情報:「緑山スタジオ・シティ」神奈川県横浜市青葉区緑山2100

東京・田園調布「撮影中は食べられない人生最高の一品」

石黒賢さんが選んだ“人生最高の一品”は、「特ロースカツ定食」。元々、とんかつ好きだという石黒さんだが、ドラマの撮影中は体型維持のため、体調の面から、とんかつを食べるのは控えているという。全ての撮影が終わり、クランクアップしてから、ご褒美として食べに行くのを楽しみにしているそう。

そんな石黒さんがこれまで食べてきた中で“とんかつナンバーワン”と絶賛するのが、世田谷の田園調布にあった「かつ久」の「特ロースカツ定食」。品質にこだわった豚ロースを使い、長期熟成の高級食パンから作った自家製パン粉で揚げた一品。

これまで30年以上に及ぶ俳優人生の中、出演してきた数々の作品の撮影が終わると、必ずといっていいほど足を運んで食べていた「かつ久」の「特ロースカツ定食」。しかし、「かつ久」は店主が高齢になったため閉店してしまっていた。しかし、石黒さんの俳優人生を支えてくれた“人生最高の一品”は、ドラマの思い出と共に生き続けている。

*店舗情報:「かつ久」 ※現在閉店しています。

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

石黒賢さんの芝居論が素敵でした。つかこうへいさんとの出会いや、田中邦衛さん、さらにはあの刑事コロンボのピーターフォークとも共演したことがあるそうで驚きました。

そして「芝居に大事なことは同じ芝居ができるようになることだよ」との言葉も本人からいただいたようで、やはりそういう経験が演技にも現れていると思いました。

良く若手の俳優が独自の芝居論を偉そうに話しますが、石黒さんのように偉大な先輩たちから揉まれきたからこそ、つい聞き入ってしまう芝居論でした。

30代

ゲストは石黒賢さん。俳優デビュー作となった「青が散る」は、プロテニスプレイヤーの父が、テニスのできる新人を起用したいと相談されて息子を推薦、芝居経験ゼロから始まったとのこと。そこで自由にやらせてもらったことで今があると言っていて、始まりは重要だなと感じました。

「振り返れば奴がいる」の現場での織田裕二さんとのやりとりやその打ち上げにチャゲアスが来たこと、「半沢直樹」の堺雅人さんは俳優としての技術がとてもあることなどを語り、最後に、ある女性から「あなたが出ているドラマは面白いわよね」と言われたことがとても嬉しかったということを話していました。

食べ物の話題より、ドラマの現場のエピソードの方が面白くて、石黒さんの気さくな人柄の良さも伝わってきました。

50代

今回のゲストは、石黒賢さんでした。生粋のお坊ちゃまの食はどんな感じなのか、興味津々でした。京都に行った際の一番の楽しみでもある、阪急京都河原町駅の近くにある「食堂おがわ」という小料理店との事。そこの“鶏のからあげ”が絶品でお気に入りとの事。その話の時の表情がとても活き活きしてたのが印象的でした。

それから、デビュー当時の思い出の味が、カップ麺の「たんちゃん麺」との事。この話の時は、凄く優しい表情だったのが印象に残りました。そして、そして人生最高の一品は、「かつ久」の「特カツロース定食」は、見ただけでも、食べたくなる絶品でした。とても魅力的でした。

50代

石黒賢さんがゲストでした。父親が戦後初のプロテニスプレーヤーというのは、初めて知りました。成城育ちでお坊ちゃんでしたが、外食すると美味しくないお店に当たるそうです。

色々な俳優さんと共演し、田中邦衛さんの話題が出たときに、加藤浩次さんはフジテレビで会ったことがあり、目の前から歩いてくる田中邦衛さんが、初めてなのに「久しぶり」と声をかけられたエピソードは笑えました。緒形拳さんと出会うまでは、リハーサルは少し力を抜いて芝居をしていましたが、緒方さんがリハーサルで涙を流したときに、今までの考えが変わったそうです。

「半沢直樹」で共演している堺雅人さんの演技の技術力も絶賛しておりました。真面目な印象がありましたが、フランクにトークしていたので意外でした。

30代

石黒賢さんがゲストでした。成城育ちで父親がテニスプレイヤー、自身もテニスをやっているという紹介だけ聞くとお坊ちゃんのイメージがしますが、店選びによく失敗するエピソードやいろいろな人に見いだされて俳優の仕事に没頭していった話を聞くと、親しみやすさと真っ直ぐさがある人なのだと感じました。

つかこうへいさんに呼ばれて現場に行くと大竹しのぶがいて、大竹さんの足を持って電気カミソリって言え、と言われた話には石黒さんと同じように「へ?」と思いましたが、つかさんがしっかり育ててくれたのが伝わりました。

30代

石黒賢さんをトーク番組で拝見したのははじめてだったかもしれません、真面目で頑固な印象でしたが意外とおちゃめで面白い方だったんですね。いつまでもお若くてダンディーで素敵な男性で憧れます。

今ではドラマになくてはならない存在の石黒さんがデビューされたキッカケがあんなにあっさりしたものだったとは…お父さんがテニスプレーヤーだったのは存じませんでしたが親子並んだ写真はどこの俳優さんかと思う程端正なお姿で驚きました。あれじゃあ息子さんはドラマに出せる容姿になりますよね~

40代

今回のゲストは石黒賢さんということで、自分が子供の頃から見ていた俳優さんですが、役者になったきっかけが名テニスプレイヤーであったお父さんからの声掛けだったということを初めて知りました。

印象的だったのが、安くて美味しい料理として紹介していたカップラーメンでした。10代の頃に今も活躍している俳優さん達とスタジオの自販機で買って食べていたというものです。裕福な家庭で育ったと思いますので、幼い頃から高級な美味しいものもたくさん食べていたはずですが、仲間と過ごした時間やその時代に空腹を満たしてくれたものはずっと思い出として残るものなのでしょう。今も自販機専用で販売されている商品とのことでしたので、機会があったら一度は食べてみたいと思いました。

30代


2020年9月12日放送回

ごちそう様 高橋克実さん

ゲストは、高橋克実さん。「女子が好きなワイドショー司会者ランキング」(めるもby GMO 2019年調べ)第1位に輝いたように、俳優だけでなく、情報番組やバラエティのMCとしても活躍。幅広い世代に支持されている高橋さんが“食”を通して、40年の“役者人生”を振り返った。
■お品書き

東京・高田馬場「下積み時代に夢を語り合ったラーメン」
高校卒業後、上京して予備校に通い2年間浪人生活を送った高橋さん。その後、幼い頃からテレビっ子で憧れていた役者の道を志す。しかし、オーディションを受け続けるも、落選の日々。そんな中、顔見知りとなった者たちで集まり演劇を始めたのが、高橋さんの役者人生のスタートだった。当時、よく集まっていたのが高田馬場にあった友人のアパート。夢を語り合い、お腹を空かしては食べに行ったのが、「えぞ菊」。昭和43年創業、東京における札幌味噌ラーメンの老舗である。

高橋さんがよく食べていたのは、味噌3種類にスパイス30種類を合わせ、2カ月熟成させた秘伝の特製味噌を使った一番人気の「味噌ラーメン」。豚骨や鶏ガラなどを煮込んだスープで炒めた具材(ひき肉、もやしなど)、スープとよく絡む中太ちぢれ麺が特製味噌と抜群の相性の一杯。

*店舗情報:「えぞ菊 戸塚店」東京都新宿区西早稲田3-21-18

大阪・梅田「役者人生最大の失敗の“忘れられない味”」(人生最悪の一品)
高橋さんの役者人生には、忘れられない最大の失敗があるという。2012年に上演した劇団☆新感線の舞台「シレンとラギ」の公演初日、大阪の梅田芸術劇場でのこと。

高橋さん演じる独裁者ゴダイが笑いながら振り向き、演説をぶちかまして降りてくる見せ場のシーンで…いざ振り返ったその時、高橋さんは会場のあまりの大きさに『デカッ!ここ!』と思って、セリフがすべて飛んでしまったという。忘れもしないその瞬間は、体中がゾクゾクゾクとなったが、仕方ないと開き直ってキメ顔のまま『ハーッハッハッハ』としばらく笑って誤魔化したという。

それでも、セリフを思い出せなかった高橋さんはさらに開き直り、古田新太さん演じるキョウゴクに『キョウゴク!どうするよ!?』とアドリブで助けを求めた。すると、古田新太さんはじめ共演者たちは困りながらも対応して、何とかしのいだという。

閉幕後、相当落ち込んでいた高橋さんはどう謝ろうかと思っていたところ、共演者は誰一人として怒らず、『ありがとうございます』となぜか優しい言葉をかけるばかり。実は、「本番でNGを出したら罰ゲーム」という劇団☆新感線のルールがあり、真っ先に高橋さんがやらかしたことで他のメンバーは気楽になっていたのだった。そんな共演者の温かさに、高橋さんは楽屋に戻って一人で泣いて感謝したという。さらに後日、凹んでいた高橋さんを励まそうとみんなが連れて行ってくれたのが、ビアガーデン。

大阪・梅田のビル群が一望できる屋上ビアガーデンでビールを飲みながら食べた「枝豆」は、役者人生最大の失敗と共演者の優しさから、高橋さんにとって“忘れられない味”となった。

*店舗情報:「阪急トップビアガーデン」大阪府大阪市北区芝田1-1-4 阪急ターミナルビル屋上
※2020年度の営業は終了

「母の手作り“味噌おにぎり”」(人生最高の一品)
高橋克実さんの“人生最高の一品”は、母の「味噌おにぎり」。米どころ新潟出身の高橋さんは、幼い頃から「おやつ」代わりに「おにぎり」をよく食べていた。そして、大人になってからも帰郷し、また東京へと戻る際には、母が必ず「おにぎり」を持たせてくれたという。それも、大きなサイズを8個も。当時は、そのありがたみを実感することもなかった高橋さんだったが、51歳にして我が子が誕生して親となって初めて、母の愛情を理解することができたという。

母が作ってくれた「おにぎり」は、新潟のおいしいお米を俵型に握った上に、自家製味噌を塗っただけのシンプルなもの。今も、ちょっとお腹が空いた時には、この「味噌おにぎり」を作るという高橋さん。そして、それを我が子に食べさせるという。「味噌おにぎり」は、親から子へ、そして子から孫へ、と受け継がれる愛情のこもった高橋家の味であった。

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

高橋克典さんが出演されていました。料理の話をする前にしていた話が面白かったです。髪を坊主にしていなかったけれどそろそろ髪が薄くなってきた時期の話です。ガッツリ固めたままプールに飛び込んであがってきた時、そのまますぎて不自然で怒られたと話していました。

またお父さんも同じで、最初にお母さんと会った日、突然雨が降り出し、墨汁で後ろを塗っていた髪から黒い液体が流れだし、母が怖がってたと話していました。エピソードが衝撃的すぎて面白くて、全然料理の話を思い出せません。

30代

ある時急にブレイクした俳優さん、というイメージがある高橋克実さん。日本のTV業界に、バラエティからドラマまでなくてはならない存在の代表のような方でまさに見ない日は無いですね。

御馳走の内容よりも冒頭の「頭髪」のお話がとにかく衝撃で大爆笑しました。こういうお話を面白く話せる様子は「高橋さんて芸人さん?」と勘違いしてしまう人も居るのでは…と思ってしまいました。私も兄が居るのですが、妹さんとのエピソードは「いろいろなお兄さんが居るんだな…」と我が兄が偉大に思えてしまったり(ごめんなさい)

40代

高橋克実さんがゲストでした。オープニングでフジテレビの昼のワイドショー出演について聞いてましたが、もうすでに6年目ということに驚きました。6年出演しても、全く慣れないと言っていたのが印象的です。

また、髪の毛が「天然パーマ」だということに驚きました。今の髪型では、全然わかりません。。高橋さんのご馳走の一つに、味噌おにぎりをあげていました。母が作ってくれた味だそうです。やっぱりどんなご馳走も母の味にはかなわないんだよなと共感しました。

50代

高橋克実さんがゲストで開始早々から髪の毛の話をされていましたが、ハゲネタは面白く大笑いしてしまいました。髪の毛があるように見せているのに、ドラマで水に入るシーンは悲劇だし、女優さんが目ではなく頭を見ていたという話も笑い話としてさらっとされてましたが、それをきっかけに全部切ろうと決意されたとか。

今の姿に見慣れているので違和感はないけど、全部毛をなくした結果、仕事も増えたと話していましたが、エピソードが面白すぎて紹介した食事はまったく入ってきませんでした。

40代

俳優の高橋克実さんがゲストでした。髪の毛トークがおもしろく、本当は天然パーマで、丸坊主にしたのはスキューバダイビングをする役で、髪の毛が不自然と言われたからというのは笑いました。

38歳で「ショムニ」でブレイクしてからもバイトをしていたそうで、役者一本でやる厳しさを感じました。阪急のビアガーデンは、舞台でセリフが飛んだ罰ゲームの思い出の場所で、失敗を温かくフォローしてくれた劇団員たちの様子が目に浮かびました。お父さんが頭に墨汁を塗っていた話、抜け毛が気になって掃除をマメにする話など髪の毛をネタにできる克実さんの懐の深さを感じる回でした。

30代

今回のごちそう様は、高橋克実さんでした。活き活きとした笑顔と、弾んでいたトークが魅力的でした。まずは、下積み時代に夢を語り合った高田の馬場のラーメン店「えぞ菊」。札幌味噌味ラーメンの老舗との事。とても美味しそうなラーメンだと思いました。

そして、人生最悪の味は、舞台でセリフが飛んでしまった大失敗の後に食べた大阪の梅田のビアガーデンで食べた枝豆だなんて…しょっぱかったでしょうね。そして、そして、人生最高の一品は、おふくろの味「味噌おにぎり」との事。この時、めちゃめちゃ良い表情で話してました。高橋克実さんの暖かさがとても良く分かりました。

50代

高橋克実さんはすっかりもうすっかりスキンヘッドのイメージですよね。トリビアの途中でスキンヘッドにしたことを言っていましたが、本当に突然髪型が変わったのでびっくりしました。

最高の味はお母さんの作ったみそおにぎり、凄くいいなあと思いました私の母も作ってくれることがありますし、私の母は子どものころに味噌おにぎりを自分で作った話を今まで何百回も話してきました。もう耳タコですよ。
でもだからこそ高橋さんが味噌おにぎりを最高の味に選ぶのはわかる気がします。お父さんは自分にうぬぼれていたんですね。

役者は水もしたたるいい男がやる者だと言って自分のことをそう言っていたそうです。本当に親子で面白いのがよく分かりました。

30代

克己さんが来るとこんなにも嫌みのない感じのスタジオになってしまうんだなと思いました。いつもはニュースのおじさんという感じですが、久しぶりに面白い克己さんが出ていて自然体になっているように思いました。38歳までバイト生活をしていたようでそこまで努力していた俳優さんはなかなかいないように思います。苦労人だからこそ、今優しい感じの話し方をしてくれていショムニに出ているときの映像が出ましたが、懐かしかったです。

30代


2020年9月5日放送回

ごちそう様 キムラ緑子さん

ゲストは、キムラ緑子さん。本格的にテレビで活躍し始めたのは、50歳を過ぎてから!しかし今や、舞台はもちろん、映画、ドラマに欠かせない名バイプレーヤーとなった彼女が底抜けに明るい素顔と共に、女優人生を好転させてくれた“おいしいもの”のお話を語った。
■お品書き

京都・河原町「モテモテ時代の超激安!絶品のアレ」
京都で過ごした大学生時代、そして卒業後所属していた劇団員時代にキムラ緑子さんがよく通っていた寿司店がある。それが、安くておいしいと評判の「とみ寿司」。

京都といえば、祇園など高級店のイメージがあるが、大学が多いこともあり、実は“学生にも優しい”町。中でも、「とみ寿司」は断然に“学生に優しい”お店だという。緑子さんが通っていた当時の値段はナント、破格の1貫20円から!あまりお金のなかった劇団員時代は、先輩に怒られるからと…その一番安い1貫20円の握りばかり食べていたという。そのネタが、「どうびん」や「げそ」。もちろん、今でこそ値上げしているが、それでも1貫40円という安さ。

「どうびん」とは、関西で食べられるネタで“タコの頭”のこと。ゆでた真ダコの頭を薄切りにして、甘ダレをつけた一品。シャリが小さめの江戸前寿司なので、何貫でも食べられるそう。

そして、ヘビーローテーションして食べていたもう一品が、ゆでた紋甲イカを使った「げそ」。

人気メニューは、握りの盛り合わせ「とみにぎり」。ボリューム満点で、1,650円というお手頃価格。ちなみに、緑子さんは注文したことがないという。

当時、緑子さんはこのお店で支払いをした記憶がほぼないという。先輩が自分の分を出してくれたり、お店で同席した気前のいいオトナの方々―大学の教授や大学病院の先生たち―がおそらく支払ってくれていたんだと思う…と振り返った。

*店舗情報:「とみ寿司」京都府京都市中京区新京極四条上ル578-5

東京・代々木上原「孤独を救ってくれた生ハム」
大学生時代から付き合っていた演劇サークルの先輩、現在も第一線で活躍している劇作家・脚本家・演出家のマキノノゾミさんと31歳の時に結婚した緑子さん。ところが、マキノさんの主宰する劇団の一員として、そしてプライベートでは夫婦として四六時中共に過ごすうちに、『人生このままでいいのかな?』と思うようになってしまったという。そして結婚13年目に、『1回一人になりたい』と我がままを言って離婚。しかし、緑子さんのその後は“人生最悪”というほど孤独でつらい日々だったという。そんな一人暮らしをしていた代々木上原のマンションから見えたのが、いつも賑やかなお店「ウェルファンカフェ」だった。

マスターがスペインまでわざわざ買い付けに行って仕入れた本場の食材を使ったスペイン料理とワインが名物のこのお店は、深夜まで営業しており、その賑やかな雰囲気に引き寄せられ、一人でふらっと訪れてから常連になったという緑子さん。孤独で暗い気持ちだった彼女は、陽気なマスターの橋本さんと何気ない会話を交わし、美味しい料理を食べ、美味しいお酒を飲んで過ごすうちに、沈んでいた気持ちもだんだんと復活。前向きな日々を送れるようになったという。そんな緑子さんにとって忘れられない料理が、「イベリコ豚の生ハム」。当時はまだ日本でイベリコ豚がそこまで出回っていない頃だったが、ここでは「イベリコベジョータ(どんぐりなど自然産物のみのエサで放牧されて育った希少種)」など本場の味を味わえたという。

離婚して独り身だった頃も、緑子さんは年に1回は必ず元夫であるマキノさんの劇団で舞台に立ち、一緒に芝居を作り上げていた。その時間はやはり楽しかったという。そんな関係性が続いていた中で怒ったのが、東日本大震災だった。『誰かと一緒にいないと、一人は嫌だな』と感じ、再びマキノさんと一緒になった緑子さんは今、『読めない漢字があれば、何て読むの?』と何気ないことを聞ける相手が身近にいることをしみじみ『いいな』と思える日々だという。それも、孤独でつらかった数年間、毎日のように通った「ウェルファンカフェ」での美味しくて楽しかった日々があったから、そう言えるのかもしれない。

*店舗情報:「ウェルファン カフェ(Welfun Cafe)」東京都渋谷区西原3-24-12岡部ビル1F

東京・新宿「憧れの舞台の後に食べた…人生最高の一品」
キムラ緑子さんの“人生最高の一品”は、新宿にある居酒屋「犀門」の「コンニャクとジャコ炒め」。演劇に革命を起こした劇作家・演出家・小説家のつかこうへいさんに憧れ、演劇の世界へ入った緑子さんは、つかさんがよく公演していた紀伊国屋ホールに『いつか立ちたい』という夢を抱き、京都で女優活動を続けていた。そして、その憧れの舞台についに立った時、訪れたのが居酒屋「犀門」だった。『東京の演劇人の仲間入りができた』と感動したと当時を振り返った緑子さんは、“演劇界の聖地”とも呼ばれる新宿紀伊国屋ホールの近くにあり、演劇人たちが集う名店と知られていたこのお店に、今でも通い続けているという。

一番のお気に入り料理は、「コンニャクとジャコ炒め」。コンニャク、ちりめんじゃこ、ししとう、鷹の爪、山椒などを煮込んだ、シンプルだけど出汁が染み込んだ味わい深い一品。今ではメニューにないが、どうしても食べたくなった時、特別に作ってもらうこともあるという。

聖子ちゃんカットでモテモテだったバブル時代の女子大生の時、演劇と出会い、夢を抱き、京都で地道に演劇活動を続けていた緑子さん。そんな彼女には“女優人生の恩人”と呼ぶ人物がいた。関西で演劇のプロデューサーをやっていた遠藤寿美子さん。ずっと応援し続けてくれた遠藤さんのおかげで、緑子さんは35歳にして東京進出を果たすことができたという。遠藤さんは「好きにしよし」という言葉を口癖のように、いつも緑子さんにかけてくれたという。自由であること、言いたいことを言うこと、我慢せずぶつかり合うこと、そういう生き方が大事だということを体現して教えてくれた…亡き遠藤さんの言葉を心の支えに、緑子さんは今、女優として満開の花を咲かせている。

*店舗情報:「犀門(さいもん)」東京都新宿区新宿3-36-15 内野ビル 4F

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

バイブレーヤーとして有名なキムラ緑子さんがゲスト。様々な役柄から怖い印象を持っていたけど、おしゃべりは軽快でサバサバしていて印象がガラッと変わりました。

離婚した同じご主人と再婚した話は聞いたことがあったけど、「頼れるんです。漢字が読めない時に聞いたり…」とさらっと話す様子に突っ込みを入れたくなりました。役のイメージとバラエティの雰囲気がここまで違うのは、すごい女優さんなんだなと新しい一面が見れて面白かったです。

40代

キムラ緑子さんがゲストでした。テレビ出演が苦手でバラエティに圧倒されている姿がかわいらしかったです。京都のお寿司屋が学生向けの激安ネタもあり行ってみたくなりました。

二品目のお店は最近「全然行ってない」とのことですが、孤独な時代に通っており思い出すから、という話と、夫とは一旦離婚し、震災の後復縁したという話が印象的でした。

宮本亜門さんに「一生忘れない」と褒められたのに、次にあったときは忘れられていたというのは切なくもありますが、亜門さんとのやりとりを心の支えにして頑張れたのは貴重な時間だったとも思いました。

30代

とみ寿司さんのエピソードはなんだか心がきゅっとなりました。先輩が怖くて安いものしか頼めなかったというのは聴いてて辛くなりました…それにしても今でもあんなに安く出しているなんて感動。廻りの人がもしかしたらお金を払ってくれていたかも、というのも感動して思わず声が出ました。

40代

今回のごちそう様は、キムラ緑子さんでした。とても明るくて、トークも弾み楽しませて頂きました。

まずは、京都河原町の“モテモテ時代の激安寿司のとみ寿司”は、意外でした。次は東京代々木上原の“孤独を救ってくれた生ハム”との事。このハムの話をする様は、凄く緑子さんの思い入れが、めちゃめちゃすごいなあと、感じました。

私自身、この生ハムが一番食べたいと思いました。色々な話を聞けて良かったです。

50代

キムラ緑子さん思い出の店を語るものの「全然行ってない」という堂々とした回答が面白かったです。

お気に入りのカフェが家から見えるっていいですね。そこのマスターは暗い時期を救ってくれた救世主だそうですが、行くと暗い気持ちを思い出しそうで二の足を踏んでしまってるんですね。是非行ってあげてほしいと思いました。

緑子さんテンションかなり高くてお酒入ってるみたいです。離婚してまた再婚していたということも知りませんでした。

30代

「グレーテルのかまど」のかまど役で、キムラ緑子さんのことを知りましたが、今まで、関西弁の謎の人でした。京都の同女出身だったということで、関西の女子大生だったのかーとのことで、個性的でユニークな素性に納得できました。

40代


2020年8月29日放送回

ごちそう様 草刈民代さん

ゲストは、草刈民代さん。本場ロシアの国立劇場に招聘されるなど、世界各国で公演してきた元トップバレリーナの草刈さんは、大ヒット映画「Shall we ダンス?」(1996年公開)で演技初挑戦。2009年にバレリーナ人生に幕を閉じた後は、女優として舞台やドラマなどで活躍中。プライベートでは、映画監督の周防正行さんと結婚25年目!そんな草刈さんが、その華やかさからは想像できないサバサバとした素顔を見せながら、人生で出会った“おいしいもの”を語った。
■お品書き

静岡・伊東「幼い頃の“おめかし”ディナー」
父が会社経営しており、お嬢様だった草刈さん。子どもの頃、毎年夏休みに家族旅行で訪れていたというのが、静岡県伊東市にある老舗の「川奈ホテル」。

「川奈ホテル」のメインダイニングで、家族みんなで食事した味で忘れられないのが、「コーンクリームスープ」。玉ねぎ、ポロネギをバターでソテーした後、生のとうもろこしを加えて炒め、チキンブイヨンで味つけ。手の込んだ濃厚な味の上品な一品。

おめかしして味わう「コーンクリームスープ」が、草刈さんにとっては子どもながらに特別感があり、毎年楽しみにしていた思い出の味だという。

*店舗情報:「川奈ホテル メインダイニング」静岡県伊東市川奈1459 本館1F

東京・新宿区荒木町「夫婦で見つけた濃厚スープ」
映画「Shall we ダンス?」で周防監督と出会い、今年で結婚25年目となる草刈さん。お互いを尊重し合う二人が偶然入って以来、お気に入りとなったお店がある。新宿の荒木町でオーナー夫婦二人が営む、カウンターだけのフレンチレストラン「onzi」。

草刈さんのお気に入りメニューは、「冷製具沢山とうもろこしのポタージュ」。玉ねぎ、とうもろこし、ホワイトソース、チキンブイヨン、バター、塩をベースにしたスープは、子どもの頃に食べた「川奈ホテル」の「コーンクリームスープ」に通じていて、懐かしさを覚える味だという。

*店舗情報:「onzi」東京都新宿区荒木町6-41荒木町寿3-1階

東京・赤坂見附「自分自身の原点の味」(人生最高の一品)
草刈民代さんの“人生最高の一品”は、赤坂見附にある「天ぷら かねき」の「おいも」の天ぷら。祖父の代から家族で訪れていた天ぷら店があり、そこで働いていた金木至夫さんが独立して開いたお店が「天ぷら かねき」で、目の前で揚げた旬の魚介や野菜など、絶品の天ぷらをお座敷で堪能できる。

中でも、草刈さんが子どもの頃に大好きだったのが「おいも」の天ぷら。ホクホクとした食感と上品な甘さが特徴のさつまいも「紅こまち」を揚げた後、たっぷりと砂糖をかけ、その上に天ぷらの油を垂らし、さらにブランデーをかけた、まるでデザートのような一品。その見たことのない天ぷらに、スタジオは騒然!MC加藤さんも『味が全く想像できない!食べたーい』と大興奮!果たして、その味は???ところが、肝心の草刈さんが味をうまく説明できず…誰にも伝わらないままに。とにかく、“百聞は一食にしかず”で、一度食べてみるしかない一品。

この「おいも」の天ぷらは、単に幼い頃に出会った“おいしいもの”というだけでなく、その後の草刈さんの人生において“おいしいもの”の基準とも言える味、“おいしいものの原風景”であった。

*店舗情報:「天ぷら かねき」東京都港区元赤坂 1-1-7

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

島崎和歌子さんは立派な女優さんだと思うのですがあのキャラゆえに芸人さんのような扱いをされてしまうのはかわいそう。でもちょっと加藤さんのリアクションに納得してしまうところも…。

私が若い頃から活躍していらっしゃる草刈民代さんはいつまでもお綺麗でうっとり、画面を観ながら思わず「あれ?草刈さんて年下だったかな?」と思ってしまう程お若い…こんな年齢の重ね方をしたいなと番組を観ながら改めて思いました。ご主人のぐちにも愛が感じられてたまらなかったー!いいなあー憧れますね。

40代

草刈民代さんがゲストでした。島崎和歌子さんと「龍馬伝」で共演したという意外な関係にまず驚きました。スッとした佇まいとざっくばらんなトークにギャップがありおもしろかったです。

子供の時に行った伊東のホテルのコーンポタージュが思い出の味で、新宿のonziのとうもろこしのポタージュも濃厚さが似ているという話でした。周防監督との馴れ初めを聞き、相性の良さを実感しました。周防監督のインタビューでは草刈さんをまるごと受け止めているのが伝わり、いい関係だなと思いました。

30代


2020年8月22日放送回

ごちそう様 及川光博さん

ゲストは、及川光博さん。25歳の時、歌手としてデビュー。その計算し尽くした華麗なる王子様キャラでブレイクを果たす。そして今や、俳優として日曜劇場「半沢直樹」などで大活躍。

そんな及川さん、実は今年51歳で、MC加藤浩次さんと同じ年!真逆の人生を歩んできた同級生二人が“初のガチトーク”を繰り広げた。そして、おいしいものの話と共に、表舞台で見せる“華麗なるミッチー”ではない、普段見せることのない“及川君”の素顔を明かした。

■お品書き

神奈川・横浜「探し続けている運命のアレ」
『人生は運命のナポリタンに出会うための旅』とまで言うほど、及川さんが大好きな「スパゲッティナポリタン」。その発祥と言われているのが、横浜にある1927年開業の「ホテルニューグランド」。終戦後、アメリカ軍によって占領された横浜。GHQ(連合国軍総司令部)の宿舎として接収されたこのホテルで、2代目総料理長の入江茂忠さんが“アメリカ兵が茹でたスパゲッティに塩、胡椒、トマトケチャップを和えた物を食べている”のを見て、アレンジ加えて生み出した料理が「ナポリタン」の始まりと言われている。その伝統を受け継ぐ一皿が、今も「ホテルニューグランド」内の「コーヒーハウス ザ・カフェ」で味わえる。

具材は、トマト、ロースハム、マッシュルーム。ケチャップではなく、トマトの粗切り・トマトホール・トマトペーストを使用し、コクがありながらもあっさりとしたソースが、モチっとした食感の麺と絶妙に絡み合う、格別な一皿。

*店舗情報:「コーヒーハウス ザ・カフェ」神奈川県横浜市中区山下町10番地 ホテルニューグランド本館1階

「人生最悪!失恋の焼き鳥」(人生最悪の一品)
その華麗なキャラクターのミッチーとして多くのファンを魅了する及川さん。もちろん、学生時代からモテモテだったが、意外にもプライベートではフラれ続けてきた人生だという。そんな恋の失敗談の1つが、焼き鳥屋さんデートでのこと…。大学生時代、付き合い始めた彼女と下北沢の焼き鳥屋さんに行った時、及川さんが一口目に食べたのが「ししとう」だった。

すると、それがメチャメチャ辛い1本で、口の中が大変なことに。ガブガブ水を飲んでも、トイレに行ってうがいをしても、何やっても辛さは抜けず、さらに汗でびっしょり。30~40分の間、何もしゃべれない状態になってデートどころではなかったという。それが発端になったのか、その後、彼女との恋はフェードアウトしてしまったという。惨めな恋愛の思い出だけが残ってしまった及川さんにとって、その時の「ししとう」が“人生最悪の一品”となった。

東京・代々木上原「芸能人生の恩人と食べた…お好み焼き」(人生最高の一品)
及川光博さんの“人生最高の一品”は、代々木上原にある「ごきらく亭」の「お好み焼き」。それは、芸能界を生きていく上で勇気づけてくれた恩人・忌野清志郎さんと食べた忘れられない味だという。

2002年、忌野清志郎さんと及川さんが組んで結成したスペシャル・ユニット「ミツキヨ」。一緒に音楽活動する中で、いろんなことを経験させてもらい、清志郎さんから多くのことを学んだという。王子様キャラでブレイクし、一躍人気者となった及川さんが“王子からミッチーへ”転職宣言をして新たな道を模索していた頃、どうしても“王子様キャラ”ありきでイジられ続けていたことがあった。

そんな時、『自分は笑われる側で、うまく馴染めないんです』と清志郎さんに相談したところ、返ってきたのは『馴染んでどうする。ずっと浮いてなさい』の一言だった。その言葉に勇気づけられた及川さんは、『自分の個性のままで、この世界で生きていこう』と思えるようになり、吹っ切れたという。忌野清志郎さんと出会えたこと、そして、清志郎さんに可愛がってもらったことが、“人生の誇り”だと及川さんは語った。

*店舗情報:「ごきらく亭」東京都渋谷区上原1-32-18 小林ビル 1F

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

我々世代は及川光博さんが王子様だった時代の視聴者なので大変楽しめました!きれいなお顔は変わりませんね…羨ましい。

横浜が出て来たのは神奈川県民としてはとても嬉しくなりました。さすがにあんな高級なホテルは行った事がないですが、及川さんにはピッタリですね。度々見せる及川さんの王子様な動きは観ていてとても笑えました。プライベートでもああだったらご家族はかなり疲れそう…でも視聴者は楽しくてたまりませんでした。

40代

今回のごちそう様は、及川光博さんでした。いつの間にか、51歳になるのですね。月日の流れるのは、本当にめちゃめちゃ早いですね。大好きなメニューは、「スパゲッティナポリタン」だなんてめちゃめちゃ共感を覚えました。

しかも紹介されたナポリタンは、めちゃめちゃ優しい感じで美味しそうでした。一方人生最悪の一品は、焼き鳥だなんて、意外でした。しかも、「ししとう」が最悪だなんて、よっぽど、辛かったのでしょうね。今になっても覚えているなんてすごいと、思います。とても人の良さが分かり、良い放送回でした。

50代

俳優の及川光博さんがゲストでした。今でこそ「俳優の」と紹介されますが、王子キャラだったときも見ていたので、ミッチーの魅力がドラマで発揮されて意外に思いつつ、楽しんでいます。

「人生とは運命のナポリタンを探す旅」という発言や、カメラ目線のキメなどおもしろいのですが、清志郎さんとの思い出で「ずっと浮いてなさい」という言葉に納得しました。ミッチーは馴染む部分と浮く部分のバランスがいい人なのだと感じました。コンビニのアルバイト時代にモップ片手に歌ったり、楽屋では「ミッチー」ではなく「及川君」だったりするというエピソードも聞けて楽しかったです。

30代

及川光博さんがゲストでした。彼はカッコ付けな人なのかと思っていましたが、実際はとてもシャイでお茶目な方でした。

人生最高の食事は忌野清志郎さんと行ったお好み焼き屋さんでした。思い出とともに人生最高と言っていて素敵な人だなあと思いました。忌野清志郎さんとの数々のエピソードはどれもほっこりとするお話ばかりでとても楽しく視聴することが出来ました。二人は似たところが多く、惹かれていったのだと思いました。及川の人柄が分かる回で良かったです。

40代

くるりとターンして「おまたせ!」とウィンクして登場した、元王子ミッチーこと及川光博さんがゲストの回。

元狂犬?!MCの加藤浩次とはなんと同い年!ドラマ「半沢直樹」で共演する歌舞伎チームの演技を、顔芸ならぬ“顔プロレス”と例えていたのが笑えました。

デビュー前のライブハウス時代から王子様キャラで、最初は投げたバラの花をお客さんが避けていたのが、徐々に取り合いになるまでたった一年だったとか。

数々の失恋話に、忌野清志郎さんが現場についてきてしまう思い出話、下着はすべてファンからのプレゼントという話など、あっという間の30分でした。そしてもちろん最後はミッチーのウィンクで〆。

50代

及川光博さんのお人柄が出ていて良かったです。シャイだけどファンの皆さんを楽しませようとされている感じが伝わって来ていて好感が持てました。忌野清志郎さんとの数々のエピソードもほっこりとさせられました。

人生最高の食事は忌野清志郎さんと行ったお好み焼きで、思い出とともに最高とおっしゃっていたところが素敵だと思いました。お二人とも似たところがあり惹かれていったのだと思いました。この番組は料理だけではなく、思い出エピソードもきけて好きです。

40代

及川光博さんも安くて美味しいお店に行っているのが意外でした。高そうなお店に行ってそうなのに安くて美味しいお店を知っているのは親近感が湧いてしまいます。昭和の時代から食べてきた方はナポリタンが好きな方が多いのはよく聞きます。見た目はナポリタンっぽくはないですが、若い子にも食べやすそうです。

また、深夜にコンビニで働いていたなんて芸能人もそういう時代があったんだと思ったら、努力は大切なんだと思いました。

30代

ミッチーが加藤さんと同い年ということで、タイプが全然違うので、意外なかんじがしました。焼き鳥やししとうの話、観覧車に乗っていて、高所恐怖症に気づいた話など、残念ミッチーな部分が、あるんだというギャップが、逆にまた意外に思いました。

ナポリタンスパゲッティの旅をはじめているそうで、鉄板スタイルで、目玉焼きがのっていたら最高といっていて、喫茶店系の昭和スタイルなB級グルメなのが好きなのかと思いましたが、紹介していたのは、横浜のナポリタン発祥の高級洋食店のようなかんじでした。

40代

王子様キャラで有名な及川光博さんがゲストの回。誰も見向きをしてくれない中、一凛のバラを客席に投げ入れるパフォーマンスを続けていたら、最初は花を避けられていたのが、次第に取り合いになり、登場するだけで歓声があがるようになったと話しているのを聞いて、最初から華々しく活躍されていたわけではないんだと知りました。

忌野清志郎さんが学園祭や映画撮影についてきてしまった話は面白かったし、ミッチーは元王子と言ってもしっかりカメラ目線をしてしまうのはさすがです。

40代

及川光博さんがゲストで、とてもお話が上手で、面白くカメラ目線へのサービスもたっぷりで楽しい回でした。デビューが25才ということで、それまで深夜のコンビニでバイトした経験もあるとか、女の子とのデートの失敗談とか、かっこいい王子様キャラとは違った面の話しも聞けて楽しかったです。

また、亡き忌野清志郎さんのお茶目なエピソードは、映像として目に浮かんでくるようでした。忌野清志郎さんとの思い出が詰まったお好み焼き屋さんが、とても美味しそうでした。

40代


2020年8月15日放送回

ごちそう様:中丸雄一さん(KAT-TUN)

ゲストは、KAT-TUNの中丸雄一さん。その飄々としたイメージで、『他のジャニーズとは星が違う』と自虐的に語り、キラキラした“王道のジャニーズアイドル”ではないという中丸さん。でも実際は、多才で、他にはないキャラクターで愛される唯一無二の存在。そんな中丸さんがジャニーズらしからぬ素顔を見せ、波瀾万丈なグループの過去を振り返りながら、アイドル人生で出会った“おいしいもの”を語った。
■お品書き

東京・原宿「過酷な青春時代を支えたラーメン」
原宿駅から徒歩約1分のところにある、とんこつラーメンの名店「九州じゃんがら」。15歳でジャニーズ事務所に入所した中丸さんがジャニーズJr.だった高校生の頃、番組のリハーサルやレッスンなどでほぼ毎日のように渋谷のNHKに通っていたという。その帰りに、同期の亀梨和也さんらジャニーズJr.の仲間たちとほぼ毎日のように立ち寄っていたのが、このお店だった。

中丸さんがよく食べていたのは、とんこつスープに自家製焦がしニンニクマー油を加えた、熊本ラーメンがルーツの「こぼんしゃん」。カピタン(フライドガーリック)・きくらげ・ねぎをトッピングしていたそう。

当時、歌って踊ってカロリー消費がハンパなく、しかも育ち盛りだった中丸さんにとっては、NHKの食堂でとる夕食では足らず、ボリューム満点のラーメンもペロリ。さらには麺を食べた後、残ったスープにご飯を投入。シメに食べるスープを吸ったご飯もたまらなく美味しかったという。まさに中丸さんにとって、デビューを目指し、もがき苦しんでいたジャニーズJr.時代の忘れられない青春の一杯。

*店舗情報:「九州じゃんがら」東京都渋谷区神宮前1-13-21 1F

東京・赤坂「自分への最高のご褒美」(人生最高の一品)
KAT-TUN中丸雄一さんの“人生最高の一品”は、赤坂にある「燻」の「トリュフとフォアグラのオムレツリゾット」。赤坂の裏路地にある隠れ家的レストラン「燻」は、“燻製料理の達人”と称されるオーナーシェフ輿水さんが旬の新鮮食材を使って、ここでしか味わえない料理を提供。おまかせコースのみという贅沢な大人のお店で、独創的な和洋瀬中の極上料理を一皿ごとに合わせたお酒と堪能できる。中丸さんはこれまで2回しか訪れたことはないが、『今まで食べた料理の中で明らかに一番で、全ての料理が絶品』と語り、“ここぞ!という時の自分への最高のご褒美”として食べたい料理だという。それもそのはず、“フレンチの神様”ジョエル・ロブションが『東京の楽しみは、「すきやばし次郎」と「燻」に行くこと』と大絶賛するほど。

「燻製のアスパラガスと自家製ベーコンのクリームスープ 燻製黒胡椒添え」は、“燻製料理の達人”と称されるオーナーシェフ輿水さんが自ら開発した燻製機で調理したアスパラガスをスープにし、自家製ベーコンを加えた一品。

燻製することで旨味を増した「燻製プリン」は、常識を覆す他では食べられない一品。

そして、おまかせコースの最後の方に出てくるのが、中丸さんの“人生最高の一品”「トリュフとフォアグラのオムレツリゾット」。最高級フォアグラと黒トリュフがたっぷり入った濃厚なリゾットをオムレツにしたもので、調味料にも燻製した塩・胡椒を使い、とことん燻製を堪能できる贅沢な一品。この料理は、美食家として知られるビル・クリントン元アメリカ大統領が『アンビリーバブル!生まれて初めての味に出会えたことにとても感動した』と大絶賛したという。

中丸さんがこの店に最後に行ったのは、3度目のメンバー脱退を受け、KAT-TUNが充電期間に入った2016年。その後、2年という充電期間を経て再始動したKAT-TUNは今、同じ思いを持つ3人で前へ進んでいる。中丸さんが次に「燻」を訪ねるのは、きっとアイドル人生で何かを成し遂げた時に違いない…“自分への最高のご褒美”として。

*店舗情報:「燻」東京都港区赤坂2-16-19 赤坂イイヌマビル B1F

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

中丸雄一さんがゲストでした。飄々としていて独特な雰囲気の方だというイメージでしたが、そのイメージ通りでトークがとても面白かったです。

グループの活動など色々と苦労している方でした。でも、その苦労の為かヒューマンビートボックスができたり、フルーツの飾り切りができたり、普段から努力して技を身に付けてきた方なのだなと感じました。それから、真面目に話してるのに、言葉選びが面白い方だと思いました。

料理は、赤坂のお店のオムレツリゾットがとても美味しそうでした。高級なお店のようなので行けないですが、食べてみたいなと思いました。

20代

ゲストにKAT-TUNの中丸君を迎えての回。中丸君の特技であるボイスパーカッションを加藤さんに教えて披露したり、果物のカービングの写真を公開していたけど、素人レベルではないカービングの腕前に驚きました。中丸君のお父さんは警察官だったものの、業務内容は一切知らないと聞いた加藤さんやYOUさんが一斉に潜入捜査員じゃない!?と興奮気味に食いついていたのが面白かったです。話や特技の内容が濃くて肝心のご飯を全く覚えていないけど、ジャニーズに詳しくない人でも楽しめる回です。

40代

ジャニーズグループのKAT-TUN・中丸さんがトークゲストで登場していて、ジャニーズタレントの雰囲気がないことを出演者に突っ込まれていました。本人にもその自覚はあるようなのですが、無理に性格を変える必要が一切ないと思いました。KAT-TUNは、これまでに訳あって6人から3人になってしまいましたが、深夜番組では息の良さを感じながら収録に臨んでいるように見えるので、ずっと仲良い3人でいてほしいと思います。

30代

KAT-TUNの中丸雄一くんがゲストでした。ヒューマンビートボックスが得意なのはよく知られていますが、独学だったこと、売りになるものを身につけるためだったことは知りませんでした。100人以上いるJrの中からデビューするためにはスキルや個性とともに、グループ内でのバランス、タイミングなど自分の力だけでない部分もあり厳しい世界だと思いました。フルーツカットもきれいにやっていて、さらに中丸くんのことを知りたいと興味が出てきました。青春の味、九州じゃんがららあめんが本当においしそうで、食べたくなりました。

30代

確かにジャニーズらしくないという印象がある中丸雄一さん、でもそれは良い意味でという意味。ちょっとコミカルで格好つけない嫌味のない人という印象があります。ビートボックスが上手なのは知っていましたが改めて見せて頂くと本当にすばらしい!KAT-TUNのここ数年の苦労は特別なファンでない私でも心配になりましたが今回お話されていた言葉にとても重みを感じました。思い出のラーメン等をまた食べて今後も頑張っていただきたいですね。

40代

8月15日の「人生最高レストラン」で、KAT-TUNの中丸さんが出ていて、いろいろ話していましたが、イメージ通り面白い人だなと見ていて思いました。ジャニーズというよりもお笑い芸人の方が向いているのではないかなと思いました。

他のバラエティー番組などでもそうですが、真面目にしていてもどこかふざけている感じがしてしまって、それがかえって中丸さんの魅力になっているんだと思いました。紹介していた料理は、さすが芸能人という感じのものかが多く、食べてみたくなりました。

40代

ジャニーズの中丸くんがゲストでした。とても真面目で真摯的な印象を受けました。

ジャニーズjr.時代、デビューするために自分の特技ボイパを身につけたり、どんな人たちがどんな場面でデビューするかと分析をするなど、努力してこられたんだなと思いました。グループメンバーが、少なくなっていくときの気持ちも告白されていて興味深かったです。

紹介されていた燻製のお店がすごく美味しそうでした。とても高級な所ですか、いつかは行ってみたいと思いました。ボイパを加藤さんとセッションする場面は、グダグダで笑えました。

50代

ゲストはKAT-TUNの中丸くん。MCの加藤さんを巻き込んでヒューマンビートボックスを即興で行ったり、特技の鮮やかに果物をカットした「フルーツカット」の写真を披露したりと、多才な部分を見せていたのが感心しました。

また、ジャニーズのデビューに至るシステムや、KAT-TUNからメンバーが何人も抜けていった当時の心境など、興味深い話をナチュラルに語っていたのが、中丸くんの人柄だなと思って見ていました。とはいえ、人生最高のお料理として紹介していた「トリュフとフォアグラのオムレツリゾット」は、いきなりVIPな一品でギャップが凄まじかったです!

50代

今日の「人生最高レストラン」はKAT-TUNの中丸さんを迎えての人生での思い出の品を紹介するものでした。最初の原宿の九州ラーメンは珍しい熊本ラーメンで、凄く美味しそうでした。

また中丸さんが、ジャニーズJr.時代の思い出話や、KAT-TUNのメンバーが一人、また一人脱退していったときの心境や残ったメンバーとの絆など聞き応えたっぷりな内容でした。個人的には司会の加藤浩次とのヒューマンビートボックスの掛け合いが面白かったです。

40代


2020年8月8日放送回

ごちそう様:中川家さん

ゲストは、中川家の二人、剛さんと礼二さん。「M1グランプリ」初代チャンピオンをはじめ、お笑い界の賞レースを総なめにしてきた“最 強の兄弟漫才コンビ”が、鉄板芸“大阪のおっさん&おばちゃんネタ”を大放出しながら語った、“笑いの才能”を育んだ「大阪のおいしいお話」。
■お品書き

大阪・難波「漫才のネタになるアレ」
中川家の鉄板芸“大阪のおっさん&おばちゃん”のネタ元の一つが、大阪・難波にある「インデアンカレー」南店。NGK(なんばグランド花月)の近くにあり、出番の合間に行って昼食をよく食べるこの店で、カレーライスを食べながら人間観察をするのが二人のルーティーン。遭遇する面白いおっさんたちを見かけると即採用してNGKで披露。ここから、数々の爆笑ネタが生まれたという。

もちろん「カレーライス」の味は絶品。1947年創業当時から変わらぬ秘伝のルーは、とろみのある辛口で、その絶妙なバランスが癖になる美味しさ。これまで当番組にゲスト出演したテニスプレーヤー伊達公子さんや歌舞伎俳優・片岡愛之助さんも紹介した、関西の人々に愛され続けている一品。

*店舗情報:「インデアンカレー 南店」大阪府大阪市中央区難波 1-5-20

さらに、ネタ元をもう1軒。「インデアンカレー」でカレーライスを食べた後に立ち寄る「アラビヤコーヒー」。「インデアンカレー」の斜め向かいにある雰囲気抜群の喫茶店。ここのカウンターに座って「ブレンドコーヒー」を飲みながら、テーブル席にいるおっさんやおばちゃんの会話に耳を傾けるそう。喫茶店は、まさにネタの宝庫で、この店からも数々の爆笑ネタが生まれたという。

*店舗情報:「アラビヤコーヒー」大阪府大阪市中央区難波 1-6-7

大阪・実家「泣きながら食べた絶品鍋」
二人が子どもだった頃、決して裕福な家庭ではなかったという中川家。でも、強烈なキャラクターの父、そして愉快な近所のおっさんたちがいて、楽しい少年時代だった。そんな生活の中で、もらってきた軍鶏を飼っていたという。幼鳥から育て、散歩に連れて行ったりして可愛がっていた二人だったが、その軍鶏を父が地域で開かれていた闘鶏(鶏をたたかわせて勝負を競うこと)に出場させていた。そしてある日、負けてしまった軍鶏に向かって父がポツリと一言『もうあかんなぁ…』。その日の夜の晩ご飯は、「軍鶏鍋」だった。

可愛がっていただけに辛かったし、最初は食べる気になれなかったというが、『うまいから』と父に勧められ食べてみると、めちゃくちゃ美味しくて一緒に散歩した風景とか一気に忘れ去ってしまったとか。二人が幼心に“命をいただく”ことを知った食体験だった。

大阪・難波「引退を引き止めてくれた…恩人との思い出の味」(人生最高の一品)
中川家の二人の“人生最高の一品”は、大阪・難波の「炭焼 すみれ」の「京揚げ」。NGK(なんばグランド花月)の楽屋口を出てすぐのところにあるここは、若手時代に先輩芸人の今行くよ・くるよさんによく連れて行ってもらった思い出のお店だった。

コンビを組んで4年目、MBS(毎日放送)の番組「GO!GO!ハッスル家族ショー」で、桂三枝(当時)さん、西川きよしさんというベテラン二人と共演することになった中川家の二人。しかし、大先輩たちとの共演で緊張していた二人は、いつも恐縮してスタジオの隅っこで大人しくしていたという。毎週のスタジオ収録では、演出家に理不尽なことで怒られる辛い日々…ついに、芸人を辞めようと思い詰めるまでに。そんな二人を見た今いくよ・くるよさんが、よく食事に誘ってくれたそう。

そしてある日、二人が『もう芸人を辞めようかと思てます』と打ち明けると、今いくよ・くるよさんは決して怒ることはなく、やり続けたらこんな良い事があるよと、いつもポジティブな話ばかりをしてくれたという。そんな中で一番よく言われたのが、『(漫才は)うまいけど、おもろないな』という言葉だった。

以来、それまで綿密に台本を作っていたのを一切やめ、ステージ上で自由に作り上げていくスタイルになった中川家。今や鉄板芸となった大阪のおっさんネタもやるようになり、次第に中川家の客席は笑いの渦になっていった。中川家が変わるキカッケを作ってくれた恩人・今いくよ・くるよさん、この二人がいて、最強の兄弟漫才コンビは誕生したのだった。

そんな中川家の恩人、今いくよ・くるよさんとの思い出の味が、「炭焼すみれ」の「京揚げ」。油揚げより少し厚みのある関西風油揚げを焼いて、ネギと鰹節を振って生姜醤油で食べるシンプルな料理で、京都出身の今いくよ・くるよさんが『これ美味しいよ』と、いつも最初に注文していたそう。芸人を辞めようとしていた二人を救ってくれ、漫才師として変わるキカッケを作ってくれた先輩との思い出の味は、中川家の二人にとって、忘れられない一品となった。

*店舗情報:「炭焼 すみれ」大阪府大阪市中央区難波千日前 11-4

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

中川家の二人がゲストでした。芸人としてだけでなく、兄弟としてのエピソードも盛りだくさんで楽しかったです。礼二さんは少年時代やサラリーマン時代も芸達者なのが想像できました。

一品目のインデアンカレーが過去にゲストに出た片岡愛之助と同じでしたが、大阪のおっさんやおばちゃんネタが本当にいそうなキャラクターで面白かったです。お父さんの話も強烈で、怖いもの知らずなエピソードにびっくりでした。今いくよ・くるよさんの言葉で漫才のやり方を変えたそうで、先輩が見守ってくれるのが素敵だと思いました。

30代

今回のごちそう様は、中川家のお二人剛さんと礼二さんでした。めちゃめちゃ盛り上がって、笑って、楽しい時間を過ごすことが出来ました。最近希にみる賑やかさでした。“M1グランプリ初代のチャンピオン”何ですよね!。時間の経過とは、本当に早いですね。

食に関して、どういった趣向なのか、ちょっとワクワクしました。まず最初は、大阪・難波にある「インデアンカレー」でした。難波にあってよく通うお店との事。“おっさん、おばさんネタ”の原点だなんて、めちゃめちゃ訪れてみたくなりました。でも、本当に素敵な時間でした。

50代

愛之助さんと同じカレー屋さんを紹介していましたが、男性はカレーが好きなんだなと思いました。大阪なのにカレーなんだと思いましたがメジャーな食事は皆が好むものだと思いました。

卵焼きを焼いているおばちゃんの物まねをしていてニワトリにも見えてしまいましたが、面白かったです。お笑い芸人の家は面白いエピソードがたくさんあって原点からして面白いんだなと思いました。美味しそうなすき焼きも昔の方にはごちそうなので紹介してくれたんだと思いました。

30代

中川家の二人、小さい頃は裕福ではなかったということを知らなくて驚きました。親が生きているニワトリをさばいていたそうです。だから子供ながらに複雑な顔で見ていたそうですが、当時の貧乏エピソードも明るく楽しく語ってくれました。

近所の人がニワトリの肉を食べにやって来ていたそうです。なんでニワトリの肉があるってわかるかというと、「コケー」とニワトリがさばかれて鳴く声が聞こえたからということです。しっかりとおいしく食べて供養されたことでしょう。

30代


2020年8月1日放送回

ごちそう様:田原俊彦さん

ゲストは、田原俊彦さん。歌手デビュー41年目!サービス精神旺盛だけど実はシャイな素顔、そして59歳にして歌って踊り、輝き続ける男の熱い本音を垣間見せてくれた“スーパースター”トシちゃんを支え続ける“おいしいもの”とは?
■お品書き

東京・南青山「30年愛してやまないカフェ」
『ほぼ毎日行く』という“芸能界随一のカフェマニア”トシちゃんが30年通い続けるカフェ、南青山の洋菓子舗「銀座ウエスト 青山ガーデン」。1980年代、多忙を極めていたトシちゃんがテレビ各局を飛び回る中、ちょうど立ち寄りやすい立地にあったこともあり、よく訪れていたそう。以来、30年愛し続けているという。

オススメは、自家製マヨネーズがたまらない「トーストハムサンド」。塩を少しかけて食べると、さらに美味しさが倍増するという一品。

そして、「ホットケーキ」もオススメ。見た目もシンプルで美しい、昔ながらの“THEホットケーキ”で、柔らかすぎず硬すぎず絶妙な食感で、一度食べたら驚くこと間違いないという一品。

*店舗情報:「銀座ウエスト 青山ガーデン」東京都港区南青山1-22-10

カフェマニア☆トシちゃん推薦!おしゃれカフェ」
20代の頃、男性情報誌「Hot-Dog PRESS」のケーキ特集号に掲載されているカフェを片っ端からチェックして通い詰めたというトシちゃん。今でも食後は必ずカフェでケーキを食べるというトシちゃんが、オススメの“おしゃれカフェ”を紹介。まずは、恵比寿にある「MERCER CAFE」。ここで必ず食べるのが、「名物!生キャラメルシフォンケーキ」。ボリューム感たっぷりだが、見た目の割には甘すぎず、ちょうどいい美味しさでペロリと食べられちゃう一品。

*店舗情報:「MERCER CAFE」東京都渋谷区恵比寿1-26-16 柴田ビル1F

そしてもう1軒が、広尾にある「天現寺カフェ」。お気に入りのテラス席は、明治通り沿いで結構人目に付くが、それをトシちゃんは気にしないそう。変装もせず、プライベートでもスター感丸出しのトシちゃんは、『逃げ隠れしてもしょうがない。どうせ撮られちゃうんだから』とまで言い放った。

オススメは、『チーズ200%!』というほど超濃厚なチーズケーキ「絹フロマージュ」。この濃厚チーズ味に合わせる飲み物が、「ロイヤルミルクティー」。いつもはコーヒー派のトシちゃんだが、ここで「ロイヤルミルクティー」を注文するのは、その美味しさだけでなく、かわいいハート型のカップがお気に入りだからかもしれない。

*店舗情報:「天現寺カフェ」東京都港区南麻布4-12-2 ピュアーレ広尾1F

東京・麻布十番「青春時代を支えたお肉」
高校1年15歳の時、スカウトではなく、自ら売り込んでジャニーズ事務所入りしたトシちゃん。ジャニー喜多川さんとの初対面で、『スターになりたいです!』と直談判。その熱意を認めてもらい、『来週からレッスンに来なさい』と言ってもらい、芸能界の扉が開いたという。高校3年間は毎週末、地元の山梨から上京して夢を追う日々…そんな青春時代、ジャニー喜多川さんによく連れて行ってもらったのが、麻布十番にある焼肉の名店「三幸園」だった。

15歳で初めて食べるホンモノの焼き肉に『なんだ!コレは』とビックリしたトシちゃんは、カルビのあまりの美味しさに感動したことを今でも忘れられないという。

ジャニー喜多川さんに厳しくもあたたかく育てられ、才能が開花したトシちゃんはやがてアイドルから国民的スターへ。しかし、ジャニー喜多川さんには褒めてもらった記憶はないという。だからこそ、当時は“ジャニーさんにうなずいてもらう”ことをモチベーションに頑張っていたと振り返った。

*店舗情報:「三幸園」東京都港区麻布十番1-8-7

東京・桜新町「ステージ終わりのご褒美スイーツ」(人生最高の一品)
田原俊彦さんが選んだ“人生最高の一品”は、桜新町にある「PLATINO」のチーズケーキ「アンジュ」。それは、必ず月に1、2回は自らお店に自ら足を運んで購入するという、トシちゃん最愛のスイーツ。

材料のナチュラルチーズ、甘さ控えめの白ワイン、ゼラチン、メレンゲを混ぜ合わせて絞り、そこにカシスのジャムを入れた後、急速冷蔵。仕上がりは、普通のチーズケーキとは全く異なる。その包みを開くと…超ふわふわの極上スイーツ「アンジュ」が現れる。酸味の少ないフロマージュブランとフレッシュクリームのチーズムースは、一度食べたら誰もが虜になる一品。トシちゃんは、シャンパンを飲みながら食べるのが極上のひとときだという。

今年で、歌手デビュー41年目。還暦目前にしても歌って踊り続ける“永遠のアイドル”トシちゃんは、普段の生活から節制し、ファンの待つステージに臨んでいる。そんな大好きなステージの後、頑張った自分へのご褒美に食べるのが「アンジュ」だった。

*店舗情報:「PLATINO桜新町店」東京都世田谷区新町2-35-16サラ・グラディオ1F

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

大好きなトシちゃんの登場だったので始まる前から楽しみでした。ケーキマンのトシちゃん、ジャニーズ入所の裏話を披露するトシちゃん、劇団ひとりさんのトシムリンを笑いながらディスるトシちゃん、バブルの頃の話も全て知ってるけれど、加藤さん、和歌子さんがとても話し上手、聞き上手で、楽しかったです。でも時間が足りない、もっと見たかったです。できれば歌も歌ってほしいかったし、劇団ひとりさんの物まねも見たかったです。トシちゃんの紹介してくれたお店行きたいです。

50代

久々にトシ(田原俊彦)ちゃんが、この番組に出ていて、珍しいなーと思っていたら、デビュー当時のジャニーズ時代の話などをしていて、レアでした。郷ひろみも歌番組などで、年相応に見えないくらい若々しく歌っていてすごいなーと思ってましたが、トシちゃんも、同じようなかんじの雰囲気でした。スイーツ好きで、色々紹介していたのが女子大生やOLが食べていそうな女子力高そうな、クラシックな雰囲気もある上品で美味しそうなものばかりで、ギャップがあって面白かったです。

40代

田原俊彦さんが出演されていて、行きつけのお店を紹介してくれていました。お洒落なカフェに毎日通っていて、シンプルな食事をされているところが良いです。サンドイッチを食べているのが高級なものばかり食べていないのが通だと感じました。そういうところは周りを気にしそうな感じもしますが、気にせずに自分の食事を楽しむところが良いです。パンケーキよりも蜂蜜とバターで楽しむ喫茶店のホットケーキって良いです。今の時代に反らないようなことをされていて良いなと思いました。

30代

田原俊彦さんがごちそう様ゲストでした。お母さんのために何ができるか考えた時にテレビのエンターテイメントの世界に触れたのがきっかけと知りました。以前音楽番組で歌とダンスを見て、還暦近くでこの切れ味はすごい、と思っており、ステージに対しては毎年が挑戦だと話すのが心に残りました。その一方で、トークは自由奔放でありつつサービス精神旺盛で、カフェでケーキを食べるのが好きという意外性もあり、存在自体がエンターテイメントな人だと思いました。

30代

とても面白くて、久しぶりにあっという間に時間が過ぎて行ってしまいました。今回のごちそう様は、田原俊彦さんでした。とてもテンションが上がりました。更に、大物感が出て、凄く肩の力が抜けていて、良い意味でめちゃめちゃリラックスしているように感じました。ほぼ毎日通う程のカフェ好きだなんて、初耳でした。最初に紹介頂いたデッカイ“ホットケーキ”は、シンプルで、本当に美味しそうでした。あと、“生キャラメルシフォンケーキ”もめちゃめちゃ美味しそうでした。何よりも体型をバッチリキープしているところが、さすがだど思いました。とても楽しかったです。

50代


2020年7月25日放送回

ごちそう様:橋下徹さん

ゲストは、橋下徹さん。元大阪府知事、元大阪市長であり、本業の弁護士のほか、コメンテーターとしても活躍。様々な顔を持つ男の“激動の半生”を食の話題からネホリハホリ。実は、じっくり話すのは初めてという橋下さんとMC加藤さんの二人の“初ガチトーク”は見応え十分!夫として、そして父親としての意外な素顔にも迫った。
■お品書き

大阪・北浜「夫婦で憧れ続けた名店」
23年前(1997年)、橋下さんが弁護士なったばかりの28歳の時、奥様と初めて行った高級レストラン「PONTE VECCHIO北浜本店」。ここは、橋下夫婦が『いつか二人で行きたい』と憧れ続けた大阪屈指のイタリアンの名店。

高校の同級生だった奥様との交際がスタートしたのは、橋下さんが大学1年の時。しかし、橋下さんは東京の早稲田大学、一方の奥様が通うのは神戸の大学という遠距離恋愛だった。そして橋下さんが大学2年の時、奥様が親の大反対を押し切って上京。二人は同棲生活を始めることに。後に弁護士を目指し司法試験の勉強に励む橋下さんを、奥様は弁当屋と本屋のバイトを掛け持ちしながら全面的にサポートしてくれたという。風呂なし・トイレ共同・6畳一間の下宿先での同棲生活…銭湯代もままならないほどの貧乏暮らしだったが、二人は幸せだった。そうして二人で苦難を乗り越え、橋下さんは無事に司法試験に合格。弁護士となった1年目に、奥様と二人で味わった初めての贅沢。それが、憧れの名店「PONTE VECCHIO」でのひと時だった。

橋下さんが初めて食べて以来、ずっと大好きで特別な料理だというのが、スペシャリテの「温かいポテトのティンバッロとキャビア」。キャビアを贅沢にたっぷりと使い、バターがきいたしっとり食感の料理で、美味しく食べてもらうために専用の陶器製スプーンが用意されるという、シェフのこだわりが詰まった一品。

*店舗情報:「PONTE VECCHIO北浜本店」大阪府大阪市中央区北浜1-8-16大阪証券取引所ビル1F

「家庭崩壊の麻婆豆腐」(人生最悪の一品)
橋下さんが時々無性に食べたくなるという大好物が「陳麻婆豆腐」。中国四川省にある「麻婆豆腐」発祥の店「陳麻婆豆腐」の日本支店で唐辛子の辣(ラー)と四川山椒の麻(マー)が効いた本家の味を楽しめる。

橋下さんが必ず一緒に頼むのが「岩手鶏のトウガラシ炒め」。油で炒めたトウガラシの旨味がたまらないクセになる一品。しかし、トウガラシを噛んだら最後…舌が痺れてしまい、その後の料理が食べられなくなるほどだという。でも、行く度に橋下さんは『絶対噛んじゃダメだと思いながら、今日は大丈夫かな?』と、ついつい噛んでしまい、後悔してしまう日々を繰り返しているんだとか。

病みつきになるほどの大好物「陳麻婆豆腐」が、橋下さんにとっては“人生最悪の一品”だという。独立して弁護士事務所を開き、多忙を極めていた30代、橋本さんはとにかく仕事最優先で家庭を顧みず、子どもに対しても厳しい父親だった。そんなある日、約束していた娘のバレエ発表会に仕事で遅刻…娘のハレの姿を観ることができなかった夫に当然奥様は怒ったという。しかし、橋下さんは気にも留めず、『とにかく陳麻婆豆腐を食べたいから行こう』と、頭の中は大好物の「陳麻婆豆腐」のことだけ。すると、奥さんが『陳麻婆豆腐の前に、やるべきことあるじゃない!』と大激怒!政治家時代には『やるべきことがあるだろ!』『いま増税じゃない!やるべきことがある!』などと、自らが言い放っていた熱い言葉を、家庭では逆に奥様に言われしまう始末。“やるべきことをやらない”夫に、奥様はさらにブチ切れて熱々の電気ストーブを放り投げるなど大喧嘩に…。結局、「陳麻婆豆腐」は後日仕切り直して食べに行ったというが、当時のことを奥様ははっきり覚えていた。『あの時はお互いに対する思いやりに欠けていたんだと思う』『さすがにストーブは危険だったけど後悔はしていません』と、アンケートに回答。それを聞いた橋下さんはタジタジに。『とんでもない夫で、父親だった』と、橋下さんは51歳になった今、昔の自分を反省する日々だとか。

*店舗情報:「陳麻婆豆腐」東京、神奈川、愛知、大阪に展開

東京・早稲田「支えてくれた愛妻との思い出の一杯」(人生最高の一品)
橋下徹さんが選んだ“人生最高の一品”は、「ラーメン」。それは、早稲田大学時代に橋下さんが暮らしていた下宿先の裏にある、早稲田で創業60年を超える老舗食堂「メルシー」の看板メニューで、橋下さんだけでなく、まさに長年愛され続ける早稲田生のソウルフード。

その「ラーメン」は、学生に優しい450円という安さ。橋下さんの学生時代は、さらに安くて280円だったというから驚き。味は、THEシンプルなしょうゆ味で、お店で教わった橋下さん流の食べ方は、まず【(1)ラー油をかけて食べる】、そして【(2)お酢を2周かけて味変して食べる】という2段階。「しょうゆラーメン」+「お酢」の相性の良さ、いわゆる「酸辣湯麺」のような美味しさを「メルシー」で知った橋下さんだった。

風呂なし・トイレ共同の6畳一間の下宿先で、女人禁制だったにもかかわらず、大家さんにバレないように奥様と同棲していた大学時代。毎朝8時頃になると、裏の「メルシー」から聞こえてくる、どんぶりのカチャンカチャンと鳴る音— それが1日の始まる合図だったという。銭湯代もままならないほどの貧乏な同棲生活だったが、一杯280円の「ラーメン」を二人ですすったあの時代があったから、今の自分がある。激動の半生を支え続けてくれた奥様のために…これからの人生を送ると橋下さんは約束した。

*店舗情報:「軽食&ラーメン メルシー」東京都新宿区馬場下町63

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

橋本徹さんをゲストに迎えた放送で、テレビに出始めた頃の茶髪のチャラい感じは、担当していた少年犯罪の加害者達が話しやすい空気を出すたにわざと作った風貌だったこと。

早稲田大学に通っていた時に、後に結婚する奥様が彼を支えるためにアルバイトを掛け持ちし辛い時も楽しい時も共に過ごしていたという話や、娘さんが彼氏を連れてきた時にあえて政治の話をさせて父をいい気分にさせようとしていたなど、普段聞けない家族の話が面白かったです。

40代

今回のごちそう様は、橋下徹さんでした。久々に肩の力を抜いて、のびのびとトークを繰り出している気がしました。凄くリラックスしていて、とても良いと思いました。

そんな橋下徹さんの最高レストランは、大阪•北浜にある高級レストラン“PONTE VECCHIO 北浜本店”。橋下さんが弁護士になった28歳の時に、奥さんと初めて行った思い出の屈指のイタリアンの名店。素敵な話だと思いました。

そして、意外だったのが、ラーメンを食べるということでした。今になって凄く親近感を感じました。学生時代に慣れ親しんだ味って、一生物ですよね。しかし、ラーメンにお酢をかけるというのは、正直、疑問です。

50代

ゲストに橋下徹さんがいらっしゃること自体、意外な感じを受けました。橋下さんといえば、チャラチャラしたイメージがありましたが、あの服装や髪型には意味があったことを知り、考え方が変わりました。少年たちとの距離を近づけるための工夫で、弁護士という堅い雰囲気をあえて壊していたのは初めて聞きました。奥様をすごく大切にされているのが伝わってきて、奥様も全力でサポートされてきたのだと感じました。国政選挙について質問された下りは笑えました。

20代

弁護士でタレントの橋下徹さんがゲストでした。テレビ出演し始めた頃は茶髪のイメージが強かったですが、少年事件を扱うときに親しみを持ってもらえるようにしたことがきっかけだったそうです。そのおかげで少年たちは話をしてくれたと聞き、なるほどと思いました。

弁護士事務所勤務1年で独立して、当時CMや広告が禁止だった中、「大きめの名刺」としてパンフレットを配ったと聞き、固定観念に囚われない姿勢は当時から変わらなかったことを知りました。人生最高のメニューが早稲田のメルシーというお店のラーメンで、素朴さにギャップがありました。

30代


2020年7月18日放送回

ごちそう様:片岡愛之助さん

ゲストは、6代目片岡愛之助さん。歌舞伎だけでなく、日曜劇場「半沢直樹」や大河ドラマなどに出演。人気歌舞伎俳優の“本当は教えたくない…絶品ご褒美メシ”とは?
■お品書き

大阪・日本橋「お忍びで通う!大阪の贅沢なアレ」
片岡愛之助さんが『頑張れたな』という時のご褒美で食べに行くお店が、大阪の日本橋にある「六覺燈(ろくかくてい) 黒門(くろもん)本店」。ミシュランガイド一つ星評価を受けたこともある名店で、上質なワインと共に高級串揚げのコース料理を楽しめる。

コースは、旬の厳選素材を使った串揚げが約20本。お客がどの調味料で食べればいいか迷わないよう、串の向きをオススメ調味料に指して提供してくれる。

「車海老」には、塩。

「えんどう豆のコロッケ」には、山椒塩。

「とんぶり(ささみ・しそ)」には、辛子レモン。

東京の銀座、麻布十番、代官山にも支店があり、愛之助さんはそちらにも足を運ぶという。オーナーの水野幾郎さんはとても男気のある方で、いつも愛之助さんの歌舞伎を応援してくださるそう。

*店舗情報:「六覺燈ろくかくてい 黒門くろもん本店」大阪府大阪市中央区日本橋1-21-16 たこそうビル2F

東京・銀座「夫婦で通う!銀座の極上お肉」
大のお肉好きだという愛之助さんが、ご褒美でお肉をよく食べに行くのは、銀座四丁目交差点に面した高層ビル内にある「神戸プレジール銀座」。眼下に銀座の夜景を眺めながら、極上のお肉を目の前で焼き上げてくれる鉄板焼きの名店。一緒に行く妻・藤原紀香さんもいつも喜んでくれるという。

愛之助さんオススメは、何といっても「神戸ビーフのフィレステーキ」。

その他、神戸ビーフ、但馬牛、季節の野菜、旬の魚介など厳選食材を使ったアラカルトメニューも充実しており、中でも「神戸ビーフの炙りトロ寿司」、「アワビ」がオススメだという。

*店舗情報:「神戸プレジール銀座」東京都中央区銀座5丁目8番1号 銀座プレイス11F

「お金がなくなった時の人生最悪の炭水化物」(人生最悪の一品)
1992年19歳の時、2代目片岡秀太郎さんの養子となり、6代目片岡愛之助を襲名。その後、東京での歌舞伎座公演にも出演するようになった愛之助さん。当時、公演期間中の約1カ月は、銀座のホテル暮らし。そうなると、普段の食事も必然的に銀座周辺が多くなり、半月で給料が食費で尽きてしまっていたそう。そこで、料理を一度も作ったことのなかった愛之助さんだったが、仕方なく自炊をすることに。お米の研ぎ方もイチから教わり、総菜をおかずに白ご飯にふりかけをかけて食べていたそうだが、もともと大食いだった愛之助さんは3合でも物足りず、1食で5合も食べてしまったこともあったという。

大阪・難波「歌舞伎人生の大きな転機の…思い出の味」(人生最高の一品)
片岡愛之助さんの“人生最高の一品”は「カレーライス」。それは、愛之助さんにとって歌舞伎人生の大きな転機となった思い出深い味。もともと歌舞伎の家に生まれたわけではなく、一般家庭に生まれ育った愛之助さん。松竹芸能の子役募集をキッカケに芸能界入りして、歌舞伎の子役にも挑戦。1981年に13代目片岡仁左衛門の“部屋子”となり、片岡千代丸として初舞台を踏んだ。そして1992年、19歳の時に2代目片岡秀太郎さんの養子となり、6代目片岡愛之助を襲名。養子縁組して、実際に歌舞伎の名家“松嶋屋”の家系に入った愛之助さん。実の両親は、“息子には好きなことをさせてあげたい”という思いから『よし!行って来い!』と快く承諾してくれたという。しかし、養子になったことで愛之助さんには1つ戸惑いがあった。それは、今まで“旦那”や“若旦那”と呼んでいた師匠を急に“お父さん”と呼ばなければいけなくなったことだった。“師匠と弟子”がある日突然、“父と子”の関係に…。なかなか呼べずに戸惑っていた愛之助さんに、父となった秀太郎さんが『ご飯食べに行こう』と誘ってくれたのが、「インデアンカレー」だった。

「インデアンカレー」のカレーメニューは1種類のみで、愛之助さんがいつも注文するのは、ライス大盛り&タマゴ入り、通称「大玉」。1947年創業当時から変わらぬ秘伝のルーは、とろみのある辛口。最初は、本来の辛口の美味しさを楽しみ、その後タマゴを混ぜて少しマイルドな味わいで2度楽しむのがオススメだという。

二人きりでカレーライスを食べた時、父・秀太郎さんからこんな言葉が…『自分のいただいたことを100%120%に仕上げていくことが、明日への近道だから。頑張りなさい』と。気楽なカレー屋さんを選び、そんな言葉をかけてくれた父の気遣いに、愛之助さんは翌日から『よし!呼ぼう!』と会話の全てにいちいち“お父さん”を付けて呼んでみたという。すると逆に、『お父さん!お父さん!ってうるさい』と言われてしまったとか。そんな“父と子”二人きりで食べたカレーライスは、歌舞伎人生の大きな転機の深い思い出が詰まった味だった。

*店舗情報:「インデアンカレー 南店」大阪府大阪市中央区難波1-5-20

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

片岡愛之助さんがゲストでした。奥さんの紀香さんの家事エピソードにMCたちと一緒に食いついてしまいました。一般家庭から歌舞伎の世界に入ったとは知らなかったので、養子縁組をする時にスパッと送り出す両親や、師匠から父になった片岡秀太郎さんの言葉に暖かさを感じました。

30代

片岡愛之助をゲストに迎えての回だったが、紹介されたご褒美メシの極上の鉄板焼き店の牛肉、アワビの映像は思わず唾が出る程、美味しそうでした。奥さんの藤原紀香と一緒に行ったそうですが、一流芸能人の生活を垣間見たような気がします。一度は行って食べてみたいと思いました。

40代

片岡愛之助さんが出られるのが楽しみで、家ではどのような食生活をされているのかが気になりました。下積み時代に白米を食べて空腹をしのいでいた話に、意外性を感じました。家に藤原紀香さんがいらっしゃるのはどのような感覚なのか、愛之助さんが幸せそうでした。

20代


2020年7月11日放送回

ごちそう様 ファーストサマーウイカさん

ゲストは、ファーストサマーウイカさん。“関西弁のヤンキー”キャラで大ブレイク!2019年下半期急上昇テレビ出演ランキング1位(日本モニター調べ)に輝くなど、今やバラエティ番組に引っ張りだこの彼女の素顔とは?そして、芸能界を生き抜くエネルギーとなったおいしいものとは?
■お品書き

東京・新宿歌舞伎町「仕事前に一人で食べる!至福のお肉」
ファーストサマーウイカさんは高校卒業後、地元大阪の「劇団レトルト内閣」に入り、芝居の道へ。その後、本格的に女優を目指して上京するも…破天荒なアイドルグループ「BiS」、そして音楽ユニット「BILLIE IDLE®」の一員として活動。そんな中、関西弁・ヤンキー・毒舌・大阪のオバチャンぽい・宝塚ぽい・スナックぽい…などといったキャラクターが注目されテレビ出演、タレントとしてブレイクを果たす。そんな彼女が「BILLIE IDLE®」時代によく通っていたお店が、新宿歌舞伎町にある「新宿食肉センター 極(きわみ)」。一人焼き肉を楽しめるカウンターもあり、基本一人行動が好きなウイカさんにとって最高のお店だったという。

新宿でライブがある時、ライブ前に一人でふらっと足を運んで食べていた料理が大好物の「あみればー」。食肉加工センターから毎日仕入れる新鮮な「朝締めレバー」を使用し、網脂(内蔵の周りにある網状の脂肪)で巻いた一品。火を通すとパサつきがちなレバーだが、網脂で包むことによって表面は焦げ目がついてカリッと、中はちゃんと火が通っているけどプルッとしたレアの食感が楽しめるという。

*店舗情報:「卸 新宿食肉センター 極」東京都新宿区歌舞伎町2-10-5 1F

東京「泣きながら一人で食べるアレ」
ウイカさんが住まいを決める際、「その店が周辺にあるかどうか」をポイントにするほど、大好きな中華食堂チェーン「日高屋」。上京後、首都圏に400店舗以上展開する「日高屋」の存在を知り、安くて美味しい上に、一人飲みできるところが大のお気に入りだという。そんなウイカさんは番組収録など仕事が思うようにいかなかった時、「日高屋」で“ひとり反省会”をするそう。その時、ビールを飲みながら食べるのが「油そば」。つまみは注文せず、1人前1.5玉の「油そば」をガッツリ食べながら、いつも反省しているという。

*店舗情報:「熱烈中華食堂 日高屋」※首都圏を中心に400店舗以上展開する大手飲食チェーン

大阪・中津「芸能界への道を切り拓いてくれたカフェ」(人生最高の一品)
ファーストサマーウイカさんの“人生最高の一品”は、大阪・中津にあるカフェ「カンテグランデ」の「アイスチャイ&ケーキセット」。実はここは、ウイカさんの父が学生時代にアルバイトをしていた関係で幼い頃から連れて行ってもらっていた馴染みのお店だった。しかも、ウルフルズのトータス松本さんも昔働いていたことがあり、自らの曲「OSAKA STRUT」の中に「♪梅田行きのキップ買って~カンテGでチャイとケーキ~」という歌詞で登場するほどの名店。

今も大阪に帰ると立ち寄るというウイカさんがいつも注文するのは、ウルフルズの曲と同じく「アイスチャイ」と「ケーキ」のセット。ケーキは、チーズタルトがオススメだという。そして、「チャイ」は味の濃いスリランカ産茶葉を使用し、熊本・阿蘇産の濃厚牛乳を加えて作る一杯。大阪でチャイを広めた創業当時のオーナーとスタッフが自らの足でインドへ渡り、仕入れてきた当時のレシピを大切に受け継ぎ、お客様に提供しているこだわりの味。

ちなみにイチオシ料理は、選び抜かれた10種類以上のスパイスを使用した味わい深いオリジナルの「カレー」。チャパティ(インドで食べられている非発酵のパン)の相性も抜群で、こだわりの一品。

実は、「カンテグランデ」は、ウイカさんと芸能界を繋いでくれた場所だった。ウイカさんが演劇の世界へ進む時、父が娘のために紹介した人物が、「カンテグランデ」のバイト仲間で劇団俳優のコング桑田さんだった。それから時を経て、東京でアイドル活動や音楽活動をする中、本来の夢である俳優に本腰を入れようと思ったウイカさんは、コング桑田さんに再会して相談。桑田さんの計らいで俳優メインの事務所に所属することになったという。そんな縁を繋いでくれたのは、父の存在、そして「カンテグランデ」。「カンテグランデ」があったからこそ、今の自分がある…夢へと導いてくれたカフェの味「アイスチャイとケーキセット」が、まさにウイカさんの“人生最高の一品”。

*店舗情報:「カンテグランデ 中津本店」大阪府大阪市北区中津3丁目32-2アルティスタ中津B1F

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

お名前はよく拝見していたファーストサマーウイカさん、しっかりとお顔を認識したのはこの番組がはじめてだったので興味深々でした。てっきり外国の方かと思っていたら本名の初夏をもじったものだったとは!この歳になるとなかなかタレントさんの事がインプットできないのですがウイカさんの事は覚えられそうです。

最初に紹介された焼肉はおいしそうですね~その後はラーメン、何というか元気な感じの女性なのでこういう力強いメニューが似合いますね、でも結構繊細なところもあるのがわかって応援したくなりました。とても自分を高めるための努力をしてらして、偉い!トークも紹介されたメニューもとても元気が出る内容で、かなり濃い番組になっていたと思います。

40代

ファーストサマーウイカさんがゲストでした。テレビ出演が急激に増えてよく目にする人ですが、ブレイクのきっかけやアイドルや劇団時代のことは詳しく知らなかったので、そこから話をしてくれてよかったです。アイドルのBiS時代にはローション握手会をやっていた、売れていると実感したのは自分の名前を模したアダルトビデオが出たという話を軽妙に話すのには笑ってしまいました。

レバーを一人で食べに行き、日高屋の油そばで反省会をするそうで、一匹狼タイプではあるけれどサービス精神旺盛で、おもしろさと真面目さがある人だと感じました。エゴサーチが日課で1日50回するのもびっくりですが、話のネタにするためでもあると聞き、勉強熱心だと思いました。自分の出た番組は見れないそうで旦那さんに見てもらうというビビリな面もあり、見た目と語り口とのギャップが魅力なのだろうと思いました。

30代

ファーストサマーウイカさんの素が知れて良い回でした。
結構一人で動いていることや、昔の見た目は地味だったことや、でも中身は昔と今も変わらないままだということなどがわかりました。
また、アイドルを卒業したタイミングで結婚していたことなど知らなかったことも知れました。
結構ゆるい性格だけど旦那さんが落ちてしまったつっかえ棒を戻してくれていたりと良いパートナーのようです。
ファーストサマーウイカというネーミングについてさんまさんの番組で話そうと用意していたけれど、さんまさんに最初に言われてしまい、動揺してしまい、帰りの電車で大泣きしていたことなど色々苦労された過去もお持ちのようでした。
また、お父さんが昔バイトしていた大阪のカフェも紹介されており、本当においしそうでした。
お店の雰囲気も素敵でした。

30代


2020年6月27日放送回

ごちそう様 矢作兼さん(おぎやはぎ)

ゲストは、おぎやはぎ矢作兼さん。矢作さんがお笑いの世界に入る前、サラリーマン時代から仲良しのMC加藤さんと“今だから話せる禁断㊙暴露トーク”を展開。若かりし頃の二人の恥ずかしい思い出、超レアな矢作さん結婚秘話などと共に、人生のおいしい話を紹介。
■お品書き

東京・三宿「大人の味を教わった…イタリアン」
1990年代前半、若者たちがおしゃれスポットとして集った世田谷区三宿。それを代表するのが、人気イタリアンレストラン「カフェ ラ・ボエム」。まだ20代だった加藤さんと矢作さんもよく通っていたこのお店…実は今思い出すと、二人には恥ずかしい思い出がある。当時、二人はお互い付き合っていた彼女を連れてWデート。一緒にテニスをした後、「ラ・ボエム」のテラス席でちょっと気取ってご飯を食べる…そんな流行にのったベタベタな青春のひと時を過ごしたこともあったという。

そんな恥ずかしい思い出もある「ラ・ボエム」で、矢作さんが初めて食べて感動した料理が、蜂蜜をかけて食べるゴルゴンゾーラのピザ「ゴルゴンゾーラ蜂蜜添え」。今では当たり前だが、当時『ピザに蜂蜜!?』と衝撃を受け、『俺って、オシャレだな』と、ちょっと大人になった気分だったという。

他にも、ここで初めて知った料理が…サラダにチーズをかけて食べる「シーザースサラダ」。『なんてオシャレなサラダなんだ』と、驚いたという一品。

*店舗情報:「カフェ ラ・ボエム 世田谷」東京都世田谷区池尻 1-9-11 メゾン・ド・ソレー1F/B1F

東京・椎名町「大好物になった…思い出の味」
矢作さんの大好物「寿司」。寿司が大好物となった原点のお店がある。豊島区椎名町にある創業約70年の老舗「魚がし寿司」。矢作家の行きつけだった寿司店で、小学生時代には学校帰り、よく板前さんに『兼ちゃん』と呼ばれ可愛がってもらっていたという。そんな中、『寄っていきなよ』と声を掛けられ、寿司を食べて行くこともあったそう。小学生でカウンターに座って、ツケで寿司を食べていた!? 時には、『ここタダなんだぜ』と友達を誘って一緒に食べることもあったという。もちろん、小学生の矢作さんはツケの文化など知る由もなく、タダだと思い込んでいたが、実際は後でお母さんが支払っていたのを後々知った矢作さんであった。

当時、小学生の矢作さんがよく食べていた握りが「イクラ」「たまご」「マグロ」。板前さんがお寿司を握る姿を見るのが好きで、いつも『かっこいいなあ』と思っていたそう。

*店舗情報:「魚がし寿司」東京都豊島区長崎1-6-5

東京・碑文谷「憧れの大先輩と共に通った…名店の味」(人生最高の一品)
矢作さんの“人生最高の一品”は、東京・目黒区碑文谷にある「吉法師」の「鴨せいろ(天邪鬼(あまのじゃく)そば)」。東急東横線・学芸大学駅から徒歩約10分、碑文谷交差点から程近いこの店は、矢作さんが以前暮らしていたマンションの近所だった。実はここ、矢作さんの憧れの人であり芸能界の大先輩であるタモリさんも行きつけの名店。共演した番組の収録終わりに偶然発覚し、後日ご一緒することに…すると、まさかのサシ飲み。最初は緊張した矢作さんだったが、憧れの人といろんな話ができ、最高に楽しい夜になったという。ところが、収録現場で『あの店の蕎麦は美味しい』と二人で散々盛り上がっていたのに、タモリさんはお酒をひたすら飲むばかりで食べたのは「骨せんべい」だけ。絶品の蕎麦を一緒に食べるのも楽しみにしていた矢作さんは、ちょっと拍子抜けしてしまったという。

そんな最高に楽しい夜をタモリさんと過ごした矢作さんがオススメする「天邪鬼(あまのじゃく)そば(鴨せいろ)」は、 北海道・音威子府(おといねっぷ)産などの蕎麦粉を使用した手打ち蕎麦を鴨肉、ナス、ししとう、ごぼう、しめじ、ネギ、ゆずを使った絶品のつけ汁でいただく一品。大好きな蕎麦をタモリさんが一緒に食べることはなかったが、何より憧れの人と二人きりで過ごした…忘れられない味であった。

*店舗情報:「手打そば 吉法師(きちほうし)」東京都目黒区碑文谷4-2-3

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

今回のごちそう様は、おぎやはぎの矢作さんでした。笑顔で色々なことを語って頂けました。矢作さんがピンで出演されるなんて珍しいなあと思い視聴していました。大好物は“お寿司”だなんて全く知りませんでした。

そして、本格的なお寿司店に小学生の時から通っていたなんて、凄い!の一言しかありません。好きなネタは、「イクラ」「タマゴ」「マグロ」だなんて、思わず格好良いなあと思ってしまいました。何かとても矢作さんのトークに惹きつけられました。子煩悩の様もとても素敵でした。

50代

おぎやはぎの矢作兼さんがゲストでした。MC加藤浩次さんとは矢作さんがサラリーマンのときからの付き合いと聞き驚きました。そういえばラジオでも「浩次くん」と呼んでいると気づきました。

結婚のきっかけに樹木希林さんからの言葉があったという話が印象的でした。最高のメニューの鴨せいろはタモリさんとのサシメシだったそうで、お昼の顔になれたのはマネージャーのおかげだと話していたエピソードはタモリさんの懐の深さを感じました。

30代


2020年6月20日放送回

ごちそう様 フワちゃんさん

ゲストは、大人気のYouTuber芸人フワちゃん。奇抜な衣装で超ハイテンション!今やネットを飛び出し、テレビでも大活躍する彼女の謎に包まれた素顔を、食を通して丸裸に!
■お品書き

「砂糖が大好き!大の甘党フワちゃんの最愛レシピ」
大の甘党だというフワちゃんは、カレーをはじめ、ミネストローネなど何でも砂糖をかけて食べるのが大好き。そんな彼女が“騙されたと思って一度試してみてほしい”とオススメする甘党レシピを紹介。それは、「ご飯」に「ツナ」と「マヨネーズ」を加え、「醤油」をかけた後に、「砂糖」を大さじ2杯振りかける衝撃の一品。スタジオ全員がドン引きだったものの、フワちゃん曰く『東南アジアで大人気と言われるたら納得できる!割と発見的な味』らしく、甘じょっぱさと砂糖のジャリジャリ感が癖になる美味しさだという。

東京・中目黒「夢を追いかけた原点のパスタ」
元々、お笑い芸人を目指していたフワちゃんは、学生時代に中目黒にあるお笑い芸人養成所「ワタナベコメディスクール」に通っていた。レッスン帰りに相方とよく立ち寄っていたのが、行列のできる人気のパスタ専門店「関谷スパゲティ」。厳選された約8種類あるメニューの中で、フワちゃんがオススメするのは、「塩バジリコ」と「たらこクリーム」。この2皿を注文して相方と二人でシェアして食べていたという。

*店舗情報:「練りたて、茹でたて、炒めたて。関谷スパゲティ」
東京都目黒区上目黒3-1-2ハウスセンター中目黒ビル 1F

東京・赤坂「大恩人と食べた!思い出の味」
お笑いコンビ「SF世紀宇宙の子」として活動していたフワちゃん。しかし、そのキャラクターが逆に出てしまったのか素行不良で事務所を首に…コンビも解散することになった。その後、ピン芸人として活動するものの、なかなか日の目を見ない中、友人の放送作家から『YouTubeに向いていると思うよ』と勧められて、YouTubeを始めることに。その放送作家と2人でチームを組んで活動し始めると、最初の動画をアップしてから約1年後…タレント指原莉乃さんがフワちゃんのtwitterをフォロー。『フワちゃんのYouTubeが面白い!』と、指原さんの出演番組にゲストで呼んでもらったのをキッカケに一気に大ブレイク!YouTubeチャンネル登録者数は現在、60万人を突破する人気YouTuberになった(※2020年6月19日現在、66万人)。そんな恩人と呼べる指原さんと時々食事に行くという。普段めったに行くことのないお店へ指原さんは連れて行ってくれ、中でも一番思い出に残っているのが、赤坂にある韓国料理店「プロカンジャンケジャン」。ここの「カンジャンケジャン」が絶品で忘れられない味だという。

*店舗情報:「プロカンジャンケジャン」東京都港区赤坂3-11-7 ソシアル赤坂ビル 2階

東京・白山「貧乏な学生時代を支えてくれた!日本一の学食」
実は、最終学歴は東洋大学の中国哲学文学科(現・東洋思想文化学科)卒業というフワちゃん。大学時代は学校にも通いながら、芸人養成所にも通う多忙な日々を過ごしていた。しかし、次第に授業を欠席しがちになり、遂に留年。そのことを親に言えなかったフワちゃんは、1年分の学費と養成所の費用で約150万円の借金を抱えることに。そのため、生活費を切り詰めていたフワちゃんの主食は、大学の学食だった。実は、東洋大学・白山キャンパスの学食は「学食ランキング1位」(2017年&2018年、早稲田大学学食研究会調べ)に輝き、バリエーションに富んだ本格的な料理が食べられるという“日本一の学食”で知られる。フワちゃんのオススメは、「Curry manta」の「カレー2種(ハーフ&ハーフ)+ナンセット」 。もちろん、値段は学食なので500円という有難さ。それを貧乏学生仲間だった仲良し女子3人組でシェアして食べていたという。

大阪「最悪なイベントで出会ったカレー」(人生最悪の一品)
昨年、いつもやっている営業の仕事と違って、楽しそうだなとノリノリ気分で参加した大阪でのパリピフェス。しかし、行ってみるとお客も30人ほどの閑散としたイベントだったという。そこで、休憩時間に気分を変えよう昼食を食べに行ったお店がネパール&インド料理店「ダイヤモンドスター」だった。すると、あまり期待せずに注文した「チキンバターマサラ」と「チーズナン」が超絶品だったという。特に、「チーズナン」は今まで食べた中で一番美味しいと言える一品で、今も食べに行きたくて仕方ないほど忘れられないという。

*店舗情報:「ダイヤモンドスター」大阪府大阪市住之江区北加賀屋2-12-16

東京・板橋「夢を後押ししてくれたハンバーグ」(人生最高の一品)フワちゃんの“人生最高の一品”は、学生時代のバイト先「板橋3丁目食堂」の「煮込みハンバーグ」。アイスクリーム店、家庭教師…学生時代にやったバイトをほぼ全てクビになること15回。そんなフワちゃんが唯一4年間続けられたバイトがある。そこが、「板橋3丁目食堂」(現在は、板橋の地域活性化のため新業態「おにぎり専門店」として営業中)だった。バイト面接の際、遅刻した上に履歴書にも写真を貼り忘れるなど、フワちゃん自身『不採用だろうな』と思っていたが、店長の『夢は何ですか?』という質問に『芸人になりたいです』と答えたフワちゃん。『若者の夢を応援したい』と常日頃思っている店長は、その一言でフワちゃんを採用。しかし、バイトが始まると…最初に任されたホールではお客にタメ口を聞いてしまい、まもなくキッチン担当に。そして、キッチンではつまみ食いを繰り返して、終いに店長が任命したのは「お皿洗い隊長」。その後、全自動お皿洗い機が導入され、フワちゃんの仕事は超簡単な内容に。それでも店長はクビにすることなく、バイトを続けさせてくれた。そんなバイト先での思い出の味が、賄い料理「田舎風煮込みハンバーグ」だった。ダッチオーブンを使ってラタトゥイユのソースで煮込んだ本格的なハンバーグは、賄いとは思えない豪華な一品。

優しくて理解のある店長とは違い、仕事に対して厳しかったのが店長の奥さん。奥さんに仕事のことで厳しく怒られる時も度々あったという。ただそんな時も、この賄い料理を一緒に食べると場が和んだという。フワちゃんのキャラクターも幸いしていたが、何より実家を出て暮らしていたフワちゃんにとって美味しいご飯を食べさせてくれ、居場所となったこのお店、そして両親のような存在だった店長夫妻との出会いが大きかったという。

*店舗情報:「板橋3丁目食堂」(※閉店)
現在は、おにぎり専門店「板五米店」(東京都板橋区仲宿40)として営業中。

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

ユーチューバー芸人のフワちゃんがゲストでした。ぶっ飛んだキャラですが、実は大卒、中国哲学文学科卒で東洋大学の食堂のカレーがおいしい、という流れには思わず笑ってしまいました。大学時代バイトをしていたお店で、店長はフワちゃんをおもしろがってくれて4年間続けることができたそうで、最後の「トラブルメーカーをムードメーカーにしてくれた」という言葉が象徴的でした。学生時代の友人もフワちゃんのキャラを楽しんでいたようですが、クレジットカードは実質2ヶ月タダになる理論を教えたその友人は今は現金主義と話しており、彼女もまたキャラが濃くて似た者同士だと思いました。

30代


2020年6月13日放送回

ごちそう様 吉村崇さん

ゲストは、平成ノブシコブシ吉村崇さん。MC加藤浩次さんと同じく北海道出身の吉村さんが、コロナが収束したら是非行って食べてもらいたい!故郷・北海道の絶品グルメを紹介。そして、芸人人生の危機を救った先輩・加藤さんの言葉と忘れられない料理、父への感謝を込めた“人生最高の一品”とは?
■お品書き

北海道・札幌市「魅惑の北海道グルメ(1)」
地元の北海道札幌市に帰るとよく訪れるお店「ジンギスカーン」。ちょっとふざけた店名だが、数あるジンギスカン専門店の中でも、特に肉にこだわり、味は絶品の名店だという。

高級フランス料理などにも使われるブランド羊サフォーク種の肉を塊のまま仕入れて捌き、希少な部位を提供している。

一昔前と違い、現在流通しているラム肉は全く臭みがないので、タレではなく、20種類のブレンド塩や刻みわさびやでさっぱりといただくのもオススメ。

*店舗情報:「ジンギスカーン」北海道札幌市中央区南5条西6丁目 多田ビル1F

北海道・札幌市「魅惑の北海道グルメ(2)」
ジンギスカンと並ぶ、定番の北海道グルメと言えば、味噌ラーメン。しかし、吉村さんがオススメするのは「ちゃんぽん」。札幌の繁華街すすきのにある「ちゃんぽん一鶴」。以前は夜9時頃オープンして夜間営業していたそうで、吉村さんはここでシメに「ちゃんぽん」をよく食べていたという。

鶏ガラ・豚骨から出汁をとったスープに魚介などを加えた一杯は、本場長崎ちゃんぽんよりも少し濃いめの味つけ。寒い冬に食べると、身も心も温まるという。

*店舗情報:「ちゃんぽん一鶴(いっかく) すすきの店」北海道札幌市中央区南6条西3丁目 おふく会館1F

東京・赤坂「芸人人生を変えた餃子」
東京・赤坂にある鶏餃子専門店「赤坂よ志多」。実はここ、吉村さんが加藤さんと初めて会った場所。今からおよそ12~3年前、唯一のレギュラー番組がなくなって悩んでいた吉村さんに対し、加藤さんは相談にのり、いろいろアドバイスをしてくれたという。その時、加藤さんの言葉もあって気が楽になった吉村さんにとって、先輩の優しさに触れた忘れられない思い出の店。

加藤さんもよく行くというこちらの餃子は、豚や牛ではなく国産の鶏肉を使用した餡が特徴。食べやすい一口サイズで、水餃子や手羽餃子など9種類もの餃子を楽しめる。

*店舗情報:「鶏餃子専門店 赤坂よ志多」東京都港区赤坂2-14-12高橋ビル1F

北海道・札幌市「支え続けてくれた父への恩返し」(人生最高の一品)
吉村さんの“人生最高の一品”は、札幌すすきのにある「鮨処うえの」のお寿司。幼少期に両親が離婚し、父子家庭で育った吉村さん。売れなかった若手時代には、親戚に頭を下げてお金を工面し仕送りするなど、夢を追い続ける吉村さんを父は何も言わず支えてくれたという。そんな父へのお礼と感謝を込め、初めてごちそうしたのが、このお店だった。

人気メニューの一つが、国産かんぴょうを使用した「干瓢巻き」。

そして、父への感謝を込めてご馳走した“人生最高の一品”は、「手のせ雲丹(うに)」。時期によって仕入れ先を変えるうにを海苔はあえて使わず、シャリにのせるだけの一品。それを大将が手渡しで提供する。

*店舗情報:「鮨処うえの」北海道札幌市中央区南六条西3丁目 ジョイフルサッポロ1F

「不仲だったコンビの運命を変えた…最悪の一品」(人生最悪の一品)
今から約10年前、ある番組で海外ロケの仕事が増え、世界各地の部族にホームステイして過酷な生活を体験した平成ノブシコブシの二人。中でも、パプアニューギニアのある部族にホームステイした時に食べたものが衝撃的すぎて、まさに“人生最高の一品”だったという。

それは、部族民の頭にのせた火鉢を使った謎の調理法で焼いた「クモの丸焼き」。その味は、まるで“焦げ”を食べているような感じだったとか。しかし、そんな最悪な食体験をした仕事が、平成ノブシコブシの運命を大きく変えることになる。

当時、キングコング、ピース、ノンスタイルといった同期がどんどんテレビ出演し活躍していく中、何も結果を出せずにいた平成ノブシコブシ。吉村さんは焦りもあり、うまくいかないことを全て相方の徳井さんのせいにしていたという。

当然、コンビ仲は最悪で…仕事以外では全く会話もなかった。そんな何もかもうまくいかなかった時に舞い込んできたのが、海外ロケの仕事だった。そのチャンスに二人は、全てをかけて必死に食らいついた。

すると、なぜか部族に愛された相方・徳井さんの存在のおかげで、結果的にロケも面白い内容になり、世間的にも好評だった。その後、人気が出てテレビで活躍の場を広げた二人は、現在の地位を築くまでになった。『今の平成ノブシコブシがあるのは、あの海外ロケで弾けた相方のおかげ』と語る吉村さん。今では、今までで一番仲が良い関係になっているという。

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

放送後に更新します。


2020年5月23日放送回

「タクノミでつながろう」特別編(1)

今回は、「タクノミで繋がろう」特別編!MC加藤浩次さん、女将・島崎和歌子さん、常連客・高橋茂雄さん(サバンナ)、アシスタントMC宇賀神メグさん(TBSアナウンサー)の出演者4人がリモートで飲み会を開催。これまで番組で紹介してきた706店舗1155品の中から厳選した“最高の肉料理”を肴にトークを展開。

■お品書き

寺門ジモン“人生最高の肉料理” 神戸 麤皮「サーロインステーキ」(2017年6月17日放送)

“日本一の肉好き”寺門ジモンさんの“人生最高の肉料理”は、神戸にあるステーキハウス「麤皮」の「サーロインステーキ」。ステーキ店として世界で初めて“ミシュラン二つ星”の評価を受け、ジモンさん曰く、『日本一のステーキ!いや、世界一のステーキかもしれない!』というほどの名店中の名店。

*店舗情報:「麤皮(あらがわ)」兵庫県神戸市中央区中山手通2-15-18

出川哲朗“人生最高の肉料理” 東京・渋谷 ゴールドラッシュ「ハンバーグ」(2018年4月14日放送)

これまで日本全国、さらには世界中を巡り、ありとあらゆる美味しいものを味わってきて、“芸能界一の食通”だと言い張る出川哲朗さんの“人生最高の肉料理”は、渋谷にある「ゴールドラッシュ」の「ハンバーグ」。専門学校の同級生ウッチャンナンチャンの二人(内村光良、南原清隆)と劇団シャララを旗揚げし、座長を務めながら役者を目指していた20代前半。出川さんは横浜の実家を出て、渋谷の六畳一間・風呂トイレなしアパートで一人暮らしをしていた。アルバイト生活で給料が入った時、ご褒美に食べたのが、近くにあった「ゴールドラッシュ」のハンバーグだった。以来、30年通い続けているという。

挽き肉に和牛の脂を混ぜることで旨味を増し、隠し味に醤油を加えたデミグラスソースが絶品。チーズハンバーグはマスタードとマヨネーズを塗った上にチーズをのせるという一工夫が堪らない一品。

*店舗情報:「ゴールドラッシュ渋谷本店」東京都渋谷区宇田川町4-7 トウセン宇田川ビル4F

オーナー加藤浩次“下積み時代のご褒美メシ”

MC加藤浩次さんには、下積み時代に心の支えとなったご褒美メシがあるという。それが、名店「叙々苑」の焼き肉。北海道から上京して25歳頃まで、芸人の仕事だけでは食べていけなかったという加藤さん。そんな加藤さんがバイトしていたのが、ママと娘さんの母子二人だけで切り盛りしていた中目黒のBar。お店の売り上げがいい時に、ママが連れて行ってくれたのが「叙々苑」の中目黒店」だった。北海道出身ということもあり、肉といえばジンギスカンだった加藤さんは、その時に初めて食べた名店の「カルビ」の美味しさに度肝を抜かれてしまい、肉の概念が完全に変わってしまったそう。それからというもの、お店の売り上げアップのために、お客のボトルをなんとか減らそうと必死だったとか。そして、『こんな美味しい肉を、食べたい時に食べられるようになりたい。そのために、仕事を頑張ろう』と誓った若かりし頃の加藤さんであった。

*店舗情報:「叙々苑 中目黒店」東京都目黒区青葉台1-29-12セブンスターマンション1F

森泉“人生最高の肉料理” 東京・赤坂 ルイプリマ「ビーフカツレツ」(2017年5月27日放送)

モデル森泉さんの“人生最高の肉料理”は、赤坂にある「ルイプリマ」の「ビーフカツレツ」。実はこれ、世界的ファッションデザイナーの祖母・森英恵さんを筆頭に華麗なる一族、森家の全員が虜になったという一品。

塊で仕入れた牛肉はメイン部分をカツレツに、そして余分なスジの部分はソースに使用。牛スジをたっぷり使った自家製デミグラスソースは『一滴も無駄にしたくない』と家族全員がお皿を舐めるほど絶品で、レアに仕上がったカツレツにかけると美味しさは倍増する。その美味しさは、いつもみんなをhappyにしてくれるという。

*店舗情報:「LOUIS PRIMA 〜ルイプリマ〜」東京都港区赤坂8-12-12 赤坂アンドロン1F

尾上松也“人生最高の肉料理” 東京・板橋 テンダーハウス基順館「シャトーブリアン」(2017年5月27日放送)

ただ美味しいだけでなく、味も見た目もパンチが効いた料理が好きで『とにかくガツガツ食べたい!』という尾上松也さん。そんな松也さんの“人生最高の肉料理”は、東京・板橋にある「テンダーハウス基順館」の「シャトーブリアン」。完全予約制で1日1組限定。政界や芸能界の人々が通う、知る人ぞ知る名店。

ただ美味しいだけでなく、味も見た目もパンチが効いた料理が好きで『とにかくガツガツ食べたい!』という尾上松也さん。そんな松也さんの“人生最高の肉料理”は、東京・板橋にある「テンダーハウス基順館」の「シャトーブリアン」。完全予約制で1日1組限定。政界や芸能界の人々が通う、知る人ぞ知る名店。

*店舗情報:「テンダーハウス 基順館」東京都北区滝野川6-84-8

女将・島崎和歌子“地元・高知の行きつけラーメン”

島崎和歌子さんの地元・高知県。家族みんなで通った思い出の店が「ラーメンの豚太郎」。高知県民はみんな知っている有名チェーン店で、オススメは「味噌ラーメン」。ただ、普通の味噌ラーメンではなく、なぜかトンカツがのっている。幼い頃から食べてきた島崎さんには普通だが、県外から来たお客は『味噌ラーメンにとんかつ!?』と、必ずびっくりする一杯。

*店舗情報:高知県内に約30店舗展開

志村けん“人生最高の肉料理” 東京・鶯谷 玉勝「ちゃんこ鍋」(2019年2月23日放送)

志村けんさんが愛した“人生最高の肉料理”は、東京・鶯谷にある「玉勝」の「ちゃんこ鍋」。ザ・ドリフターズに入った24歳当時、暮らしていた鶯谷。付き人から正式メンバーにとなり、初めてもらった給料で自分へのご褒美として食べたという。下町情緒あふれる街に佇むこのお店は1958年創業で、芸能界やスポーツ界の大物たちが訪れる名店。志村さんはじめ、多くの人たちが魅了された「ちゃんこ鍋」は、鶏肉と野菜が基本。白菜や牛蒡、人参、小松菜、豆腐などをまず敷き詰め、その上に福島県産伊達鶏をのせ、調味料を使わずに伊達鶏を15時間煮込んだスープを入れる。更にその上に野菜(一番ニラ、小松菜、ほうれん草、春菊)をのせてグツグツと煮込む。

何より美味しさの決め手は、醤油ベースの特製つけダレ。ネギ、伊達鶏の卵、青のり、一味唐辛子を加えたつけダレは絶品で、志村さんも何度もマネしようと作ってみたが再現できない美味しさだという。

初めての給料で食べたこの味が恋しくて…国民的人気者となった後も志村さんは度々、足を運んでいた。実は亡くなる10日前、入院中の志村さんに『玉勝のおやじさんが元気かどうか、確かめてくれないか』と頼まれた事務所スタッフがわざわざ来店してくれたという。ご主人の高橋正一さんは、『本人も具合が悪いのに、最期まで気遣いの方でした』と、志村さんの優しい素顔を明かしてくれた。

*店舗情報:「玉勝(たまかつ)」東京都台東区根岸3-2-12 鈴木ビル

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

出川哲朗さんの人生最高肉料理を紹介していて、渋谷にあるゴールドラッシュのハンバーグを給料後に食べに行っていた言っていました。スパイシーなソースが肉の味を引き立てているということだったので、とてもおいしそうだと感じました。

30代

この番組は、食をテーマに思い出を語る番組内容が好きで観ています。今回はリモートでの番組で過去のVTRを振り返る回でしたが、志村けんさんのお話が聞けてもうこの人はいないのだなとしみじみ悲しみが溢れました。

40代


2020年5月16日放送回

ごちそう様 井川遥さん

ゲストは、井川遥さん。角ハイボールのCMでおなじみ!女優、モデルでありながら2児のママ!“癒し系の女王”としてOLや主婦をはじめ、サラリーマンからも大人気の彼女の素顔は“食いしん坊”だった。

■お品書き

東京・六本木「1日1回は食べる!病みつきの肉」

お店でメニューを選ぶ際には、食べたいものが多すぎて優柔不断になってしまうほど、自ら“食いしん坊”と認める井川遥さん。そんな井川さんの大好物は、1日1回は食べるという“鶏肉”。冷蔵庫にはいつでも食べられるようにストックしてあるそう。一番好きな鶏肉料理は、シンプルに茹でて塩胡椒でいただく「茹で鶏」。茹でた後は、お肉を取り出し、水溶き片栗粉を入れて「鶏スープ」にするのもオススメ。また、残った分は、卵を加えて「鶏雑炊」にアレンジできる。そんな無類の鶏肉好き・井川さんのオススメするお店は、六本木の東京ミッドタウンにある中華料理店「SILIN火龍園」。

*店舗情報:「SILIN火龍園」東京都港区赤坂9-7-4東京ミッドタウン ガレリア ガーデンテラス 2F

「何度もチャレンジしてやっと克服した!牡蠣」(人生最高の一品)

井川遥さんの“人生最高の一品”は、果敢に何度もチャレンジして克服した「牡蠣」。牡蠣を求めて食べ歩いた結果、イチオシのお店は、赤坂にあるオイスターバー「ヴィノーブル」。瀬戸内海に浮かぶ無人島で獲れた希少な牡蠣が楽しめる。美味しく食べてもらうため、地元の漁師さんの直接指導で処理や調理法が徹底された、こだわりの牡蠣。オススメは、6種類が1セットになった「おまかせオイスタープレート」(※季節により種類は変更)。

*店舗情報:「オイスター&ワイン ヴィノーブル」東京都港区赤坂2-11-13 COMMON AKASAKA 1F

無類の牡蠣好きの井川さんには、他にもお気に入りのお店が。お箸でいただくスタイルの創作フレンチのお店で、普段は取材NGのところを今回特別に撮影の承諾いただいた。オススメは、「牡蠣の炭火焼き」。

*店舗情報:非公開

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

井川遥さんのプライベートな姿を知れてとっても面白かったです。ご自身もおっしゃっていましたが、癒し系だと思ってましたので、ギャップを知れてよかったです。久しぶりに生牡蠣を食べたくなりました。実際、わたしも生牡蠣に痛い目にあったことがありますが、井川さんのように、たべたいという欲望にかられ食べたことがあるので、同じでうれしかったです。ママになっても本当に美しくて憧れです!!最後の加藤さんとハイボールで乾杯するところのおかわり!というアドリブもおもしろかったです。本当にハイボールがお好きなんだなと思い、CMがより好印象になりました。

30代

井川遥さんの意外にもきっぱりとした性格がトークの端々から垣間見られて面白かった。行ったことのあるお店が出てきたので懐かしくなり、早くまたなんでも好きなごはんをお店に食べに行ける世界になればいいなと思った。

20代

ゲストは井川遥さんでした。井川さんのプライベートを知る機会はあまりなく、意外と面白い方なのだと思いました。何度食あたりを起こしても、牡蠣にチャレンジする話は非常に面白く、苦手な食べ物が大好きになることがあるのだと感じました。

20代

ゲストは、女優の井川遥さんで、このようなトークをする番組に出演することが珍しいので、とても新鮮でした。母親でもある井川さんの顔も少し見られてとてもよかったです。牡蠣に何度もあたりながらも、それを克服して、今は大好物だというお話は、本当に牡蠣が好きなんだなあという気持ちがよくわかりました。

40代

ゲストに井川遙さんを迎えた今回、その美しさと、おじさんっぽい性格と魅力的な姿に加藤浩次も前のめりな番組です。島崎和歌子、SHELLYの二人がちょいちょい井川さんに絡む質問をし、食べる料理に羨望の目というおかしさですが、なんといってもエンディング、「ハイボール」を頼むことに勇気がいるという井川さんが作るあの「ハイボール」は世間イメージにすっかり浸透したドリンク。画面がもはやコマーシャルのようなクオリティでした。

50代

井川遥さんがゲストでした。久しぶりの通常回を楽しめました。最近はファッション誌での活躍をよく見ていますが、家庭での話も聞けて、子育てと両立しながら仕事しているのがよくわかりました。牡蠣への愛情には笑ってしまいましたが、おいしく食べられるようになってよかったと思いました。

30代

井川遥さんの牡蠣愛がすごかったです。2度あたってもなお、3度目に挑戦する牡蠣への熱い思いが伝わりました。タバスコをかけて食べたリベンジが成功して良かったですね。井川さん曰く殺菌作用があり(笑)、美味しそうなのでやってみます。そんな井川さんイチ押しの赤坂のヴィノーブルへ、いつか行きたいと思います。

50代

井川遥さんはいつも変わらず綺麗で、かっこいいなと思いました。井川さんといえばハイボールのイメージなので、井川さんにハイボールを入れてもらっている加藤浩二さんが羨ましかったです。私もいつか、井川さんのようなかっこいい女性になれることを目指して内面から磨いていこうと思いました。

20代

本日のゲストは井川遥さんでした。昔と変わらず綺麗な姿に驚いたとともに、意外と言葉がぽんぽん出てくるタイプで、新たな一面を知ることができました。牡蠣にあたって克服されたということでしたが、わたし自身克服出来てないので羨ましいです。最後、ハイボールを作る姿は某CMのままで飲みたくなりました。

30代


2020年5月9日放送回

ごちそう様 眞栄田郷敦さん

ゲストは、眞栄田郷敦さん。2019年、話題を呼んだドラマ「ノーサイドゲーム」でキーマンを演じ、いま大注目の若手俳優は、“爆食王子”だった!?『(食欲の)リミッターが外れると、ヤバい』『おいしければ、ゼロキロカロリー』など、名言を連発したイケメン俳優の素顔とは?
■お品書き

岡山市「店名がビミョーな定食屋さん」
プロのサックス奏者を目指して進学した岡山での高校時代、郷敦さんがよく通っていたお店がある。学校から徒歩5分にある定食屋さん「Let’s悟飯」。「ドラゴンボール」が好きだという店主が付けたちょっとふざけた店名だが、味は絶品だという。郷敦さんが大好きでよく食べていたのが、「チキン南蛮定食」。揚げた鶏肉を秘密のタレに浸して衣がべちゃっとしたのが特徴で、自家製タルタルソースでいただく。育ち盛りの高校生には、ご飯がすすむたまらない一品。親元を離れ、サックスに明け暮れた高校時代、郷敦さんを支えてくれた思い出の味。

*店舗情報:「Let’s 悟飯」岡山県岡山市北区津島笹が瀬1-16

東京・神楽坂「究極の白い揚げ物」
高校卒業後、上京して音楽から俳優の道へ進み始めた郷敦さん。上京当時、大好物のとんかつ食べ歩きをする中で辿り着いた名店がある。神楽坂の「あげづき」。オススメは「特上ヒレかつ」。旨みが抜群にある宮崎県産の希少な豚肉は、ステーキ並みに肉厚で食べ応えがあって、とにかく肉肉しいという。低温の油で20分間ゆっくり火を通して肉の旨みと水分を閉じ込め、さらに高温で衣をサクサクに仕上げた、白い衣が特徴の一品。郷敦さんは、塩で食べるのがお好みだという。

そして、とんかつ以上にお気に入りなのが「ササミフライ」。たった20年の人生だが、「ササミフライ」の概念がぶっ飛ぶ、美味しさだという。

*店舗情報:「あげづき」東京都新宿区神楽坂3-2 山ノ内ビルB1F

「母の作る粕汁」(人生最高の一品)
眞栄田郷敦さんの人生最高の一品は、おふくろの味「粕汁」。それには、アメリカで生まれ育った郷敦さんならではの理由があった。幼い頃、家族で外食に行く時に父が「どこに行く?」と聞くと、いつも「ママレストラン」と言っていたという郷敦さん。それほど大好きな母の手料理の中でも、一番の大好物が「粕汁」。 アメリカの地で母が作る日本の味は、“日本人としての大事な部分を忘れないように”というメッセージが込められていたのでは…と思うそうだ。その「粕汁」は人参・大根・ちくわ・油揚げを鰹出汁で煮込み、酒粕は濃いめ。味噌ではなく醤油で味付けし、最後にネギを山盛りにトッピングした一品。今でも、母の「粕汁」を食べたいがために、京都の実家に帰ることもあるという郷敦さん。「粕汁」だけでなく、いつも背中を押して温かく見守ってくれる母の存在こそが、大きな心の支えとなっているという。

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

眞栄田郷敦さんが出演されていて、このようなトーク番組に出演しているのは珍しくてどんな方なのかなあと思っていましたが、話し方も落ち着いていて、とても好感が持てる感じがしました。紹介されていた料理もおいしそうで食べてみたくなりました。

40代

やっぱり、多くの男性は、オフクロの味が思い出の最も上位のグループに入っているのかなと、眞栄田郷敦さんの粕汁の話を見てそう思いました。自分は定食が好きなので、紹介されていたヒレカツやささみカツなどに引き込まれてしまいました。

40代

眞栄田郷敦くん、無限に食べられるって全然そうは見えない。涼しい顔に似合わない発言でしたが、きっとトレーニングとか鍛えているからカロリー消費されているんでしょうね。YOUや島崎和歌子さんが「かわいい~」と口を揃えて言っていましたが、おばちゃんたちちょっと騒ぎ過ぎですよ。ビバリーヒルズでの生活がけた違いにぶっ飛んでいてなかなか面白かったです。究極の白い揚げ物の話も興味しんしんに聞いちゃいました。

40代

たまたま流れでつけていた番組でしたが、ゲストが眞栄田郷敦さんと知り思わず見入ってしまいました。実は職場の後輩に眞栄田郷敦さんと高校の同級生がいまして、たまに写真も見せて貰っていました。その時は、今どきのイケメンくらいにしか思わなかったのですが、今日の話しぶりや内容を聞いて、なかなか面白いコだなと好印象を持ちました。地元岡山の定食屋さんも紹介され、知らないお店でしたのでとても興味深く拝見しました。チキン南蛮美味しそうでした。食べに行きたいです。

30代

眞栄田郷敦が紹介した「Let’s悟飯」のチキン南蛮がとてもおいしそうでした。秘伝のタレに漬け込んで自家製タルタルソースをたっぷり掛けているところがおいしそうに感じました。番組最後に、眞栄田郷敦が将来自分の子供に「優人」と名付けたいといった事に対して加藤浩次が「違う名前つけていたら文句言いに行くからね」と言ったところが嘘くさかったです。

40代


2020年5月2日放送回

おかわりスペシャル(4)
ごちそう様 林家たい平さん・藤ヶ谷太輔さん(Kis-My-Ft2)・中村獅童さん

「食」と「人生」がたっぷり詰まったアノ人のアノ話を“オカワリ”するスペシャル第4弾!今回は、国民的番組「笑点」でお馴染みの落語家・林家たい平さん、“ジャニーズの中で最も苦労したグループ”の1つと言われるKis-My-Ft2の藤ヶ谷太輔さん、“歌舞伎界の異端児”中村獅童さんの3名。大切な人との絆…感動のおいしいお話をオカワリしました。
■お品書き

林家たい平(2020年2月8日放送)
東京・浅草「涙を流しながら師匠と食べた…天丼」(人生最悪&人生最高の一品)
たい平さんが真打に昇進したのは、2000年のこと。その披露パーティーを師匠である林家こん平さんの誕生日にやると決め、師匠が尊敬する国民的歌手・三波春夫さんを呼んで喜ばそうと思ったたい平さんは、思いをしたためた手紙を三波春夫さんに送った。すると後日、こん平師匠に呼ばれて行くと、目の前には2通の手紙が。1通は、自分が三波春夫さんに送ったはずの手紙。そして、もう1通は三波春夫さんが師匠に宛てた手紙だった。こん平師匠宛の手紙にはこう書いてあったという。『たい平さんの気持ちはよくわかりました。ただ、芸能界には芸能界のしきたりがあって、物事を頼む際には順番を踏まないといけない。そこは、わきまえないといけない。ただ、たい平さんの気持ちをこん平師匠にはよくわかって欲しいから、その手紙を同封します』と。そして、こん平師匠は『こんなことを教えてくれる人はいない。三波先生のところに二人で謝りに行こう』と言い、一緒に謝罪に行ってくれたという。その帰り、申し訳なさでいっぱいだったたい平さんは『ご馳走させてください』と、本来は弟子が師匠に言うことのない言葉を発する。すると、こん平師匠は『ご馳走になろう!おいしくて高いもの』と答えてくれたという。その時に二人で食べたのが、師匠の大好きな浅草の「大黒家天麩羅」の「天丼」だった。

えび2本に、かき揚げ1枚入り。ごま油の香ばしい「天丼」を前に、たい平さんは『本当にすみませんでした』と何度も謝ったという。しかし、そんな弟子を前にこん平師匠は『よし、もういい。これからは美味しく食べよう!』と一言。その後は、『おいしいね!おいしいね!』と食べたという。そんな師匠の愛情に触れ、申し訳なさと嬉しさで、こん平さんは天丼が涙で見えなかったという。師匠との絆がより深まった一品であった。

*店舗情報:「大黒家 天麩羅 別館」東京都台東区浅草1-31-9

藤ヶ谷太輔(2020年3月21日放送)
東京・渋谷「アイドル人生の苦楽を共にした…ラーメン」(人生最高の一品)
藤ヶ谷太輔さんの“人生最高の一品”は、NHKの食堂の「ラーメン」。1杯280円。小学5年生(11歳)でジャニーズ事務所に入り、長いジャニーズJr.時代を経て、24歳でKis-My-Ft2のデビュー、そしてデビュー9年目にして果たした紅白初出場…21年のアイドル人生で苦楽を共にしてきたのが、このラーメンだった。今まで400、500杯は食べ、いつも食べると『初心に戻れる味』。2019年、初めて紅白に出場した時もメンバーとすすったラーメンは、『こんなうまかった?』と思うほどの美味しさだった。これからの芸能人生においても、藤ヶ谷さんがずっと食べ続けていくであろう“最高の一杯”。

「ひと言が重い…中居正広さんとの食事」(人生最悪の一品)
グループとしても、個人としても一番お世話になっている先輩・中居正広さん。そんな中居さんと時々食事をすることがあり、そこではいつも、メンバーが出演した番組をほぼ観ている中居さんから具体的なアドバイスがあるという。そうなると、いつしか箸も止まってしまい、手は膝の上でひたすら緊張しながら話を聞く…といった状況に。藤ヶ谷さん的には、中居さんとの食事は『気楽にご飯行って楽しいとはならない』という意味で、“人生最悪”にして中居さんをイジろうとしてみたが…そうはならなかった。というのも、中居さんと二人きりで旅行するほどの関係で、これまで本当にお世話になってきているから。『汗をかき、恥をかき、ベソをかく。この“3かき”をしないとダメだ。そうしないと感動するものは生まれない』、『Kis-My-Ft2が、SMAPを越えろ』など、印象に残る中居さんのアドバイスがたくさんある。そして、ジャニーズ事務所を退所する中居さんへの思いを聞かれると…『すごい寂しいけど、これからの中居さんの姿をしっかり見て、自分たちは“コイツらなら大丈夫”だと思ってもらえるようになりたい』と語った。

中村獅童(2020年3月28日放送)
神奈川・鎌倉「愛妻との縁を繋いでくれた…あの街のイタリアン」
獅童さんのことを支える妻の沙織さん。出会いは、獅童さんの行きつけのアクセサリー店。店員だった沙織さんのことが気になっていた獅童さんが招待されたパーティー後、飲みに誘ったのがキッカケだった。しかし、沙織さんは3時間経っても現れず…痺れを切らした獅童さんが電話で言った言葉は『お前、早く来いよ』。実は、沙織さんはどう断ろうかとずっと上司に相談して悩んでいたという。そんなことは知らず、その後やって来た沙織さんに対し、お酒が入っていい気分になっていた獅童さんは『俺と結婚しよう』と、いきなりのプロポーズをする始末。その次の日、前日のヒドイ自分を猛省した獅童さんは、あらためて沙織さんを食事に誘った。そうして初デートで行ったのが、某番組の鎌倉特集で知ったイタリアン「Fosseta(フォセッタ)」だった。

初デートで食べたのは、その某番組で紹介していた「魚介を使ったパスタ」だった。湘南の海で獲れたシコイワシ(カタクチイワシ)と旬の鎌倉野菜・菜の花を使った「小坪シコイワシと湘南菜の花のアーリオオーリオスパゲティ」。もちろん、味は絶品だった。

ちなみに、ヒドかった前日と異なり、その日は沙織さんに振り向いてもらおうと一生懸命だった獅童さん。そのギャップが沙織さんの心を掴んだのか、無事交際がスタートしたという。今も、時々この店に行った時には、当時のことを思い出す、獅童さんにとって大切な思い出の味。

*店舗情報:「Fossetta(フォセッタ)」神奈川県鎌倉市西鎌倉1-2-1

「最愛の母が残してくれた…最後の大好物」(人生最高の一品)
歌舞伎の名家に生まれたものの、父が歌舞伎俳優を廃業したことで後ろ盾もなく、自ら道を切り拓いてきた獅童さん。そんな獅童さんを幼い頃から支え続けたのが、母・陽子さんだった。その最愛の母が、2013年の冬、突然他界した。あまりにも突然のことで混乱した獅童さんだったが、妻・沙織さんと二人で家を整理した際、冷蔵庫を開けて出てきたのが、「母が作り置きしていたビーフシチュー」だった。それが、中村獅童さんの“人生最高の一品。

※イメージ

獅童さんも、妻・沙織さんも大好物だった「母のビーフシチュー」。母の最後の手料理だけに食べるに食べられず、数週間後ようやく二人で口にした時、母との思い出が走馬灯のように甦ったという。後ろ盾のない中、獅童さんが憧れて入った歌舞伎の世界…身の回りの世話から全てやってくれ、いつも獅童さんを応援し続けてくれたのが母・陽子さんだった。その母が亡くなってから気付いた感謝の気持ち、そしてケンカしたまま謝ることもしてなかった後悔、何も伝えられてなかったし、何もしてやれてなかった…と今も獅童さんは心残りだという。だからこそ、『だらしなくてダメな人間ですけど、少しでも、もっともっといい役者になって、真面目に生きないといけない』と、涙ながらに母への思いを語った。最後になった「母のビーフシチュー」は、“料理は作り手の思いを感じて、いただかないといけない”そして、“普段の何気ない日常を大切に生きなければいけない”と教えてくれたのであった。

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

林家たい平さんのお話は切なくなりました。笑点は子供の頃から観ていて、こん平さんがお元気だった時代を知っている世代なのでたい平さんが代打で出て来られた時ははじめて観る方だったので「この人で大丈夫なのかな」と思ったのを覚えています。しかしこんなに色々な経験をされた方だったと今回知る事が出来て、今後も応援しようと思えました。

40代

前に観たことがある回のアーカイブ放送でした。でも、食べ物の番組は美味しそうな感じがとても受け入れ易いためか、何回再放送されてもその都度、感激してしまいそうです。前回はたしか中村獅童さんの涙に感動しましたが、今回は天丼が美味しそうで印象に残りました。

40代

NHKの食堂のラーメンが280円で食べられるということに驚きました。Kis-My-Ft2の藤ヶ谷太輔さんがお金のないジュニア時代からここでいつも280円のラーメンを食べていて、紅白に出場した時は信じられない気持ちだったそうです。本当に安いのにおいしそうなラーメンで食べたくなりました。

30代

過去の総集編ではありましたが、何度みても笑ったり泣いたりできます。特に、中村獅童さんの回は、考えさせられることが多くありました。感謝の気持ちを伝えたいのに伝えられないのが、どれだけ後悔することなのか改めて痛感しました。

20代


2020年4月25日放送回

おかわりスペシャル(3)
ごちそう様 ミキ 昴生さん 亜生さん・小川彩佳さん・冨永愛さん

「食」と「人生」がたっぷり詰まったアノ人のアノ話を“オカワリ”するスペシャル第3弾!今回は、兄弟お笑いコンビ・ミキの昴生さんと亜生さん、「NEWS23」メインキャスターの小川彩佳さん、モデルの冨永愛さんの「そんな時代もあったなあ」という新人・下積み時代のお話をオカワリしました。
■お品書き

ミキ(2020年3月14日放送)
大阪・心斎橋「コンビ結成前夜の忘れられない…絶品の鉄板鍋」
現在は閉店してしまったが、二人がコンビを結成するキカッケになった店が大阪・心斎橋にあった。先輩芸人が店長をしていた店で、兄・昴生さんは芸人仲間とよく通っていた。そこに学生だった弟・亜生さんも呼ばれて同席。そこで亜生さんは、お金のない芸人たちが楽しそうにしている姿を目の当たりにして『こんな面白い世界があるのか』と驚き、お笑いの世界に興味を持ったという。さらに、ここは昴生さんが奥さんと出会った場所でもあった。お互い常連客同士で意気投合。付き合い始めたものの、昴生さんは鳴かず飛ばずで、半分ヒモ状態。そんな時、彼女が『亜生とコンビ組み!』と一言。その言葉がキッカケとなり、兄弟お笑いコンビ・ミキが誕生したのだった。そんなミキの二人も、昴生さんの奥さんもみんな大好きでいつも食べていたのが「鉄板鍋」。牛肉・ホルモン・つくね・野菜などを盛り付けた、安くて美味しい一品。

この「鉄板鍋」があったからこそ、昴生さんは奥さんと出会い、そして亜生さんとの兄弟コンビが誕生した。コンビ結成を導いてくれた一品と言っても過言ではない。

大阪・大国町「ドン底の中で食べた…人生最高のハンバーグ」(人生最高の一品)
兄弟コンビを結成して受けた最初のオーディション。面白くなかったら途中で切られるゴングショー形式で行われ、ミキ最初の漫才は僅か10秒ほどで切られてしまったという。順風満帆に行くと思い込んでいた弟・亜生さんは、かなり落ち込んでしまう。そんな弟に対し、兄・昴生さんは『おいしいものを食べに行こう』と声をかけ、当時彼女だった奥さんと3人で行ったのが大阪・大国町の「HamBurg&Cafe THE BURG」だった。もちろん、支払いは奥さん持ちで。劇場近くのその店には、同様にオーディションに落ちた若手芸人が他にもたくさんいて、どんよりした空気が今でも思い出されるという。

昴生さんが“人生最高の一品”に選んだのは「チーズびっくりハンバーグ」。こだわりのタネは、牛・豚・鶏の3種のひき肉、自家製の香辛料、つなぎを使い、作り置きせず毎日練って作る。平たく大きいのが特徴。

一方、亜生さんが“人生最高の一品”に選んだのは「ハンバーグスパゲッティー」。スパゲッティ―の上に名物のハンバーグをのせたボリューム満点の一品。

ボロクソに言われドン底から始まった“ミキのお笑い人生”。今や人気者となったミキの二人だが、これまで“つらい時こそ美味しいものを食べよう”と言って頑張ってきたという。この店のハンバーグは、挫折を乗り越えてきた二人にとっての、まさに“原点”の味である。

*店舗情報:「HamBurg&Cafe THE BURG」大阪府大阪市浪速区敷津東1-6-14朝日ビル

小川彩佳(2020年2月1日放送)
東京・白金「ひとり反省会で…絶品の串焼き」
テレビ朝日時代は「報道ステーション」のサブキャスター、そして現在はTBS「NEWS23」のメインキャスターとして、生放送の報道番組に出演し続ける小川彩佳さん。日々の仕事の中で、もちろん失敗もあるという。そんな日は放送終わりに、直帰せず一人反省会で飲みに行くことも。一人反省会のお店の一つが、白金にある和牛専門店「牛泥棒」。

小川さんオススメは、「牛ホホのシチュー串」。デミグラスソースでしっかり煮込んだ牛ホホ肉の串焼きに、バケットを添えられた一品。

他にも、和牛専門店ならではの絶品お肉の串焼きがズラリ。その日のオススメお肉3種を贅沢に串焼きにした「特選雌牛3種食べ比べ」は人気メニュー(写真は、ザブトン、カイノミ、ランプの3品)。

*店舗情報:「牛泥棒」東京都港区白金5-10-12 1F

冨永愛(2019年12月28日放送)
フランス・パリ「トップモデルのご褒美カルビ」
15歳でモデルとなり、17歳で海外初挑戦。トップモデルという栄光を目指し、世界中から集まったモデルたちと競い合い、何万人という中からオーディションを勝ち抜き、ようやくランウェイに立てる。そんな厳しいモデルの世界で闘い、パリ、ロンドン、ミラノ、ニューヨークという世界のファッション界で活躍するようになった冨永愛さん。そして遂に海外挑戦して10年、27歳の時に一流ブランド「GIVENCHY」のエクスクルーシブ(専属契約)を勝ち取る。ブランドに1人しかいないエクスクルーシブになれることは、いわゆるスーパーモデルの証。そんなモデルとして認められた嬉しい時や、ひと仕事終えた時のご褒美として、異国の地パリで訪れたのが、セーヌ川の近くにある焼肉店「松ちゃん」。日本人が営んでおり、店内に入ればまさに日本。フランスのファッション界にもファンの多い人気店だという。ステーキ肉も美味しいフランス産のお肉を使用し、特製タレでいただく焼肉は、日本で食べるのと遜色ない美味しさ。

*店舗情報:「松ちゃん」フランス パリ テアトル通り 55

アメリカ・ニューヨーク「17歳、単身NY生活を支えた…母の味」(人生最高の一品)
17歳の時、冨永さんは海外のコレクションに初挑戦。最初の地は、単身で乗り込んだニューヨークだった。当時は、ロシア、ブラジルなど世界中から集まった同年代のモデルたちとアパートメントで共同生活。トイレ、お風呂、キッチン、電話…すべてをシェアして暮らしていた。そんな不慣れな生活を送る中、心の支えとなったのが、小さい頃から慣れ親しんだ母の味だった。それが、母の手作り「梅干し」。海外生活だと日本食が思うように食べられなかったため、スーツケースに「サトウのごはん」、「インスタント味噌汁」、そして「母の手作り梅干し」をスーツケースにいっぱい詰め込んで持って行っていたという。

「母の手作り梅干し」は、甘くなく、しょっぱい酸っぱい昔ながらの味付け。海外生活で疲れた時、そして辛い時に一粒かじって、涙を流したこともあったという。しかし、そこからトップモデルまで駆け上がった冨永さん。この世界で頑張ってこれた原動力は、“怒り”だという。冨永さんが海外挑戦した当時は、ファッション界はアジア人というだけで「黒しか似合わない」「ドレス似合わない」などと偏見で見られていた時代。そのことが悔しくて、冨永さんは『絶対負けない!絶対トップまで行ってやる!』とモチベーションを保ち、挑戦を続けた。そんな冨永さんを時に支えてくれたのが、母の味「梅干し」だった。

引用:『人生最高レストラン』公式サイト

冨永愛さんが身体が商品・資本だからといっているのがものすごいと思いました。そのためだったら好きな食べ物も節制できて、しかも大好きだというラーメンは年2回というのにはさすがに驚きました。年2回なら、とびっきりおいしいの食べたいと思うだろうし、ある意味特別なラーメンだろうなと思った。

30代

人生最高レストランは総集編で複数の人が出演していましたが、面白かったのが小川彩佳アナです。本当に面白かったです。ロックが好きということを知りませんでした。フェスにも参戦するそうです。「参戦という言葉を使うのはガチの人だ」と突っ込みを入れられていました。ヘドバンもするみたいですね。特にレッチリがお気に入りでよく聴いているのだそうです。現在妊娠中ですが胎教にもレッチリを聞いているのかが気になります。

30代

人生最高レストラン』はどんな番組?

2017年からTBS系列で毎週土曜日に30分枠で放送されているグルメトークバラエティー番組です。

毎週多彩な芸能人をゲストに、人生で最高の”食”に関する話をレギュラーメンバーと共に展開します。

2019年12月28日からはMCに、加藤浩次さん(極楽とんぼ)。アシスタントMCに宇賀神メグさん(TBSアナウンサー)。女将の設定として、島崎和歌子さん。常連客の設定で、毎週各1名準レギュラーの芸能人が交代で出演します。

番組では、大好物の食べ物の話や、人生最高の一品、人生最悪の一品が紹介されます。

とは言っても、一番おいしかった物と美味しくなかった物と言うよりは、人生において印象に残っている思い出の食事やメニューに纏わるエピソードの話。

例えば、すごく辛いときに助けてくれた人の心温まる手料理や、苦い思い出のレストランで食べた物みたいな感じです。

俳優・芸人・スポーツ選手・作家等様々です。

人生最高レストラン』の見所・おすすめポイント

普段は芸能人のの素顔を観る機会がありませんが、番組では食に関する思い出の話や経験談を通し、ゲストの過去や意外な部分を知れたり人柄がわかるところが見所です。

又、ゲストの変わった習慣やこだわりが聴ける点も面白いです。特に売れない時代の苦労話、大変な思いをした時のエピソードなどは、興味深いです

人生には色々な事がありますが、ゲストのエピソードを聞くと、人生の門出だったり節目には”食”が大抵関わっているものだと思わされ、食事とは時に単にお腹を満たす以上の事にもなりえる事が感じれる番組です。

ゲストのエピソードに出てくる食べ物や、食べれるお店やレストランも詳しく紹介もありますので、グルメ情報としても十分です。実際に足を運んでみるの良いかもしれません。

常連客設定の準レギュラー紹介!

  • YOU
  • 堀田茜
  • 藤森慎吾
  • 足立梨花
  • 中村静香
  • 岡田圭右(ますだおかだ)
  • 川島明(麒麟)
  • 陣内智則
  • 高橋みなみ
  • 井戸田潤等

人生最高レストラン』の人気企画を紹介

中村獅童さん 6年越しの大勝軒のラーメン

歌舞伎界の異端児 中村獅童さんは、小学校から高校まで東京吉祥寺に通っていたそうで。

小学1年生から毎日バスで通学していましたが、昭和30年創業の永福町大勝軒の前をバスが通るとき、車内まで美味しそうなラーメンの香りが漂ってきたそうです。そして小学6年生の頃、おこづかいを貯めて一人で暖簾をくぐったとの事。

それ以来、永福町大勝軒を愛してやまない獅童さんですが、愛してやまないあまりに大勝軒のラーメンを食べる際のこだわりがスゴイ。

大勝軒のラーメンは気軽に食べられる物のではなく、体調と精神を万全な状態に整えていくべし。整え方はと言うと。

  1. 当日の朝はサラダ
  2. 昼は食べない
  3. 大勝軒へ思いを巡らせる。
  4. 体調を整えた状態で訪問だそうです。

中島健人さん ジャニーさんとの人生最悪の焼肉

ジャニーズJr.時代にジャニーさんに初めて焼肉に連れて行ってもらった時の話です。

ジャニーさんは大皿で食べきれないほどの肉を注文し、一気にお肉を焼き始めたことに驚いた中島健人さん。

田中樹さんと連れてきてもらっていて、2人でそのお肉を食べることに。中島健人さんは、食べるのを断ったらデビューさせてもらえないかも?と思い、味がわからなくなるほど食べたそうです。

しかしジャニーさんは最後に巨大なスイーツを注文してしまい、食べきれない2人は、ジャニーさんが席を外したすきに鉄板へぶち込んでしまったそう。

生瀬勝久さん 最後の晩餐はカレーライス

バイク好きの生瀬勝久さんは20歳の頃、ツーリングでカーブを曲がり切れず転倒。車のタイヤの下敷きになるような大事故に遭遇。

前日はカレーライスを食べていた生瀬さん。もし事故で死んでいたら、最後の晩餐は、カレーライスだったかもと。

それからは、「人生はいつ死ぬかわからない。生きている間は好きなことをやろう」考えが変わり、芝居を頑張ったそうです。そういう意味で最後の晩餐になりかけたカレーライスは、人生最高の一品だそうです。

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